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#107:指輪の真実(前編)【現在編・夏樹視点】

お待たせしました。

今回も現在編・夏樹視点です。


祐樹の祖父に追い詰められ、悪人扱いされてしまう夏樹。

そこに誰かが尋ねてきて……

いよいよ指輪の秘密が解き明かされる?

 ドンドンドン。

 ドアが激しく叩かれる。


「足立君、見て来てくれ。でも、誰も中へ入れないでくれよ」

 足立さんの遠ざかる足音を聞きながら、私は俯いたままハンカチを握りしめていた。

 

 言わなくては……。

 違うと、そんな事は何も考えていないと……。

 でも、何を言っても信じてくれない会長に、何と言えばいいのか分からなくなっていた。

 私は人を騙す様な人間に見えるのだろうか?

 そんな悪人の様に思われたこと自体、とてもショックだった。

 この時初めて、少しだけ母を恨んだ。

 お母さんが、指輪を返していたら、こんな疑いを掛けられる事は無かったのに……。

 でも、母の復讐という疑いは、それだけでは晴れない。

 私の存在理由さえも否定しかねない、母と浅沼さんとの出会いその物を恨んでしまいそうになる。

 そして、そんな自分が嫌になる。

 私が祐樹と出会わなければ……。好きになんてならなければ……。

 そうだ、全ては私の所為だ。


 俯いたまま逡巡していると、ドアの方で言い争いの様な声が聞こえた。「会長」と呼ぶ男の声と、「今来客中ですので、困ります」と言う足立さんの声。丁度ドアは、この私達が今いる応接セットのあるスペースからは、死角になる。目の前の会長は、ドアの方が気になるのか、そちらの方に目を向けたままだ。

 「会長」と呼ぶ声と足音が近づいて来た。「待ってください」と追いかける様な足立さんの声と足音。

そして、その突然の来訪者が、会長の視角の中に入り認識したのか、その名を呼んだ。


「雅樹か、丁度良かった」

 私はビクリとした。私はドアの方に背を向けていたので、すぐには誰かわからなかった。

 でも、その名を聞いて、浅沼さんだと言う事が分かった。

 振り返りたい衝動と、隠れたい衝動が、同時に私の中に湧きあがった。


「会長、来客中すいません。丁度いいと言うのは? え? 夏樹ちゃん?」

 浅沼さんは、スタスタと会長に近づくと、私が見える位置まで来ていた。そして、私に気付くと驚いた声を上げた。私は恐る恐る浅沼さんを見上げた。そして、申し訳ない顔で小さく会釈した。


「会長、どう言う事です。祐樹のいない間に、佐藤さんを呼び出して、また妨害するつもりですか?」

 浅沼さんは私を見て、五年前と同じように会長が私に祐樹と別れるように言っていると思い、会長に怒りをぶつけた。


「雅樹、おまえは何も気づいていないから、そんな事を言っていられるんだ。まあ、ここへ座れ」

 会長が座っている一人掛けのソファーの横に、同じ一人掛けのソファーがあり、そこへ座るように会長は勧めた。浅沼さんは無言で会長の後ろを回り込むと、そのソファーにどかりと座った。その様子を見ていた会長は、浅沼さんが座ると同時に口を開いた。


「それで、おまえはなぜここへ来たんだ?」


「そうだった。……会長、なぜ祐樹がイギリス支社へ転勤と言う話になっているんです。私に内緒でそんな重要な事を勝手に決められては困ります」

 浅沼さんは、会長の方に体ごと向き直り、苦情を訴えるように言った。

 やはり、イギリスへ転勤と言うのは、本当の事だったんだ。


「何を言っている。私はこの女の悪だくみから祐樹を守るために、イギリスへやったんだ」

 悪だくみ?!!!

 酷い! 酷過ぎる。

 違いますと言おうとした矢先、浅沼さんが「この女?」と訊いた。


「ああ、雅樹、おまえは騙されているんだよ。この女はな、御堂夏子の娘なんだよ。母親の復讐のために祐樹に近づいたんだよ」


「違います。本当に偶然なんです。浅沼さんが母の恋人だったなんて、知らなかったんです」

 私は必死で浅沼さんに訴えかけた。浅沼さんは私を見て、唖然としている。


「本当なのか? 君が夏子の娘だなんて……」

 ああ、知られてしまった。話さないといけないとは思っていたけれど……。でも、ここでは知られたくなかった。

 私は浅沼さんの問いかけに、小さく頷いた。


「あ、あの、復讐とかそんな事、考えた事もありません。母は誰も恨んでなんかいませんでした。それに、この街での事やこの街の人の事は、何も話してくれませんでした。浅沼さんと母の関係は本当に知らなかったんです」

 私は浅沼さんに、信じてと念を込めて、訴えた。

 

「私は夏樹ちゃんを信じるよ。夏子の事も知っているから、彼女が復讐なんて望むはずが無い事、分かっているから……。会長は、ありもしない妄想で彼女を責めていたんですか?」

 ああ、信じてくれた。良かった。

 私は安堵で小さく息を吐いた。しかし、浅沼さんは会長を睨み、険悪な雰囲気が漂い始めた。


「雅樹……、やはりおまえは甘いな。そんな偶然、あると思うか? 親と子がそれぞれ同じ親と子に出会い結婚まで考えるなんて……。最初のおまえたちは偶然だっただろうけど、その子供同士が出会う可能性は、こんなに違う環境にいて、それも別々の地域で育ったにもかかわらず、あると思うか?」


「それが運命なんですよ。それだけの事です。復讐なんて言う方がもっとあり得ないですよ」

 浅沼さんは運命だと言った。

 私と祐樹の出会いは運命なの? 結ばれるはずが無いのに?

 それでも、私の味方になってくれる浅沼さんが嬉しかった。良く考えたら、お父さんなんだ……と思ったら、心が震えた。このまま、気付かれませんように……。


「それで、夏樹ちゃん、夏子は……」と浅沼さんが私の方に身を乗り出して話し出した時、先程浅沼さんにバッサリと復讐説を切り捨てられて不機嫌になっていた会長が、口を挟んだ。


「雅樹、それでもな、この指輪を見てくれ。この女が持っていたものだが……」

 会長はそう言いながら、先程の指輪を浅沼さんの方へ差し出した。

 この女って、なんてひどい言い方。


「お父さん、佐藤さんの事をこの女呼ばわりは失礼ですよ」

 会長の方を振り返りながら、浅沼さんはそう言うと、会長から渡された指輪を手に取った。

 浅沼さんが会長に呼び方を注意してくれたのは嬉しかった。でも、この指輪を見て、気付いてしまうだろうか?


「これは、あの指輪ですね。この指輪は、私が夏子にあげた物です。佐藤さんが持っていても、不思議じゃない」

 浅沼さんは、会長が切り札の様に差し出した指輪を、私が持っていてもおかしくないと、受け流した。


「それでも、この指輪を彼女は指に嵌めていたんだぞ。本来なら、嵌める事なんかできないんだ。だから、これはイミテーションで、本物を隠しているんだよ。そして、ワザと私の前にこの指輪を嵌めて来たんだよ。自分が本当の浅沼家の嫁だとこの指輪で証明しようとしていたんだろう」

 会長は自分の考えた悪事の推理を、自慢気に息子に披露した。それを聞いた浅沼さんは、驚いた顔をして、私を見た。


「夏樹ちゃん、この指輪……嵌められるの? これは、イミテーションなの?」

 え? 浅沼さんまで、疑うの?


「違います! 本物です。他の人が嵌められるかどうか、確かめたらいいじゃないですか?」

 私は自棄になって叫んだ。そこまで疑われなきゃいけないなんて……。悔しくて、悔しくて……。

 

 しかし、私の反応を見た浅沼さんは、ハッとした表情をした後、視線を泳がせて何か考え込んでいるようだった。そんな浅沼さんを見ていて、私も我に返った。もしかして、気付いてしまったのだろうか?


「君がそこまで言うなら、確かめようじゃないか。足立君、ホテルの女性従業員を呼んで来て」

 会長は、息子が思うように自分に味方しないので、イライラしながら足立さんに指図した。

 私は、会長の言葉を聞いて、来るなら来なさいと、もうどうなろうと、自分の真実を押し通すだけだと、開き直っていた。


「夏樹ちゃん……、君は……。……夏子は、お母さんは元気でいるのかい?」

 考え込んでいた浅沼さんが顔を上げると、優しい笑顔を浮かべて訊いて来た。

 あ……、母は亡くなったと言ったら、どう思うだろう? それでも、会長も知っている事だから、嘘は言えない。


「あ、あの……、母は十四年前に亡くなりました」

 

「えっ、……夏子が、亡くなったのか? で、でも、この前、母親に電話したと……」

 浅沼さんは、取り乱したように動揺していた。


「今の両親は養父母です。母の昔からの友人で、母が亡くなる前から約束していたそうです。佐藤と言う姓も、今の両親の姓です」

 私が話している間、浅沼さんは私を真っ直ぐに見つめていた。そして、私が話し終わると、大きく息を吐いた。


「じゃあ、君の本当のお父さんは?」

 ついに来た! 何と答えたらいいの? 


「ち、父は、母と結婚する前に亡くなったそうです。母は父の事をほとんど話してくれませんでした。私は名前も知りません。ただ、優しい人だったと、それだけで……」

 小さい頃から教えられて来たのは、これだけだった。あっ、甘いもの好きと言うのもあったけれど……。

どうぞ、これで、納得してくれますように……。


「そうか……、その後、夏子は結婚したのかい?」


「いいえ、亡くなるまで、ずっと私と二人きりで生活してきました。今の養父母もすぐ近くに住んでいたので、淋しくは無かったです。母もいつも明るくて、辛い思いをした事は無いです」

 私は、浅沼さんが母と結婚しなかった事を、気に病んでいたら嫌だったので、安心させるように、訊かれていない事まで、必死で話していた。

 本当は、愛する人の子供が産めたから幸せだと、いつも言っていた事を、目の前の浅沼さんに一番伝えたい言葉だけど……。


「そうか……。でも、母親一人で大変だったんだな……」

 浅沼さんはそう言うと、俯いた。きっとあの頃の自分を責めているんだ。母を幸せにしてあげられなかったと……。

 言いたい。母は、あなたを愛して、あなたの子供を産んで、幸せだったと……。


「いいえ、大変は大変でしたけど……。母は、愛する人の子供を産む事が出来て幸せだと、いつも言っていました。だから、浅沼さんは気に病む必要無いですよ」

 私は今できる精一杯の笑顔を見せた。浅沼さんは、私の言葉に顔を上げて私の顔を見た途端、何かに気付いた様なハッとした表情をして、私を真っ直ぐに見つめた。


「夏樹ちゃん、もしかして、君は……」

 浅沼さんが何か言いかけたその時、ドアの方からバタバタと音がして、足立さんが客室係の女性を伴って戻って来た。それまで、不貞腐れた様に私と浅沼さんの会話を見ていた会長が、それを見て体を乗り出した。


「君、悪いがこちらへ来て、この指輪を嵌めてみてくれるかな?」

 会長の言葉に、客室係は驚いたが、すぐに平静に戻り会長に近づき、頭を下げた。そして、会長の差し出す指輪を受け取ると、左の薬指に嵌めようとした。その時会長が「小指に嵌めてくれるかな?」と口を挟んだ。

 私達は固唾を飲んで見守った。指輪の大きさと彼女の小指の太さを見れば明らかに指輪の方が大きい。私はドキドキしながら見ていた。


 右手に持った指輪を左手の小指に近付けて行く……

 不思議な事に、指輪が小さくなったようには見えなかったのに、小指には嵌まらなかった。

 客室係は、不思議そうに頭を傾げて無理やり小指に通そうとするが、やはり入らなかった。そして、顔を上げて会長を見ると、「すいません」と謝った。会長は茫然として、客室係の謝罪の言葉は聞こえていない様だった。浅沼さんは立ち上がると、客室係に近づき「申し訳なかったね。ご苦労様」と謝罪と労いの言葉を言って、彼女から指輪を受け取ると、仕事に戻らせた。


「夏樹ちゃんは、この指輪を君は嵌める事が出来るんだね?」

 浅沼さんは私にそう確認すると、私は頷いた。そして、指輪を摘まんで持って、こちらへ差し出して来たので、受け取ろうと手を差し出しかけた時、横から手が伸びて来た。


「雅樹、何をするんだ。彼女に指輪を渡すんじゃない」

 会長が浅沼さんの手首を掴むと自分の方へ引き寄せ、さっと指輪を奪ってしまった。


「会長こそ、何をするんですか? 佐藤さんに指輪を嵌めて見せてもらおうと思ったのに……」

 

「そんな事、確かめる必要は無い。それに、さっき彼女は自分で言ったんだよ。祐樹と別れて身を引くと……。そうだったよね、佐藤さん」

 えっ?

 あ……浅沼さんの登場で、すっかり忘れていたけれど、そう言ったんだった。

 そうだ、もう祐樹とは結婚できないんだから、そう、これでいい。これでいいんだ。

 だから、浅沼さんに気付かれる前に、ここを去らなければ……。


 私は、会長の問いかけに「はい」と頷いていた。

 

 


2018.2.21推敲、改稿済み。

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