#115:悪い予感【指輪の過去編・舞子視点】
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
今回は、指輪の見せる過去のお話の舞子視点になります。
夏樹の親友の上条舞子は、祐樹から聞かされた夏樹との関係や指輪の話から
ある一つの疑惑に囚われる……
寝室のドアをそっと開けると、泣き声が聞こえた。でも、大泣きはしていない。
私は自分達の娘、妃奈に近づくと、目はしっかり閉じたまま、時々顔をしかめて泣き声を上げる娘を目にして微笑んだ。
(眠りながら泣いている)
「ひな~、何か怖い夢でも見たかな?」
私は小さく呟きながら、娘の胸のあたりをポンポンとリズム良く叩く。
子供を持ってから不思議に思うのは、母と子の不思議な繋がりだ。確かにお腹の中にいる時には、繋がっていたから、母親の心理状態が子供に影響していたとは思うけれど、生まれてからも、母の気持ちが乱れた時とか興奮した時とかに、なぜだか娘は泣き出す。今回もそうだったのかもしれない……と、私は小さく息を吐いた。
夏樹……。
何も知らなかった……。
祐樹さんとの関係は、私達の結婚を応援するために恋人のフリをしていた事だけだと思っていた。
どうして言ってくれなかったのよ。
そう思うけれど、この一年を振り返ると、確かに自分の事で一杯一杯になっていた事を思い出す。
それにしても、指輪!
あの指輪の話は、夏樹の不思議な指輪の事だよね?
そう思うのに、これ以上先を考えるのがとても怖くて、ここから先へ進めない。でも、夏樹がショックを受けているのは、祐樹さんが御曹司だった事より、指輪の事だろうと、本能的に感じる。
今まで夏樹に聞かされた彼女の出生の秘密と指輪の秘密、そして、今日祐樹さんから聞かされた夏樹の話と指輪の話。それらから導き出される答えは……?
『その指輪は真の所有者にしか嵌める事ができないんだ……』
祐樹さんが浅沼家に伝わる指輪の説明をした時、言った言葉。
夏樹がお母さんから譲り受けた指輪も、真の所有者にしか嵌められない指輪だと言っていた。確かに、初めて見せてもらった時、悪戯に私が嵌めようとしたら、嵌める事ができなかった。あれは、本当に不思議だった。夏樹と指の太さなんて変わらないのに……。
こんな不思議な指輪が、他にもあるとも思えない。と言う事は……?
私は恐る恐る悪い予感のする考えの中に進んで行った。
もしも……、夏樹の指輪が、浅沼家に伝わる指輪だとしたら……?
その指輪を夏樹に渡したのは、夏樹のお母さんで、そのお母さんに渡したのは……、祐樹さんのお父さん?
そうすると、夏樹のお母さんの恋人だった人は……、祐樹さんのお父さんで……、夏樹の父親は……。
ここまで考えて、脳がフリーズした。
ナニモ、カンガエルナ!
苦しい、苦しい、苦しい……。これは悪い夢?
そうして、私はハッと気付いた。
夏樹は、この事に気付いてしまったんだ。自分の持っている指輪が、浅沼家の指輪だと……。
そして、それが何を意味するかを……。
その時、ドアがゆっくりと開いて「舞子」と小さな声で呼びながら圭吾さんが入って来た。私は我に返って振り返る。彼の顔を見た途端、さっきまで固まっていた脳がゆっくりと溶けだした。
「妃奈は寝たのか?」
そう問いかけながら、圭吾さんは薄暗がりの中をこちらに近づくと、私の顔を見て驚いた。
「舞子……何があったんだ?」
ベビーベッドの横に座り込んでいた私の横にしゃがんだ圭吾さんが、手を伸ばして私の頬を拭った。その時初めて私は、自分が泣いていた事に気付いた。けれど、圭吾さんに心配かけまいと首を左右に振った。
妃奈はいつの間にか静かな寝息になり、よく眠っているようだった。圭吾さんは私の手を引っ張り立ちあがらせると、取りあえずリビングへ行こうと、私達は寝室を後にした。
「舞子、どうして泣いていたの? 夏樹さんの事?」
リビングのソファーに並んで座ると、圭吾さんは優しく話しかけてきた。
けれど私は、俯いたまま途方に暮れていた。
(夫婦の間に秘密は持ちたくない。だけど……これは夏樹の秘密だ。でも……)
私は、もうこれ以上自分一人で抱え込むのは限界だと感じていた。圭吾さんなら、この秘密を一緒に抱えてくれるはず。
私は決心すると、圭吾さんに全てを話し出した。
「ええっ? 何だって? それって、夏樹さんの父親が、祐樹とこの親父さんかもしれないって言うのか?」
圭吾さんは、私の話に驚愕し、つい大声で訊き返していた。その問いかけに、私は神妙に頷いた。
それが、何を意味するのか……。見つめ合う二人の視線の中で、彼は理解したようだった。
「それでか……。夏樹さんが、頑なに拒んだのは。それじゃあ、姿を消すのも無理無いな……」
「そう……、夏樹から祐樹さんには、何も言えないもの。連絡手段を絶って、姿を消すぐらいしかできなかったんじゃないかしら」
夏樹の気持ちを考えると、辛過ぎて……。一旦引っ込んだ涙が、また頬を伝う。
そんな私を見て、圭吾さんは肩を引き寄せ、又涙を拭ってくれた。
「舞子、憶測だけで決めつけたらダメだよ。真実は、別の所にあるかも知れない。先に真実を確かめないと……」
「そうだよね。まだ、そうだと決まった訳じゃないよね。でも、夏樹は、きっと、祐樹さんのお父様には知られたくないと思っているから、この事について、ハッキリさせようとは思わないかもしれない」
私は、夏樹のために何がしてあげられるか、考え続けた。
「このままだと、夏樹さんは真実も確かめずに、祐樹から逃げてしまうんじゃないかな? それだと、何も知らない祐樹が、あまりにも哀れだよ」
私は、自分が夏樹を思うように、圭吾さんも親友の事を思って心を痛めているのを見て、私達が二人のために何かできないかと、又考え込んだ。
「ねぇ、私、祐樹さんのお父様にお会いしようかと思うの。真実を知っている夏樹のお母様は、もう亡くなっていらっしゃるし……。それなら、祐樹さんのお父様に、この事をお話したら、私達の憶測が本当かどうかわかるんじゃないかしら? どう思う?」
私は自分の中で二人のためにできる事を考えて、やはり真実をはっきりさせなければいけないと思った。でも、その真実が、一番危惧しているとおりだったら……?
これは浅沼家にとっては跡取り問題とも言える事だ。
でも、このままでは、夏樹も祐樹さんも、悲しい結末へと向かって行きそうで……。
「そうだな……。もしも、真実が想像した通りの最悪の結果だったら……。舞子、おまえ夏樹さんから恨まれるかもしれない。それだけの覚悟はあるのか?」
圭吾さんの真剣な眼差しに、一瞬私は怯んだ。
でも、もしも違ったら……。誤解したまま別れてしまうなんて、悲し過ぎる。
「私は、違う方に賭けたいの! 今わかっている事実は、悪い現実を想像してしまうけど……。今真実を明らかにしなくちゃいけないって……そんな気がするの。夏樹の秘密を知っている私がしなくちゃいけないって……」
そう、さっき祐樹さんの話を聞いてから、何か胸が騒ぐ。このままにしていちゃいけないって、何かに命令されている様で……。
「そうか……。じゃあ、僕ができるだけ早く、祐樹の親父さんに会えるようアポを取るよ」
圭吾さんは、溜息を吐くと、自分のできる限りの協力をしようと申し出てくれた。私は、親友の幸せを願いながら、「ありがとう」と笑顔を返した。
*****
次の日、私は自分が以前勤めていた会社……夏樹の勤めている会社へ電話した。上手く自分がいた時の後輩の女の子が出てくれて、夏樹と代わってくれるようにお願いした。
「あ、夏樹先輩はお休みですよ」
「お休み? 病気で?」
「いえ。舞子先輩、聞いていないんですか? 日曜日に夏樹先輩のお母さんが事故にあわれて入院されたそうです。それで、実家へ帰ったので月曜日から一週間お休みなんですよ」
ええっ?
お母さんが事故?
日曜日と言ったら……、もう五日も経っているじゃないの。
「でも……、夏樹に電話しても繋がらないし……」
「ああ、それね」と言うと、後輩はクスリと笑った。
「夏樹先輩、事故の連絡を聞いて、驚いて携帯を水の入ったお鍋の中に落としてしまったんですって。よっぽど慌てたんですよね。それで、データも全部飛んでしまって、誰にも連絡できないって言っていました。舞子先輩の電話番号も控えて無かったんですね」
水没……。
携帯が繋がらない理由は、水没……。
自宅にいないのは、実家へ行っているんだ。
ようやく私は、安堵の溜息を吐いた。
「そうだったんだ。お母様の様子は何か言っていた?」
「骨折されたらしいですけど、命には別状ないって言っていましたよ」
「そう……、良かったわ。それで、携帯電話は新しくしたのかしら? 今までの番号で繋がらないのだから、番号も変えたのかな?」
「携帯を新しくしても、病院に居る事が多くて電源を切っているだろうから、用がある時は実家へ電話して、留守電に残して欲しいって言っていました。必ず一日一回は実家へ戻るからって……」
私は、夏樹の実家の電話番号を教えてもらい、後輩にお礼を言って電話を切った。
なんだ……。
バカみたいに深刻に考えちゃったけど、夏樹は逃げたんでも、姿を消したんでも無かったんだ。
私は、安堵と自嘲でクスクスと一人笑ってしまった。
そして、すぐに教えてもらった夏樹の実家へ電話を入れた。やはり留守電に切り替わり、電話をくれるよう伝言を残した。
その後、この事実を圭吾さんに知らせるために「時間が空いたら電話してください」とメールをしておいた。
圭吾さんから電話があったのは、お昼の時間だった。
「舞子、夏樹さんの事、わかったのか?」
圭吾さんがいきなり本題に入ったのは、余程気になっていたのだろう。私はすぐに、今日聞いた夏樹の事情を話した。
「そうか……、ちょっと安心したよ。でも、偶然とは言え、タイミング悪過ぎるだろ。それに、携帯水没って……。それで、祐樹にも連絡できなかったんだな」
圭吾さんは安堵した声で、苦笑しながら話す。私は彼の声を聞きながら、自分達の考え過ぎを同じように笑った。
「とにかく僕達が考えた通りじゃ無くて良かったよ。この事は僕から祐樹に連絡しておくよ。……それより、祐樹の父親の浅沼社長に連絡を入れたんだ。夏樹さんの事なら、話を聞きたいそうだ。今日は時間が取れないから、明日の土曜日の午前中ならと言う事だったから、午前十時に会社へ伺うと約束したよ。大丈夫だよね?」
私は、圭吾さんが既に、祐樹さんの父親に連絡をしていてくれた事に驚いた。そして、相手の方も夏樹の話なら聞きたいと、すぐに予定を入れてくれた事に、又驚いた。なんだか話がどんどんと早く進んで行く事に、妙な違和感を覚えながらも、運命が動こうとしている気配を無意識に感じていた。
次話は、夏樹視点になります。
しばらくいろいろな視点からの話が続きます。
時系列が少しづつ重複して進んで行く予定です。
2018.2.28推敲、改稿済み。