第6話:わたしはわたし
――――――――――数ヶ月後。
わたしは名を変え、シンシア・クィンゴレッジと名乗るようになりました。
養父となる公爵オズワルド様に挨拶すると大変歓迎され、こっちが恐縮してしまうくらいでした。
状況が少し落ち着くまで、もっとも安全と思われる魔道研究所住みです。
現在わたしは魔道研究所で開発された、瘴気の影響を消し外見の印象が変わる魔道具の髪飾りを着けています。
ですので宮廷魔道士以外にわたしだと見抜かれたことはありません。
ヴィンセント殿下もしょっちゅうおいでになります。
魔道に造詣が深い方ですものね。
「つまりシンシアの加護は、瘴気を失わせる触媒のようなものだとわかった。シンシア自身の身体には何の影響もない」
「よかったです」
「うむ、実にな。おまけにやたらと有用だ。どこまで魔道技術で再現できるかはわからんが」
研究が進むと、瘴気除去技術に革新をもたらすのではないかとのこと。
わたしも頑張って協力しないといけませんね。
それにしても宮廷魔道士の皆さんはとても親切なのです。
わたしがヴィンセント殿下の婚約者だからというだけではないような?
「宮廷魔道士はシンシアが加護持ちだと知っているものな。また周囲が瘴気に汚染されていなければ、シンシアの加護も瘴気を集めないのだろう。いたって普通で嫌な感じは全くしない。おそらく瘴気慣れしていない者でもシンシアを厭うことはないな」
「そうなのですか。自分ではわからないことです」
あれ?
貴族学校が瘴気を集めることは教えていただきましたが、わたしは貴族学校の入学前、家でも出来損ない扱いでしたよ?
「シンシアの実家を調べさせたところ、家族はケンカばかりだわ使用人は体調を崩して辞めるわ、おかしなことになっているぞ?」
「えっ?」
「王都のランドル男爵家邸は幽霊屋敷として特価で売られていたものを、当代が買ったそうだな」
「はい、父がいい場所だと。幽霊屋敷というのは知りませんでしたが」
つまりわたしの住んでいた家も瘴気の多い家だった?
わたしが無意識に浄化していたから住めていたのですかね?
節約家の父の行いからとんでもないことに!
「ランドル男爵家のことは忘れろ。シンシアの価値をまるで理解せず利益だけを享受し、代わりに責めたてたやつらだ。おまけに娘が自殺したと聞いても何のアクションも起こさなかった。罰を受けるに値する」
「……はい」
「君には僕がいる」
ヴィンセント殿下にハグされます。
本当に温かい。
心まで温かくなって、自然と涙がこぼれます。
「泣かなくてもいい。魔道士仲間にはシンシアの味方は多い」
「ありがたいことです」
「家族やクラスメートに虐げられてきたのだろう? 心の傷を癒すがいい」
えっ?
心の傷なんて特にないのですけれど。
「せっかく生まれ変わったのです。社交にも勤しみたいです」
「社交? ムリせずともよいのだぞ? 趣味人の大叔父上は社交に熱心ではないし、魔道畑の僕も秘密が多いしな」
「だからこそわたしが社交に精を出すべきではありませんか。わたしの素顔を見ると気分を害する方がいらっしゃるかもしれません。でもこの魔道具の髪飾りを着ければ、わたしではないみたいに見えますし」
「シンシアは……強いな」
強い、のとは少し違うのかもしれません。
「わたしはひっそり生きていこうと思っていたんです。でもヴィンセント殿下のおかげで堂々とできます。もっといろんなことをしてみたいです」
「うむ、よくわかった。シンシアは思ったより図太いということが」
あら嫌だ。
ヴィンセント殿下ったら。
「安心した。惚れ直した」
「ヴィンセント殿下……」
ヴィンセント殿下の目が優しいです。
底辺で十分でした。
幸せなんて考えたことがなかったけれど。
ヴィンセント殿下のためにも楽しくあらねばと思うのです。
希望と意欲を胸に灯しましょう。
◇
――――――――――後日談。
魔道研究所の静かな一室で、現在シンシアと呼ばれているわたしは、ヴィンセント殿下が持ってきた一通の報告書に目を落とします。
わたしが自殺したことになっているランドル男爵家の、その後の記録でした。
「……ひどい有様ですね」
「だんだんひどくなる。が、当然の帰結だな。あの家は君という安全弁を捨てたのだから」
ヴィンセント殿下の冷ややかな声が、報告書の内容を裏付けていました。
ランドル男爵家の王都邸は瘴気の掃き溜めと化しているようです。
元々幽霊屋敷だったという邸宅は、わたしの無意識の浄化が消えたことで、隠されていた不都合が一気に噴き出しました。
お父様はかつてないほど怒りっぽくなったみたい。
使用人が少しお茶をこぼしただけで血管がちぎれんばかりに激昂するようになり、恐れた使用人達は全員逃げ出してしまったとか。
「寂しい食卓で、お父様は今も怒鳴っているのでしょうか」
「いや、もう食事どころではないだろう。報告によれば、アランとクリスティは互いを家の恥晒しと罵り合い、取っ組み合いの喧嘩をして大怪我を負ったそうだ」
アランお兄様とクリスティは仲がいいと思っていましたけどねえ。
瘴気は人間の負の感情を増幅させます。
慣れない瘴気に晒され、矛先が互いに向いたということでしょうか。
お兄様は学園の剣術大会で集中力欠如から無様な惨敗を喫し、対戦相手に暴言を吐いて停学処分。
クリスティは刺繍のコンクールで自分の作品が選ばれなかったことに狂乱し、審査員のドレスを切り裂くという、淑女にあるまじき暴挙に出たそうです。
「男爵は王宮に、『娘の死は学校の責任だ。賠償金を払え』と喚き込んできたよ」
「えっ? 王宮にですか?」
貴族学校は王立ですからわからなくはないです。
でも不敬でしょう?
お父様その程度の判断力も働かなくなっているのですか?
「とりあえず男爵は譴責並びに謹慎処分だ。アランとクリスティの不祥事も含めて、ランドル男爵家は評価をガクンと落としている。もう一度何かをやらかしたら、おそらく爵位剥奪と領地没収になる。今のままだとその可能性が非常に高いが……」
ヴィンセント殿下が気遣わしげにわたしを見ます。
わたしの実家であることを慮ってくれているようですが……。
「……いえ、それで結構です」
「うむ。王都邸はおそらく魔道研究所が接収するだろう。瘴気の実験に都合がいいからな」
「はい」
どうやらお父様とお兄様、クリスティは平民として放り出される運命にあるようです。
二度と会わないでしょうね。
お母様が亡くなったあとに住んだあの王都の屋敷のみ残されるのは、とても皮肉に思えます。
報告書の最後には、荒れ果てた屋敷の庭でお父様が一人ぶつぶつ何かを呟いていると記されていました。
瘴気に蝕まれて身体の調子も悪く、あれほど執着していた貴族の誇りも今や泥にまみれているとのこと。
わたしはそっと報告書をテーブルに置きました。
悲しいとは思いませんでした。
ただ、あの家はバカにされていたわたしがいないと食卓を囲むことすらできないのかと、少しおかしくなっただけです。
「シンシア。もう君があの家を気にする必要はない。僕がいる」
ヴィンセント殿下がわたしの肩を抱き寄せます。
殿下の温もりは、あの屋敷の冷たい空気とは正反対でした。
「……はい、ヴィンセント殿下。わたしは今の幸せを守っていきたいと思います」
かつてわたしを突き飛ばした同級生達も、一生消えない罪悪感を抱えて生きていくのでしょうか?
いえ、他人のことはいいですね。
わたしはわたし。
窓の外には平穏な王都の景色が広がっています。
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