第5話 口八丁
フェムを子供達の所へ返した後、俺はレインに向けて殺気を込めて言い放つ。
「どういうつもりだ?」
「いきなり、何を言っているんだ?」
とレインは本気で不思議そうな顔をしながら返す。
「小道の入り口の方から、こちらに向かって方円状に人の気配がする。これは明らかにこちらを取り囲む意図にしか考えられない。だから聞いた。どういうつもりだ? と」
「なんだと? こちらを取り囲むようにだと?」
「そうだ、お前のお仲間じゃないのか? 違うんなら……それでいい。あの子達に危害を加えようとするなら、皆殺しだ。いいな?」
「あ、ああ……。いや、待て! おそらく俺の戻りが遅いので心配になって迎えに来たのだろう。すまんが俺は戻る」
「ならばいい。このままお前さんが大人しく戻るならば、俺も何もしない。いいな、俺も子供たちもあんたを結構気に入ったんだ、俺の期待を……いや、少々卑怯な言い方だが子供たちの信頼を裏切らないでくれよ」
「分かっている。俺だって、子供たちは大好きだし、お前のことも気に入っているよ。こんなご時勢にあれだけの子供たちの面倒を見ているんだ。とんだお人好しだって思うが、そんなお人好しを俺は好ましいと思っている。だからここは俺に任せてくれ」
「分かった。お前さんに任せる。ああ、俺も一緒に行ったほうがいいか?」
「……悪いが頼む。一応お前さんに忠告しなければならんこともあるしな」
そう言って包囲網の中心に向かおうとすると
「待って、レインお兄さん!」
と後ろから声が掛かる。
振り向くと、フェムに手をつながれたメイちゃんだった。
メイちゃんはレインに、しゃがみ込でもらうと、
「ウサギさんのお礼なの」
と言ってレインの首に花飾りをかける。
レインは感激のあまり、すぐさま俺とフェムに向かって
「このまま娘さんをお持ち帰りさせてください!」
と土下座するのだが
「「だが断る!」」
と俺たちに一刀両断され、激しく落ち込む。
メイちゃんは、そんなレインをクスクスと可愛らしく笑いながら慰め
「レインお兄さん、いつか私を迎えに来てね」
と言って、またもや頬にキスをする。
う~ん、女の子は早熟だと言うけど、本当におマセちゃんだな~と思っていると、心を撃ち抜かれたレインがフラフラとやってきて
「本気で迎えに行くから、せめて連絡先を教えてくれ! 頼む!」
と教えてくれなきゃお前を殺して俺も死ぬと言わんばかりの勢いで肩を掴んでくるので
「この後の対応次第で、俺の連絡先を教えてやる。全てはこの後の対応次第だな」
と一旦突き放したつもりなのだが、幸せ回路全開な馬鹿野郎は何を勘違いしたのか
「分かった。じゃあすぐに用事を済ませよう、ホラ行くぞ!」
と言って元気良く俺の手を握りつつ、もう片方の手を思いっきり振りながら、メイちゃんたちの元を足早に去っていく。
「主よ、ただいま戻りました」
そう言ってレインは豪奢な馬車の前に跪き、頭を垂れると馬車の中から少年の声がする。
「遅いぞ、レイエール。主である俺をいったいどれだけ待たせれば気が済むのだ!」
「申し訳ありません」
と言ってレインいや、本当の名前だとレイエールはますます大きな体を折り曲げる。
「して、こいつは何だ?」
「はっ! 我々が隊商と思っていた集団の責任者です」
「責任者? にしては随分若いな」
「はっ! しかし間違いなく、この者が彼らの責任者です。彼らは害のない旅人ですので、一旦兵はお引きくださるよう、お願い申し上げます」
「ふむ、ただの旅人か?」
「はい! それは間違いありません。ですからどうか兵を……」
「そうか、ワイズイル!」
「はっ!」
「兵を引かせよ、レイエールがただの旅人だというのなら、そうなんだろう」
「はっ! 了解しました」
そう言って、ワイズイルと呼ばれた男は、連絡係と思われる男になにやら指図をすると、連絡係の男は走り去っていった。
これで、一応安心できるかと心の中で思っていると
「して、引き返させる方の話はどうした?」
「はっ! これからするところでした」
「なんだ、まだしていなかったのか、使えないやつめ、もういい! そこの小僧、この先は行き止まりになった。だから引き返せ、いいな!」
「はい?」
と間抜けな声をあげてしまう。
「聞こえなかったのか? 引き返せと言ったのだ。二度も言わせるな!」
「え~と、こちらはご身分の高い貴族様とお見受けしましたが、この先はフレイルの街がありますよね? 行き止まりとはどういう意味でしょうか?」
そう言った瞬間、ハルバートが俺の脇を通り過ぎ、地面を軽く穿つ。
そのハルバートの持ち主は先ほど、ワイズイルと呼ばれた男だった。
「誰も貴様なんぞに質問を許しておらん。我らの主が引き返せと言ったのだ、黙って引き返せ」
と言って凄みを利かせるのだが、レイエールに比べるまでもなく、こいつたいしたこと無いなと思い、地面を穿っているハルバートの刃の背を片手で軽く掴み持ち上げる。
(まったく、弱い犬ほど良く吼えるものだ。主のしつけの悪さが窺えるってもんだな)と心の中で思うが、子供達が後ろにいることを考えると、ここは喧嘩を売るわけには行かない。
こんな馬鹿相手には下手に出るに限るな。
そう思い、俺は懐からグロス布を取り出し、土が付いたハルバートを引き上げ丁寧に拭きながら
「騎士様、素晴らしい業物とお見受けしました。こんなところで使うのはもったいないと思いますので、どうかご容赦を」
「フッン! 貴様のような平民でもこの武器の凄さが分かるか。さすがはザンダル村のガザル師の一品だ。確かにお前の言うとおりだな、こんな小僧相手にこの業物を汚すものもったいない」
そう言ってハルバートを引き上げる。
(え? 師匠の? う~ん師匠の作には見えんな……こいつ偽者つかまされたな、でも馬鹿にはちょうどいい品だし知らん顔しておこう)
「貴族様、私どもは帝国への旅をしているものですが、何ゆえ先へ行ってはならないのでしょうか?」
「そうか、ならば貴様我が国と帝国の旅券鑑札を持っているのか?」
「はい、持っています」
「ならば……」
そう言って馬車の中の人物が言いよどむと
レイエールが助け舟を出してくれた。
「言っても問題がないと思いますので、私が説明しましょう。実はこの先の国境の関が帝国軍に急襲され落とされた。敵の兵力はおよそ4000。我ら守備隊の兵力は精々500だ。このまま街に残っても守りきることは難しいと判断し、一度撤退して援軍を持って街を奪還するつもりだったのだ」
「撤退って……街の人はどうなるんですか?」
思わずそう呟くと、馬車の中の人物が癇癪を起こす。
「うるさい! 市井の民など知ったことか! それよりも俺が残って帝国に捕まった場合、この国は終わりなんだぞ! それを考えたら民の命など1000や2000どうってことないわ!」
(うわ……こいつクズだな。どんだけ偉いか知らんが、民を守るべき兵隊が民を見捨てたのかよ……どうするかな)
「貴族様、貴族様。確かにあなた様の尊いお命には代えられないとは思いますが、貴族様方にとって民は金の卵を産むガチョウのようなものです。いたずらに失って良いものでないかと思われます。それに、先ほどの立派なハルバート持たれた騎士様、ワイズイル様といえばフレイルの街のご領主様ではないですか。ワイズイル様も民が減ればその分収入も……」
「そんな事貴様に言われんでも分かっておるわ!」
「ならばこそ、是非お聞き下さい。私もムジカルの国民。同胞が略奪や蹂躙されるのを好む物ではありません。そこで、貴族様たちはこのまま王都に向かっていただき、援軍と街の奪回をお願いいたします。私は帝国軍への時間稼ぎと街の人の避難をすることにいたします」
「なんだと? もう一度言ってみろ」
「ですから、帝国軍への足止めと、住民の避難を私にやらせていただきたいのです」
「避難はともかく、帝国軍への足止めが貴様に出来るとは到底思えんのだが?」
「いえ、私にとっては帝国軍への足止めのほうが簡単です。むしろ避難の方が難しいかと思います」
そう言うと、馬車の中の人物は困惑したように「馬鹿なのかこいつ?」と呟き、黙り込んでしまう。
「貴族様。お言葉ながら貴族様はご自分の立場や権限で物をお考えのようです。しかし私は現在戦争中である、帝国とムジカル王国の鑑札を持っているわけです。であれば、帝国にもそれなりに顔が利くということです。これはよろしいですか?」
「ああ、そうだな」
「そして……そうですね。レイエール殿、もしあなたが帝国側の大将だと考えて、戦場に迷い込んだ数台の馬車がいたとしてですよ、いきなり襲いますか?」
「いや、襲わんな。奇襲を警戒する事はあっても、まずは臨検し目的を確認する」
「何故です?」
「馬鹿にしているのか? 我々正規軍は山賊ではない。それにもしその馬車が自国にとって大事なものを運んでいる商人だったり、2国間を渡る貿易商だった場合、その商会を敵にまわすことになる。
小さな商会であれば、問題にならんが、五客商や、それに連なるもの、またはそれに関わる取引だった場合、こっちの首が危ないわ」
「そうですね、仰るとおりです。ですから、まずは臨検が行われます。そこで、帝国軍に対し、時間稼ぎをすることについては私の腕の見せ所でしょう」
「なるほど、では避難が難しいと言うのはどうなんだ?」
「実はこれも、貴族様、またはワイズイル様にご協力いただければ、簡単に解決いたします」
「どういうことだ?」
「私は何処までいっても平民に過ぎません。その私が街の人々に帝国軍が攻めてくるから避難してくださいと言っても、聞いてくれないか、恐慌状態になるのが落ちでしょう」
「なるほど、そうかもしれんな。それで? 俺たちに出来る事とは?」
「これは、貴族様やワイズイル様にとっても悪い話ではないと思いますので、お願いいたしますが、今回の避難における委任状をいただきたいのです」
「委任状だと?」
「そうです。今回の避難については、私に全て任せると一筆いただければ、冒険者及び商業ギルド長を始めとした、街の有力者の協力を得ることが出来ます」
「確かにそうだな。しかし、そんな委任状など簡単には渡せないと言ったらどうするのだ?」
「それは困りますので、委任状にはきちんと、今回の避難についてとの条件を入れていただいて結構です。もし避難に失敗しても、元々捨てた街の住人の命と、私と私の連れ達の命がなくなるだけですが、もし避難が上手く行けば、民の信頼を得られた上に、帝国の侵攻から民を守りきった英雄となれますよ」
「何? 英雄だと?」
「ええ、そうです」
「しかし、それはお前が賞賛されるだけではないか?」
「いえいえ、私は貴族様とワイズイル様に命令されただけにすぎません。民を救ったのは私に命令をされたお二方なのです。おわかりですか?」
「しかし、そんなに上手く行くのか?」
そう不安そうにワイズイルが尋ねるが、表情は乗る気満々だ。
「上手く行くかは、やってみなければ分かりませんが、お二方から見れば勝って得るものは多く、負けても失うもの無い賭けかと思います」
そうトドメを刺し、こちらの思惑に乗せようとする。
「なるほど、面白いな平民。お前名前はなんと言う?」
「はい、トリオと申します」
「若い割りに中々知恵の回るやつだ。お前は五客商の関係者か?」
「いえ、違います」
「そうか、中々面白い提案だが、俺にはお前が今ひとつ信用できない」
すると、ワイズイルの乗り気満々の笑顔が落胆に変わる。
(お前顔に出すぎ。アホだなこいつ)
「信用できませんか、貴族様。何故でしょうか?」
「それはな、お前にとっての利益があまりにも無いからだ。利益の無い事に自分や自分の周りの人間を巻き込む馬鹿はいないだろ? だから貴様の真の狙いが読めない」
(この馬車の中の人物はクズだが、頭はそれなりに回るということか)
「まさか、本気で街の住民の命を心配しているわけではあるまい、何が目的だ?」
(本気で街の住民の命を心配して悪いのか? このクズ野郎、ああ違うな、コイツはクズ野郎じゃなくて、クソクズ野郎と変更しておこう)
「さすがは、貴族様です。そのご慧眼には感服いたしました」
と丁寧に礼を取り
「本来であれば、事が上手く行った暁に申し上げようと思っていただのですが……」
「下手な世辞はいらぬ。よい、望みを言ってみよ」
「はい、ご覧の通り、私はまだ若輩の身。そして五客商等の後ろ盾も無く、日々の商いをこなすものでございます」
「なるほど、いいぞ」
「はい?」
「俺は『いいぞ』と言った。お前の名前は覚えた。無事に上手く行く事ができれば、貴様を取り立ててやろう」
「本当ですか?」
「ああ、こいつ若いのに見所があると思わないか? レイエール、ワイズイル」
「「はい」」
「俺にはこういうやつも必要だと思うがどうだ?」
「そうですな。主の今後を考えれば、このように知恵の回る者は、居て邪魔になることはないでしょう」
「私もそう思います」
ワイズイルとレイエールは即答するのだが……おい、そこの馬鹿、お前はメイちゃんが目的だな? 思いっきり顔に出ているんだよ!
だがな、そう簡単には『メイちゃんはやらん! 』
「よし、いいだろう。まだ俺の名前を明かすわけにはいかんからな。ワイズイル、お前が委任状を書いてやれ」
「はっ!」
と言って、ワイズイルはどこかへと立ち去る。
(しかし、このクソクズ野郎は、中々頭も回るし、慎重なやつだな。できれば正体を確かめておきたいところだが)
「おい、お前。聞きたいことがある」
「何でございましょうか? 貴族様」
「うん、お前どうやって帝国軍の足止めをするつもりだ?」
「そうですね……今回の場合は足止めというよりも時間稼ぎと言ったほうがいいかもしれません」
「時間稼ぎ?」
「はい、貴族様はこういったものをご存知でしょうか?」
そう言って、俺は1枚の符を取り出す。
「ふむ、マジックアイテムの類か?」
「はい、これは使い捨で用いられる、爆符と呼ばれるものです」
「ふむ、名前からどんなものなのかは想像できるが、それをどう使うのだ?」
「はい、私は臨検のさい、危険を冒して帝国軍に忠告しに来た商人を装います」
「ふむ」
「この先の道にこの爆符をムジカル軍が仕掛けたと忠告するのです」
「なるほど、たしかに時間稼ぎにはなりそうだな」
「はい、この爆符を除去しながらの進軍となりますので、それなりに時間は稼げるかと思っております」
「ちなみに、その爆符の除去とはどうやるのだ?」
「街道など土のあるところで、この爆符を使う際は目立たないようにそっと土をかぶせますので、目で見つけることは難しいのですが、この爆符はちょっとした衝撃でも爆発します」
「分かったぞ、魔法使いを前列に並べ、弱い範囲魔法を使いながら進むのだな?」
「ご明察でございます」
「当然だ、そこまで言えば誰にでも分かるわ」
「私としては、時間稼ぎが目的ですので、相手が油断しそうな間隔で爆符を所々に点在させて仕掛けますので、それなりに時間を稼げるものと思っております」
「なるほどな……お前結構嫌なやつだな」
そう言って馬車の中の人物は笑う。
「もし、今回の策が上手く行き、俺がお前を取り立てた場合、そのような商品は簡単に手に入れることができるのか?」
「…………」
「どうした? 何故黙るのだ?」
「はい、この爆符は値が張るのも問題なのですが、希少品であるため、入手は結構難しいとお考え下さい」
「そうか、しかし全く手に入らないわけではあるまい。期待しているぞ」
「はい」
そう言って、頭を下げたころ、ワイズイルが戻ってきて
「これが委任状だが、街の人間にはどう説明するのだ?」
「そうですね、今後の事もあるでしょうから、後領主様と貴族様は、迅速性と隠密性を鑑み少数の部隊を率い王都へ援軍の要請に向かい、残りの方々は帝国軍への足止めに向かっている。その間に出来るだけ、街の住人は皆王都へ向かうようにと、ご領主様から言付かったとでも言いましょう」
「なるほど、それならば住民共も納得しそうだな。任せたぞ」
「はい。それでは、貴族様、ワイズイル様、レイエール様行って参ります」
「「頼むぞ」」
そう言って、馬車とその周りの兵たちは小道を引き返していく。
俺はそれが見えなくなるまで見送った後「やれやれ」と肩を竦め、子供たちの下へと歩き出す。