第六話 防衛戦
僕らは足を止めることはなく一心に逃げ続けた。
地底湖の横を通り、登り坂でもペースを落とさずに駆け続け、落とし穴のある広場まで戻ってくる。
でも群れを統率できるような知能を持つ魔物が、少し足止めされた程度でおめおめと逃すことはあるんだろうか。
そうだと考えるのはあまりにも楽観的過ぎる。
だからこそ僕らはできるだけ急いで逃げていたのだが、やはり間に合わなかったようだ。
「ちっ、ミューが戻ってきた」
僕らの目には、ダンジョンを下ってきているミュリエルさんが映っていた。
アレックスさんはミュリエルさんに舌打ちをしたわけではない。
ミュリエルさんが戻ってくる、それが異常が起きた事を示しているからだ。
全力で走ったとはいえ当然それぞれの走力に差はある。
アレックスさんは装備のせいで全力で走れないし、パウロナさんも魔術士で後衛だからミュリエルさんに及ばない。
アイリスは言わずもがなだし僕はそのアイリスをフォローしながら走ってるからどうしてもペースが落ちる。
だからミュリエルさんは一人大きく先行していて、問題なければそのまま進み続ける手はずとなっていた。
ダンジョンの外に出ても援軍を呼びに行くため戻らず、なのに戻ってきたということは何か障害があったということだ。
「前からもゴブリンが来てた!」
「どんくらいだ!」
「大量にー!」
どうやら先回りされてしまったようだ。
大方僕らが通ってきたところよりも短い距離で外へ辿り着ける道があったんだろう。
ちゃんと探索していないんだからそんな道があってもおかしくない、というより僕らが最初から最短ルートを選べていると考える方が不自然だ。
「広場の壁に穴が開いてるけど、その中にゴブリンが少なくて出口に繋がっている道があるかもしれないよ」
そこを通れば出られるかもしれないよ、と僕は提案してみた。
こちらも探索していないんだから有り得ない可能性ではない
。ただどの穴がどこに繋がっているのかも、そもそも繋がっているのかも分からないから分の悪い博打になるだけだ。
「いや、ここで迎え撃つ。ロウル、落とし穴の罠を動かすことはできるか?」
アレックスさんはそんな分の悪い賭けに乗らず、そのかわりゴブリンを全て倒すことを選んだ。
こっちも分の悪い賭けであることには変わらないけど、まだ自分たちの努力によってどうにかできるからだろうか。
少し考えてみる……今僕らがいるのは広場に続く通路だ。
ちょうど僕らがこの広場に入るときに使った道。
確かにここなら迎え撃てるかもしれない。
重要なこともどうでもいいこともつらつらと冷静に思考を続ける自分を、僕は違和感なく受け入れていた。
その思考を一部会話の方へと回す。
「うん、動かせるよ。でも解除した時にも言ったと思うけど支えがないから、大量に広場に入ってきたら勝手に崩れ落ちるんじゃないかな」
後ろから追いかけてきているであろうゴブリンたちが真っ直ぐ突っ込んで来るなら、僕が何もせずとも勝手に落ちてくれる。
罠が作動した後でも通れる道が細くなるから守りやすいはずだ。
「そうか、でも念のため動かせるように頼む」
「うん、わかった。あ、でもここの落とし穴は広場全部が抜け落ちるんじゃなくて端っこの方は残るから、多分そこから渡って来ようとするんじゃないかな」
「……それは道が残るってことよね?」
振り向けば苦い顔をしたパウロナさんがいる。
多分完全に道を遮断することで一度に相手する敵の数を制限しようとか考えていたんだろう。
「うん、でもここで相手をするなら後ろは何とかなると思うよ。どれだけ渡ってきても穴に叩き落せばいいから」
けど後ろ側からは敵が来ないからと少しずつ前進する、なんてことはできない。
迎え撃つならここから待ち伏せるしかない。
「よし、なら俺とロナで穴の反対側を迎え撃つ。んでミューが左、ロウルは右、アイリスは魔術で両方を助ける、これでどうだ」
さっきも言った通り後ろは落とすだけでいいからまだ楽だ。
でも穴の反対側は攻勢を受け止め続けるしかない。
そんな一番つらい場所をアレックスさん引き受けるつもりのようだ。
そしてそれを支援するなら気心が通じていて魔術を使えるパウロナさんが一番ふさわしい。
誰も異論を唱えず、それから敵がくるのを一人として喋ることなく静かに待った。
それから五分も待たなかったと思う。
まずは前の方、つまりアレックスさんたちの方から敵がやってきた。
全てが下位種のゴブリンだ。
逃げ出す前にみた上位種のゴブリンも特殊個体のゴブリンも見えない。
そのことにパウロナさんとアレックスさんが安堵しているように感じた。
「『堅固な防壁』」
でもそれは一瞬だ。
次の瞬間には土の壁が立ち上がる。
ボス部屋の前でゴブリンを押しとどめたのと同じ分厚い土の壁。
「『堅固な防壁』『堅固な障壁』」
続けて二回、同じ魔術を唱えた声が聞こえる。
計三回の魔術、出来上がったのは手前側に向けて狭くなっている二枚の高い土の壁と、その狭い場所を塞いでいる他と比べて低い壁だ。
低いといってもある程度の高さはあって、こちら側からはその手前にある足場のようなもので向こう側が見れるようになっていた。
「よし、ロナは一旦休憩しとけ、こっからは俺の番だ」
ゴブリンたちはもっとも侵入しやすそうな一番壁が低い場所へと一直線に向かってくる。
けどそこはアレックスさんの狩り場だ。
「ほらほら、どんどんかかってこい! 俺は負けねえぞ!」
振るった大剣が壁に取りついて登ろうとしていたゴブリンを切り裂いた。
力を失った体が壁の向こうに消えていく。
その後ろから新たなゴブリンが現れ、それもまた切り裂かれた。
なるほど、それならしばらくは抑えられる。
でも死体が積み重なってしまえば壁は意味をなさなくなる。
放っておけばダンジョンに吸収されるとはいえ、このペースだとそれよりも死体の山が築かれる方が早い。
どうするつもり――なるほど。
パウロナさんが荷物から油を取り出していた。
溜まったらまとめて焼くつもりのようだ。
火を焚けば後続が来るまでの時間を稼げる。
「パウロナさん、これも使って」
「あら、ありがとう。使わせてもらうわね」
僕は迷わず荷物の中の油を取り出した。
さっき大きな扉の前で使っただいぶ目減りしているけどまだ残っている。
僕らの方では使わないだろうし預けておいた方がいい。
なぜならそんなふうに物を受け渡しする余裕はもう少しでなくなってしまうから。
「ロウル君、アイリスちゃん、準備は良いー?」
「僕は大丈夫」
「わ、私も、です」
「きゅ!」
「あははー、ソラクリア君もやる気に満ち溢れてるねー」
僕らが待ち構えている通路の、広場を挟んで反対側からゴブリンたちが姿を現した。
こっちでは下位種だけじゃなくて上位種数匹と何匹もの特殊個体を確認できる。
正面から戦ったら間違いなく大変だろうけど、落とし穴がある今なら逆にチャンスだ。
労せずして上位種と特殊個体を何匹もつぶせるのは大きい。
ゴブリンたちは何の警戒もせず進んでくる。
どうやらここの罠のことは知らないようだ。
それは好都合。
「罠が発動するまでは待機、それからはできるだけ疲れないように戦うってことでいいよね」
「いいよー。落とせるときは落とせば楽に行けるんじゃないかなー」
ミュリエルさんと話しながらゴブリンたちが進んでくるのを待つ。
アイリスはというと……緊張でガチガチに固まっていた。
ポンと優しく頭に手を置く。
「アイリスは学んだことをやればいい。どうすれば分からなかったら遠慮なく聞いてね」
僕にもいつだって最適解が分かるわけじゃないけど、わざわざ今そんなこと言う必要はない。
まずアイリスを安心させて、アイリスではどうにもできないことは全て僕が片付ければいいんだ。
広場の床からミシリと音が聞こえた。
どうやらそろそろのようだ。
アイリスの頭から手を離し、かわりに武器を持つ。
「それじゃ、頑張ろうね」
目の前で床が崩れ落ちていく。
多数のゴブリンが巻き込まれて下に消えていく。
でもこの程度じゃ諦めてはくれない。
だってほら、運よく端にいて生き残ったゴブリンたちがもう向かってきている。
これからが本番だと、僕は心の中で気合を入れた。




