第三十二話 竜狩りの英雄は二人組
「ああもう鬱陶しいんだよ!」
ついに彼の我慢が限界を迎えた。
まっすぐ火龍に駆けよれば再び放たれるブレス。
「だらっしゃあ!」
今までの中で最も強いそのブレスを、彼は真っ向から迎え撃った。
走る勢いをのせて振り上げた剣の風圧で火を切り裂き、その根元までの道を無理矢理にでも作り上げる。
けれどそれは彼にしては冷静さを欠きすぎた行動であった。
「おっらぁ!!」
振り上げた剣を今度は振り下ろし再び炎を退ける。
けれど火龍は目の前でブレスが切り裂かれても冷静であった。
ジークフリートがブレスを抜けた先に見たのは今にも振るわれようとしている火龍の太い足と鋭い爪。
「ま、ずっ!?」
武芸者の勘というものなのか、彼の大剣はすでに爪と自身の間に差し込まれていた。
だが竜の打撃はその程度で防げる威力ではない。
そんなに弱いのであれば彼が竜狩りの英雄と称えられることはなかった。
剣の腹程度で防げるなら重装備の騎士何人も向かわせればいいだけの話なのだから。
「かっ、はっ――」
息が詰まる。まるで毬のように空を舞う。
いや、爪は剣で防ぎ、空を舞うほどの勢いには抵抗せず身を任せたことによって息が詰まる程度で済んだんだ。
「はぁっ、はぁっ!」
なんとか息を整えながら彼は歯噛みした。
良くも悪くも彼は剣しか使えない。
だからこそ彼の剣は竜に届くのだが、近づけなければ話にすらならない。
「こんな時にあいつがいればな」
そんな素直な声がこぼれ落ちる。
彼の脳裏に浮かんでいるのはやはり一人の女性だ。
けれどここでその声を聞くことはできない。
「あんた、本当に一人で行くなんて馬鹿なの?」
はずだった。
「おいおい、なんでここにいる?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
彼女が構えた杖の先に巨大な火の玉が発生した。
「あなたが一人で言ったって聞いて急いで追いかけてきたのよ!」
ギュンッとその火の玉は加速し、火竜にあたって大きく爆発した。
その衝撃波でばさばさとローブが揺れる。
「おかげで寝不足になっちゃったじゃない……やっぱり火竜には効かないか」
晴れた煙の先にいるのはまったく傷のついていない火竜だ
。火をつかさどる竜に火なんて聞くはずがない。
悠々と近づいてくる竜に杖の先を向けながら、女性は彼に話しかける。
「あのね、私もあなたも強いわ。けどあなただけじゃ近づけないし私の魔術もこいつには効かないのよ」
「な、お前見てたのか!?」
「本当に一人で勝てるのなら手を出さなくてもと思ってね」
まあ駄目みたいだったけど、と肩を竦める。
「結局私もあなたも一人でできることは限られてる」
「そう、だな!」
竜が吐いた火炎弾を、今度は彼が前に出て切り裂いた。
「何度見ても魔術を切り裂けるのはよく分からないわ」
「そう言われてもできるものはできるからな」
よし、と彼は腰を落とす。
「まあ来てくれて助かった。援護を頼む」
「任せておいて。ちゃんと道は開いてあげるから」
「ああ」
彼の意識は鋭く尖る。
その目に映るのはただ竜のみ。
他のことは全てどうでもいい。
なぜなら相方がどうにかしてくれるから。
「行くぞ!」
相方からの返事はない。
でも大丈夫だ。
「はぁぁ!」
叫びながら疾駆する。
それを迎え撃つのは火の息吹。
先程と同じだ。
でも彼はそれを気にしない。
ただその奥にいる竜だけを見ている。
「炎の護り!」
途端に彼の姿は赤い光に包まれる。
息吹の合間から見えるのは臆することなく進み続ける彼の姿。
すぐにブレスを抜けて竜の足元へ。
だがそこにあるのは先程と同じ、構えられてる竜の爪だ。
でも大丈夫。
そこも彼女はしっかりと見ていた。
「炎の柱!」
彼の目の前から勢い良く炎の柱が立ち上がる。
それは向かってきていた太い足を本の少し上に持ち上げた。
火竜には火がきかなくとも火の勢いは届くのだ。
そして彼はためらいなく炎の柱に飛び込んだ。
その熱からは魔術が守ってくれる。
けれど魔術も勢いから守ってくれることはなく、竜の足さえ持ち上げた勢いは彼を高く打ち上げる。
しかし想定通りだ。
言葉を交わさなくとも彼らは同じことを考え、相棒も同じことを考えていると確信していた。
高く上がったジークフリートは空中で姿勢を整え大剣を構える。
見下ろす先にあるのは片前足を前に突き出したままの隙だらけな姿だ。
「これで終わりだ!」
落ちる勢いをのせて剣を強く振り降ろす。
その斬撃は的確に竜の首を捉えている。
ダンッと鈍い音がしてゴロリと竜の首がすべり落ちた。
少しして、その後を追うように体も崩れ落ちた。
竜とは言えどこうなってしまえばもうただの骸だ。
「はぁ、つっかれたな」
「一人で討伐しようなんて無茶をするからでしょ」
「そうだけどもな」
「ほら、休んでないで帰るよ」
疲れて座りこんだ彼の目の前に手が伸びてきた。
見上げればそこには笑う相棒の姿がある。
「今度からはそうならないようにちゃんと連れて行ってね。あ、あと勢いだけで依頼を受けないで相談して」
「わかった、気を付けるよっと」
手を借り立ち上がって剣も鞘にしまい直す。
「まあとりあえず」
「ええ」
二人は片腕を上げて。
「「お疲れさま!」」
打ち合わせた互いの手は気持ちの良い音を響かせた。




