第24話 ゾゾゾ……八鬼祭①
モヤモヤしたまま朝の支度を終え、土間へ向かう。
「……はあ……」
この村に来て、何度ため息をついたか、もう数えてもいない。
消えたデータ。サクラのエプロン。気がかりを挙げればキリがない。
けれど──
今日、八鬼祭さえ終われば、全部終わる。
この異様な村とも、ついにオサラバだ。 もとの生活に戻れる。
……そのはずなのに、胸の奥が妙にざわついて、どうにも気が晴れなかった。
ガラッ。
土間の戸を開けた瞬間──
「ショウちゃ~~んっ!!」
ばあちゃんが全力で飛びついてきた。
「お酒飲んでぶっ倒れたんだってぇ!? 大丈夫だったの~!?」
「えっ……あれ、甘酒じゃ……?」
「バカもーーーーーん!!!」
柱が震えるほどのじいちゃんの怒声が響く。
「あれは“甘魅酒”っちゅう村の地酒だっ! 酒に慣れてる奴でも、薄めなきゃ倒れるわ! ガハハハ!!」
えっ!? まさか、俺……シズカさんに盛られたの……!?
「遠くに来たかったからって、冒険しちゃって~この悪い子ったらぁ!」
「それでこそ八木家の子孫だ!!! ガッハッハッハ!!!」
じいちゃんは腰に手を当て、仰け反って笑う。 ……腰……もう完全に治ってるっぽい。 いや、一晩でって、どんな回復力だよ。
「はぁ~ん。ショウちゃん、今晩には帰っちゃうのねぇ~」
ばあちゃんが寂しそうに目を細める。
「あ…うん。まだ夏休みの課題も手つけてないし……」
「ねぇ、今晩だけ泊まって、明日帰りましょ~? 寂しいんだからぁ~!」
正直、連日の疲れも溜まってるし、祭りのあとに長旅って考えると、ちょっとしんどい。
「……わかった、ちょっと考えとくよ」
「やったぁ~~~!!」
そこへ、梅さんが朝食を運んできた。
「……あれ? 今日、サクラは?」
「オッホホホ……きぃ~にぃなりますぅかぁ~~?」
意味ありげにニンマリと笑ったあと──
「祭ぃのぉ、正装のぉ準備ぃをしておりまぁすぅ」
「そうだ!今日は正装して、祭りの儀式に参加だっ! さっさと飯を食ってお前も支度しろ! ガハハ!」
じいちゃんは腰をパンッと叩き、土間を後にした。
正直、あまり食欲もなかったけど、なんとか朝食を終えて部屋に戻る。
──すると。
「あ……」
サクラが、衣桁に袴を掛けて立っていた。
あの日、八家の顔合わせで着ていた、あの袴。
……そして、バッチリ目が合ってしまった。
……か、かなり気まずい。
昨日のこと──聞くべきなのか? いや、夢だったのかもしれない。しっかりしろ、俺。
そうこう考えている間に、サクラがスッと近寄ってくる。
「……お召し物を」
小さな声でそう言いながら、いつものように手際よく着替えを手伝ってくれる。
俺は、どこかぎこちない動きで、言われるがまま立つしかなかった。
──ふと、昨日、枕元に置いたままだったエプロンが視界の端に映る。
胸の奥で、ドクン、と音が鳴った。
……あれは、本当に夢だったのか?
言葉が喉までこみ上げて、迷って、けれど──結局、口をついて出ていた。
「あの……さ、サクラ」
「……はい」
少し間を置いて、サクラが顔を上げる。
その目は、相変わらず淡々としていて、無機質だった。
「サクラって……許嫁とか、いる……の?」
「――はい」
その一言で、胸が跳ねた。
思わず、口が動く。
「……誰なの?」
「八川家の、トキミツ様です」
八川家……って、あの俺をすごい目で睨みつけてきた、タケコさんの……息子?
「お仕度が済みました」
そう言って、サクラはすっと距離を取った。
夢では、たしかに俺を「許嫁」って──
……いや、ないないっ!
そもそも、サクラが俺を押し倒すなんて、ありえねえって。
「ショウタロウ様……こちらを」
そう言って、サクラは陶器の青い鬼面を差し出した。
「……あ、うん。ありがとう」
勘違いだったってことを、思いっきり突きつけられた気がして、言いようのない羞恥心を抱えながら、面を受け取った。
「それでは、失礼いたします」
サクラは一礼すると、静かに背を向けて、音もなく部屋を出ていった。
……恥ずかしすぎるだろっ!
くそぉーっ!!!
あああああっ!! もう細かいことなんて考えるの、やめだやめっ!!
夢のことも、消えたデータのことも、全部!!
カナタには申し訳ないけど──
もう、さっさと東京に帰って、ぜんぶ忘れてやる!!




