第11話 ゾゾゾ…巫女の決意①
……あれ?
よく見ると、誰かいる……?
目を凝らすと、湖の手前の岩場に人が立っていた。
風にたなびく長い黒髪。
足元まで届く白い長襦袢の裾が、静かに水に揺れている。
八乙女家の…ツグミさんだ。
その姿は、どこか現実味がなかった。
水面に浮かぶ霧の中に、溶けかけているような、そんな輪郭。
思わず息が止まりそうになる。
空気が異様に静まり返っていて、滝の音さえも遠くに押しやられたようだった。
「……だから……嫌なんですよ……!」
誰かの話し声が聞こえる……気がした。
耳を澄ませると、滝の音の合間に、はっきりと女性の声が混じっていた。
「……ショウタロウくん、私は好きよ。イイコそうじゃない」
……シズカさんの声?
「私は絶対に許さないし、変なことしたら殺します!」
うわ、こっちはコハル。
物騒すぎるだろ…
完全に俺のことじゃん。
ていうか、この状況で見つかったら……
マジでコハルに殺されそうなんだけどっ……!
慌てて踵を返す――
「パキッ」
足元の枝を踏んで、乾いた音が響いた。
ツグミの体がピクリと動き、こちらに振り返る。
目が合った。
薄手の長襦袢越しに、透けるような白い肌。
濡れた髪が肩に張り付いている。
ツグミの目が見開かれる。
やべっ、完全に誤解された!
次の瞬間、彼女が小さく口を開いた。
「きゃ……」
「待って、誤解だからっ!」
反射的に駆け寄り――
「うわっ……!」
そのまま足を取られて、バシャァンッ!
二人で湖の浅瀬に倒れ込んだ。
最悪の展開だ…
冷たい水の感触と、ツグミの細い体の重なりに、脳が真っ白になる。
「ツグミ様ッ!!! 大丈夫ですか!!?」
シズカとコハルの声が近づいてくる音がするっ…!
ヤバい……完全に……オワッタ……
その時ーー
ツグミが俺の手を勢いよく振り払ったかと思うと
次の瞬間、裾で俺を包むようにして身体を起こした。
……え?
湖面に垂れた長襦袢の裾が、俺の顔にかかる。
かすかに香る白檀と、ひんやりと濡れた布の感触。
「問題ありません。少し足を取られましたが、怪我もありません」
いつもの無表情な声で、淡々と伝える。
「良かったです……」
シズカが安堵の声を漏らし、コハルも一拍おいて「……お気をつけて」と小さく言う。
えっ…助けて…くれた?
ふたりの足音が遠ざかり姿が見えなくなったのを確認すると――
ツグミは、無言のまま俺の手をぎゅっとつかんだ。
「えっ?」
次の瞬間、ものすごい勢いで引っ張られる。
「ちょ、まっ、どこ行くの!?」
返事はない。
そのまま、ゴウゴウと音を立てる滝の脇をすり抜け、
水しぶきの向こう、滝の裏へと連れ込まれる。
岩壁に囲まれた小さな空間。
音が反響して、息をするだけでも滝の振動が心臓に響いた。
「ツ、ツグミさん、ごめんっ!俺、ほんとに――」
「……っ!」
バチィーンッ!!
頬に激しい衝撃が走った。
「イッテーッ!!」
思わず顔を押さえる。
ビ、ビンタされた……!?
ツグミは、無言のままじっと俺を睨んでいた。
その目は怒っていて、頬は少し紅く、濡れた髪が首筋に張りついている。
滝の音だけが、ずっとゴウゴウと狭い二人の空間に響いていた。




