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#108:指輪の真実(後編)【現在編・夏樹視点】

今回も現在編の夏樹視点です。


祐樹の祖父である会長からの攻撃を、なかなかうまくかわせない夏樹は

突然現れた祐樹の父親の浅沼さんに、心ならずも助けられます。

しかし、知られたくない事実に浅沼さんはだんだんと気付いて行くようで、

怖い夏樹です。

浅沼さんにも祐樹にも真実を知られる事無く、姿を消したい夏樹にとって、

会長の思惑に乗ってしまった方がいいのではないかとまで考えてしまい……


そして、次々と明かされる指輪の秘密とは……

「何を言っているんだ、夏樹ちゃん。お父さんも、彼女に何を言ったんですか? 彼女を悪者扱いして、脅したんですか? 夏樹ちゃんも今度は負けたらダメだよ。そう言えば祐樹は? 祐樹は週末に帰ると言っていたよね。祐樹が聞いたら怒るぞ」

 浅沼さんは、私と会長にそれぞれ文句を言った。

 ごめんなさい、浅沼さん。もう、ダメなんです。

 これ以上考えると涙が出そうで、唇を噛んで思考を止めた。


「祐樹は帰って来ないよ。今頃は婚約者とイギリスへ婚前旅行さ。佐藤さんの思惑を話したら、思い当たる事があったみたいで、動揺していたよ。信用できなくなったんじゃないか?」

 会長は、さっきの指輪の事が後を引いているのか、不貞腐れた様に言う。

 婚前旅行? 信用できない?

 これでいいの、これで……。もう何も考えるな、夏樹。

 私は俯いたままハンカチを握りしめて耐えた。


「お父さん、何を言っているんですか? 祐樹に何を話したんですか!!」

 浅沼さんは、会長の方を向き直ると、初めて見る剣幕で会長を問い詰める。それでも、会長はふてぶてしく顔を背けた。

 浅沼さんはいきなり携帯電話を取り出すと、何処かへ電話をかけた。その様子を見ていた会長が、「まさか、祐樹に電話しているのか?」と慌てだした。しかし、浅沼さんは、体ごと背けて、まったく知らん顔している。


「祐樹、今どこにいるんだ?」


「それで、沖永(おきなが)のお嬢さんも一緒なのか?」


「おまえ、会長に何を言われたんだ? 夏樹ちゃんを疑っているのか?」


「とにかく、今すぐ帰って来い。刈谷君に一番早く帰れる飛行機のチケットを取ってもらってくれ。イギリスでの仕事なんか、支社の奴に任せてこい。イギリスへの転勤話も取り消しだからな……。え? ………分からないならいいから、とにかくすぐに日本へ戻れ」


 沖永のお嬢さん……って言う人が、お祖父さんの決めた婚約者なのだろう。

 祐樹は、日本に帰って来るのだろうか?

 どうしよう……。帰ってくる前に、消えたい。


 浅沼さんは電話を切ると、会長の方にもう一度向き直った。浅沼さんの怒りのオーラに会長はビクリと体を震わせると、顔を背けた。


「会長、真実を捻じ曲げないでください。何が婚前旅行ですか?! 元々会長が仕組んだ事なんでしょう? 祐樹は仕事の関係で仕方なく、沖永さんのお嬢さんとイギリスへ行ったと言っていますよ。それに、刈谷君も一緒でしたし……。そんな事で、忙しい祐樹を振り回さないでください。転勤話も、知らないって言っていましたよ。佐藤さんの事だって、作り話で祐樹を惑わせて……」


「惑わされる祐樹が悪い。所詮たいした信頼関係が無いから、惑わされるんだ。本気なら、相手を信じて貫き通せるだろう。雅樹、おまえだって同じだよ。御堂夏子と結婚したいと言いながら、結局あの女が姿を消した二ヶ月後には、雛子に子供が出来たからと、スルリと気持ちを変えたじゃないか……」

 会長は、息子に責められてキレたのか、浅沼さんの過去を持ち出して反撃しだした。

 浅沼さんは、先程の怒りのオーラが急にしぼみ、奥歯をグッと噛みしめるように耐えている様な表情になった。そして私の方を向き、目を合わせると首を振った。それが何を意味するのか、私には分からなかった。

 母は死ぬまで浅沼さんを思い続けたのに……。二ヶ月で雛子さんとの結婚を決めたんだ。

子供が出来たのなら、仕方ないか……って、母だって妊娠していたのに……。

 この事はもう考えちゃいけない。浅沼さんを酷い人だと思いたくない。


 祐樹から最後に電話があった時、どこか変だったのは、会長の作り話で私への信頼が揺らいだからなんだ。そんな事ある訳無いと突っぱねてはくれなかったのか……って、もうそんな事考えても、関係無いじゃない。

 それでも、祐樹が婚約者と言われている女性を選んだのじゃないと分かって、ホッとしている自分がいた。

 でも、もう祐樹には会えない。会ったら、どうしたらいいかわからない。祐樹の前から姿を消すには、どうしたらいいの?

 彼の私への気持ちをすっぱり切り捨てるために、恨まれた方がいいなら、本当に母親の復讐と言う事にした方が良かったのかも知れない。

 

 私が一人逡巡している間に、浅沼さんと会長は、まだ言い合いをしていた。二人の会話は、今の私の耳には届かなかった。


 もう、帰ろう。指輪も返した。もう私はここにいる必要は無い。一人で考えよう。これからどうするか。

 私がそう考えて、立ち上がろうとした時、浅沼さんに名前を呼ばれた。


「夏樹ちゃん? この指輪は、いつ頃夏子から君に渡されたの?」

 浅沼さんは、いつもの優しい顔で訊いた。いつの間にか指輪は浅沼さんの手にあった。会長は不機嫌な顔のまま顔を背けている。


「え? あの……、私の二十歳の誕生日に……。その指輪の持つ意味と、これは真の所有者しか嵌める事が出来ない事を聞いて、母の目の前で指輪を嵌めました」

 そう言うと、浅沼さんは少し目を見開いたが、大きく頷くと優しい笑顔を見せた。


「君はその時、この指輪をどうして母親が持っているのかは、訊かなかったの?」

 えっ……?

 それは……。それを言ったら……。

 私が絶句して、視線を泳がせていると、浅沼さんは、さらに質問して来た。


「じゃあ、お母さんはどうして私からもらった指輪を、君に渡したんだと思う?」

 そんな事知らない。母は、誰かにこの指輪を託したかっただけじゃないのかな? それが私しかいなかったから……。

 私は何と答えていいのか分からず、「わかりません」と首を振った。


「この指輪はね、真の所有者が次の後継者の二十歳の誕生日に渡す事になっているんだよ。私は、そんな話も夏子にしたと思う。だから、夏子は君に渡した」

 浅沼さんは、真っ直ぐに私を見た。私は彼の視線に捕らえられ、視線を外す事が出来なかった。

 も、もしかして……気付いているの? 浅沼さんは気付いてしまったの?


「夏樹ちゃん、この指輪を嵌めてみてくれるかな?」

 浅沼さんは有無を言わせない様な真剣な表情で言った。しかし、その時、会長が「ちょっと待て」と口を挟んだ。


「なんですか? さっき説明したでしょう? 真の所有者じゃないと、次の後継者に渡す事が出来ない事を……。だから、確かめるんですよ。夏樹ちゃんが本当に真の所有者かどうか……」

 浅沼さんはうんざりした様な顔で、会長に説明した。それでも、会長は何処か慌てているようだった。


「おまえ……、それだと佐藤さんが後継者と言う事になりはしないか? 後継者は、浅沼の血を引く者じゃ……。おまえ、まさか……? なんて言う事を……! 本当の二股だったなんて……」

 会長は自分の中で考え出した答えに驚愕しているようだった。


 ああ……、なんて言う事。会長も気付いてしまった。

 私は思わず立ち上がった。そして、「帰ります」と言うと、ドアへ向かって歩き出そうとした時、浅沼さんに腕を掴まれた。


「夏樹ちゃん、待って。二股なんて、していないから……」

 うそ! 嘘ばっかり! 祐樹と私は同じ誕生日なんだよ!

 私は、浅沼さんを振り返ると「聞きたくない」と言って、腕を振り放そうとした。それでも、浅沼さんは、腕を掴む力をますます強めた。


「夏樹ちゃん、確かめたいんだ。この指輪を私の目の前で嵌めてくれないか?」

 懇願する様な浅沼さんの声にも、私の心は冷えて行くばかりだった。

 確かめてどうするの?

 私と祐樹が異母兄弟だって、確認するの?

 いや!これ以上真実なんて、知りたくない。

 いつの間にか、私の目からは涙が流れていた。それを見て、浅沼さんは手を放した。その時、会長が笑い出した。こんなにおかしい事は無いと言わんばかりの笑いだった。


「雅樹、どちらにしても、祐樹と彼女の結婚は無しじゃないか。兄妹では無理だものな。それじゃあ、祐樹の方の結婚話は進めてもいいな。でも、私は、その女を浅沼の後継者とは認めないからな。……足立君、今から会社へ行くから、車を回してくれ」

 そう言うと、会長はスタスタとドアへ向かって歩き出した。しばらく、浅沼さんは茫然としていたが、我に返ると「お父さん、待ってください」と追いかけて行った。


 私の頭の中は真っ白になっていた。

 もうお終いだ。お母さん、ごめんなさい。あなたの言う事を聞かなかったから、こんな結果になったんだね。

 私は力が抜けてしまって、又ソファーにストンと腰を下ろした。ドアの方で二人の言い争いが聞こえて来たが、通り過ぎて行くだけで、私の頭の中には入って来なかった。


 自業自得だ……。

 この街は鬼門なんだ……。

 指輪も返した。もう、私をここに引きとめる物は何も無い。

 帰ろう。母の眠るあの故郷へ……。


 私がヨロヨロと立ち上がりかけた時、又足音が近づいてきた。そして、浅沼さんと会長の会話が、聞こえてきた。


「だから、全てを説明しますよ。でも、私一人では言えないんです。今雛子を呼びましたから、もうしばらく待っていてください」

 浅沼さんは、会長を一生懸命説得しているようだった。会長は、会長より背の高い息子にがっしりと肩をつかまれ、無理やり引き戻されているようだった。


「私はそんな説明は聞きたくない。佐藤さんの事はおまえの責任問題なのだから、おまえが解決すればいいだろう。浅沼家には関係ない。いまさら言い訳なんて、見苦しいぞ」


 二人は言い合いながら、私の座るソファーの方へ戻ってきた。そして、先ほどと同じソファーに座ると、会長は私を見ようともせず、背を向けた。浅沼さんは私に申し訳ないような顔をして、口を開いた。


「夏樹ちゃん、悪かったね。嫌な思いをさせて……。でも、祐樹と君は兄弟じゃないから、安心しなさい。それより、この指輪を嵌めてみて欲しいんだが……」

 兄弟じゃない? 

 どうして、断言できるの?

 母とはそんな関係じゃなかったと言うの?

 それこそ、母の気持ちを弄んだの?

 それとも、母が父親は浅沼さんだと思い込んでいただけ?

 分からない、分からない……。

 どうして?


 浅沼さんは、指輪を持って差し出したまま、お願いと言う視線を向けていた。私は無意識に浅沼さんを睨んでいた。そして、私の緊張の糸が切れたんだと思う。自棄のように指輪をひったくると、自分の右手の薬指に勢いのまま嵌めていった。

 その途端、目の前が真っ白になった。

 消え行く意識の端で、トリップと言う言葉が点滅した。

 最後に祐樹の笑顔が見えた気がした……。

 


いいところで、トリップしてしまいました。

さて、次回からはまた、指輪の見せる過去の世界へ……

皆様、頭を過去へ切り替えてください。

祐樹と夏樹の29歳の誕生日、祐樹が浅沼さんの息子だと知った夏樹は、

ショックのあまり気を失いました。

その続きからです……


2018.2.22推敲、改稿済み。

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