第二十七話 逃げるか休むか
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、です、か?」
「きゅ」
「うん?」
前を見ればマーチさんがやってしまったって顔をしていて、後ろを見ればアイリスとその上に乗ったソラが心配そうな顔をしている。
黙って見ていたのを何かあったと勘違いされてしまったらしい。
「ごめんね。ちょっとこの魔石が気になって見ていただけだよ」
後ろへ伸ばした手で優しく二人の頭を撫で、それから魔石をマーチさんへ差し出し――横から伸びてきた手にかすめ取られた。
「やっぱりいい魔石ね。買ってよかったわ」
「……あのな、作業の出来くらい確認したかったんだが」
「それなら私が保証するわ。よくできてるわよ」
パウロナさんは布を取り出し魔石を優しく包んだ。
そのまま満足そうに腰のポーチへとしまい込む。
「それで、結局あなたも一緒に来るのよね?」
だいぶ話が巻き戻ったものの確かに元々そんな話をしていた。
けれどマーチさんは申し訳なさそうに首を横に振る。
「さっきアレックスにも言ったんだが、今二つほど大きな取引を抱えていてな。落ち着いたら向かわせてもらうから先に行っておいてくれ」
心苦しそうに笑いながらも、どうしてかふっと僕を見てそれを緩めた。
「まあでも、まともそうなやつがついて行くのなら良かったよ。あんな顔をする奴が悪いことを企んでたら俺にはもうどうしようもない」
緩められた目は僕とソラとアイリスを順に向いていき、もう一度僕に戻ってきた。
なんとなくその視線を向けられていると居心地が悪い。
僕は、僕はどんな顔をしていたんだろう。
優しそうな顔だろうか。
嬉しそうな顔だろうか。
幸せそうな顔だろうか。
人に信頼される顔をできていたということなのか。
ただの仮面でしかない僕であっても……また、外れかけてしまっている。
「まあそう考えこむな。いざという時そこのお人よしたちを止めてくれればいいだけだ」
「……逆に聞くけど、マーチさんは止められる自信ある?」
「……できるだけ頑張ってくれ」
上げた僕の顔にはもう偽りの表情が張り付けられている。
心の仮面もつけ直した。
「それじゃ、そろそろ用も終わったし行くとするかな。おーい、アレックス!」
「ん? どうしたマーチ!」
「そろそろ行こうと思ってな!」
言いながらマーチさんは手早く商品を片付けはじめた。
刺さった跡の残る板を荷台に置き、その上に大きな商品を積み込んでいく。
最後に敷いてあった布で小物を包み込んだら終わりのようだ。
なかなかに手際がいい。
やはり行商をしているのであれば展開と撤収のしやすさにも気を使うものなんだろう。
「なんだ? もう行くのか?」
「ああ。この都市に来た目的はもう果たしたしな。あとはできるだけ早く今抱えている取引を終わらせるだけだ」
「そっかー。頑張ってねー」
「おう。それじゃあみんな、元気でな」
軽く挨拶を済まし、マーチさんは馬のいない荷馬車に乗り込んだ。
するとぬるりと勝手に動き出す。
魔術で動く魔導馬車、街の中ならまだしも壁から出てしまえば全て自分の魔力か魔石で動力を賄わねばならない。
しかし一人で一日中魔力の供給なんてできるわけもなく、だから大半は魔石が動力となる。
当然それはかなりの費用が掛かるわけで、つまり彼はあんな需要の薄い商品を仕入れていてもしっかりとお金を稼げるだけの才を持っているらしい。
魔導馬車を使っているというのはそれだけで稼いでいる証だ。
そんな成功している商人の証の上から一度手を振られ、僕らも大きく手を振り返し、やがて雑踏にまぎれてその姿は見えなくなった。
「さて、これで俺たちがこの都市に来た用事も終わっちまったわけだがどうする? 明日にでも出るか?」
アレックスさんからすれば当たり前の提案なのだろう。
逃げているのだから。
でもそれに顔をしかめるのが二人。
「えー、無理だよー。準備も終わってないからねー」
「そうよ、それにこの都市までほとんど休まずにきたのよ。休まなければ体を壊すわ」
「いや、だってよ……」
アレックスさんの言いたいこともわかる。
追っ手がいるというのにのんびりするというのには僕も違和感を感じている。
人が多くて言葉を濁していても、その言いたいことは僕以外にも伝わったらしい。
「でも彼らは人が多い分足が遅いのよ。だいぶ急いで来たし一週間くらい待って上げた方がいいんじゃないかしら」
それも一理ある。
僕らはいくつかの街に入らず通り過ぎてきた。
それもアイリスがいることもあってできるだけ人に見られないようにしながらだ。
どこかへ向かったという視認情報がないのなら追っ手はその途中の都市でも探さなければいけなくなる。
しかも相手は僕らが真っ直ぐ行ったかどうかすらわからないんだ。
横の都市にそれた可能性も考慮しなくちゃならない。
というよりも同時期に僕らの目撃情報があっちこっちに行っているはずだから考慮せざるを得ない。
無論しばらくしたら違和感にも気づくだろうけど、それでも間違いなく時間は稼げる。
あと。
「なん、ですか?」
「それ、喜んでくれて嬉しいなって」
「はうっ!」
アイリスは疲れていても我慢してしまうだろうし、そもそも忌子として生きてきた彼女は正常な状態を感じたことが少ないはず。
自分でも自身の状態を把握できていない可能性がある。
「僕も一週間くらいなら待ってあげた方がいいと思うよ。彼らにどこへ行ったか伝え忘れたわけだし」
それから、わざとらしく伸びをする。
のびをしてから、ネックレスを見て喜び続けているアイリスを何気ないように撫でる。
「それに色々あったでしょ? だから疲れちゃって」
「……そうだな。少しくらい休んでいくか」
アレックスさんもまた大きく伸びをした。
その目は優しく細められている。
「ならこっからまた自由行動だ。解散!」
彼はパンと強く一度手を打ち鳴らした。




