#103:祐樹の過去(18)土壇場のプロポーズ【指輪の過去編・祐樹視点】
今回も指輪の見せる過去のお話の祐樹視点です。
祐樹の過去の最終話になります。
夏樹視点の#80・81の祐樹視点になります。
その年の五月の終わり頃、いきなり西蓮寺の二男である美那子さんの兄が、俺を訪ねてきた。それは訪ねて来たと言うより、怒鳴りこんで来たという感じだったらしい。俺は会議中だったので、対応に出た麗香が機転を利かせて、応接室へ通しておいてくれた。しばらく待たせている間、麗香が何を言ったのかは分からないが、美那子さんのお兄さんの怒りは収まっていたようだった。
「初めまして、美那子の二番目の兄の西蓮寺颯人です。今日は約束も無しに突然伺いまして、申し訳ありません」
俺達はお互いに名乗って名刺を交換した。彼は俺と同い年で、アメリカの支社の副社長をしているらしい。今回本社へ戻ってきて、美那子さんと俺の結婚話の経緯を聞いて、腹立ちを抑えきれずに怒鳴りこんで来たと言う事なのだろう。どうやらこの人はシスコンの様だ。
「美那子との結婚を今頃になって断られた、納得できる理由をお聞きしたくて来ました」
颯人さんは、俺を真っ直ぐに見ると、納得できるまで帰らないぞと言わんばかりの真剣な眼差しを向けた。
「私と美那子さんは、とてもよく似ていると思います。美那子さんとお見合いした頃、私は祖父である会長の言う通りに人生を歩いて行けばいいと思っていました。彼女もご両親の言う通りの人生を歩む事に何の疑問も持たない人でした」
俺は、美那子さんの瞳には自分が映っていない事や、親の言うままの感情の無い人形の様な人だと思った事を正直に話し、それでも最初はそんなものだと思って結婚するつもりだったと言った。しかし、父や親友に、好きでも無い人と愛の無い結婚をしていいのかと問われ、祖父の言うままの人生を歩もうとしていた自分が恥ずかしくなったと説明した。従姉妹から自分の人生を諦めるのかと言われ、諦めたくないから自分で自分の人生を決めようと、去年の今頃、祖父に美那子さんとの結婚を白紙に戻して欲しいと申し出た事、けれど、祖父が勝手に話を進めて、去年の年末に正式に婚約させようとしていたのを知って、直接ご両親に断りに行った事、そして、美那子さんとも話し合って、彼女にも自分の人生を諦めていいのかと話した事や、結婚を断わるのはかまわないけれど自分からは言えないと彼女が言ってくれた事を話した。
「美那子さんは、初めて自分の人生について考えたようで、このまま親の言いなりの人生を歩む事は、自分と言う物が無い操り人形の様で怖いと言っていました。お兄さんは、彼女にそんな操り人形の様な人生を歩ませたいのですか?」
俺の話を口を挟まず、ただ相槌だけで聞いていた颯人さんは、俺の最後の問いかけに顔を歪ませた。
「実は、お恥ずかしい話ですが、長男である兄が最近駆け落ちをしました。親の決めた人との結婚間近の事だったんですが、兄から私に直接電話があり、おまえには迷惑をかけるが、俺は自分の人生を諦めたくないんだと、兄もあなたと同じような事を言っていました。それで、急遽私がアメリカから呼び戻され、事の次第を知った訳ですが、両親は美那子があなたとの結婚を楽しみにしていたのに急に断られたと説明したので、こうやって訳を聞きに来たのです。美那子は何を聞いても俯いて首を振るだけで……本心を言おうとしません。でも、あなたと美那子の間で話が付いているのなら、一度じっくりと話しあってみます。いろいろご迷惑をおかけしました」
そう言って頭を下げ、立ち上がりかけた颯人さんに俺は「私の話を信じてもらえるのですか?」と訊いた。
「ええ、先程秘書の方に話を伺ったら、あなたは信頼のできる真面目で優しい人だとおっしゃっていました。私もそう思いました。だから信じます」
え? 麗香が、そんな事を? 以前の俺ならそんなふうに言わないだろうに……。一緒に仕事をしたこの二ヶ月の間に、俺の評価がアップしたのか?
「もしかして、先程の秘書の方とお付き合いされているとか? あなたの事を良く分かっていらっしゃるようでしたけど……。それで、断られたとか?」
「いや、それはありません。彼女は大学の時の同級生で、以前から知っている間柄だからでしょう。彼女に対して恋愛感情はありませんよ」
「そうですか。でも、上司の事を良く理解されている良い部下をお持ちで、羨ましい限りですよ」
そう言って、隼人さんは薄く笑うと帰って行った。
俺は小さく息を吐くと、美那子さんとの事も解決の方に向かって流れ出した様な気がして、なんとなく心が温かくなって行くのを感じていた。
****************
その後もあわただしく日々は過ぎて行った。考えたら浅沼へ来てからまともに休んだ事が無かった。覚えなければいけない事は山ほどあったし、こなさなければいけない仕事もスケジュールびっしりと組まれていた。今度いつ、夏樹の所へ行けるだろう……あれから、西蓮寺さんからは何も言ってこない。もしかしたら祖父さんが止めているのか? と疑いたくもなった。この事が完全に解決したら、夏樹に思いを告げようと決めていた。でも、この前夏樹の部屋へ行ってから、気付けばもう二ヶ月が過ぎている。相変わらず夏樹からは何も連絡が無い。俺の方も何の連絡もしていないんだからお互い様か……。
七月に入って、気の早いお袋から俺の誕生日の事で電話があった。去年はお袋がご馳走で祝ってくれると言っていたのをドタキャンしたから、今年は絶対に来るのよと命令口調だ。俺は今年も夏樹と一緒に祝いたいと思っていたから無理だと言うと、昼間だけでもダメなのかと食い下がる。夏樹とはディナーで祝おうと、渋々了解したのだった。
七月の第一土曜日、仕事で人と会うために外へ出ていた俺は、仕事を終えた後、携帯に夏樹からの着信記録があるのに気付いた。夏樹からメールでは無くて電話があるなんて、初めての事だった。
何だろうと思ったが、無性に夏樹に会いたくなった。だから、夏樹に断る隙を与えないために、電話をする前に夏樹のマンション前まで行く事にし、お土産も用意した。それに、誕生日のディナーに誘うのにも丁度いい。
夏樹に電話をかけると、鼻声で驚いた。風邪でも引いたのか? そう問いかけると、映画を見て泣いたせいだと言う。そして、電話をかけて来た理由を聞くと、解決したからもういいのだと答えた。かけて来た理由を追求したかったが、訊いてはいけない雰囲気を感じた。
何があった? いつもと違う夏樹の雰囲気に俺は焦りを感じた。
この二ヶ月間に何かあったのだろうか?
追求したい気持ちを抑え込んで、部屋へ行ってもいいか、何か食べさせてくれないかと言うと、夏樹はもう遅いからと初めて拒絶の言葉を告げた。俺は焦った。ここでこのまま帰ったら、もうこれっきりになりそうな予感がした。
「遅いって、いつも行く時間と変わらないけど。実はもう夏樹のマンションの前まで来ているんだよ。仕事でこの近くまで来ていたから。それに、お土産もあるんだ」
俺は何とか夏樹に会わなければと、必死になった。夏樹が離れて行ってしまう予感がどんどん大きくなって行く。何も連絡しなかった事を、今更ながら後悔する。
でも、ここで、夏樹がお土産と言う言葉に食いついてくれた。それがなんだか夏樹らしくて、思わず笑ってしまった。そして、俺はもう夏樹の部屋の前まで来ていた。玄関のチャイムを鳴らし、もう部屋の前にいる事を告げると、夏樹はしぶしぶ中へ入れてくれた。
二ヶ月ぶりの夏樹はそんなに変わったようには見えなかったが、ずいぶん泣いたのか、目が赤い。映画で泣いたと言うが、こんなになるまで泣くだろうか?
少し疲れたように見える夏樹が、リゾットを出してくれた。夏樹も夕食がまだだったようで、向かい合って食べると、やっぱり二人での食事はいいなと思った。それも、夏樹とならなおさらだ。
「俺も一人だと食べる気がしなくて、夏樹のところへ来るんだよ。それに、手作りの家庭料理を食べていると、外食が味気無くてね」
俺は遠回しに夏樹と食事したかったと伝えているつもりだったが、夏樹は何を勘違いしたのか、「私に気を使わずに、いつも一緒に食べる人の所へ行ったらいいんだよ」と言う。
いつも一緒に食べる人?
最近は取引先の社長や役付きの叔父さん達か、親父か祖父さんぐらいとしか食べて無いけど……。もしかして、女性と一緒に食べているって思っていた? まさか、俺が夏樹以外の女性の部屋へ行っているなんて思って無いだろうな?
俺にとって仕事に追われるようにいつの間にか過ぎた二ヶ月間だったが、連絡もせず、会いにも来なかった二ヶ月間は、夏樹の心を遠ざけるのに充分な時間だったのかもしれない。
俺の目の前にいるのに遠く感じる夏樹は、追い打ちをかけるように、さらに俺を突き放す。
「もう私のところで一緒に食べられるのは今日が最後だと思う。私、会社を辞めて、田舎へ帰ろうって思っているの。だから……」
俺は夏樹の言葉に思考が止まった。
何? 何言っているんだよ?
込み上げて来たのは理不尽な怒りだった。二人の不確かな関係など棚に上げて、俺に何の相談も無くとか、俺がどんな思いで今の仕事を頑張っていたと思うんだとか、自分勝手な怒りばかりが込み上げて来た。
「え? どういう事だよ? 会社辞める? 田舎へ帰る? そんな事何も言って無かっただろ?」
怒りのままに夏樹に詰め寄ると、彼女も俺の身勝手な怒りに腹が立ったのか、言い返して来た。
「どういう事って、そういう事だけど? 祐樹さんだって転職した事、私には何も言わなかったでしょ? 私だけ責められるのはおかしいと思うけど……」
夏樹……。
それを言うのか。それを今になって……。
俺は後悔していた事を、改めて指摘され、何も言えなくなってしまった。
やっぱり、夏樹は何も言わずに転職した事、怒っていたんだ。いや、怒ってくれたのならいい。彼女はそんな事も言わない俺に、失望したんだ。
以前は感じた夏樹からの想いも、もう消えてしまったのか? 連絡も会いにも来ない俺の事、愛想尽きたのか?
頭の中をいろんな思いが駆け巡り、俺は自分のバックにある物に怯えて何もせずに来た事を後悔した。
「祐樹さん、今までありがとう。楽しかったよ、いろんな所へ食べにつれってもらったし、それに、私なんかの作る料理を美味しそうに食べてくれて、嬉しかった。本当にありがとう」
何言っているんだよ! 勝手に終わらすなよ。
俺は思わず逸らしていた視線を夏樹に戻すと、目の前の夏樹を見て驚いた。
「夏樹、何かあったのか?」
俺の目の前で、笑顔を作ろうとしている夏樹の頬に、涙が流れていた。なのに彼女は泣いている自分に気付いていないようだった。
「夏樹、涙が……」
咄嗟に流れている涙を指摘すると、彼女は頬に触れて涙を確認すると驚いた。そして、「ごめん」と言って立ちあがると、洗面所へ飛び込んで行った。
俺は突然の夏樹の行動に頭が付いて行かず、目だけで夏樹の様子を追いかけた。そして、我に返ると夏樹を追いかけて、洗面所のドアを叩いた。「大丈夫か」と声をかけると、「酷い顔をしているから、帰ってくれていい」と言う。
帰れだって?
俺は頭に血が上って、夏樹に構わずドアを開けた。「何があったんだ?」と問い詰めると、俯いたまま何かを考え込んでいた夏樹の口から言葉がこぼれた。
「男の人はずるい」
明らかにさっきまでとは違う雰囲気の、夏樹が俺を憎むように睨んでいた。
いったい何があったんだ?
「男の人は、結婚をしようと思っている程愛する女性が居ても、別の女性と関係を持つ事が出来るの?」
何だって? 結婚? 夏樹が結婚? その男が別の女性と関係を持ったって?
俺の頭はパニックになった。咄嗟に夏樹の言った言葉が理解できなくて、間の抜けたリアクションをしてしまった。その反応は夏樹をイラつかせただけだった。
「祐樹さんだってそうでしょ? 婚約者がいたって、付き合っている人がいたって、私なんかに無自覚に優しくして勘違いさせるんだから、ずるいよ。この二ヶ月間だって、何の音沙汰も無かったくせに、いきなりやって来てご飯食べさせろって……。私はあなた専用の料理人じゃない!」
俺を睨んで、今まで溜め込んでいたであろう感情を、夏樹はぶつけて来た。
俺は大きく息を吐いた。
夏樹がそんなふうに思っていたんだと思うと、情けなくなった。そんなふうに思わせていたのは俺なのか。それとも、夏樹が鈍いだけなのか。そんな事より、結婚って、夏樹の事なのか?
「専用の料理人なんて思って無いよ。それに、婚約者は断ったって前に言っただろ? それに付き合っている奴もいないし、夏樹が勝手に勘違いしているんだろ? それより、そんな奴と結婚するつもりかよ?」
この二ヶ月の間に、夏樹は心変わりをしてしまったのか? それとももっと以前から? 夏樹が俺の事を想っていてくれると言うのは思い過ごしで、ただ優しさゆえ俺を拒みきれずに手料理を食べさせてくれていただけだったのか? 俺の知らない所で、別の男と付き合っていたのか?
「何言っているの? そんな奴って誰の事言っている訳? 結婚するって、誰が結婚するのよ? 祐樹さんこそ、勝手に勘違いしているんじゃないの? それに、二ヶ月間も何の連絡もせずにいて、突然やって来てご飯食べさせろって、料理人じゃなかったら、私の事何だと思っているの?」
え? 俺の勘違いだって? 夏樹こそ勘違いしているだろ? ずっとただの料理人のつもりでいたのか?
俺達は睨みあっていた。睨みあいながら、俺の頭の中では夏樹の言葉を反芻していた。
え? 結婚しない? 勘違い? さっきのは夏樹自身の事じゃ無かったのか?
「ちょっと待てよ。夏樹、落ち着いてもう一度はじめから訊きたいんだが、夏樹が泣いていた原因は、さっき訊いて来た事なのか?」
俺の問いかけに我に返った夏樹は、急にオドオドとしだし、「ごめんなさい。祐樹さんは関係無いのに、酷い事言って……」と謝って来た。
俺に関係ない? そいつと夏樹の問題だからか?
俺はもう一度、夏樹が泣いている理由を尋ねた。しかし、夏樹から帰って来たのは一人になりたいから帰って欲しいと言う、拒絶の言葉だった。
もう駄目なのか? もう俺との関係を切ってしまいたいのか? 俺では夏樹を慰める事も出来ないのか?
「じゃあ、最後に一つだけ教えてくれ。夏樹は結婚するから会社を辞めるのか?」
夏樹の拒絶の前に、なすすべも無い俺は、すがるように訊いた。
「結婚の予定も相手もいません。会社を辞めるのは、そんな事じゃないの。でも、もう年齢的に結婚を考えなくちゃいけないから、実家へ帰ってお見合いしようと思っているの」
え? 結婚の予定も相手もいない? さっき言った事は夏樹の事じゃないのか?
だったら、お見合いってどういう事だよ?
そんなに結婚したいのか?
じゃあ、俺でもいいんじゃないのか?
俺じゃあダメなのか?
俺は狭い洗面所の中で、追い詰めるように夏樹に一歩近づいた。夏樹が驚いて後ろに下がり、浴室のドアにぶつかった。俺はもう一歩近づいて、夏樹を追い詰めた。
今まで自分のバックを考えて躊躇していた事は、頭の中から飛んでいた。今、目の前の彼女を捕まえないと、何処かへ行ってしまう。そんな思いに囚われて、俺は決心をした。
もう、夏樹を離さない。
俺は追い詰めた夏樹の後ろのドアに、夏樹の頭を挟むように両手をつき、夏樹と見つめ合ったまま名前を呼んだ。
「結婚相手。俺じゃあ駄目かな?」
俺は夏樹の目を覗き込むように訊いた。彼女の中にまだ俺への想いはあるのか?
夏樹は一瞬固まったように呆けたけれど、すぐに我に返ると「こんな時に、揶揄わないで!」と睨んで来た。俺は否定したけれど、彼女の怒りはどんどんエスカレートして行き、今まで溜め込んだ俺に対する負の感情を一気に爆発させた。
「じゃあ、どうしてそんなこと言うの? 今まで付き合っていた訳でもないし、よくご飯を食べに来ていた時だって、そんな雰囲気も無かったし、食べればさっさと帰って行ったし、それに、四月以降ほとんど連絡もなかったし、何よりも転職した話だって、随分経ってから、何かのついでの様にしか言わなかったじゃないの。普通、結婚を考えるような相手になら、大切な話はもっと早く話すんじゃないの? それこそ、三月にはよく食べに来てたくせに、そんな事一言も言わなかったじゃない! だから、いきなり結婚なんて言われても、信じられる訳無い!」
相手が興奮するとこちらは冷静になれるもので、しばらく目を閉じて夏樹の言葉を受け止めた。
確かに俺は自分本位だった。自分の気持ちも、自分が何者であるかも言わず、夏樹の想いに甘えていた。だけど、夏樹だって、俺に対して自分からは何の行動もとっていない事分かってるか?
俺は夏樹に転職した事を話さなかった言い訳をしながら、無意識に何も連絡をくれなかった夏樹を責めていた。話しながらその事に気付いた俺は自嘲気味に笑った。結局のところ俺達は、お互い自分の気持ちは言わないくせに、相手が連絡しない事を責めているのだ。
しかし、興奮していた夏樹は反対に責められて、少し考え込んだようだったが、又俺を睨んで攻め立てる。
「でも、祐樹さんは見る度にいろんな女性と一緒にいたじゃない? 付き合っても無い私に結婚を申し込むなんておかしい!」
夏樹、それって焼きもちだろ?
俺が一緒にいた女性が気になるなんて……。
そう思うと、なんだか嬉しさが込み上げて来て、緩みそうになる顔を引き締めながら、夏樹が見たであろう女性について、夏樹が気にする様な相手じゃないと説明した。
それでも、まだ腑に落ちない夏樹は、まだ俺を責め立てる。
「じゃあ……私は何? 祐樹さんにとってどんな存在なの?」
ああ、もう、鈍い奴だな。
俺がこれだけ説明しているのに、まだ訊いて来るのか。
「もう、何も言うな。夏樹は俺の事好きだろ?」
そう言うと、俺は夏樹がこれ以上わめかない様に、自分の唇で夏樹の口を塞いだ。
夏樹の体から力が抜け、崩れ落ちそうになった夏樹を抱きとめた。うっとりとした目が俺を見つめる。
ああ、俺は間に合ったのか。
安堵の気持ちが心を満たし、俺は夏樹を強く抱きしめた。
******
俺は過去の回想から現実に戻ると、ベッドの横たわる夏樹を見て、溜息をついた。
俺、本当に間に合ったのかな?
何も告げないまま、強引に夏樹を俺の世界に巻き込んでしまったけれど、焦り過ぎたかな。これで夏樹に逃げられたら、どうすればいいのか。
それでも、何があっても諦めるつもりは無い。
本当の意味で、親父の二の舞にはなるまいと、固く決意した。
2018.2.20推敲、改稿済み。