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まぼろし使いの少年は今日もまた誰かを騙す  作者: ネム
第一章 ひびの入った仮面
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第十七話 心に届く純粋な想い

 アイリスの特訓を始めてから丸三日経った。

 本来であれば一日と半日くらい前に、遅れた日程であっても今頃には都市についている予定であったが、途中コツを掴めそうと言ったアイリスの特訓を優先したためそれよりももっと遅れている。


 とはいえアイリスを助けてそのままメナベの街を飛び出してきたこともあって僕たちはまともに旅の準備ができていない。

 そろそろ物資が尽きてしまうためこれ以上の余裕はなく、すでもうあと数時間も進めば到着できる距離まで来ていた。


「うん、よし。なかなかうまくなったね」

「えへへ。ありがとう、ございます」


 この数日、アイリスには魔術の大きさを自由に操れるように練習してもらった。

 本来であれば詠唱とはどういうものか教えるつもりだったのだけど、それには圧倒的に欠けているものがあったためやむなくこの訓練となった。


 ちなみに詠唱を教えるためにアイリスに圧倒的に足りなかったものというのは知識だ。

 魔術の詠唱には大きく分けて二種類あって、イメージを言葉にのせる、もしくは言葉をイメージに合わせて紡ぐ必要がある。

 イメージを言葉に乗せる方は明確な言葉が必要ないんだけど、それは無詠唱をしやすい方の魔術のやりかた。

 いまアイリスに必要なのはより魔術を制御下に置きやすい、言葉をイメージに合わせて紡ぐ詠唱の方だ。


 もうそれは知識がないとどうしようもないため、次の街の滞在中に最低限のことを教えるつもりでいる。


「さて、アイリス」

「は、はい」

「残念だけどこの先で別の道とつながるからね。魔術の訓練は一旦お預け」

「わかり、ました」


 残念そうにしているアイリスだけど、励まずように頭を撫でてあげればそれだけでにぱっと笑顔になる。

 どうやらこの子はこうして頭を撫でられるのが好きなようだ。

 笑ってくれるのは嬉しいので、僕も何かあればつい撫でてしまっている。


「あなたたち、本当に仲良くなったわね……本当に」

「まあまだ僕でも教えられる範囲だし。だからそうやってジトッと見てくるのはやめてくれないかな」


 パウロナさんが魔術を教えていないのはパウロナさんが悪いという話ではなく、アイリスがまだ僕とソラ以外に心を開いていないのが原因だ。


 確かにパウロナさんの教え方はある程度知っている人向けのものではあったけど、だからと言って説明が下手なわけではない。

 アイリスは僕とソラが近くにいないとまともに動けなくなってしまうため訓練にならないんだ。


 今はまだ僕でも教えられるからいいけど、いずれ僕じゃ力不足になる。

 だからというだけでもないんだけど、せめてまともにコミュニケーションが取れるくらいにはしてあげたい。






 そんな風に考えながら歩き続けていると遠目に大きな壁が見えてきた。

 そこが目的の都市、スールゴードだ。

 今ここは文芸の都市と呼ばれているらしい。

 僕の知識では歌が頭一つ抜けて有名という程度だったのだけど、五年くらい前に戯曲が流行して読み物も一気に隆盛したらしい。

 あと大衆が知っている話じゃないけど研究施設も多く集まっている。


 同じ方向に歩いている人もだんだん増えてきて、怖がってしまったアイリスはうつむきがちだ。

 おずおずと服のすそを掴んできていて離れないようにしている。


 歩くたびに揺れる長い髪がさわさわとくすぐってきて少しくすぐったい。

 あ、そうだ。

 都市に着いたら髪を切るかまとめるための髪留めを探すかしようかな。

 アイリスはどっちが良いっていうだろう。


「ねえアイリス」

「なんです、か?」

「アイリスはその髪、どうしたい? 髪留めでまとめるか切るかした方がいいと思うんだけど」

「えっと……むぅ」


 ぎゅっと難しそうな顔をして唸り始めた。

 そんなに悩むことなのか。

 どちらも嫌と言うのならそのままでもいいんだけど。


「あ、の。その」

「うん、ゆっくりでいいよ。どうしたい?」

「……髪留めが、いいです、けど、……その、多分、選べない、です」

「そっか」


 それは八歳からこの歳になるまでおしゃれに気を遣う余裕がなんてなくて、そもそも入手できる環境でもなかったからだろう。


 忌み子には魔物を寄せ付けるという実害があるせいで、助けてくれる奇特な人が現れることはまずない。

 アレックスさんたち三人のお人よしが度を越しているだけだ。

 だから何にも頼らずどうにかして一人で生き残るしかない。


 生きることに精一杯の状況だと娯楽のことなんて気にしている余裕はないんだ。


「それなら一緒に選ぼうか」

「は、はい! あ、ごめんなさい、ごめん、なさい」


 ぱっときれいな花が咲いて、でもその花は何かに怯えてすぐにしぼんでしまった。

 ぶるぶると震えて、さっきよりも強く裾を握っている。


「大丈夫だよアイリス。落ち着いて」


 立ち止まって、優しくアイリスを腕の中に包み込む。

 安全だと、守られていると教えてあげれば恐怖もきっと薄れる。


「大丈夫か?」

「怖くないよー」

「あなたのことはちゃんと守ってあげるわ」


 アイリスを緊張させないようにと、こちらに話しかけるのを最小限にしていたアレックスさんたち。

 彼らの優しい声を聴いてさらに少しだけアイリスのこわばった体が緩んだ。


「きゅー、きゅ!」


 輝く石を抱えたまま楽しそうにあちこちを見ていたソラも、じっとアイリスに視線を向ける。


「きゅー!」

「アイリス、顔を上げてみて」

「は、はい……」


 顔を上げたアイリスとソラの目があった。

 心に直接届くソラの純粋な想いは、見通すことのできない人の心とは違う。

 悪意や下心など一切なく全てが伝わってくるからこそ、その全てを無条件に信じることができる。

 怖がっていても怯えていても警戒していても。

 ソラの心は触れた相手の心を優しく溶かす。


 ふと思ったけど、ソラのこの能力もこうして人前で使わせない方がいいのかもしれない。

 知られたら狙われるというのはわかってたから説明しないようにしているけど、実際にその様子を見られて気づかれてしまえば関係ない。

 見てもそうそうわかるものではないけど万が一もあり得る。


「きゅ?」

「うん、だいじょうぶ、です。ありがとう、ございます」

「きゅ!」


 ソラは輝く石を袋にしまい。勢い良くアイリスの頭に飛び乗った。

 そのままそこでくつろぎ始める。

 ……ソラも、心を通わせることを好んでいる。

 アイリスの助けにもなっている。

 二人の安全を取るか二人の望むままにさせるのか、迷うところだけどそれなら僕は後者を取りたい。


「え、あれ、えっと」

「嫌じゃないなら、そのままソラの自由にさせてあげて」


 ソラはアイリスを励まそうとして触れにいっている。

 ソラは優しいし結構気が利くんだ。

 そんな優しさを無理に押し込めたくはない。

 安全でないなら僕が死ぬ気で守ればいい。


 ……私の方が先に知り合ったのにどうしてなのよと聞こえてきた。

 そんなこと言っているうちはソラが触れさせてくれることはない気がする。

 呟いているだけのつもりかもしれないけど聞こえてるんだよ。


「だめかな?」

「わかり、ました」


 アイリスの口から出てきたその声は淡白だけど、顔に浮かぶのは間違いなく笑みだ。

 おそるおそる頭の上のソラに手を伸ばして優しく触れている。

 きゅーっと嬉しそうにソラが鳴き、さらにふわりと笑みが溢れた。


「え、わ」


 ソラが頭の上から腕の中へ移動した。

 そのままもっと撫でてと言わんばかりに手のひらに頭を押し付けている。

 アイリスは求められるまま優しく丁寧に撫でていく。


 どうやらもう過剰に怖がってはいないようだ。これなら心配いらないだろう。


 アレックスさんたちとに目で合図をして、撫でるのに夢中なアイリスの背を押しながらゆっくりと都市の方へ歩き出した。

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