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まぼろし使いの少年は今日もまた誰かを騙す  作者: ネム
第一章 ひびの入った仮面
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第三十九話 焦りは失敗を生む

「なにしてるのだ?」

「仕掛けてた罠の回収中かな。放っておくと危ないから」


 森の中を動き回りながら僕はソラと話していた。

 思えばこうしてちゃんとソラと言葉を交わすのは久しぶりだ。

 アレックスさんたちと会って以降常に誰かが僕らの近くにいたから。

 彼らが裏切る可能性は低いと推測しているのでもう隠す理由は薄いのだけど、殊更に喋る必要もないからそのままになっている。


「へー、なるほどなのだ」


 もしそれで窮屈な思いをさせていればきっともう明かしていた。

 けどソラはそんなこと気にした様子を見せない。

 今も罠への好奇心で満ちている。


「昔の罠が残っていることがあるから注意は忘れないようにね」

「わかったのだ!」


 ソラは好奇心旺盛だ。

 森の中で見知らぬ物を見つけたらそれが罠であろうと触ってしまいそうな気がする。

 でも素直でもあるから先に行っておけばしっかりと警戒してくれる。


「よし、罠の回収終わり。それじゃあどうする?」

「しゃべらないのだ!」

「その通り、よくできました」


 ぴょこんとソラの頭が袋から飛び出して来た。

 そこに僕は優しく手を伸ばした。


「ソラはいい子だね」


 こうして撫でてあげると僕も幸せになるから、ついつい撫でてしまっている。

 そんな自分へ呆れがあって、でも撫でているといつもそのことを忘れてしまう。


「あ、そうだ」


 忘れてしまうでふと思い出した

 。罠を仕掛けている最中にどこかの誰かが忘れたらしい罠を見つけたんだった。

 人が仕掛けた罠に手を出すのはご法度だけど、雨風にさらされ続け明らかに錆びていたそれは間違いなく回収忘れだ。


「見つけた。ソラ、危ないから近寄らないでね」

「わかったのだ!」


 で、その罠が檻に閉じ込めるような単純な捕獲罠であれば放置でもよかったんだけど、置いてあったのは開いているとらばさみだ。

 それも欠けているとはいえ刃のある。

 もう深く突き刺さりはしないだろうけど、それでも皮膚を突き破るくらいの怪我はする。


 そういう忘れ去られた危険な罠を回収するのは猟師や狩人にとっては常識だ。

 特に今回見つけたのは錆で周囲の地面に同化していて余計に危険。

 放置するわけにはいかない。


 だから回収するわけだけど、とらばさみは枝か何かで中心の作動部を押すだけで解除できる。

 だからそこまで手間はかからない、本来ならば。


「この錆は本当にひどいな」


 でも錆が駆動部を阻害しているらしい。

 強く押しても作動しない。

 けれどそれは反応してないわけではなく、鈍くはあるが動いている。

 重いもの、例えば人が踏んでしまったりすれば簡単に作動してしまうだろう。


「もっと太い枝はないかな」


 適当に拾った細い枝では上手く力を伝えられない。

 折れるのも怖いし。

 と、そうして罠の回収に手間取っている時だった。


「きゅ、きゅ!」


 ソラがないた。

 僕もすでに気づいている。

 罠を挟んで反対側の奥から一つの気配がゆっくりとこちらへ近づいてきていた。


「どうしたの?」


 その気配、アイリスへと声を掛ける。

 落とし穴を埋める作業はもう終わったのだろうか。


「あ、あの、手伝うこと、ありますか」


 手伝うことと言われても特にやってもらうことはないけど、今日はずっとアイリスの手伝いを断り続けている。

 もちろん理由があってのことだけど、そろそろアイリスが不安定になりそうだ。


「うーん、じゃあそこの太い枝を取ってくれるかな。ここに罠があるから気をつけてね」

「は、はい」


 どの枝だろうとアイリスが探すのを横目に三人の様子を視てみる。

 これもまた“思い出した”方法だ。


 向こうの三人はそれぞれ別のことをしていて……いまパウロナさんがアイリスがいないことに気づいた。

 どうやら作業が終わったからと勝手に抜け出してきたらしい。


「ねえアイリス」


 アイリスは嬉しそうに枝を持ってこっちに来ている。


「なん、ですか」

「せめて一緒に作業していたパウロナさんには言ってからこっちに来ようね」


 えっとアイリスの顔色が変わる。

 怒られてしまうとおびえが見える。

 それで身がすくんだせいで足取りが乱れ、土から飛び出た木の根に足を引っかけ体勢を崩す。

 運悪くその先にあるのは開いたままの錆びたとらばさみだ。


 失敗した、と心の中で思う。

 こんな状況で伝える必要はなかった。


 倒れていくアイリスの視線がその先にある罠とぶつかる。

 恐怖でその目が閉じられた。




 気づけば僕の体は勝手に動いていた。


「……え? あ、あの」

「無事でよかったよ」


 混乱しているアイリスが目を開いた。

 ぱちりと開かれた水色の美しい目が疑問を伝えてくる。


 起きたことは簡単だ。

 アイリスが倒れる前に僕が一歩踏み出してアイリスを受け止めたというだけ。

 ただまあ、馬鹿なんじゃないかなと自分でも思う。


「痛いけど。まあこの程度ならまだましかな」


 一歩踏み出した先にあったのは錆びたとらばさみ。

 ここで左右に足を避けていればよかったんだけど、正直アイリスを受け止めることだけ考えてそこまで頭を回せなかった。

 つまり今奥の足があるのはとらばさみの真上。

 そこでアイリスを受け止めるためにしっかりと踏ん張った。


 そんな力がかかって、とらばさみはようやく己の本分を思い出したらしい。

 しっかりと作動してくれやがった。


 不幸中の幸いと言えば刃だけでなくばねの部分も錆びていたこと。

 閉まる勢いも新品のそれに比べたらかなり遅かった。

 しかし僕が動きやすさを重視して軽装にしたのが災いしたらしい。

 これがアレックスさんであったら分厚い脛当てに阻まれて一切の怪我もなかったはずだ。

 とらばさみの錆びた刃は厚手の服を貫いて肉まで届き、その服は刃を中心として赤に侵食されていった。

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