第五話 愛しいこの子
僕がわざわざ用事がない帝都に行くなんて言ったのにはもちろん理由がある。
彼らに気づかれないように事情を探るためだ。
少し前、街中で彼らを追っていたのは多分貴族の私兵だ。
家紋こそなかったが、削り取った跡がある変に小綺麗な鎧を着ていれば簡単にわかる。
しかし彼らに帝都へ行くことへの抵抗はそこまでなかったので、追っているのは基本的に領地に引きこもっている貴族なのだろう。
となれば彼らが行きたくないのは帝都ではなく帝国の中央部に位置する領地はずだ。
その中で大きく追っ手を出す余裕がある貴族となればそれだけでかなり限られる。
そしてその限られた貴族すべてに対して僕は有効的な対抗手段を持っていた。
何があってもソラを巻き込むのだけは避けられる。
面倒なのはどの家かなといくつか目星を付けていると、アレックスさんが再び声をかけてきた。
「けど帝都に用があるんだろ?」
「いやいや、本当にいいって。どうせならそこで下働きしているはずの知人に会おうかなって思っただけだし。その知人とも別れは済ませてあるしね」
噓を並べたてながらさらに候補を絞っていく。
僕の持つ情報は古いからちゃんと調べないと正確な結果は出ないけど、そこまでする必要性は感じていない。
「あのさ、パウロナさん」
話を変えるためにも僕はアレックスさんの後ろからずっと視線を向けてくるパウロナさんへと声をかけた。
その隣には苦笑しているミュリエルさんがいる。
「さっきソラが拒否したんだから絶対に触れさせてなんてあげないよ」
「うぅ、それは分かってるわよ」
「頑張ってねー」
熱視線を向けているパウロナさんにくぎを刺す。
どちらかと言えば今は貴族よりこっちのほうが心配だ。
「それでさーロウル君。君もこの部屋に泊まるー? それとも別の部屋を取るー?」
「うーん、別の部屋を取ろうかな」
人の気配のない部屋はいくつかあったから問題なく取れるはずだ。
害はなさそうとはいえ三人をすぐに信用できるわけではないし、お金も無理に節約するほど逼迫していない。
それに。
「それじゃあまた明日ね。このままいるとソラが危なそうだし」
釘を刺した後でもパウロナさんはずっとソラを見ている。
僕がソラを抱えたまま一歩下がればパウロナさんは一歩前に出る。
横にずれれば視線も横に。
「確かにね。ほらロナ、そんな風に寄っていっちゃ駄目。それじゃあ怖がらせるだけだよー」
「う、わかってるわよ。これはその、体が勝手に動いただけよ」
……さすがに冗談で言っていると信じたい。
もしくはテンションがおかしくなっているだけとか。
もし常時勝手に体が動く状態なら流石に同行を考え直さなきゃいけない。
今でもちょっと後悔してるし。
「無理やりなんてことは絶対に許さないから。ソラ、行くよ。襲われる前に」
「きゅっ!」
「おう、またあしただな」
「おやすみー。またあしたー」
「またあした、ね。絶対にいつか撫でさせてもらうんだから」
手遅れになる前に僕らは手を振ってその部屋を後にした。
「ふう、ようやく落ち着けるね」
「たいへんだったのだ……」
新たに部屋を取り中に入ってようやく息をつく。
大変だった、確かにそうだ。盗賊たちに追いかけられて街中を逃げ回る羽目になったのだから。
でもそれと同じくらい警戒したのは……
僕はもう一度息を吐いた。
「ソラは大丈夫だった?」
「だいじょぶなのだ! いっしょならしあわせなのだ!」
「そっか、よかった」
三人組と一緒に行動すると、ソラに相談もなく勝手に決めてしまったけれど。
ソラが嫌な気分になっていないのならまだよかった。
いや、やっぱり良くはないけど。
“仮面”が外れかけている今、僕は先ほどの行動を後悔しかしていなかった。
冷静に考えれば僕たち側に一緒に行動するメリットと同じくらいのデメリットがある。
けれど逃げるというのはどうもできそうになかった。
ソラのためを思うのならこの“仮面”は外せないし外したくない。
でも付け直してしまえば今感じている後悔はどこかへ行ってしまう。
これは仮面の下で感じている感情であって仮面の感情ではないからだ。
一応、今このままであればソラを連れて逃げ出せる。
そのまま北へ向かってしまえばもう三人組と会うこともない。
でもそれは……
「どうしたのだ?」
「え、ああソラ。どうしたの?」
気づけばソラの顔が目の前にあった。
そのままぺろぺろと顔をなめてくる。
「ありがと。大丈夫だよ、僕は元気だから」
「ほんとなのだ?」
「うん、僕はソラがいるだけで元気になれるんだよ」
気を使ってくれたことが嬉しくなってソラをしっかりと抱きしめた。
僕は……僕は、ソラに“仮面”をつけてない自分を見せるのが怖いんだ。
そして“仮面”をつけてない僕がソラに何かしてしまわないかがもっと怖いんだ。
ソラのためとか言いながら自分の恐怖心にすら逆らえない、そんな自分が嫌いだ。
本当にソラのためを思うのなら、きっと今すぐにでも離れて遠くに向かうべきだ。
そんなことを考えながら僕は――
何かから逃げるように“仮面”をかぶり直していた。




