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第六話


 エルネが外で飛行型の魔霊と戦っている頃、フレードリクは屋敷内を駆けていた。

 すでに幾人かの使用人たちがこの事態に気付き目を覚ましていたので、フレードリクは使用人にシェシュテイン、イェリン、シーヴを起こすように指示を出し、屋敷入り口にある広間で待機する。


 自分ひとりであれば遠慮なく女性の部屋に飛び込むのだが、使用人達がいる以上、寝ている王女殿下達の寝室にむやみに入るわけにはいかないからだ。



 三人の女性のうち、イェリンはすでに目を覚ましていて、何事かを確認するため使用人を呼びつけると同時に、窓の近くによって、外の様子を伺った。


 イェリンの目に飛び込んだのは、今まさに飛行型の魔霊が火球を飛ばし、自分のところに向けた瞬間であった。


「な……」

 言葉はそれしか出ない。

 視界から入る情報に脳が追いつかなかったのだ。

 

 思わず目を閉じるが、爆発は起こらなかった。

 恐る恐る目を開くと、夜の闇に隠れてよく確認は出来ないが、人影が飛び交い魔霊と戦っている姿が今度は視界に入った。


 ようやく我に返り、魔霊に襲われていることを理解したが、何をどうすればいいのかわからない状態だ。


 そのまま窓の外に視線を向けポツリとつぶやく。

「アステグ卿……?」


 その時、扉が慌しく開かれ、イェリンはそちらに目をやった。


「なんですか? ノックもせずに!」

 入ってきた相手に怒鳴りつけるイェリンだが、相手は慌てた様子でイェリンに言葉を向ける。


「イェリン王女殿下! 現在この屋敷は危険な状態です。すぐに避難の準備を」

 そう言葉を向けたのは彼女の侍女クララだ。


「ひ、避難ですって? 護衛兵は何をやっているのですか! わたくしに寝巻き姿で人前に出ろとそなたは言うのですか? 許容できません! 護衛の責任者であるアスプルンド卿をここへお呼びなさい! わたくしから意見があります!」 


 多少のパニックもあるのだろう。状況が全く見えず無理な注文をするイェリン。

 侍女もさすがに困り果てるが、屋敷の一角が崩れる音がする。


 同時にわずかに屋敷が揺れ、イェリンは腰を抜かす。

「ひ……な、何なのですか! ク、クララ、せ、説明しなさい!」

 クララにも状況が良くつかめていない状態だ。分かるわけがない。


「イェリン王女殿下。着替えている暇などありません! 急いで下さい!」

「わ、わたくし、あ、足に力が……」

 

 腰を抜かしたまま立てないイェリンを見やり頭を抱えるクララだが見捨てるわけには行かない。

 急いで主の元に向かい、背中を見せる。


「さ、王女殿下! 私の背に!」

 足が震えるもなんとか侍女の背中に乗るイェリン。それを確認したクララは部屋から出て、フレードリクのいる入り口の広間に向かおうとするが、屋敷が再び揺れてバランスを崩し、クララとイェリンは床に叩きつけられた。


「イ、イェリン王女殿下……だ、大丈夫ですか」

 足を捻ったのか、クララも立ち上がることは出来なくなってしまう。


「だ、大丈夫なわけがありますか……」

 イェリンも腰が抜けたまま立てないようだ。


「な、何が起こっているのですか……」

 床に体を投げ出したままイェリンは誰にでもなくつぶやく。


               ────────────


 大地に何とか着地するエルネだが、多少無理した反動なのか、着地と同時に片膝を着く。

「くっ……あーもう、またこのパターンかよ……」

 思わず毒づくエルネだが、あまりぼやいている暇は無い。


「王女殿下達はご無事か?」

 近くにいた一人の兵に訪ねる。


「今、人をやり確認を行っています」

 一般の兵なのだろう、エルネに対し最低限の礼儀を守り言葉を発する。


「分かった。私も一度屋敷内の様子を見る! もうすぐ兄上達もこちらに来るはずだ。それまで警戒を頼む」

 今だあちこちで轟音や、人の叫び声が聞こえてくる。

 屋敷の周りは飛行型の魔霊を屠ったことによってひとまずは落ち着いたみたいだ。


 ベルトルドも現在はアスプルンド公爵の代わりに指揮をとっているとはいえ、シーヴの専属の護衛の一人だ。


 アスプルンド公爵が指揮をとるようになれば、すぐにこちらに駆けつけてくる。

 そう思っての発言だ。


 そうしてエルネは屋敷内へと向かう。



               ───────────


 屋敷内はそれほど荒れてはいなく、思ったよりは綺麗なものであり、エルネは内心胸を撫で下ろした。

 そして入り口にいる幾人かの姿を確認する。


 何人かの兵と使用人、それに四人のエルネの見知った顔があったのだ。


「エ、エルネー!」

 小麦色の肌を持つ少女がエルネに駆け寄ってくる。

 下手をすれば抱きつきたい衝動に駆られているようにも見えるが、最後の最後で自重したのか、ギリギリで止まり自分よりは上背のある黒髪の少年を見上げた。


「大公女殿下、シェシュテイン王女殿下ご無事で何よりです。現在この区域は戦場になりつつあり、危険な区域となっております。ひとまずの危険は去りましたが、確実なことは私の口からはいえません。一度この屋敷を離れていただく可能性もございますゆえ、そのような心構えをしていただくようお願い申し上げます」

 人目があるので、堅い口調でシーヴとシェシュテインに言葉を向ける。


 シーヴは普段の砕けた口調に慣れていたのか、まるで人が変わったような口調で言われたことに対し少し不満げな顔をしたが、いまはその事を追及している暇は無いと考え、黙っている。


「フレードリク、イェリン王女殿下の姿が見えないようだが?」

 一瞬、嫌な予感がエルネの頭を駆け巡るがそれは杞憂に終わった。


 兵のの背中に乗り、イェリンと侍女クララが姿を現したのだ。

 その姿を確認し胸を撫で下ろすエルネ。

 

「イェリン王女殿下ご無事で何よりです」

 エルネはイェリンにも声をかけたが、イェリンは歯をガチガチと鳴らしながらもエルネに声を向けた。


「な、なにが起きているのです! 警護は万全のは、はずじゃな、なかったのですか?」

 歯の根がうまく合わないのか、どもりながらエルネに怒鳴りつける感じに近い形で言葉を発するイェリン。


「は、残念ながら我々にも詳細がつかめていません! 分かっていることは大量の魔霊に包囲され襲われている。そしてこの区域が危険になりつつある。この二つだけです」


「な……なんでこの区域が……警護は、な、何をやっていたのですか!」

 そこでシェシュテインが口を挟む。


「イェリン、今はそのような事を言っている場合ではありません。エルネスティ様の指示に従い、安全を確保することが重要です」

 といわれても、エルネはまだ15歳の少年であり、人に指示を出す判断など身についていない。

 ましてやこのような状況下での指揮など、どうすればいいのか分からないのだ。


 しかし兵やシーヴや王女殿下が指示を求める視線をエルネに向ける。

 本来、エルネは見習いとしてここに来ているのであって、兵達を指揮する権利は無いのだが、今、この場においての───正式とはいえないが────精霊騎士はエルネ一人であり、相手は魔霊なのだ。


 魔霊に慣れたものの言うことを聞くのが当たり前だ。という雰囲気ががエルネを襲う。

 またシェシュテインの発言も後押しになっているのだろう。


 エルネは心の中で思い切り頭を抱えるが、黙っているわけにも行かない。


 ゆえに、口を開こうとしたが、その時屋敷内に兵の一人が入ってきて、エルネ達にベルトルドが来たことを知らせた。


「そうか分かった。シェシュテイン王女殿下、イェリン王女殿下、大公女殿下、ただいま兄、ベルトルドより外に出るよう指示が下されました。ゆえに誘導しますのでついてきてください」

 エルネも多少疲労があるのか最後は少し礼儀に掻いたが、緊急事態なので許容の範囲内だろう。


 そうして彼女達を誘導しようとしたが、兵の背中に乗っているイェリンが口を開く。

 

「お、おまちなさい! アステグ卿! あなたはわたくしの専属護衛の一人でしょう? ならばあなたがわたくしを運びなさい」

 

 イェリンとしては、魔霊に襲われているということに恐怖したが、窓の外でエルネが戦っているのを見て、刷り込みに近い形で、いまこの場において最も頼りになるのはエルネだと思い、ならば一番近くにいれば自分の安全は確保できるという思考でエルネに言葉を向けた。


 そしてその事に対し文句を言うのは、やはり小麦色の肌を持つ少女シーヴである。


「貴様……この期に及んでそのようなたわけたことを本気で言っているのか?」

 だいぶ嫉妬も入ってはいるが、シーヴの言うことも最もだ。

 しかしここでシェシュテインが仲介に入った。


「シーヴ、今は言い争っている暇はありません。エルネスティ様、イェリンをお願いします」

 その意を断れるはずも無く、エルネはイェリンを背負っている兵から受け取り外へ向かう。


 その間にもイェリンは歯の根をガチガチと震わせており、その音はエルネにも届いていた。


               ─────────────


 外に出るとベルトルドが彼らを迎えた。


「シェシュテイン王女殿下、イェリン王女殿下、大公女殿下、ご無事で何よりです。現在我々は大量の魔霊に囲まれ安全とはいえない状況に陥っていますゆえ、いったん屋敷を離れ、我々の幕舎にて安全を確保する次第であります。大変心苦しいですが、そこまで御同行していただけるようお願い申し上げます」

 簡易な敬礼仕草を見せながらベルトルドは三人の少女にそう言葉を向けた。


 三人の少女に意を挟めるはずも無く、シェシュテインが三人を代表して口を開く。

「わかりました。ベルトルド様の指示に従います。良いように取り計らって下さい」


 そしてエルネを含めた三人の少女達とベルトルドを含めた幾人かの兵は幕舎へと向かう。



                ────────────


「皆、いったん下がれ!」

 マルギットの大声が戦場に響き、その指示を受けた兵達が騎馬をたくみに操り、素早く後退する。

 さすがはアスプルンド公爵が持ってきた兵だけあって、その動きはこの混乱の中にあっては見事なものだ。


「ツラ・フィンいくよ!」

『あいあい、まったく、より取り見取りとはこのことねー。あーこわいこわい』

 とても怖いと思っている様な口調ではない。


「軽口叩いていないで力を」

『はいはーい』

 そしてツラ・フィンと同調したマルギットは、馬を魔霊の群れに向かって走らせた。


 向かった先には視認できるだけでも40以上の魔霊が群れをなしている。

 彼らはただ一騎でかけてくるマルギットに火球や風の刃をぶつけたり、土を降らせたりと様々な攻撃を仕掛けてきたが、マルギットは馬を巧みに操り、右へ左へとかわしつつ、ツラ・フィンが作り上げた氷の盾を使ってそれらを防いでいった。


 ある程度の距離まで間合いを詰めるとそこから溜めていた力を一気に解放した。

「ったくぞろぞろと雁首そろえて、消え失せろ!」

 徐々にではなく、一瞬で空気が凍結する。

 空中の水分が一気に凍りつき、夏なのにも関わらず、まるでそこだけが冬の寒さを……いや

それ以上の寒さで景色が移り変わった。


 40以上いた魔霊のうち半数は一気に凍結して砕け散り、火の魔霊を中心とした魔霊も体が凍結して動きが鈍る。


 マルギットは素早く馬首を返して、今まで向かっていた進行方向と逆に馬を走らせ味方に指示を出す。

 いや正確には出そうとしたが、別の声が戦場に響き渡った。


「さあ、マルギットが道を切り開いてくれたわよ! 皆一気にかかれ!」

 その声と同時に先ほどマルギットの指示により下がった騎馬隊が突撃を開始する。


 マルギットは驚き、思わず馬をその人物の近くに寄せていく。



「アウグスト様! 何故出てきたのですか!? 今この場は戦場となっております! もっと安全なとこころへ避難していて下さい!」

 思わず声を張り上げるが、驚きだけではなく、戦場で様々な音があるため、より声が大きくなったのだろう。


「何を言っているの? マルギット! ただでさえ状況が掴めていないのに安全な場所にいろって? じゃあ聞くけど安全な場所ってどこよ!? 何処も似たり寄ったりでしょ? 何もしないで、何も出来ないまま他人に自分の命運を任せるなんて真っ平よ! だてに領内で貴方と一緒に魔霊退治していたわけじゃないんだから!」

 

 アウグストの武技のさえはかなりのものがあり、サイマー騎士団の中でも上位を誇るほどの腕前を持っている。もちろん一人で魔霊一匹倒せる腕前は持ってはいないが、弓などで牽制してよくアウグストを援護していたりしてたのだ。

 しかし彼女は術師でも精霊騎士でもないので、女性の身で騎士団には所属できない。

 

 彼女の気性からしてみれば、並以上に剣も馬も使えるのに黙って見てはいられない。というところなのだろう。


 マルギットは自分と良く似た気性の持ち主に何を言っても引き下がることはないと確信して諦めた。

 決して気紛れや好奇心でこの場に出てきたのではない、文字通り命の危険を承知の上で出てきたのだ。


「わかりました。任務を放棄するようで心苦しいですが、今、この場においての貴方様の安全は保障できません! それでよろしいですか?」

「元よりそのつもりよ。大体部下が命がけで戦っているのに高みの見物なんて性にあわないわ」

「では、早速貴方様の行動を利用させていただきます!」


 そしてマルギットは大声を張り上げた。


「聞け! 皆のもの! 今この場において、我らが守るべき主! アウグスト様が到着なされた! サイマー騎士団の名において決して死なせるような真似をするなよ!」

 兵達から気合の声が上がる。

 士気が一気に高まり、魔霊たちを次々と屠っていく。

 馬上から味方に当てないように馬射隊が見事な動きで矢を放つ。


 この戦場一体の魔霊の気配が次々と消えていく……様に思えたが、ツラ・フィンが警戒を発する。

『この感じ……やばいよ! マルギット!』

 瞬間、味方が戦っている前方から凄まじい風柱が上がった。


『……大魔霊……』

 ぽつりとツラ・フィンがつぶやいた。



                ────────────


 多くの兵が集まっている幕舎にエルネ達は到着する。

 この幕舎が現在の総司令部というわけだ。


 アスプルンド公爵が高官の兵となにやら話し込んでいる中、ベルトルドは声をかけた。

 

「アスプルンド公爵、シェシュテイン王女殿下、イェリン王女殿下、大公女殿下をお連れしました」

 簡易な敬礼の仕草と同時に声を発する。


「おお、シェシュテイン様、イェリン様、シーヴ様、良くご無事で。まずはこのアスプルンドの不明によりお心を騒がせたことお詫びいたします。現在我々は大量の魔霊に囲まれており、それ以外の状況がつかめておりません。このようなところで恐縮ですが、事態が落ち着くまでここでお体をお休めください」


 そう声をかけるも、イェリンがエルネの背中で怒気を発しながらアスプルンドを責める。

「じ、状況がつかめていないですって!? 貴方は今まで何をしていたのですか! 陛下からサイマー騎士団を預かっている身でありながらそのようなことが起きるなんて怠慢ですよ! この件は後ほど陛下に申し上げて責を取らせます! な、なんでわたくしが人前でこのような格好を見せなければならないのです!」


 イェリンとしては相当な屈辱だったのであろう。しかしこれはアスプルンド公爵の不明に当たるかどうかといわれれば必ずしもそうではない。


 彼としては夕方に精霊たちの様子を聞き、ベルトルドの意見を聞き、貴族達に明日の朝に引き上げる旨を伝え、出来る限りの努力をしたのだ。

 また、ベルトルドの会話にもあったように、もしこれが夜の行軍であったならば、被害や混乱はもっとあったかもしれない。


 それを考えると朝まではこの場で待機するという彼の判断は決して間違ったものではなかった。

 しかしイェリンはその事を理解できるほどの人物ではない。

 恐怖と混乱と屈辱でヒステリックになっている。

 そんなイェリンをなだめるのは、金色の髪を持つシェシュテインだ。


「イェリン、先ほども言ったでしょう? 今はそのことについて言及している暇などありません。アスプルンド卿、今はあなた方の良いようにして下さい」

「は、それではシェシュテイン様、イェリン様、シーヴ様はこちらへ」

 そういって幕舎の奥へと案内する。


 彼女達が奥へと案内され、エルネは背負っているイェリンを丁寧に下ろし、用意された椅子に座らせる。


「イェリン王女殿下、私は護衛の義務を果たさなければならないので、私はこれで失礼いたします」

 そう言葉を向けるもイェリンは納得しない。


「な、何を言っているのですか!? 貴方は! わ、わたくしの専属護衛ならば、そばにいるのが当たり前でしょう!」

 不安があるのか、エルネを行かせまいとするイェリン。

 しかしここでシーヴが口を開く。


「貴様……さっきから黙って聞いておれば好き勝手なことを……このまま手をこまねいていては我らの命すら危ういということを理解していないのか? エルネを戦場に行かせる事が、我らが今やれる最大の義務なのだぞ」

 自分自身の震えが収まっていないにもかかわらず、シーヴはそれを無理やり覆い隠しイェリンに言葉を向けた。


「お黙りなさい! アステグ卿はわたくしの専属護衛ですのよ! 関係ない貴方は黙ってなさい!」

 シーヴの目が釣り上がるが、総指揮官であるアスプルンドが指示を下す。


「今よりアステグ卿をイェリン様の専属護衛の任から外す。アステグ卿は見習いの身であるゆえ、特に部隊には組み込まない。ゆえに独自の判断で行動せよ。大人しく隠れているのもよし、精霊騎士としての力を発揮して魔霊を屠るのも良し、好きにせよ。ただし、我が隊の邪魔だけにはせぬよう申し付ける!」

 イェリンは一瞬怒鳴り散らそうとしたが、エルネが先に口を開いた。


「は、ご指示を承りました。アステグ準伯爵、これより戦場にて魔霊を蹴散らしてきます!」

 そうして踵を返して、シーヴ達のいる場を後にしようとしたとき、シーヴが声をかける。


「エ、エルネ……私達を守った上でちゃんと戻ってくるのだぞ……」

 先ほどまでは気丈に振舞っていたが、やはりわずかながらの不安があるのだろう。

 多少声が震えている。

 そんなシーヴにエルネは微笑みながら優しく声をかけた。


「ご命令承りました。シーヴ様」

 人前にも関わらず、大公女殿下ではなくあえてシーヴ様と言い、背を向けて立ち去るエルネ。


 そしてシーヴはポツリとつぶやく。

「そうだな、お前はいつも私のことを守ってくれたのだからな」


 イェリンはそんなシーヴとエルネのやり取りを見て、なにやら考え込む。


                ──────────────


 エルネが幕舎を出ると、兄ベルトルドが、何人かの兵を引き連れ、恐らくアスプルンド公爵に言われた持ち場に着こうとしていたとこだった。

 

「兄上! 私もご一緒します!」

 その言葉を受け、エルネの存在に気付くベルトルド。


「エルネか、よし……」

『まずい! エルネ……嫌な予感その2、大当たりだ!』

 ベルトルドが言葉を発しようとしたとき、ソードがさえぎる。そして東西南北から火柱、地柱、水柱、風柱が轟音と共に立ち上がった。


「な、なんだあ!」

 地がわずかにゆれ、馬上にいたベルトルドは思わず叫ぶ。


『くそっ……魔霊が集まっていたわけがやっと分かるなんて! エルネ気合を入れて……大魔霊だよ』

 大魔霊とは、簡単に言えば魔霊の集合体のようなものだ。

 しかし、集合体なだけあり、その力は一般兵どころか、精霊術師ですらまともに太刀打ちできない。

 精霊騎士が8~10集まりやっと一体倒せるかどうかの相手であり、細かく言えば、魔霊たちの指導者、あるいは王のような存在だ。


 この地に魔霊を集め、自分達の存在を覆い隠す。

 いや正確に言えば、大魔霊となるために魔霊たちが集まったため、気付かなかったと言ったほうがいいかもしれない。

 そして魔霊をけしかけ、そこに自分達の気配を混ぜ、気付かれにくくしてこの場に出現したのだ。


 エルネ達を含めた精霊と交信できるものはその気配に気付く。


「……噂には聞いていたが……これほどとはな……しかも4箇所同時かよ!」

 馬上でベルトルドが舌打ちをもらす。


「この場にいるエルネと俺以外の精霊騎士は全員西側の大魔霊に向かえ! 急げよ!」

 ベルトルドの指示が飛ぶ。

 その指示を受けてこの場にいる7人ほどの精霊騎士達が西側に向かった。

「エルネは南側を援護しに行け! 何人かの精霊騎士達がいるはずだ! そいつらと合流してやつらを蹴散らせ! 俺は北側に向かう!」

「兄上! 東側は!?」

 思わず語調が強くなってしまうことが彼の心の焦りを証明している。


「東側にはマルギットとサイマー騎士団がいる! そう簡単には崩れやしない!」

「わかったよ……」

「いいか蹴りをつけたら他の場所へ援護に向かえ! 死ぬなよ!」

 そうして馬を操り戦場へと向かうベルトルド。


「フレードリクはどうする? はっきりいって相手は未知の存在だ。兄上の近くなら、そう簡単に死ぬことは無いと思う」

 大魔霊が最後に確認されたのは約60年ほど前だ。

 その時には王都近辺に現れ、多くの精霊騎士や兵団が失われ、首都である王都も半壊に近いダメージを受けたと記録にある。

 

 その時に現れた大魔霊の数は8体と明記されている。

 今回は4体だが王都と違い約2000の兵しかおらず、また精霊騎士の数も20人しかいない。

 唯一の救いは精霊の一族の血を継ぐ三兄妹がこの戦場にいることだが、そのうちの一人はまだ見習いの身である。


 エルネの言うとおりベルトルドの援護であれば、恐らく一番死ににくい位置なのだろうが、フレードリクは苦笑しながら主に言葉を向けた。


「冥土なら喜んで付き合うと以前いったと思いますが?」

 黒髪の少年も苦笑しながら答えた。


「わかった」

 そうして二人の少年は南側へと馬を走らせる。



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