第十五話 才能の代償
その日の夜、僕らは焚き火を囲んで話をしていた。
アイリスとソラは疲れたのかすでに眠っていて、パウロナさんは昼からずっと何事か考えこんでいた。
焚き火の煙がもくもくと上っていくのをなんとなく見つめる。
「……今ってどれくらい進んだ? 半分くらい?」
「あーっと、元々三日の予定だったがアイリスがいる分遅くなってっから、そうだな、大体三割くらいだ……おいなんだよお前ら、その目は」
僕とミュリエルさんは顔を見合わせて、何でもないと言いながらため息をついた。
アレックスさんに悪気がないのはわかっているけど、今の言い方ではアイリスを責めているみたいだ。
アイリスが寝ていたからお咎めなしになっただけである。
一体何なんだよとむくれるアレックスさん、の隣で考えこんでいたパウロナさんがようやく顔を上げた。
「ねぇミュー。少し前に会った火だるまの魔術士のこと憶えてる?」
「うん、憶えてるよー。あれは中々忘れられないからねー」
「俺も憶えてるぞ」
火だるまの魔術士とは変な言葉だ。
文字通りの意味だと火に包まれた魔術士ということになるけど。
「えっとねー、ロウル君。ロナが言ってるのはねー、全身が燃えている魔術師のことだよー」
「そんな人がいるんだ」
本当に文字通りの意味であったらしい。
「その人は小さい頃から高い火属性への適正があったらしいわ。だから火属性ばかり鍛え続けていたら髪の色も目の色も変わったらしいの」
「なるほど、色が変わるのはアイリスと同じだね」
髪と目の色が変わるというのは同じだ。
けれどアイリスは魔術を使うたびに色が変わっている。
「ええ。それと全体が赤く染まり切ってより色が濃くなった後、体の一部が火に変化するようにもなったらしいわ。ロウルもアイリスの目の色が深くなっているのを見たのでしょう?」
「うん」
淡い水色だったはずのものが濃くなっていた。
元々はソラと同じ色だったから間違えているはずがない。
「それならきっと、魔術を使わせ続ければそうして体の性質が変化するはずよ。本当なら時間がかかるはずなのだけれど、魔術を使うだけで髪の色が変わっていることを考えると案外早く変化するかもしれないわね」
「なるほどな。んで、ロナ。それは体に何か悪いことでもあんのか?」
「いえ、それはないらしいわ。でも……」
どうしてかそこで言いよどんだ。
確証がないのか言いにくいような内容なのか。
「これはその火だるまの魔術師の話なのだけど。突然髪と眼の色が変わって、体の一部が火に変化するようになって。その時期は心が不安定になったいたらしいわ。住んでいる小屋を燃やしていたのもあって、その……自殺、も考えたそうなの」
「それはー、その人だけのこととかー」
パウロナさんはふるふると頭を振って否定した。
「その話を聞いて調べてみたことがあるのだけれど、そうして一つの属性に特化していて体が変化する人は他にもいるらしくて、多くはないけどそれなりに記録が残っていたの。その記録によると変化が安定するまでは誰もがそんな気持ちになるそうよ。安定したら落ち着くそうだけれど……それまでに心を壊してしまう人も多いと書いてあったわ」
「そうだよねー。関係ならロナがそんなに言いにくそうにしているわけないもんねー」
「それは、変化がおさまるまで辛そうだな。俺たちを頼ってくれりゃあいいんだが」
ミュリエルさんとアレックスさんも同情的で、でもそれなら自分たちが寄り添ってあげればなんて思ってそうだ。
でもそんな簡単じゃない。
……これは僕の勝手な予測で外れる可能性もある、むしろ外れてほしいと思っているけど。
「…………」
きっとパウロナさんも同じことに思い至っている。
だからこんなに言いづらそうなんだ。
「ねぇパウロナさん」
「……なにかしら?」
辛そうにしているのは、僕の思うそれとは全く関係ない理由かもしれない。
僕より魔術に精通している彼女は、僕と全く違う考えを持っているかもしれない。
そんな期待は、当然のように裏切られた。
「アイリスが安定するのってさ、いつになるのかな」
「…………」
わかってる。答えられない。答えられるはずない。なぜなら安定することはないのだと予測できるから。
本当にただの予測。
アイリスは一度髪の色が変わった後でも別の色に変化している。
それはつまりどれだけ魔術を使っても安定することなどないのではないか。
そう考えてしまう。
今わかった
。きっとこれは代償なんだ。
それはもちろんアイリスが何かをやってしまったという訳ではない。
生まれついた時から抱えているもの。
魔術ではどんなことであっても対価が、代償が必要となる。
大抵それには魔力が用いられるている。
でも実は別の対価を払えば魔力なしでも魔術を扱えるんだ。
例えば呪術と呼ばれるものもその一種。
アイリスの姿が変わるのはそれと似たようなもの。
広く高い適性を持つことへの代償なんだ。
通常であれば、その高い適性の属性を育てることによって不安定さは解消される。
それは多分適性を一極化させてそれを柱とすることにより、バランスの崩れを補っているからだろう。存在の根幹が変わっているから姿も性質も変わっていると、そう推測できる。
でも、じゃあアイリスはどうなるのか。
アイリスはどの属性への適性も高いことが分かっている。
それはパウロナさんが目をむいて驚き、色々と教えたいというほどだ。
つまり尖っているから不安定なのではない。
もとより変化しやすく不安定なんだ。
不安定で変化しやすいから、様々な属性へ高い水準での適性を持ってているともいえる。
アイリスの適正と不安定さは他のそれとは因果関係が逆なんだ。
けどそれはつまり、一つの属性を極めることによって安定させることができないということだ。
下手をすればもっと不安定になる。
さらに言えば、パウロナさんはさっきわざわざ一つの属性に特化していてと協調した。
つまりその事例はあった、逆にそれ以外のアイリスのような事例は調べた中にはなかったということ。
それは、アイリスを安定させる手段は少なくとも今の僕らには存在しないということを意味しているように思えた。




