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まぼろし使いの少年は今日もまた誰かを騙す  作者: ネム
第一章 ひびの入った仮面
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第三十話 初めての劇

 アイリスに髪飾りを買った次の日は、マーチさんから買った本を使ってアイリスと一緒に勉強していた。

 朝から晩まで宿にこもり、夕食を食べた後体を綺麗にして眠りにつく。

 しかしアイリスが眠った後、静かに起き出して夜のとばりが降りる都市中をひっそりと動き回っていた。


「これはいないっていうことでいいのかな」


 一通り都市中を見て回って僕はそう結論を下した。

 何についてかというと、僕らの追っ手についてのことだ。


 もし僕らの追っ手が何らかの手段で僕らの居場所を発見する手段があって最速で追いかけてきている場合、今日の昼から夕方にかけての到着になるだろうと考えていた。

 そしてもしそうなら到着した日の夜中、つまり今ごろには本格的に動き始めるだろうとも予想していた。


 けれど都市の中は静寂に包まれている。

 照らされた道を歩く中に旅人らしきものの姿はなく、皆がこの都市の住人であろう人々だ。

 照らされぬ道にはそもそも人の姿がない。


 これであればきっと心配はいらないが、それでも僕は今夜寝ないつもりでいた。

 第一目標は追っ手の確認だけど、第二目標として都市構造の把握があるからだ。

 人が多い昼間だと目に付きやすいため自由に歩き回ることができず、そもそもアイリスがいる中でそういう作業をするつもりはなかった。


「そういえばここ一週間はしっかりと寝てるな」


 ともに行動する人が増えるほど一人当たりの負担は軽くなる。

 何でもかんでも一人でする必要が無くなり余裕が生まれた分睡眠に時間を回せているみたい。


 僕は十日ほどなら寝なくても活動できる。

 間に数分ずつ睡眠を挟むのがこつだ。

 それだけでずっと起きているときよりもぐんと活動時間が延びる。

 これもまた必要であったから身に着けた技術だ。

 目的の場所に溶け込むには午前中に交流を持つ必要があるけれど、それだけでは目的の物を調べる時間がなくなる。

 だから普通なら寝ている夜の間に本業を行うんだ。


「それじゃあ行こうかな」


 正直今日ついていないのだったらこの一週間は安全だろうと思っている。

 しかしそれで油断してしまいたくはない。

 綻びはそんなところから生まれる。


 そうして僕は再び夜の都市に混じりあった。











「あの、どこ、いくん、ですか?」

「今日行くのは劇場だよ」

「きゅ?」


 夜の街を動き回ったそのまた翌日、今度は夕方の都市をアイリスとソラとともに歩いていた。


「劇場、ですか?」

「そうだよ。もうチケットも取ってあるからね」


 今日の早朝、都市を動き回ったその足で劇場に寄って夕方の公演の分を買ってきていた。

 軽く話を聞いた感じだと竜狩りの英雄譚らしい。

 悲恋の物語やダークな物語もあるそうだけど、どうせ見るのならアイリスが楽しい気分になれるものがいい。

 恋愛ものは家族とかそういう言葉が彼女を刺激してしまう可能性があるから念のためやめておいた。


「劇、見たこと、ない、です」

「そうなんだ。なら今日はめいいっぱい楽しもうか」


 本当に楽しんでくれればいいんだけど。

 僕が下見する時間はなかったからその部分は願うしかない。


 なんて考えていたらすぐに劇場が見えてきた。


「ほら、着いたよ」


 少し古めの外観をしたちょっと大きめの建物。

 ちょうど目の前で数人が談笑しながら入っていった。

 多分僕たちと同じ演劇を見に来た人たちだ。


「ここが、そう、なの?」

「きゅー、きゅー?」


 なんだか二人の反応が微妙でついつい苦笑してしまう。

 まあ“ここの”劇場は小さめだから、図書館を見た後だと微妙に感じてしまうのも仕方ないのかもしれない。


「ここも小さいわけじゃないんだけどね。それに劇で大事なのは内容だから」


 見た目なんてそれを表す一要素でしかない。

 一番最初に目が着く部分だから取っ掛かりとしては最重要と言ってもいいけど、見目だけにこだわって中身を伴わないなら劇としては失格だ。


「うーん、まだ時間に余裕はあるけど、先に入っちゃおうか」

「は、はい」

「きゅ! ……きゅ?」

「うん、もちろんソラも一緒に見ていていいよ。でも後ろの人の迷惑になるから頭の上に載らないように」

「きゅ!」


 片前足をおでこにあてて元気よく返事をするソラ。

 りょうかいです! とでも聞こえてきそうな雰囲気だ。


「あと始まったら静かにするように」

「わか、りました」

「……きゅ」


 二人共本当に素直だ。

 言ったことをすぐにちゃんと聞いてくれる。

 こういう時はいつもソラのことが可愛くて仕方ないと思っていたんだけど、僕はそれをアイリスにも持っているんだろうか。同じような違うような……


「きゅ?」

「どう、したん、ですか?」

「え?」


 ふと振り向くと二人が僕の様子を窺っていた。

 ああなるほど、僕が足を止めてしまったからか。


「なんでもないよ。それじゃあ行こうか」


 僕は改めて二人を連れて劇場の中に入っていく。


 中に入ってすぐはぽつぽつとしか座席が埋まっていなかった。

 けれど二人と話しながら待っているうちに着々と空席が減っていって、開演五分前ともなれば八割ほどの席が埋まり劇場の中はそれなりの賑わいを見せていた。


 やっぱりこっちの小さな劇場で行われるようなものだから、満員御礼とまではいかないようだ。

 けど今回やる題材は何年も前から繰り返し行われてきたものだそうで、それでいてなおこれだけの人気を誇っているのはすごいことなのだろう。


 なんて考えていると、下りた幕の向こう側の雰囲気が急に変化した。


「ソラ、アイリス。もうすぐ始まるみたいだよ」


 劇場の中が気になるのかあちらこちら見回していた二人の興味を前に向けてあげる。

 ソラはいつのまにか輝く石を取り出していた。

 明かりの落ちた劇場内ではその輝きが目に刺さるので、荷物から布を取り出しその上にかける。

 その布の位置が気にならなかったのか少しいじって、すぐに満足したようだ。


 ブーッと音が響いてゆっくりと幕が上がっていく。

 それに呼応するように観客が静かになっていく。


 幕が上がりきる頃にはもう、目の前には一つの世界が造り上げられていた。

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