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第五話


 夜、すでに闇が支配しており、屋敷の周りに夜間の警護をしている兵たちが、ちらほらと見え、その近くには、かがり火などが用意されており。赤々と燃えている。


 夏とはいえ高原地帯なので、夜ともなれば相当肌寒くなるので火を焚いて、視界を確保すると同時に体を暖めているのだ。


 エルネ達は見習いということもあり、またイェリンの専属護衛についているということで、大公女や王女達が利用している屋敷の一室で体を休めている。


 王族クラスが利用する屋敷なだけあって部屋の作りも相当なものだが、水晶宮に比べるとさすがに一段落ちる。

 すでにシーヴやイェリンは睡眠についており、エルネとフレードリクも体を休めるのも仕事のうちといわれ、睡眠をとっている。


 ベルトルドは、夕方に一眠りをしており、今は夜の警護の様子を見て、問題なさそうであれば自分も眠ろうと思い見回りをしていた。


 そうしてシーヴ達の屋敷の一角に来たときに見覚えのある人影があったので、声をかけた。


「シェシュテイン王女殿下? まだお休みになられていないのですか?」

 ベルトルドに声をかけられて、シェシュテインは視線を向けた。


「あら、ベルトルド様、そうですね久々に遠くまで足を伸ばしたものですから、体は疲れているはずなのですけど中々寝付けなくて」

 そういうシェシュテインの格好は、白く柔らかい素材で出来た軽い寝巻きのような姿に、薄手の上着を腕を通さずに羽織っている状態であり、また二の腕が肩まで出ているので、見る人によっては扇情的な姿ともとらえられるだろう。


 すでに闇が支配しており、かがり火からは多少離れているので人目を引くほどではないにしろ、臣下としては色々な意味で心配になってくる。


 略式の敬礼をすまし、ベルトルドはシェシュテインに声をかける。


「臣としてはそのようなお姿で外に出られると心配になります。それゆえお体が冷える前に屋敷内へ戻るようお願い申し上げます」

 そんなベルトルドをクスクスと笑い、笑みを向けるシェシュテイン。


「今は人目が少ないのですよ? もう少し柔らかい口調でお願いしたいですね」

「はは、これは失礼しました」

 クスクスと笑うシェシュテインに合わせるかのように軽く笑みを向け、口調を変える


「まあいいですわ。そうですね先ほどのベルトルド様の意見に対する問いなのですけど、もう少し外にいたいと思いますが、やはり良い顔はしていだだけませんか?」

 少し悪戯じみた表情でそう言われてしまってはベルトルドとしても反対は出来ない。


「わかりました。お体が本格的に冷える前にお戻りになるというのであれば目を瞑りましょう」


 ベルトルドの格好は、一通り見回ったら軽く一眠りするということで、白いシャツの上にベストを着込み、その上に軽くコートのようなものを羽織っている状態だったので、そのコートをシェシュテインが羽織っている上着の上にさらにかける。


「ふふふ、苦労をかけますね」

「いえ、これも勤めですから」

 苦笑しながらベルトルドは多少言葉を崩して、口を開く。


「勤めですか……そうですよね。王族を、そして民を守るために貴方がたはいるのですものね……ねえベルトルド様。もしわたくしが王族でなくても、今みたいに優しくして下さいます?」

 シェシュテインらしくはない仮定の質問だが、シェシュテインとしてはやはり気になるのであろう。


「難しい質問ですね。シェシュテイン様の意図を図りかねます。それにもしシェシュテイン様が王族でなければ私と知り合う機会すらないのでは?」

「……ええ、そうですね……無意味な仮定の質問でしたわ」

 ほんの少し、相手に気付かれない程度ではあるが、寂しげにいうシェシュテイン。

 普通ならば、王族の機嫌を取るために、いくらでも嘘など並べ立てられるのだが、ベルトルドは正直に答え、シェシュテインもまた、寂しくはあるものの正直に答えてくれたベルトルドにわずかながら好感を持つも、それをすぐにかき消す。


 すでにお互い成人しており、第一王女と侯爵家嫡男、お互い子供の恋愛では済まされなくなる。

 第二王女に比べると、自分のほうが他国へ行く可能性があるのだ。


 価値としては第二王女よりも第一王女のほうが高いのだ。

 外交戦略の一環として自分はより強力な武器であり、道具なのだ。


 そしてすでに、父や兄から自分の縁談話が来ていると聞いてはいるが、二人とも今のところ乗り気ではなく、柔らかく断りをいれているようだが、果たしてどうなるかなんて分からない。


 ゆえわずかに抱いている恋心を心の奥深くへと沈める。

 今はこうして二人きりでいられるだけで充分なのだと自分に言い聞かせる。

 そして自分の気持ちを相手に気付かせてはならない。


 なぜならそれを知ってしまえば、ベルトルドもきっと悩むことになると思うから。

 ベルトルドの気持ちをシェシュテインは知らない。

 だけどもし自分の恋心に気付いてしまえばベルトルドはきっと真剣に悩んで答えを出してくれると思う。


 王族に生まれた身に自由に恋する権利など無い。それなら初めから恋心を気付かせて相手を悩ましてはいけない。


「……ン様? ……シュテイン様? シュシュテイン様?」

 そんな思考にとらわれていたシェシュテインは、声をかけられて我に戻る。


「ふふ、すいません少し考え事をしていました」

「そうですか。すでに大分時間もたっております。そろそろ屋敷にお戻りになられないと、本格的にお体のほうが心配となってきますので、これ以上は許容できません」

「そうですね。夜風を充分に堪能しましたので、私も休みますわ。わがままにつき合わせて苦労をかけます。こちらのほうはお返しいたします」

 そうして、上着を返そうとするも、ベルトルドはそれを受け取らなかった。


「いえ、屋敷に入るまで着ていて下さい。明日誰か使いのものを通して返してくれば問題ありませんよ」

「あら、よろしいのですか? ならお言葉に甘えます」

 そういってシェシュテインは屋敷の中へと戻り、ベルトルドはそれを見送った。


「一眠りする時間はさすがに無いか……」

 彼が上着を受け取らなかった理由の一つに、すでに一休みする時間が過ぎており、鎧に身を包むことになるから、受け取らなかったのだ。


 もちろんあくまで理由の一つであり、シェシュテインの体が冷えることを心配していたのが大部分だ。

 そして、ぼそりとつぶやき、ベルトルドは軽装の鎧の置いてある場所へと向かった。


                ────────────


 ベルトルドが軽装の鎧に身を包んでいる頃、エルネは屋敷の一室で目を覚ました。

 ソードが話しかけてきたのだ。


『エルネ! エルネ! 目を覚まして!』

 その声に反応し、睡魔を振り払い何とか目覚める。


「う……なんだよソード……まだ時間じゃないだろ?」

『やっぱり何かがおかしい! 精霊達がおびえているよ。この雰囲気……かなりやばいかも……』

「なんだそれ? また邪霊でも出たのかい?」

 エルネはようやくベットから上半身だけを起こし脳を覚醒させる。


『邪霊だったらまだマシかもね……まさかとは思うけど……』

「そんなに警戒することなの? まったく今日ここに着いたばっかりだって言うのにトラブルだらけじゃないか……分かった取り合えず兄上のところに行こう」

 そうして、少し離れた隣のベットで寝ているフレードリクを叩き起こすエルネ。


「なんですか? こんな夜中に……」

 フレードリクも寝ているところを起こされ、まだ半寝状態だ。


「どうも精霊達の様子が昼間に比べるとさらにおかしいみたいなんだ。兄上のところに一度顔を出すから付き合え」

 エルネは軽装の皮の鎧を着込みながら、フレードリクに声をかける。


「精霊の様子が……? しかし魔霊はすでにあらかた片付けたのでは?」

「だから、それでも様子がおかしいとソードは感じ取っているんだ。対処が遅れれば後手に回る可能性もある。急いで支度しろ」


 ようやく脳を覚醒させ、手際よく私宅を始めるフレードリク。

 そして二人は部屋を出てベルトルドのところへ向かう。


                ──────────────




 二人が警護の責任者達が集まる幕舎へと向かうと、そこにはすでに幾人かの人間が集まっており、なにやら相談をしていた。


 二人は兵の一人に声をかけ兄を呼び出すように頼む。


 やがて幕舎からベルトルドが出てきて、二人に声をかける。


「どうした? 二人揃って? 休んでいたんじゃないのか?」

「兄上、ソードが精霊たちがおびえていると言っています。私達にはそこまで掴めませんが兄上は何か感じませんか?」

 その言葉を受けてベルトルドは少し集中する。


「いや、俺にも特に感じられないな……精々分かるのは精霊の様子がおかしい程度だ。お前達と変わらんな……ソードは精霊そのものだから俺達とは違った感覚を持っているんだろう? 気になるな……もう少し詳しく……」

 その時だった。


 高原の一帯から火の手が上がった。

 とたんに警護についている者たちが騒がしくなる。


「慌てるな! まずは状況の確認を急げ! アスプルンド公爵にも報告を出せ! 寝ているやつらを全員叩き起こせ!」

 ベルトルドが大声を張り上げ次々と指示を出していく。

 さすがに警護をしっかりするように言われていただけあり、ベルトルドの周りの兵達が素早く動き出す。


 そう、火の手が上がった瞬間、ベルトルド、エルネ、フレードリクの三人は何が起きたか一瞬で把握したのだ。


 高原地帯の東側の森に近いところから魔霊が出没したのだ。

 いやそこだけじゃなく、北からも西からも南からも一気に襲い掛かってきたのだ。


 現在、三つの屋敷を中心として円を描くように陣を組み、シーヴ達を含めた貴族達を護衛しているので、今のところはいきなり屋敷が襲われる心配はない。

 ただし、飛行型の魔霊が含まれていなければの話だ。

 飛行型の魔霊とは実は魔霊の中でも珍しい部類に入り、15体に一体いれば多いほうなのだが、現在すでに8体の飛行型の魔霊が空を飛び交い、護衛兵達に襲いかかっている。


 敵味方が入り乱れている状態であり、炎の明かりもあるが、今は夜だ。

 下手に弓矢などを使ってしまえば同士討ちの恐れがある。


 ゆえに当直の術師兵達が水の力や風の力を使い飛行型の魔霊に対抗しているのだが、圧倒的に人手が足りていない。


 これが昼間であればまだ何とかなったのかもしれないが、今は交代で休んでいる時間帯だ。


「ご丁寧に確認できるだけでも、飛行型8体とはね……エルネお前は王女殿下がお休みになられている屋敷を中心に防衛に当たれ! おれは現在ここから指示を出さねばならん! アスプルンド公爵が来るまで持ちこたえろ! 最悪他の貴族を犠牲にしてもかまわん」 

 苛烈とも言える指示内容だ。

 犠牲を前提に王女達を守れといっているのだが、優先順位としては当然である。

 が、そのような決断を一瞬で下せる人間もどれだけいることやら。


「了解!」

 指示を受けた二人の少年は屋敷に向かって一気に走り出す。


 エルネ達が屋敷にたどり着くとそこにはすでに飛行型の魔霊が3体、護衛兵の陣を突破し上空から攻撃を放っていた。屋敷の周りには護衛についていた兵士達が無残な姿となって何人も倒れている。


「フレードリクは、王女達を誘導して屋敷内の安全な場所へ避難させろ!」

「安全な場所って何処ですか!」

「自分で考えろ!」


 かなり無茶な命令だ。しかしエルネ自身も何処が一番安全なのか把握し切れていないのも事実だ。

屋敷内にいれば絶対に安全か? と言われれば、必ずしもそうとは限らない。何かの拍子で建物が崩れないとも限らないのだ。

 では外で兵に囲まれ警護に当たれば安全か? といわれればこれもまた分からない。

 すでに屋敷を含めて戦場となっているのだ。


 チェスで言う、王手チェックの状態だ。

 唯一の救いは、王手詰み《チェックメイト》の状態ではないということだ。

 それはエルネ達を含む護衛兵の手腕にかかってくるだろう。


 そしてエルネはフレードリクに無茶な命令を言った後、ソードと同調する。


「力を貸して!」

『力を貸すよ』


 そしてエルネの体は一気に軽くなった。



                ────────────────


 飛行型の魔霊が咆哮を上げ建物に襲い掛かる。

 飛行型の魔霊から発せられた風の力が塊となって屋敷を襲う。


 屋敷の一角が崩れ落ちるが、エルネはその魔霊に対して空を駆け上がり、一足一投(一歩踏み込めば自分の間合いになる距離)の距離から横一文字に斬撃を繰り出し、それを飛ばす。

「はあ!」


 呼気と共に繰り出された、間合いに届いていないはず斬撃は、その軌跡をそのままに飛行型の魔霊を一気に切り裂いた。


 二体目の魔霊がエルネを急襲する。

 相手の口から火球が繰り出され、もしよけてしまえば、その火球はそのまま屋敷に着弾してしまう。

 ゆえにエルネは回避を選ばず、ソードを大上段に持っていき真っ向斬りを放ち、その火球を切り裂く。

「こんのー!」


 そして空を踏みしめ、7メートルほどの距離を一気に縮めようと駆け出したときに、さらにもう一体の飛行型の魔霊から風の刃が無数に放たれる。


「まずい!」

 エルネは思わず舌打ちをして、風の刃をいくつか相殺するも、相殺しきれなかった風の刃が再び屋敷の一角を襲う。


「くそっ!」

 思わず舌打ちをもらすが、今は相手に集中しなければならない。


 風の力を持つ飛行型の魔霊を優先しようと狙いを定めるも、今度は炎の火球が襲い掛かってくる。

 さすがにエルネも本格的にまずい! と内心あせるが、それは杞憂に終わった。


 兵達が本格的に駆けつけてきたのだ。

 兵の中の何人かの術師が数人がかりで火球を防いだ。


 それを確認したエルネはソードの力によって引き上げられた身体能力を駆使して足に思い切り力を入れ、空気を踏みしめて一気に駆け出す。


「これ以上やらせるか!」

 気合の声と共に飛行型の魔霊とすれ違いざまに、ソードを斬り付け相手を屠る。

 断末魔の叫びと共にその魔霊は虚空へと消えていく。


「後一体! どこだ!」

『エルネ!上!よけて!』

 ソードのアドバイスにより真上から風の塊がエルネを襲うが、間一髪でそれを回避する。


「さすがにあんなに高くは行けないぞ……」

 すでに魔霊との距離は現在、エルネ達がいる場所から高さ15メートルほどあり、今のエルネではそこまで駆け上がることは出来ない。

 下にいる術師達の力も届かないようだ。


 魔霊は咆哮を上げ、今度は無数の刃をエルネに放ってくる。

 しかしやはり回避は出来ない、回避してしまえばその軌道には屋敷の一角があるからだ。


「頼む!」

 大声で下にいる術師達に声をかける。

 術師たちは、その声を受けて、エルネの取りこぼした風の刃をなんとか相殺するも、わずかながら屋敷に直撃する。


 被害としては、それほどでもないが、ほんの少し屋根などに傷が入る。

 そしてエルネ自身は風の刃を相殺するも、攻撃の手段がなく、苦々しく上空を見つめるだけだ。


「ソード……」

『一瞬だけだからね』

 素早く意思の疎通を行う。


 エルネの体内からさらに力が駆け巡る。

「はあ!」

 その力を使い、一気に今いる高さから跳躍をし、相手との距離を一瞬でつめ、下から真上に向かってソードを突き出す。


 そしてそれは飛行型の魔霊の体を見事に貫き虚空へと追いやる。

 エルネはそのまま跳躍の最高点に達した後、重力に任せるままに体を預け、落ちていった。



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