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まぼろし使いの少年は今日もまた誰かを騙す  作者: ネム
第一章 ひびの入った仮面
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第二十九話 安心できる色

「そうだ。ねえアイリス」

「なん、ですか?」


 アイリスは商品を見るわけでもなく、ただ僕の後ろに引っ付いている。

 何か興味を引くものがあるのならと思っていたのだけど特になさそうだ。


「アイリスはどうして灰色がいいと思ったの?」


 それは店員が帰ってくるまでの暇をつぶすための何気ない質問。

 でもアイリスはひぇっと声を上げてさらに強く顔を押し付けてきた。

 それでソラが潰される。


「きゅ!? きゅー!」


 袋の中からソラの怒る声がする。

 けど外に出てはこない。


「ご、ごめん、なさい」

「きゅ」


 ソラはこういった場所で毛を持つ体は嫌がられるってことを分かっていて、だからこうして中に引きこもって出てこないようにしてくれている。

 やっぱりソラはとても賢い。


「えっと、その、ですね」

「うん」


 顔を伏せたまま彼女は……そう、これは怯えている。

 怯えて、怖がって、震えている。


「怖がらなくても大丈夫。何があっても僕はアイリスの味方だから」


 何があっても、今は確かにそう思っている。

 でも仮面が外れてしまえばどうなるかは自分でも分からない。

 それがひどく心を締め付けるけどその不安を表に出したら駄目だ。

 僕の感じる不安はアイリスをさらに怖がらせてしまう。

 自分を、アイリスを騙せ。

 簡単だろう?

 今までだってずっとそうしてきたのだから。


「あ、の。グレーが、いいの、は……」

「…………」


 ただ静かに穏やかに待つ。

 大丈夫、一瞬たりとも心の内は漏れていない。


「いいの、は、髪の色で、安心、するから、です」


 髪の色、というのは……もしかして僕の髪のことか。

 ちらりと視界の端で揺れる髪の色は間違いなく灰色だ。

 アレックスさんは金色で、パウロナさんが濃い青。

 ミュリエルさんは緑だから勘違いでもない。


 僕にとって髪の色は重要ではなかった。

 そこは人を覚える上で頼ってはいけない部分だと教わったからだ。

 髪は人の見た目に大きく影響を与えるくせに色を変えるのがとても容易だ。

 だからそこで覚えてしまえば目の前を通られても気づかないことがある。

 僕も変装するためならまず最初に髪の色を変える。


 けど、そうなのか。

 アイリスはこの髪に安心するのか。


「それはとっても嬉しいよ」

「嬉しい、です、か?」

「うん、嬉しい。だから怖がらなくても大丈夫だよ」


 なぜだか急に、どうでも良かったはずの自分の髪色が好きになるくらいには嬉しいことだ。

 嫌がるなんてあるはずないけど、以前似たようなことでアイリスは怖い思いをしたのだろう。

 だったらその過去を塗りつぶしてしまいたい。


「アイリス、ちょっとじっとしててね」


 灰色のリボンを一つ手に取ってアイリスの髪を結っていく。

 心の中で軽く店員さんに謝りつつも手を止めることはない。


「よし、できた」

「あ、ありがとう、ござい、ます」


 髪型を変えたり結ったりするのだって得意だ。

 なぜなら変装に役立つから。……色を変える気はさっきなくなったけど、髪型ならまた今度変えてみようか。アイリスが喜んでくれるかもしれない。


「うん、よく似合ってるよ」


 やっぱり少し髪型を変えるだけで大きくイメージが変わるものだ。

 長く伸ばした髪も良かったけど後ろでまとめた姿も似合っている。

 ただ動きやすさを考えたら今の髪型の方がいいな。


「あらあら、仲良いのね」

「ふぇっ!?」


 おお、アイリスが飛び跳ねた。

 ですぐに僕の後ろに隠れた。

 前から思ってたんだけどアイリスは単に人が怖いってだけじゃないのかもしれない。


 忌子が人を怖がるようになるのは自然な話だ。

 今まで交流のあった相手が突然当たり前かのように敵意を向けてくるなんてことを経験しているのだから。それが家族であることも珍しくないのだし。

 でもそれ以上にアイリスは人見知りをしている気がしている。

 まあだからどうしたってこともないんだけど。

 どちらにせよ急激になれさせようとするのか彼女に負担がかかる。


「そう見えてるなら嬉しいよ。ついでに値引いてくれたらもっと嬉しいんだけど」


 声をかけてきたのはいなくなっていた店員さんだ。

 髪を結っている時には戻ってきていたけど、にこにここちらを見ているだけだったからアイリスには伝えていなかった。


 でもアイリスを驚かすのは本意じゃないし、今後は人見知りだということを前提に動くようにしよう。


「わかった。良いもの見せてもらえたから今付けてるそのリボンはお姉さんからのプレゼントっていうのは」


 そこで言葉を止めた店員さんはクスクス笑う。

 振り向けば大きく目を見開いて固まっているアイリスが。

 あっちこっち視線が動いてから悲しそうにこちらを見つめてくる。

 それはまるで、嘘だよねって問いかけてきているようで。


「それ以外で」

「なら全部を二割、三割、いや四割引きで」


 店員さんはもとから冗談のつもりだったようだけど、アイリスのあまりのうろたえぶりに申し訳なく感じてくれたようだ。

 リボン一本分よりも大きく値下げしてくれた。

 そんなことはあり得ないけど、もしアイリスが値引きのためこれを考えてやってたら恐ろしい。


「じゃあはいこれ」

「まいどあり。また来てね」

「旅人だから、それは難しいかな」


 この店の雰囲気と店員さんの雰囲気はなかなかに良いもので、袋の中のソラは完全に気を抜いているしアイリスも普段言わない意見を言ってくれた。

 もしこの周辺に住んでいるのなら定期的に来ても良いのだけど、そういかないのは残念だ。


「え、どこまで?」

「グロウス王国だね」


 あー、と残念そうな顔をしている。

 やはりいくら都市の中が発展していても外が自然のままじゃ長距離移動は大変なんだ。


「それは遠い。なら帝国に戻ってくることがあればまた寄ってね」

「その時はそうするよ。それじゃあそろそろ」

「ご来店、ありがとうございました」


 アイリスの手を引き、頭を下げる店員を背に僕らはその店を後にした。

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