蝶カッコいいパリス様VSメガクララソウ
翅が乾ききったパリスの頭の中には、誰に習ってもいなかったが空を飛ぶ方法が入っていた。
その通りに翅を動かす。
「ヤベーよチョー飛んでるよ、オレ。」
自身の体で空を自在に飛ぶという、2度の生の中でも一度としてなかった感覚にパリスは歓喜した。
風を受け、風を感じ、風を利用して飛ぶ蝶独特の優雅な飛行スタイル。
その辺りには他の蝶の姿はなく精々触手染みた蔦が振り回されている程度だ。
…
……
………触手染みた蔦?
それはどこかマメ科特有のひ弱そうな造形をしておきながら、
どこかそのひ弱さが白々しく見えるような作り物めいたひ弱さを醸し出していた。
メガクララソウ(開花状態) RANK D-
メガクララソウという植物がある。
名前の通りクララソウの上位種だ。
実はメガクララソウのメガは巨大という意味だったり戦闘中だけもう一段界進化できる方のMEGAではなく、
「目がぁーーーっ、目がぁーーーっ」
のメガである。その花が咲いたとき香り成分の中に含まれた毒が大気中に散布され、
巣って眩暈がしたり、目などに強い刺激を与えて場合により失明させる。
その後昏倒した相手はその香りを嗅ぎ続け死んでしまうという恐ろしいモンスターだ。
開花時以外はクララソウと行動は大きくは変わらない。
但し成長した個体は突如花を咲かすこともあるので油断はできない。
宙に漂うパリスに絡まりつくようにメガクララソウが蔦を伸ばしてくる。
「植物のモンスターは色んな意味でいやらしい奴ばっかりだな。」
植物のモンスターに縛られることに定評のあるパリスはそう呟く。
しかしもはやパリスはどんくさい幼虫などではない。
伸びてきた蔦を、空に飛んだティッシュペーパーが手をすり抜けるが如くパリスは躱し続ける。
幼虫の時から超鋭敏な感覚と驚異的な直観から生み出される『蝶感覚』の恩恵を得ていたが、
それはあくまで蝶感覚のお試し版に過ぎない。
蝶感覚の真価は空を舞う翅を得て初めて発揮される。
その回避は単純な速度により躱されているのではない。
寧ろその速度は速いとは言い難いが、翅で感じた僅かな風の揺らめきに流されるように、
敵の心理の先の先を読むように躱す。それが蝶族の躱し方だ。
痺れを切らしたのかメガクララソウの蔦からさらに大量の細い蔦が生え、
無数の細い蔦が四方から籠を作るようにパリスに覆いかぶさってきた。
しかしそれすらもパリスは網の目を抜けるような難易度の回避を僅かに宙で揺れるだけで躱してしまう。
それならばと細い蔦からさらに細い蔦を生やして包むように襲い掛かるが、
それぞれが致命的なほどに時間差があったため作られた隙間をまたしてもパリスは揺れるように躱す。
パリスを捕えようとして失敗し絡み合ってしまったメガクララソウであったが、
ならばと急ごしらえで作った幾つも蔦の途中に出来た幾つものつぼみから一斉に花を咲かせる。
その花々から大量の毒花粉が噴霧され辺りは毒の香りに包まれる。
そのとき、
パリスは胸の奥がドクンと波打つのを感じた。
決して毒にやられたわけではない。
なぜなら彼には猛毒耐性のスキルがあるからだ。
ではなぜか、
蝶族の本能が花を見て興奮を押さえつけさせないのだ。
ある種の蝶には毒成分を持つ花に対して積極的に吸蜜する者がいる。
元の世界でいえばオオルリシジミやアサギマダラなどだ。
この蝶たちは摂取した毒物を自己防衛など様々なものに活用する。
その本能が、毒を美味と感知させるのかもしれない。
この世界でもその傾向が全くないとは言い切れない。
以前アズールバタフライは高い対毒性能を誇るという話があったが、
蝶族自体が、他の種に比べ比較的多く毒に対する耐性を持っているものが多い。
ブラックバタフライやクリアバタフライなんかもその傾向は強い。
パリスは決してゲテ物好きではないと自分では思っているが、どうだろうか?
苦しむはずの毒になにやら恍惚染みた表情を浮かべている。
まるで毒は毒でもアッチ系の毒を摂取したもののようだ。
探していた何かを見つけたような歓喜でそのうちで一番近かった花に留まる。
そして無言でストローを伸ばし無心に吸蜜する。
そんな興奮状態にあるパリスに対し絡み合った蔦の内からほどけた蔦たちが更に多くの蔦を生やして襲い掛かる。
パリスに絡みついた蔦はパリスのストロー状の口の中には入らない。
代わりに自らこすり合わせてできた傷口から流れる毒汁をなすりつけるが、
もともと毒に耐性のあるパリスには効果が無い。
結局垂れ落ちてくる毒汁はパリスの足元の花に溜まっていく。
(ぷはーっ。あーうめぇ。この喉ごしがたまんねぇーっ……って急に苦くなってきたし。)
「折角うめーもん食ってるのにマズイ混ぜもんしてんじゃねーよ。」
パリスは周りの蔦を振り切ろうとするが、非力な蝶族の体では振りほどくのにも一苦労だ。
食い破ろうにもその口は吸い取ることに適したストロー状になっており、食い破るに適したとは言い難い。
高位の風属性に優れた蝶であれば蔦が近づいてきた時点で翅を振るっただけで蔦を細切れに出来るが、
パリスは風に特化した高位の蝶ではないし、翅を動かそうにも既にその翅は押さえつけられている。
透明な翅を基盤にした光の収束でレーザーを作ろうにも周囲は蔦で覆われており光は入ってこない。
もはや逃れるに難しい状態でパリスはどうしたかというとなんのことはない、
逃れようとするのをやめて再び吸蜜行動に戻った。
パリスの全身に絡みついたメガクララソウの蔦はパリスの動きを封じるのには成功したものの絞め殺すまでの力はない。
本来は絡み付かせたうえで相手の口などに無理矢理有毒の蔦を突っ込み食べさせるのがクララソウの在り方であり、
その点はメガクララソウになろうと変わってはいない。
蔦に求められるのは絞め殺せるほどの強靭さではなく、相手に噛まれたときにすぐ損傷して毒汁を出す脆さだ。
如何に非力な蝶族と言えど絞め殺すまでには至らない。
ならば今のパリスの状況は窮屈な寝袋に入りながらジュースを飲んでる状況と何ら変わりはない。
メガクララソウを無視して吸蜜速度を加速させると、急激に鄙びた花の周囲の蔦が一瞬緩む。
それを見逃す程蝶族の感覚は鈍くはない。
再びパリスは空に解放される。
また掴まったとしても同様の手段で逃げられるのだが、もうお腹いっぱいになったパリスにはその必要はない。
ここでプライドが高い蜂族であれば自分に牙を向いたものを生かしては置かないであろう。
しかしパリスはリベラルな蝶族で前世は現代っ子だ。
「また腹が減ったら来てやるから待ってな。絞れるだけ絞り尽くしてやるよ。」
そういって飛び去っていった。




