#114:上条邸にて(後編)【指輪の過去編・祐樹視点】
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今回も前回の前編に引き続き、指輪の見せる過去のお話の祐樹視点です。
上条邸で、圭吾と舞子に、夏樹との関係を告白する祐樹。
そして、夏樹がいなくなった事を告げた後……
しばらく傍観者のように、興奮する舞子さんを見ていた圭吾が、舞子さんの方へ向き直り、話しかけた。
「なあ、舞子。夏樹さんは、無断で会社を休むような人じゃないよな?」
圭吾の問いかけに、舞子さんは潤んでいた目をぱちぱちと瞬かせて、圭吾の方を見た。俺は二人の会話をうなだれたまま、聞いていた。
「ええ、そうよ。夏樹はとても責任感が強くて真面目だから……」
「だったら、会社へ来ているか、休んでいるとしたら、連絡しているはずだから、明日、会社へ電話して訊いてみてくれないか? 祐樹のために……」
「それは、もちろん、そうするつもりよ。祐樹さんのためじゃ無くてもね」
先程まで涙を溜めた目で、遣る瀬無い表情をしていた舞子さんが、希望の光を見つけた様に少し明るさが戻った。
良かった。まさか会社までは休んでいないだろうから、夏樹の事が少しはわかるだろう。
「それで祐樹」
圭吾は、今度は俺の名を呼び、俺の方に向き直った。俺は顔を上げた、圭吾の目を見て、次の言葉を待った。
「祐樹は本気なんだろうな?」
「え?」
「夏樹さんと結婚したいって言うのは、本気で思っているんだよな?」
「あたりまえだろ。そんないい加減な気持ちでプロポーズなんかしないよ」
「でも、今までおまえは、会社のためにお祖父さんの決めた人と結婚するって、ずっと言っていたじゃないか。その人の事、好きじゃ無くても結婚するって。それなのに……」
圭吾が言うのはもっともだ。俺は圭吾のお陰で目が覚めた事も、言っていなかったんだから……。
「圭吾のお陰だよ」
俺は感謝の気持ちを込めて、圭吾を見た。
「え? 僕のお陰?」
驚いた顔で問い返す圭吾。
「ああ、圭吾と舞子さんのお陰で、目が覚めたんだ。愛の無い結婚はしたくないって思ったんだよ」
「祐樹……。良かった。お祖父さんの洗脳から目覚めたんだな」
圭吾のほっとした笑顔を見て、俺も現状を忘れて、「ああ、本当にありがとうな」と笑顔で返した。
こんな俺達二人を見て、舞子さんは優しく微笑んだ後、表情を引き締めて俺を真っ直ぐ見つめる。
「ねぇ、祐樹さん。祐樹さんが夏樹にプロポーズして、夏樹はOKしたの?」
ああ、そうだった。さっき話が逸れて、そこまで話していなかったんだ。俺は、プロポーズした事情と夏樹の反応と二人の誕生日に実家へ夏樹を連れて行った時の様子を話した。そして、俺の両親が夏樹と知り合いだった事を話すと、圭吾も舞子さんもとても驚いた。
「夏樹ったら、祐樹さんとの事の他に、まだ秘密があったのね。……私、夏樹に親友だって思われていないのかしら?」
舞子さんが淋しそうに呟いた。
「夏樹は、親父が一応社長だから、若い女性と一緒にスイーツを食べに行っているなんて世間に知られたらダメだと気を使っていたんだと思うよ。それに、舞子さんもプライベートでいろいろ忙しかったから、夏樹なりに心配掛けたくなかったんだと思うよ。夏樹は、舞子さんが一番の友達だと思っているから、余計に言えなかったんだよ」
俺の所為で夏樹と舞子さんの仲を壊してしまったら辛いと思った。
「わかっているの、夏樹の性格は。自分の事より人の心配ばかりして……。自分一人で抱え込んでしまう事も良く分かっていたんだけど……。私も結婚、妊娠、出産と続いたから、私に心配かけたくないって言う夏樹の気持ちはよくわかっているのよ。でもね、こんな大事な事、言って欲しかった……」
又、舞子さんの目に涙が溜まり出して、俺は焦った。でも、圭吾が何も言わずに舞子さんの肩を抱き寄せるのを見て、二人の繋がりに羨ましさを感じた。
「なぁ、祐樹。おまえの両親は夏樹さんを気に入っているわけだろ? それなら、何も問題は無いんじゃないのか? 普通身分がどうのって言う時は、金持ちの方の親が反対するからだろ? 相手の両親が手放しで歓迎してくれているのなら、何も問題ないだろ?」
圭吾は、俺の話を聞くと、そんな感想を言った。
そう、俺もそう思ったんだよ。確かに祖父さんは反対するだろうが、夏樹には今のところ、祖父さんの反対は知らないだろうし……。それなのに、頑なに母親の言う事を守ろうとするのは、夏樹の融通のきかない性格のせいだろうか?
「確かにそうよね。祐樹さんのご両親が賛成してくださって、夏樹を受け入れてくださるのなら、母親も娘の幸せが一番だと思うから、言いつけを守らなくてもいいんじゃないかしら?」
舞子さんも圭吾の意見に同意した。
「舞子さん、さっき夏樹のお母さんの人生がどうとか言っていたけど、夏樹のお母さんも同じような恋愛をして、相手の親に反対されたとか?」
俺は、舞子さんがさっき言った言葉で、気になっていた事を訊いてみた。彼女は一瞬戸惑ったが、「まあ、そんな感じ」と短く答えた。
「母親は自分と同じ辛い思いをさせたくなくて言ったんだろうが、それが娘の足枷になっているなんて、思いもしていないんだろうな……」
圭吾はそう言うと、大きく溜息を吐いた。
「ねぇ、夏樹が気を失った後、意識が戻ってから、皆でその辺の話はしなかったの? 夏樹の不安やショックを取り除いてあげるような話にはならなかったの? 夏樹を安心させてあげられなかったの?」
舞子さんの言う事はもっともだけど……、あの時いくら安心させようと声をかけても、夏樹の心は全ての言葉をシャットアウトしたように頑なだった。それに……。
「言ったさ。両親も俺も、みんな夏樹の事は大歓迎だから、何も気にしなくていいって……。でも、夏樹はとにかく一人で考えさせて欲しいの一点張りで、俺達の言葉を聞こうとしないんだ。それに……、親父が指輪の事を言いだして……」
「指輪?」
舞子さんは驚いた顔をした。
俺は、指輪の話までするつもりはなかったのに、思わず口から出てしまった。
「祐樹、親父さんに婚約指輪の心配でもされたのか?」
圭吾が、指輪と聞いて婚約指輪を連想するのも無理は無いだろう。
「いや、違うんだ。夏樹が指輪をチェーンに通して首にかけていたのを、夏樹が倒れた時に落としたみたいで、それを親父が拾ったんだよ。そうしたら、その指輪の事で、夏樹と二人だけで話したいって親父が言いだして……。親父と夏樹がどんなふうに話をしたのか分からないけど、夏樹の指輪を親父が浅沼家に伝わる指輪と勘違いして、その指輪をどうしたのかと問い詰めたらしいんだ。夏樹は指輪泥棒の様に思われたと思ったのかとても怒ってしまって……。それで余計に、俺達の話を聞いてくれなくて、帰りに家まで送って行く間も、夏樹の様子がずっとおかしくて……。それっきり、夏樹がいなくなったんだ」
俺が話している間、舞子さんの目がだんだんと大きく見開かれて行くのが気になった。
「夏樹さん、ただでさえおまえが浅沼の息子だと知ってショックだったのに、その父親から責められたら、余計ショックだったんじゃないのか?」
圭吾は、俺が思ったのと同じような感想を言った。
「祐樹さん、夏樹の指輪って、3つの宝石が付いている指輪だった?」
舞子さんも夏樹の指輪を見た事があるんだ。
「ああ、その指輪だと思うけど……。夏樹はよく似た指輪を他にも持っている様な事、言っていたなぁ……」
そうだ、あの指輪は、俺が見たのとも、親父が見たのとも違って、嵌めた事が無いって怒っていたっけ……。
「浅沼家に伝わる指輪って、夏樹の持っていた指輪に似ているの?」
舞子さんは、指輪の事が気になるのか、重ねて質問して来た。
「ああ、俺も写真でしか見た事無いけど、よく似ていると思うよ」
「写真でしか見た事無いって、おまえは実物を見せてもらっていないのか?」
圭吾が、思わぬ所を突っ込んで来た。
「実は……、その実物は、今浅沼家に無いんだ。浅沼家の繁栄に関わる大切な指輪なんだけど、時々姿を消す。そして、次に姿を現した時には、さらなる繁栄を約束されていると言われているんだ」
「なんだ? そんな話、初めて聞いたよ。浅沼家は歴史があるとは知っていたけど、家宝や言い伝えとかある様な家だったんだ。なんだかミステリー小説みたいだな」
圭吾の率直な感想に、思わず笑いを漏らしてしまった。そして、俺は浅沼家の指輪に付いて、かいつまんで二人にレクチャーした。
圭吾は興味深げに聞いていたけれど、舞子さんはなぜだかどんどんと考え込んでいっている様な気がする。
「浅沼家から消えた指輪に似た指輪を夏樹さんが持っていて、祐樹の親父さんは興奮して訊いたんだろうな……」
圭吾が言うように、親父は、家宝の指輪だと思い込んで興奮したんだろう。よく考えれば分かる事なのに……。夏樹が持っているはず無いって事に……。
「ああ、そうだろうな。浅沼家にとっては、指輪が戻って来るのを待っているのだから。そんな指輪を夏樹が持っているはず無いのに……」
「いや、わからないよ。道端で怪しいアクセサリーを売っている中にその指輪があって、たまたま夏樹さんが買ったとか……、消えた指輪がどんなふうに戻るかなんて、分からないんだろう?」
圭吾はまるで小説か何かの様に想像して、ニヤリと笑いながら言う。
そんな事もありなのかな……?
「ねぇ、その浅沼家の指輪には、何か目印になる様な物はあるの?」
舞子さんにそう訊かれて、俺は「目印?」と呟くとお祖母さんに言われた事を思い返していた。
『祐樹、この指輪にはね、指輪の内側の宝石の裏の部分に【S&H&L】と刻印があるの。これは、宝石のそれぞれの意味の英語の頭文字なのよ。これが浅沼家の商売の理念の象徴でもあるの。ほら、浅沼の会社のマークにも、この頭文字はデザインされているでしょう? 似た様な指輪はいくらでもあると思うから、この刻印があるか確かめるのよ』
俺は、この事を今初めて思い出して、悔やまれた。あの時、この事を思い出していたら、夏樹の指輪は違うのだと、親父に説明できたのに……。
親父は知っているのだろうか? 知っていたら、あの時言うよな?
「祐樹さん?」
俺がしばらく過去へ思いを馳せてぼんやりとしていたので、舞子さんは催促するように俺の名を呼んだ。
「ああ、指輪の裏に刻印がある。舞子さんに訊かれるまで、忘れていたよ。でも、どうしてそんな事聞くんだ? 何か気になる事でもあるの?」
やけに指輪のこだわる舞子さんを、俺は不思議に思った。
「ううん、そう言う訳じゃないけど……。ちょっと面白そうで興味あるって言うか……。夏樹が持っていた指輪には、その刻印は無かった訳だよね?」
舞子さん、どうしてそんな事を確かめるように訊くんだ?
「その時は刻印の事を忘れていて、確かめていないんだ。でも、そんな事あるはずがないから……」
俺はそう言いながら、夏樹に返すために親父から預かったあの指輪を、後で確かめてみようと考えていた。
その時、ベビーモニターから泣き声が聞こえた。最初は子供の泣き声がいきなり聞こえて驚いたが、寝室で泣き声を送信機がキャッチして、リビングの受信機から聞こえる仕組みになっているらしい。舞子さんは慌てて寝室へ行ってしまった。
俺は随分長居をしてしまったと、圭吾に謝り、夏樹の事で何か分かったら、連絡してもらうようお願いして、上条邸を後にした。
外へ出て夜空を見上げた。上限の月が高く昇って来ていた。夏樹は今頃、どこで何をしているのだろうと、途方に暮れている俺は、圭吾の様な幸せな家庭を持つ事ができるのだろうか?
なんだか今の俺には、夏樹はあの月の様に遠い存在に思えた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次話は、指輪の見せる過去の舞子視点になります。
もうしばらくお待ちくださいね。
2018.2.25推敲、改稿済み。