第四十話 失敗は成功の糧となる
受け止めたアイリスをしっかりと立たせて、僕も何でもないように立ち上がった。
けれどとらばさみに挟まれていて、まあアイリスにばれないというのは難しそうだった。
「そ、それ! えっと、わたし!」
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて」
慌てたアイリスを強く抱きしめ怪我を見えないようにして、背中を優しくさすり落ち着かせる。
「それじゃあちょっと待っててね」
ゆっくりアイリスを解放して後ろを向かせる。
そうして視線を外している間に急いで応急手当をはじめた。
まず力を込めてとらばさみを開き、足を外す。
「きゅ」
「ありがと、ソラ」
ソラが袋の中から出してくれた布を受け取る。
袋の中にクッションとして敷かれているうちの一枚だ。
ソラにはあとで新しい布をプレゼントしてあげるとして、その布で足の傷跡よりも付け根側を強く縛りあげて出血を止める。
「これでとりあえずは良し、それじゃあパウロナさんの方に――」
どうせ手当の道具は向こうの荷物にあるし、パウロナさんが治癒魔術を使えるはずだからそれを頼んでもいい。だから三人の方へ行こうと思っていたのだけど、どうやら向こうから来てくれているようだ。
「やっぱりここで待ってようか」
三人はもうすぐ近くまで来ている。
まっすぐこちらへ来ているし、わざわざ向かわなくても良さそうだ。
そしてすぐあと、三人が姿を現した。
「やっぱりアイリスはここにいたか」
「勝手な行動を、って怪我してるじゃないの!」
「んー、でも深くはないみたいだねー。応急処置もちゃんとされてるしー」
どうやら三人はいなくなったアイリスを探しにこっちへ来たみたいだ。
好都合、というには適さないか。
そもそもアイリスがいなければ怪我もしなかった。
でもそれを責めるつもりはないからやっぱり好都合だ。
「パウロナさん、治癒魔術をお願いしたいんだけどいいかな?」
「ええ、もちろんいいわよ」
「えっと、わたし、も、手伝います」
「駄目よ」
厳しい声音にアイリスの身がすくんだ。
それは人を治すような人体に直接干渉する魔術はほかの魔術より難しく、失敗したときに治療を受ける側への悪影響も多いからだろう。
通常の魔術さえ制御できないアイリスが治癒魔術を行使してもうまくいくわけないというパウロナさんの考えはよく分かる。
でもこれもいい機会だ。
「いいよ、パウロナさん。アイリスに教えてあげてくれないかな」
「……本気で言ってるのよね」
「うん」
嘘なんてついていない。
本来の僕がどう思うかは謎だけど、“今の仮面”はとにかく献身的に、それこそ自己犠牲をもいとわないほどに作られている。
大切に思う相手のことを考え、その相手のためになるのなら容易く身を削る。
元はソラだけに適用されていたものだったんだけど、今はそれがアイリスまで広がっていた。
それにそんなことは関係なくともアイリスに治癒の魔術の練習をさせておきたかった。
上手く使えるようになれば自身の致命傷をも治せるのが治癒の魔術だけど、さっきも言った通り悪影響も多い魔術の練習台に名乗り出る者は少ない。
さらに言えばそのことをアイリスが知ってしまったら、そもそもアイリスが練習をしようとしなくなる。
こうして切羽詰まっている状況だからこそ、アイリスに体験させてあげたかった。
そんな僕の考えを読みとったのかパウロナさんは諦めてくれたようだ。
「それじゃあアイリス、教えてあげるからあなたが傷を治すのよ。でも失敗したらロウルがとても痛い思いをするわ」
「え……」
嘘ですよね、とアイリスがこちらに顔を向けた。
それには何も言わず笑みだけを返す。僕は伝えるつもりはなかったけど、嘘をつくのも忍びない。
だってそれは僕より魔術に精通しているパウロナさんがそれを伝えた方がいいと考えたのだから。
「放っておいたらどんどん悪くなるわよ。それでもいいのかしら」
「だめ! ……です。やり、ます」
アイリスはとても簡単に魔術を操ることができる。
だからなのか失敗したとしても咄嗟に被害を抑えることができており、失敗を小さいものだと思ってしまっている節がある。
失敗自体は悪いことではない。
失敗は成長の元という言葉もある。
けれど本来魔術は制御できていないととても危険なもの。
魔術は日常を豊かにするものであると同時に武器でもあるんだ。
常に抜き身のままの剣が危ないのと同じこと。
それが危ないと分かっていてそうしているのならいいけど、アイリスはその抜き身の刃が危ないものだと認識できていない。
覚悟を決めたアイリスが僕の怪我と向き合い、厚手のズボンのすそを上げる。
「『水の癒し』」
彼女が使ったのは水属性の古代魔術だ。
ちゃんと教えたことを覚えているようで、効果が意思に左右されにくい古代魔術を使ってくれている。
でもこれはちょっと魔力が多すぎる。
大失敗ではないけど失敗の範疇だ。
「あれ!? あの!?」
傷口から勢い良く血が噴き出て、ミシミシと骨がきしむ感覚がする。
にもかかわらず傷口がが治る速度は遅い。
明確な指定をしないまま魔力だけを増やしたことによって、効果が増すのではなく余計なところまで治癒の範囲が広がってしまったのだろう。
「大丈夫だから。落ち着いて、ゆっくり調整して」
命の危機はなくただ痛いだけ。
なら全然大丈夫、焦る必要はない。
痛くないふりをするのは得意なんだから。
「今あなたは勝手に流れ込む分全てを魔術に注ぎ込んでるわ。でもあなたの魔力量じゃ多すぎるのよ。だからその量を制限しなさい」
「え、えっと……」
アイリスは日々古代魔術の習得に並行して魔力制御の練習も行っている。
けれどそっちは思うようにいっていない。
パウロナさん曰く魔力量が多すぎるかららしい。
「…………」
でも人間追い詰められれば意外と何とかなる。
無言で集中するアイリスの魔力はほんの少しづつ絞られていく。
効果は変わらないものの範囲は段々と小さくなっていき……傷口と同じ小ささまで狭まったころ傷は完全に癒された。
「よくやったね、アイリス」
「…………」
アイリスは反応しない。
制御することに手いっぱいで声すら聞こえていないようだ。
治っている箇所に治療が継続され、足に負担がかかっていく。
「アイリス?」
目の前で手を振っても気づかない。
なら、と僕はアイリスの頭に手を置いた。
「……え?」
数秒してようやく顔が上がった。
ポカンとしてなぜ撫でられているか分かっていないようだ。
「頑張ったね。ほら、アイリスのおかげでちゃんと治ったよ」
ぱっと傷のあった場所に視線が行く。
細い手がそこに伸ばされて優しくなでられる。
それでようやく傷がないことを実感できたようだ。
「よかった、です……」
安心して力が抜けた様子のその体がふらりと傾いた。
こちらに倒れてくるのを抱き留めて一層優しく頭を撫でる。
「疲れたならもう休んでいいよ。守ってあげるから」
そう言ってすぐ、青がさらに濃くなった目が閉じていく。
追い詰められてできるようになったとはいえ今までできていなかったことだ。
疲れるのも当然だろう。
「おやすみ。いい夢を」
その言葉を聞いたのかどうか、アイリスの意識は夢へと沈んでいった。
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