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まぼろし使いの少年は今日もまた誰かを騙す  作者: ネム
第二章 仮面の内側
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第五話 魔物の行進

 ミュリエルさんが見落として魔物と遭遇なんてこともなく、僕らは最深部まで本当に魔物も罠もなくたどり着いた。

 今僕らの目の前には石でできた両開きの大きな扉がある。

 中々に頑丈で分厚そうだ。


「えと、ここが最深部、ですか?」

「多分ね。こういうそれらしい場所だから終わりだとは限らないけど、ここはそこまで大きなダンジョンじゃなないはずだから」


 探索者ギルドで聞いていた限りだと、ここはできたばかりのダンジョンだ。

 経験から言ってもそろそろ最深部につく深さのはず。


「じゃあ開けるねー」


 ミュリエルさんが一人扉に近づき取っ手をゆっくりと引き始めた。

 重そうな扉の割に音もたてず軽く開いていく。

 それを僕らは何があっても対応できるように少し離れた位置で見守っていた。


 それが功を奏した。


「下がって!」


 そう響いた声はミュリエルさんのものだ。

 いつもの間延びしたものではなく鋭く真剣さに満ちたもの。


 ミュリエルさんは半開きになった大きな扉を放置しこちらへ飛びのいた。

 僕らからはその中を覗き見ることはできず、状況がよく分かっていない。

 けれど唯一中を見たミュリエルさんは険しい表情をしていた。


「ねえ、ミュー。一体何が――」


 あったのと、そう尋ねるパウロナさんの声は大きな音で打ち消された。

 まるではじけ飛ぶように扉が開いたからだ。



「ああ、なるほど。僕らが抱いていた違和感は正しかったみたいだね」



 皆が恐れ驚愕する中、僕は思いのほか冷静でいることができた。

 こうして淡々と現状を把握できるのもまた外れかけた仮面の影響かもしれない。

 だとしたら今はそれに感謝だ。


「少なくとも僕らがこのダンジョンを探索している時に魔物暴走(スタンピード)は起こっていなかった」


 それらは開いた扉からゆっくりと一歩踏み出した。

 まるで僕らが逃げる隙を与えてくれているように思えるけどそんなはずはない。

 逃げられても問題ないから焦っていないだけだ。


「なぜなら魔物は暴走していなかったから。だからこそ全ての罠が健在だったし数の多いゴブリンの集団にも存在しなかった」


 多分僕らが狩ったのはただのはぐれだったんだろう。

 ゆっくりと進むそれらに無数の足音が続く。

 その数は僕らの視界が緑一色に染まるほどで、到底数え切れるものではなかった。

 それに数えたとしても無意味だろう。

 僕らの視界に映っているものですべてとは思えなかった。


「これは魔物暴走(スタンピード)じゃない。魔物行進(マーチ)だ」


 数十体の巨躯のゴブリンが足を止めた。

 隊長(キャプテン)級か将軍(ジェネラル)級か、いずれにせよゴブリンの上位種だ。

 その後ろに従うのは僕らがこのダンジョンで倒したのと同じ、下位種のゴブリンがいる。

 しかしその数が圧倒的に違う。見えるだけで三桁は越えてる。


 それにその集団の中に変わったゴブリンがいるのも見える。

 多分特殊な成長をしたゴブリンたちだ。

 その中には当然魔術が使える奴も混ざっているんだろう。

 それ以外に上位種も群れの中にちらほら。


 そしてそれらが全て、こちらを敵として睨みつけてきていた。






 魔物が大挙をして襲来する事例のうち大きく知られているのは三種類。

 一つ目が魔物氾濫(フラッド)、二つ目が魔物暴走(スタンピード)、三つ目が魔物行進(マーチ)だ。



 生存競争に敗北した魔物が群れを成して新たな住処を求める、魔物の処理されなかったダンジョンから魔物が溢れ出る、それが魔物氾濫(フラッド)だ。

 例えばダンジョンの中が大量の魔物で埋まっていたら間違いなくこれ。

 また行動するのは種族単位であり、その種によって行動は大きく変わる。

 同じく生存競争に負けて逃げ出した他の魔物の集団と争うこともよくあること。



 何か強力な存在が現れてそれから逃げるように魔物たちが侵攻してくる。

 何かの影響を受けて一心不乱に突き進む。

 それが魔物暴走スタンピードだ。

 魔物たちが死に物狂いで向かってきたら大抵これ。

 この時その集団の魔物どうしで争うことはなく、例え犬猿の仲であってもこの時だけは争わない。



 魔物を統率する上位種が現れて明確な意思を持って侵攻してくる。

 それが魔物行進(マーチ)だ。

 魔物たちが整然と襲いかかってきたらおそらくこれ。

 ただしそうして魔物を統率する魔物というのはかなり賢い。

 定石に当てはまらない行動をしてくるのが当然と思った方がいい。



「定石通りに動かない相手を定石に無理矢理当てはめて理解すれば当然こうなる」


 どこからか、こんな状況に陥っている僕を馬鹿にするような声が聞こえてきた気がした。

 でもしょうがないじゃないか、僕は“ただソラに怖がられないためだけに”作られた仮面なんだから。

 それ以外の部分は二の次にされているんだ。


 言い返された誰かさんはむっつりと黙り込んだ気がした。

 どうやら今の言葉がクリーンヒットしたらしい。ばーかばーか。


 ……なんて僕が心の内でふざけている間にも、ゴブリンたちはどんどんと部屋から出てきて僕らを囲むように動き始めていた。

 アイリスが不安そうに服の裾を掴んできている。

 ソラが身を守るように袋の中で体を丸めているのが分かる。


 でも僕らだって無為に時間を消費していたわけじゃない。

 準備が終わるのを待っていたんだ。


 僕らの横にはゴブリンたちがいつ襲いかかってきてもいいよう警戒しているアレックスさんとミュリエルさんがいた。

 そしてその二人に守られるようにしてパウロナさんがしゃがみ込んで地面に手を当てていた。

 でもそれは恐れているわけじゃない。

 ゴブリンたちに気づかれないよう隠しているだけだ。

 そちらの方が効率がいいだけだ。

 アレックスさんたちもその目隠しとして立っている。


「アイリス、壁を固めてくれる?」

「え、えと、はい」


 よく分かってないようだけど理由を説明している時間はない。

 僕もそれに合わせて魔物たちを足止めしなければいけない。


「『堅固な防壁(アースウォール)』!」


 ゴブリンと僕らの間に土の壁が建ち上がった。

 それはどんな攻撃でも受け止めてくれそうで、でも数の暴力で力押しされてしまえばそう長くは持たない。


 だからその手前に油を撒いていく。

 時間がないから凝った罠なんて張れないけどこれだけでも結構な足止めになる。

 それにこけてしまっても後ろに続く軍勢は止まることはなく、踏み潰されて勝手に数を減らしてくれる。


「えっと、『土の壁』、です!」


 その油の手前にアイリスによって新たな壁が作られた。

 パウロナさんのとは違って脆い壁に見えるけどそれでも多少の足止めにはなる。


「急いで撤退だ!」

「わかったよー!」


 ミュリエルさんは返事をするよりも早く走り出していた。

 先行して偵察をしてくれている。

 それにアレックスさんパウロナさんと続いて、一番後ろが油を撒いていた僕と荷物の中にいるソラ、まだ自身で即座の判断をするのが難しいアイリスだ。


「ほら行くよ、アイリス!」

「きゅ!」

「わ、わかりました!」


 止まってしまっていたアイリスの背を押し、僕らもアレックスさんたちに続いて走り始めた。

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