第26話 ゾゾゾ……混沌の始まり
「早く、助けてぇーっ!!」
境内の奥から響いた叫び声に、俺たちは同時に顔を上げた。
「行かないと!」
ツグミが駆け出す。
その背を追いながら、胸がざわつくのを感じる。
屋台の間をすり抜けていくと、すでに人だかりができていた。
「誰かが倒れてる!」
「血……?え、動いてる!?」
「し、死んでないよな!?」
ざわめきの中をかき分けて進むと、うつ伏せの女性が一人──
そのすぐそばで、小さな子どもが必死にその体を揺すっていた。
「お母ちゃん、どうしたのー?」
その声が、妙に静かに響いた。
少し遅れてアキラとコハルも駆けつけてきた。
「な、何これ……!」
「何があったんだ!?」
アキラが近くの村人に問いかける。
「たぶん……夫婦喧嘩かと。急に旦那さんが奥さんに噛みついて……!」
「噛みついたって……本気で言ってんのか?」
「ほんとです!だから騒ぎになって、ゲンキチ様が旦那さんを捕まえてっ……。
奥さんは血まみれで倒れてて、ソゴロウ様に今、手当てを……」
そのときだった。
――ドサッ、と音を立てて女性が起き上がった。
皮膚は青黒く変色し、血管が浮き上がり、目は赤く濁っている。
唇は真っ赤に染まり、吐き出す息と一緒に、濁った呻き声が漏れていた。
「う、ぅぅ……あ、ああ……」
ふらつく足取りで立ち上がると、すぐ隣にいた子どもに──
――噛みついた。
「い、痛いよー! お母ちゃん、やめてぇ!!」
女性は止める様子もなく、まるで何かに突き動かされるように、我が子の肩に噛みつき続け、肉を噛み千切り美味しそうに血を啜る。
「やめろォォ!!」
近くの男性が駆け寄って止めに入るも、女性は信じられないほどの力で彼を突き飛ばした。
その動きはもう、人間のものじゃなかった。
そのとき──
「みんな、下がれ!! 離れろッ!!」
怒鳴り声とともに、ソゴロウさんが現れた。
「すぐに家に戻れ!鍵をかけて、朝まで絶対に出るな!!」
「そ、ソゴロウ様、これは一体──!?」
「いいから逃げろ! 誰も、外に出るなッ!!」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……鬼の、呪いだ……」
その言葉をきっかけに、空気が爆ぜた。
「う、うそだろ……」
「鬼の呪いが、始まったんだ……!」
悲鳴が上がる。屋台が倒れ、逃げる足音が重なる。
誰かが泣き叫びながら駆け出した。
この“異常”の正体は、まだ誰にもわからない。
だけど──確実に、何かが壊れ始めていた。




