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まぼろし使いの少年は今日もまた誰かを騙す  作者: ネム
第一章 ひびの入った仮面
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第十六話 訓練の開始

「アイリス、訓練を始めるわ!」


 朝起きてきたアイリスに、パウロナさんは開口一番そう宣言した。


「え、えっと」


 ちらちらとこちらを伺うアイリスに頷きを返す。


「よろしく、お願いします」


 朝の挨拶よりも先に言うとは思ってなかったけど、訓練のこと自体は昨日の話し合いで決めたことだ。


 結局のところ、アイリスの精神が不安定になってしまうというのも推測でしかない。

 他の事例と同じように安定する可能性もある。調べようにもそのための機材も人材も何もかもがない。


 つまり今できることがないならそれについて考え続けても意味がない。

 だから昨日あの後とりあえず現状の問題を洗い出してみたんだ。


 それはアイリスに魔術についての知識が無いことである。

 実は魔術は必ずしも術者に従うわけではない。

 魔術には人の想像と思いが強い影響を与えている。

 こうなってほしいという思いとどうしたいという想像が核となるんだ。


 だから強い思いや想像があれば、それに引っ張られて魔術が術者の手を離れることだってありえること。

 とはいえ普通であれば詠唱や陣によって魔術を鎖で縛るので、強い魔術であっても術者の手から離れることはまずない。


 けれどアイリスは無詠唱で魔術を行使している。

 無詠唱は上級者の技術だとよく言われるんだけど、それは難しいからというよりも暴走の危険があるからだ。

 このままでは危険すぎて、いつアイリスに制御を離れた魔術が牙をむくか分からない。


 力を目当てに狙われることもあるから、強い力が必ずしもあった方がいいとは言わない。

 場合によっては特訓をしないことで危険から逃げられることもある。

 でも髪色が変わるという特性がある以上、彼女の特異性は現状であっても露見してしまう。

 だから最低でも自分の身を守れる力はあった方がいい。

 それ以降はアイリスの意欲と状況次第だ。


「それなら基礎から始めるわよ! まずは――」


 ちなみにこうしてすぐに教える理由はあまりない。

 教材もそろってないし。

 これはパウロナさんが我慢できなかっただけだ。

 アイリスがどこまでできるようになるのか見てみたいらしくてはやく鍛え始めたかったらしい。


 さすがにアイリスが助けを求めてきたら無理矢理にでも止めるけど、それまでは僕も手伝うつもりだ。

 できるだけ守ろうとは思ってるけど僕だって万能じゃない。

 アイリスが傷つくのは見たくないし、その可能性が低くなるのは良いことだからね。


「そこはちょっと違うわね」

「はい……えっと」


 けどパウロナさんは人にものを教えるのがそこまで得意ではないようだ。

 アイリスも理解しようと頑張っているみたいだけど、元々全く知識がなかったわけだし話が難解過ぎて分かっていない。


「えっとね、アイリス。そこはね――」


 横から少し口を出して、分かっていないところを教えてあげる。

 多分パウロナさんは天才型で、人がよくつまづいてしまうところが分からないのだろう。


「なるほど、です」

「僕もある程度は魔術の知識があるからね。分かることなら答えるから頼ってくれていいよ」

「あ、ありがとう、ございます!」


 よほど困っていたらしい。

 ぱーって明るくなった笑顔が可愛くてよしよしと頭を撫でたくなった。

 というか撫でた。


「……ねぇアイリス。私の時と随分態度が違うんじゃないかしら?」

「え、その、あの」

「ロナは遠慮がないからねー。怖がられるのも仕方ないよー」

「はっはっはっ、怖がられてやんの!」


 ぴきっと堪忍袋の緒が切れる音がした。


「ねえアレク、ちょっとお話しましょう?」

「は? なんでだよ!」


 危機を悟って逃げるアレックスさん。

 それを追ってパウロナさんも先へと走っていく。

 数日前にも見た光景だ。


 とりあえず、やる気になっていたところをくじかれて困惑しているアイリスに声をかけた。


「僕だけでも教えられることは色々とあるから頑張ろうか」


 困惑からか声はなかったものの、その首はゆっくりと縦に振られた。

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