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1話 ゾゾゾ…出発の朝

――ミーンミーンミーン。


耳をつんざく蝉の声で目が覚めた。

蒸し暑い夏の朝。じっとりと額に汗がにじむ。


「起きなさい、もう!」


母さんが呆れた声で部屋のドアをノックする。


「……はいはい、今起きたって」


寝ぼけたまま適当に返事をして、仕方なくベッドから体を起こす。

昨日は深夜まで撮影していたせいで、体が重い。


Tシャツのまま階下へ降りると、キッチンでは母さんが朝食を作っていた。

トースターがカチッと音を立て、焼き上がったトーストの香ばしい匂いが漂う。


「ショウタロウ、また夜更かししてたんでしょ。目の下、クマひどいわよ」


「いや、別に……」


適当に返しながら椅子に座ると、向かいには妹のミナ。

スマホをいじりながら、トーストをかじっていた。


「うわ、寝癖すご」


「朝から人の顔見てため息つくなよ」


「だって、ほんとひどいもん」


ミナがクスクス笑いながらミルクのたっぷり入ったコーヒーをすする。


母さんは呆れたようにため息をつきながら、俺の前にスクランブルエッグをのせたトーストを置いた。


「ほら、ちゃんと食べなさい。撮影ばかりで体は大丈夫なの?」


「……いや、それがさ――」


その時――


プルルルル……


ダイニングに響く、親父のスマホの着信音。

親父が画面を見て、少し眉をひそめながら通話に出た。


「……ああ、久しぶり。……え? ……いや、それは……」


渋い顔をしながら、親父が席を立ちそのまま歩いて廊下に出た。


ミナがテレビの音量を少し上げると

画面では、地元の夏祭りのニュースが流れていた。


『今年もにぎやかに開催される夏祭り! たくさんの屋台と花火大会が見どころです!』


明るい映像とは対照的に、通話を終えた親父はダイニングに戻ると険しい表情のままスマホをテーブルに置いた。


「……実家からだった」


「へぇ、じいちゃん元気?」


「それどころじゃない。ショウタロウ、お前、今週末実家に行け」


「は?」


唐突すぎる話に、俺はコーヒーを吹きそうになった。


「100年に一度の『八鬼祭ヤツキサイ』が今年開催されるんだ。

本家の人間が必ず一人出席しないといけない決まりらしくてな……俺は仕事で行けないから、お前が行ってくれ」


「ちょ、待て待て。急すぎるだろ。てか、100年に一度? それ、親父も出たことないんじゃ?」


「そうだな。ひいじいさんが物心つく前に出たらしいが、詳しくは話してくれなかった」


「物心つくまえって……そんなの俺に押し付けられても困るんだけど。

てか、俺だって動画の撮影あるし、別に暇じゃないんだけど」


気が重い。

ただでさえ廃墟探索とかで忙しいのに、田舎で意味不明な祭りに参加なんて時間の無駄だ。


「で? いつ行かないといけないんだ?」


「今日出発してくれ」


「……は? さっき週末って言ってたじゃん!」


さすがに唐突すぎる。


「祭りは週末だが、本家に挨拶や準備もあるからな。荷物をまとめろ」


「ちょっ、せめて報酬は?」


「は?」


「俺だって暇じゃないんだし、最新型のノートパソコンが欲しい」


「……わかった」


あっさり引き下がる親父に、逆に不安になる。

そんなに重要な祭りなのか?


「ねえ! 私も行きたい!」


急にミナが声を上げた。


「ミナは留守番だ」


親父はきっぱりと答えた。


「なんで!? だって100年に一度のお祭りなんでしょ? そんなレアなイベント、絶対行きたいじゃん!」


「ダメだ」


「うぅ…理由は?」


「……お前にはまだ早い」


「えー!? なんでよ!」


「ダメなものはダメだ」


ミナがブーブー文句を言う横で、俺は冷めた目でそのやりとりを眺めていた。


いつもならミナのワガママに甘い親父が、珍しく頑なに拒否している。


「……そんなに危ない祭りなのかよ」


思わず俺がつぶやくと、親父の顔が一瞬だけ曇った。


「……いや。ただ、決まりだからな」


ミナは納得いかない顔のままスマホをいじり始める。


なんだ、この空気。

やっぱり嫌な予感しかしないんだけど――。


---


俺は部屋に戻ると、簡単な荷造りをしながらカナタにLIMEを送った。


ショウタロウ

《最新型のノーパソゲット! 親父の実家の祭を手伝うバイトに行ってくるわ!

編集とアップロード頼んだ!》


すぐに返信が来る。


カナタ

《祭りってなに?》


ショウタロウ

《100年に一度の祭りらしい。

親父の実家の本家から誰かが出席しないといけないんだとさ。

で、親父は仕事で行けないから俺が代わりに行くことになった。》


カナタ

《何その怪しい祭www 絶対なんかあるだろ、それ。

てかさ、せっかくだし撮影してこいよ!

「100年に一度の謎の祭りに潜入!」とか絶対バズるって!》


ショウタロウ

《いやいや、ガチの田舎だぞ? 電波あるかも怪しいし、そもそもそんな面白いもんじゃないと思うけど》


カナタ

《それが面白いんだろ! むしろそのほうが不気味感出るしww

「不思怖チャンネル」の次のネタにちょうどいいじゃん!》


ショウタロウ

《……まぁ、撮れる範囲で撮ってみるわ》



---


正直、乗り気ではない。

でも、新しいノーパソも手に入るし、せっかくならネタになりそうな映像ぐらいは撮っておくか。


そんなことを考えながら、俺はカバンにライトとスマホの充電器と予備バッテリーを突っ込んだ。


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