05 傭兵団の帰還と
シェリル編の最後です。
配分ミスでいつもの倍くらいの量になってしまいました。
すみません。
ベルハザードは共に来た国家傭兵団の中から、自分に同行するのに必要な最低限の人員を選りすぐった。一応、不測の事態に備えて手練れを集めた形だ。
そうは言っても、彼がこれから赴くのは戦場ではない。
ある意味で戦場なのかもしれない。交渉と言う名の戦場――しかし、戦いに敗れ、全戦力を失ったと言っても過言ではない程の損害を受けた部族に、自分たちを有利にする手札は一つも残されていないだろう。良くて、見目麗しい部族の娘を差し出して機嫌を取ることぐらいか。
だが、当然のごとく、ベルハザードはそんな生贄紛いのことを受け入れる気はない。仮にあった場合は提案した者たちの首を落とす気でいた。
――そんな保身ばかりを考える輩は必要ない。今を凌いだらまた繰り返すだろうからな。
ベルハザードは交渉の場だけでなく、彼らが集落に残していた残存戦力と一戦交える可能性も視野に入れていた。
彼らからすれば、こちらは戦場に散った士たちの仇であり、親兄弟の仇なのだから、そのような事態になってもおかしくはない。
「そちらの勧告を受け入れ、我らは全面降伏する」
ところが、ベルハザードたちの姿を認めた門番はすんなりと彼らを通しただけでなく、部族の長の元へ案内までしてくれた。
勿論、その過程において罠も十分に考えはしたが、こちらの武装解除を求めもしないだけなく、囲むような配置もしていない。何より、彼らの瞳からは戦意が感じ取れなかった。
それからのこちらの勧告に対する長の二つ返事である。
これらから考えられるのは、エルフの里に対する襲撃は部族の総意ではなく、血気に逸る者たちの暴走とも捉えられる。
そうであるならば、部族としての罰は受けたと言えるが――
「ここまでの態度を見るに、襲撃はそちらの総意では無かった――間違いないか?」
「そのとおりだ」
「多くの戦士を失い、次代を担う若者も冥府へと旅立ったお前たちは罰を受けたとも言えるが、同じ部族の者を止められなかった罪はそれだけで全てを贖ったとは言えない」
「仰るとおり、儂もこのままで終わるとは思っていない」
ベルハザードとの問答の間、長は一度たりとも彼から目を逸らすことは無い。
それは長自身が、部族の者たちを制御できなかった事実をしっかりと受け止め、自分がその罰を負うという覚悟の現れだろう。
「……ちなみに拉致されたエルフはどうした?」
襲撃の折、彼らは生き残ったエルフを捕えて連行していた。
目的は人身売買と自分たちの奴隷とするためと、容易に予測が付く。
ただ、長をはじめ、集落に残っていた者たちのほとんどが、今回の襲撃に関して懐疑的な立ち位置であることから、ベルハザードはこの返答に期待を抱いていた。
「エルフたちは保護して隠している」
「そうか」
ベルハザードは期待していた長の返答を聞き、心中で安堵した。これ以上、余計な血を流さずに済みそうだ――と。
彼らの処遇をどうするかは既に決めてあり、その根回しを終えてあるが、あえて少し考える素振りを見せてから、ベルハザードは口を開いた。
「お前たちはこれから我が国と交流のある部族に編入してもらう。もし、国を出て新天地を目指したい者がいるなら、こちらで受け入れる準備はある」
ベルハザードが相手方の長と今後について交渉を進めていた頃、シェリルたちはと言うと、襲撃により被害を受けた集落の片づけを進めていた。
ウォーレンやミスティスの姿もあり、ウォーレンは力に物を言わせてガンガン瓦礫を運び出し、ミスティスは魔法で排除していく。
それを見ていたシェリルは卓越した魔法技術を持つミスティスに声をかけた。
「ミスティス殿、貴女の魔法技術は目を見張るものがある。先の戦闘で見せた設置式の爆発魔法もさることながら、広域範囲魔法の威力、制御共に実に素晴らしい」
「そうですか? そこまで言ってもらえるなんて嬉しいです」
「して、それだけの力を持つ貴女は、なぜ彼と一緒にいるのだ?」
ミスティスはベルハザードと出会った経緯の要点を絞ってシェリルに話した。
とても辛い身の上でありながら、話し終えた後のミスティスの表情は穏やかで頬は薄っすらと色付いている。
「私の角を見ても、彼は私を人だと言ってくれました。とても優しい。彼はそんな人なんです」
だから一緒にいたいと、そう思った――と、ミスティスが締め括ったところで、仲間に呼ばれた彼女はシェリルから離れていく。
その背中を見つめていたシェリルは、静かに瞼を閉じると天を仰ぎ、先の戦いの記憶を呼び起こしていた。
丸一日と更に半日が過ぎた頃、漸くベルハザードたちが戻って来た。
その背後には襲撃者と同じ部族の者たちの姿もある。
彼らは真っ先に自分たちを冷たい目で見るエルフたちに頭を下げ、そのまま微動だにしなかった。その姿にさすがのエルフたちも困惑の色を見せる。
「今回の襲撃に反対し、集落に残っていた者たちの大半は他の部族に併合されることとなった。そして、ここにいる者たちは俺の下で預かることにした。里の復興にはドレーブルの中でも、我らと交流のある者たちが支援を約束してくれた。無論、我々も助力する。思うところはあるだろうが、一旦はこれで収めてほしい」
ベルハザードの威厳のある強い意志の籠った声に、エルフたちは全員が静かに頭を彼に下げたのだった。
そうして、ベルハザードたちの帰国を明日に控える時となった。
ベルハザードがエルフ王に復興の途中で帰国することを詫びると、逆にここまで力を尽くしてくれたことに感謝の言葉を返された。
エルフにとってまさに救世主であるベルハザードに周りには多くの人が集まり、酒を注ぎ、食を楽しみ、言葉を交わす。ある者は彼の武勇を語り、ある者は彼の高潔さを称え、ある者は彼との別れを惜しむ。皆それぞれがおもいおもいを肴に宴を楽しんでいた。
豪快に酒を飲み干したベルハザードの杯に、彼の周りが落ち着くのを見計らってやってきたシェリルが酒を注ぐと、その隣に座る。
「此度は本当に助かった。感謝で言葉もない」
「そうか。来た甲斐があったよ」
「しかし、喪った者は帰って来ない」
ベルハザードたちの助力もあり、ドレーブルは退けられた。
家や森は破壊されたが、家は建て直せばいいし、森は年月が経てば元の姿を取り戻すだろう。
それでも、天へと旅立った者たちやそこにあった思いを偲ばせるものが戻ることは無い。
表情を曇らせたシェリルの耳にベルハザードの言葉が届く。
「戦は勝とうが負けようが、多かれ少なかれ犠牲を伴う。だから、無いのが一番だ」
確かにそのとおりだ。
しかし、人とは時に相容れないもの。血生臭い衝突の歴史が繰り返される。
今回のドレーブルによるエルフの里襲撃は一部の者たちが、焦燥感に駆られた結果、引き起こされた。閉鎖的な環境に嫌気がさし、外の世界に飛び出した者たちから聞いた情報に焦りを覚えながらも、外との交流を持とうとしない頑なな上層部の暴走。それが今回の惨劇に繋がった。
実に愚かで身勝手で、そして、臆病な悲しい理由。
一歩を踏み出せば、手は差し伸べられただろうに。
シェリルが目を向けると、横に座るベルハザードの表情は哀愁を帯びていた。
湿っぽくなってしまった空気を払拭しようと、シェリルが声の調子を上げて言葉をかける。
「そういえば、迷惑をかけたな。私が予定には無い突撃をしてしまって、貴殿の策を乱してしまった」
「何だ、そんなことか。たいしたことじゃないから気にするな」
「いや、改めて礼を言わせてくれ。援護までしてくれたのだから」
「依頼主に万が一があっては困るからな」
戦いの終盤、シェリルが突然、罠に嵌めた敵中へと突撃したのだ。
事前の打ち合わせの中では、そんな予定は無く、彼女は弓隊を率い、敵と距離を置いて矢を射かける手筈になっていた。
しかし、同胞の仇を目の前にして怒りを抑えられず、シェリルは持ち場を離れた。
今回の戦における指揮権はベルハザードに委任されている。
そのため、シェリルの行動は本来なら命令違反であり、援護をされなくても文句は言えない。
だが、ベルハザードは彼女を援護した。
離れた場所から遠くなっていくシェリルの姿を視界に捉え、彼女の背後を衝こうとする輩を魔弾をもって排除した。それを行いながらも、彼は指揮を疎かにすることはなく、勝利へと繋げたのだった。
ベルハザードはなんてことは無いように言ってのけるが、それがどれだけ常人離れしているのかをシェリルは理解している。
そして、それだけの力を持ちながらもそれを鼻にかけることも無く、自分たちの心にまで寄り添い、寛容さを示す彼にシェリルは惹かれていた。
「ベルハザード殿」
「なんだ?」
「貴殿は今後、救援必要であれば国を通さずとも構わないと申してくれたな?」
「ああ」
「それだけの盟約に我らが出せる対価はあまりにも少ない」
「それは気にするなと――」
「だから、私が貴殿の元に嫁ごうと思う! これは王や族長から裁可を受けている」
「……はっ?」
予想もしていなかったシェリルから放たれた言葉に、ベルハザードは衝撃で思考が止まり、思わず間抜けな声が漏れる。
「これからよろしく頼む。その……旦那様」
そんな彼の様子を気に掛けることも無く――というよりは、色恋沙汰とは無縁な生活を送ってきたため、初めて抱くこの感情に翻弄されて余裕のないシェリルは顔を真っ赤に染めてはにかみながら、必死に言葉を絞り出してベルハザードに伝えたのだった。
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