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#106:冤罪【現在編・夏樹視点】

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

今回も現在編で、夏樹視点です。


トリップから目覚めた夏樹は、真実を確かめるべくいろいろ動き出しました。

祐樹にも、浅沼さんにも知られる事無く、姿を消したい夏樹でしたが……

「佐藤さん」

 その男が近づいて来た事に、声をかけられるまで全く気付いていなかった。

 振り返ると、背の高いスーツを着た三十代ぐらいの男が立っていた。どこかで見た様な顔だった。


「佐藤さん、私の事を覚えていますか?」

 私はぼんやりと男の顔を見上げた。記憶を辿って行く。 

 あ、この人は……。

 私がハッとした顔をしたのを見て、思い出した事に気付いたのか、彼は上品な笑顔を見せた。


「思い出していただけましたか? 私は、浅沼コーポレーション会長秘書の足立です」

 あの時、同じように私を訪ねて来た、祐樹さんのお祖父様の秘書の方。

 あれは五年前、私と祐樹さんが結婚話を進めていた時に、今日の様に突然、会長秘書の足立さんが私の自宅へ訪ねて来た。会長が話をしたいと……。

 今回も又会長の呼び出しだろう。もう、祐樹と再会して結婚を決めた事を知られたんだ。

 でも、もう今更だけど……。


「私に何のご用でしょうか?」


「もうお分かりと思いますが、浅沼会長がお話をしたいとの事で、ご足労願いたいと申しております」

 やはり……。

 どうせ、祐樹と別れろと言う話だろう。

 わざわざ呼び出さなくても、もう祐樹との未来は無いのだから……。

 私はしばらく視線を地面の上に這わせた後、顔を上げた。真っ直ぐ見つめる足立さんの目が、逃げられないよと語っていた。



 黒塗りのセダンの後部座席に座り、窓に流れる風景を見つめていた。

 丁度いい。前回の様にお祖父様に反対され、引き裂かれた事にしたら……?

 ダメダメ。それでは、全てがお祖父様の所為になって、返って余計に祐樹の気持ちを固めてしまうかもしれない。でも、本当の事は言えない。

 何度考えても堂々巡りばかりで、出口の無い迷路に迷い込んだような気分だった。


 足立さんに案内され、五年前と同じホテルのスイートルームへ入っていくと、祐樹のお祖父様が嫌みな笑顔でソファーに座ったまま、私を迎えた。


「やあ、佐藤さん。久しぶりだね。又君とこうして会う事になるとは思わなかったよ」

 皮肉たっぷりの言葉に、どう返していいか分からない。心が弱っている今、こんな言葉も、私の胸を苦しくさせる。


「ご無沙汰しております」

 私は何とか頭を下げて、挨拶をした。


「佐藤さん、そんな所へ立っていないで、こちらへ来て座りなさい。足立君、コーヒーを入れてくれないかね」

 もう八十代であろう目の前の老人は、老人と呼ぶには失礼な程、しゃっきりと背筋を伸ばし、すっきりとスーツを着こなしている。どこか浅沼さんに似ているのは、やはり親子だなと思わせる。若い頃はこの人もかなりイケメンだったのだろう。

 そんな観察をしながら、ソファーの向かい側に座り、気持ちを落ち着かせるために出されたコーヒーに、砂糖とミルクをたっぷりと入れて飲んだ。昔は苦手だったコーヒーも、いつの間にか飲み慣れた。


「佐藤さん、もうそんなにしおらしく演じる必要無いんだよ。君の思惑は分かっているからね」

 相変わらず皮肉な笑顔のままの会長が、いきなり訳の分からない事を言った。

 

 演じる? 思惑? 何の事?

 私は意味が分からず、何だろうと問いかけるように会長の顔を見た。すると、いきなり会長は笑い出した。


「佐藤さん、(とぼ)けても無駄だよ。何もかも分かっているんだよ」

 惚ける? 何もかも分かっているって……祐樹との事?


「あの……、何のことをおっしゃっているのか……」


「五年前はすっかり騙されたが、君も相当諦めが悪いな。そんなにお母さんの復讐がしたかったのかな?」

 ええ? お母さんの復讐?


「な、何の事を言っているんですか? 復讐って一体……」

 私の頭は、母の事が出て来た所為で、パニックになった。しかし、目の前の人は益々嫌味な笑いをもらす。


「佐藤さん、もうバレているんだよ。あなたが御堂夏子の娘だと言う事は……。五年前にもっと詳しく調べておかなかった事を、後悔したよ。……お母さんに頼まれたのかな? それとも、母親に同情しての事かな? それにしても、自分が玉の輿に乗れなかったからって、その相手の男の息子を娘に誘惑させるとは……。君はこの五年間、次の機会を淡々と狙っていたんだろう?」

 

 ナニイッテイルノ……?

 これは悪い夢?

 

「は、母は、玉の輿なんか狙っていませんでした。恨んでもいませんでした。復讐なんて考えた事もありません。それに……、母はもう10年以上前に亡くなっています」

 私は体が震えて来るのを止める事が出来なかった。でも、母の事を悪く言われたくない!

 どうしてこんな事、言われなきゃいけないの!

 でも、やはり……浅沼さんは母の恋人だったんだ。


「そうみたいだね。母親が亡くなってずいぶん経つのに、遺言だったとか? 君は母親が亡くなってすぐに、この街へ出て来た。大学も地元の大学だったのに、わざわざこの街で就職したのは、このためだったんだろう? もしかしたら、上条電機のお嬢さんと友達になったのも、祐樹と知り合うきっかけを掴むためかな?」

 ええ?

 どうして、そんなふうに言われなきゃならないの?

 いつの間にか悔しさに、涙が頬を伝っていた。


「母は……、この街へは旅行でも行くなと言っていました。私はただ、母が働いていた街で過ごしてみたかっただけで……。浅沼さんが母の恋人だった事も、今日知っただけですし、祐樹さんが浅沼さんの息子だと言う事も、出会ってから何年もしてから知りました。全ては偶然です」

 私は涙声で必死に訴えた。目の前の会長は腕組みをしたまま、嫌味な笑いを浮かべたままだ。


「そんな偶然、誰が信じる? 母親の恋人だった男の息子に、偶然娘が出会って結婚の約束をするなんて……。普通に考えても、あり得ないだろう? 何が目的なんだ? 金か? 社長夫人の椅子か? それとも祐樹を誘惑してかき回す事か?……足立君、小切手持ってきて」

 なんでこんな事になってしまったの……祐樹に出会ってしまった事さえ、策略だと言うの?

 私は茫然としたまま、会長を見つめていた。


「君の望む金額を書こう。それで、今後一切、祐樹には関わらないでもらいたい。もちろん、この街から姿を消して欲しい」


「お金なんて……、お金なんて欲しくありません」

 私は会長を睨みながら、絞り出すように言った。


「そう……、目的は社長夫人と言う事かな? でも、もう遅いよ。祐樹は今頃、婚約者とイギリスだ。ほとぼりが冷めるまで、イギリス支社へ転勤させた。この話をしたら、祐樹も何か思い当たる事があったみたいだよ。でも、君がいつまでもそのままだと祐樹の心も揺れるだろう。だから、お金を受け取って消えてくれ。君が今後一生遊んで暮らせるだけの金は出そう」


 えっ……、婚約者とイギリス?

 ここでようやく、祐樹からの最後の電話を思い出した。イギリスへ行くと言った彼、電話の向こうから聞こえて来た女性の声、そして、いつ帰れるか分からないと言っていた。

 祐樹が何か思い当たる事があったって……。アメリカへ行く前に、私が本当の母親について告白した時、浅沼さんも母親の事を知っていると思うと言ったっけ……。それを長い間隠していた事を何処か不審に思っていたようだったから、すんなりお祖父様の言葉を信じたのだろうか? それで、女性と一緒にイギリスへ行くなんて……。私を信じてくれていなかったのかな?

 ここまで考えて……、私は自分に何を今更と突っ込んだ。かえってこうなった方が良かったのかもしれない。祐樹はお祖父様の言葉を信じたのだ。それなら、それの方がまだましだ。異母兄弟だと知られるよりは、私を憎んでくれた方が、忘れてもらえるだろうから。

 それに、会長は私を御堂夏子の娘だと知っても、浅沼さんの娘だとは考えてもいない様だ。きっと私の生年月日など確認していないに違いない。それなら、誰にも知られずに、この街から姿を消す方がいいのかも知れない。

 やけに冷静に考えている自分に驚きながらも、これでいいんだと何度も自分に言い聞かせた。


「わかりました。お金は要りませんし、何も望んでいません。祐樹さんが私よりその婚約者の方を選んだのでしたら、ここで身を引きます」

 自分の心がどんどん凍っていくのが分かる。それは、無意識に自分の想いを永久に氷漬けしようとする、心が壊れないための自己防衛本能なのかも知れない。


 私はしばらくの逡巡の後、そう言った。その時、会長の視線が、膝の上でハンカチを握りしめている私の右手の指輪に注がれている事に気付いた。

 あっ、この指輪は……。そうだ、トリップから目覚めてから、指輪を外していなかった。

 会長はこの指輪見て思い出したのだろうか? 代々浅沼家に伝わる指輪なら、会長だって見た事があるはずだ。


「佐藤さん、その指輪……。祐樹に貰ったのかね? ちょっと見せてもらえないかな?」

 私は怯んだ。 もし、この指輪に気付かれたら、何と言えばいいのだろう。


「こ、この指輪は私が買った物です。お見せする様な価値のある物ではありません」

 私は思わず手を引っ込めようとしたその時、前から伸びて来た手に右手を掴まれた。そして、乱暴に指輪を抜かれる。それは、一瞬の事だった。


「あっ、何をするんです」

 その問いかけを無視して、指輪を観察していた会長は指輪の内側を確認すると、眉毛が吊り上がった。 そして、それは今日初めて見る怖い表情だった。


「足立君、警察を呼んで。指輪泥棒を見つけた。長年行方不明だった我が家に代々伝わる指輪だ。君の母親だな、雅樹を上手く騙して、まんまとこの指輪を手に入れた訳だ……」

 言われた足立さんは、どうしていいのか、オロオロしていた。


「違います。この指輪は私の物です。良く似た指輪なら、いくらでもありますから、勘違いされているんじゃないですか?」

 私はしらを切る事を選んでしまった。私にとっては、唯一の母と父の想いのこもった遺品だ。母がこの指輪を返さなかったように、私もこの指輪だけは手元に残したい。それに……、この指輪の真の所有者は今のところ私なのだから。


「私が見違えるとでも? ほら、この指輪の内側に『S&H&L』と刻印がある。これは、この指輪の宝石が象徴している言葉の頭文字だ。ダイヤが成功・富の象徴で『Success』、サファイヤが誠実で『Honesty』、ルビーが愛・勇気で『Love』だ。この頭文字はわが社のマークにもデザイン的に取り込まれている。この指輪は度々姿を消したが、必ず戻って来ると言われている。やっと戻って来たという訳だ。でも、泥棒は罰しないとな」

 知らなかった。今まで、内側を良く見ていなかった。

 でも、泥棒だなんて……。どこまで私を苦しめたら気が済むの。


「それは、私の指に合う指輪です。他の人には嵌める事はできません」

 私は暗に自分が真の所有者である事を告げた。会長は私の言葉にハッとし、しばらく考えた後、顔を上げて私を睨むと、ニヤリと笑った。


「佐藤さんの思惑に、引っかかる所だったよ。君は知っている訳だ。この指輪が真の所有者にしか嵌める事が出来ない事を……。それだけで、この指輪が我が家の指輪だと言っている様なものだ。さっきまで君の指に嵌められていたと言う事は……。この指輪はイミテーションだな? ワザとここに嵌めて来たんだろう? 本物はどこに隠している? こんなに精巧にイミテーションまで作って、何を考えている? 自分が正式な浅沼家の嫁だと言いたいのか?」


 私は会長の考え出した事に唖然とするとともに、思考が止まってしまった。そして、こんな時にチラリと思ったのは、冤罪ってこんな風に作られて行くんだ……と言う事だった。


 その時、ドアをノックする音が響いた。

 私はビクリとした。誰か来る予定があったのだろうか? まさか、警察が?

 もう、何がどうなっているのか、自分が置かれている現状があまりに現実味が無くて、夢なら早く覚めて欲しいと、心の中でずっと祈り続けていた。




2018.2.21推敲、改稿済み。

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