第九話 戦闘狂
知識はあった方がいい。
あればあるほど様々な状況に対応できるようになる。
確かにそうだ。
世の中には知らない方が幸せなことが沢山ある。
それもまた真理だ。
昨日と今日とで何も変わっていないのに、知識ひとつで不幸せに感じることがあるのだから。
どちらの意見も分かるが、知識はあるに越したことはないと俺は思っている。
ただし人は知っているというだけで行動に変化が現れてしまう。
晴れていても雨が降ると知っていれば傘を持って外に出ると、そういうことだ。
それはよく不都合をもたらした。
一般人を装っているのに動きが武人のそれでは差異が生まれてしまう。
だから“仮面”は記憶を封じられている。
そうすることで差異をなくして人に違和感を持たせないようにしてる。
「だからこそ、あいつじゃこの場を乗り切れなかったんだがな!」
刃の潰れたなまくらの長剣でゴブリンの頭を殴打した。
「やっぱりこんな武器じゃ戦いにくいな。まだましだが」
これはゴブリンが持っていた武器だ。
刃物としても使い物にならず、そもそもゴブリンでは持ち上げることすら出来ていなかったものだが、ちょうどいいので拝借させてもらった。
ダガーも使えるが集団と戦うのならリーチが長い方がやりやすい。
「まあそんな戦いの知識を封じた“仮面”を造ったのは俺なんだがな」
目の前のゴブリンを蹴って後ろのやつにぶつける。
ゴブリンを武器として振り回し周りを薙ぎ払う。
「ほらほら! もっとかかってこいよ!」
ああ、やっぱ戦うのは面白いし楽しい。
相手が雑魚なのは残念だがその分を数が補ってくれている。
「まあそういうのがダメだと思ったから新たな“仮面”を造ったんだが」
俺が造られたのは容易く人を殺せるようになるためだ。
俺の下の仮面は、周りになじむために情の厚い性格として造られた。
だから仲間を裏切るのはもちろん殺すなんてもってのほかだった。
「そのためには殺しを楽しむぐらいの奴の方が都合がいい」
だから俺が造られた。
こうして殺しを楽しむ俺が。
「おっと、ついに来たか」
さっきから殺してるのは雑魚だけだった。
それは俺がいるのがゴブリンの集団の後方だからだろう。
強い奴は我先にと上へ追っかけていったから残ってるのは雑魚ばかりという訳だ。
「でも異常を察した上位種が戻ってきてくれた」
明らかに一匹図体がでかいやつが見える。
間違いなく上位種だ。
しかもちらりとだが通常とは違う姿のゴブリンもその後ろにいたのが見えた。
つまり特殊個体もいる。
「これは楽しくなってきたな!」
ああ、気分が高揚してきた。
「『お楽しみは真っ先に』!」
斜め上へと風が吹き、ふわりと体が持ち上がった。
雑魚ゴブリンたちを軽々と飛び越えていく。
「『雑魚はご退場』」
目線の先、上位種と特殊個体の周りで風が破裂した。
その二匹以外は風に耐え切れず吹き飛ばされている。
致命傷にはならないだろうけど戦えるだけの隙間はできた。
「『露払いは人任せ』」
着地と同時、自分達を取り囲むようにして人型の闇を呼び出した。
無手のこいつらは一番近くの対象に向けて腕を叩きつけてくれる……まあその腕は素通りしてなんとなく不快感を与えるくらいしかできないんだが。
とはいえ低能のゴブリンを引き付けられるならそれで十分だ。
「さて、じゃあ殺り合おうか!」
こうして目の前に来るだけでそこそこの魔術を三つも使った。
どれも封印していた記憶の中にあった、今までよりも大きめの魔術だ。
色々と思い出して効率的な魔術の使い方を出来ているとはいえ、流石に魔力がもったいなくはある。
「だからせめて無駄だったとは思わせないくらいには奮闘してくれよ?」
無駄遣いしてすぐ何を言ってるんだという話ではあるが、これからのことも考えるとできるだけ魔力は温存しておくのが望ましい。
だからこいつらは剣だけで殺る。
ハンデとしてもちょうどいい。
「おら!」
真正面から斬りかかる。
これこそが一番楽しい戦い方だ。
罠も不意打ちも当然できる。
一つ前の自分の経験や知識は元々俺のだからな。
だが趣味じゃない。
「おっと、お前はそういうタイプか」
ガキンッと硬質な音がして剣がはじかれた。
その身を盾に上位種をかばった特殊個体の仕業だ。
どうやらこいつは自身を固めて戦うタイプらしい。
「だったらこうするだけだ」
即座に剣を手放しそいつの首をひっ掴んだ。
即座に固くなる感触があるがもう遅い、すでに指は深いところまで食い込んでいる。
「……チッ、興が覚めたな」
この戦い方は俺のものではない。
俺という“仮面”の下から浮かび上がってきた知識だ。
拳で戦うこと自体は嫌いじゃないが、今の一瞬この体を動かしていたのが俺じゃないというのが水を差された気分だ。
出てきて早々だが、俺もさっきの“自分”と同じように壊れかかっているらしい。
「一個前“自分”が無理した代償なのかそうじゃないのか、まあどうでもいいな」
一個前の“自分”は俺が色々と戦い方を封印していたせいでこの場を乗り切れないと判断したようだが、それは俺も同じだ。
俺に残されている知識はその大半が一体少数のもの。
こんな大量の相手にいちいち正面から挑んでいって生き残れるわけがない。
最初からここで壊れるのだと理解している。
「最後一目でもソラと会えたのならそれで満足ではあったんだが、難しそうだしな。だったら壊れるまで戦い続けてやるか。お前、いい加減鬱陶しいぞ」
人が考え事をしている間にも上位種はずっと殴り続けてきていた。
だがその全ては特殊個体の硬質化された体に防がれている。
はっきり言って無駄な行動だ。
上位種ならそれを理解して別の行動を見せてくれるだろうと待っていたんだが。
「はぁ、期待外れだ。本当にただの魔力の無駄遣いで終わったな」
手に持った特殊個体で上位種の頭を殴打する。
殴るのに夢中だったそいつは頭をかばうこともせず、その一発だけで血を流して倒れてしまった。
それからすぐに特殊個体も窒息死したようだ。
硬質化が解除されてくたりとぶら下がる。
「もう終わりか、まったく。集まってきている中に骨のあるやつがいたらいいんだがなッと」
柔らかくなっては武器としても使えない。
死んでからも期待外れなやつだと落胆しながら死体を適当に投げつけた。
かわりに落とした大剣を拾う。
「さてさて、あとどれくらい楽しめるのかな!」
そうして俺はゴブリンの集団の中へとその身を投じた。




