第3話 邂逅
ボレアスを完全に振り切り、そろそろ街が見えてくるかと思えたころ、見慣れた人影がこちらに全力で走ってくることに気付く。
俺が馬のスピードを緩めず、その人影と接触すると、その人影はあっという間に俺の背中にしがみ付いていた。
「フェムどうしたんだ、こんなところで! あっちはどうした」
「ご主人様、申し訳ございません! フェムは……フェムには手に負えませんでした」
「どうしたんだ? こっちの帝国軍は完全に撤退させたんだぞ、山賊でもでたのか?」
「違います、もっとたちの悪いやつです」
「まさか……」
「そうです、ご主人様の考えた最悪の事態が起こってしまいました」
「そうか、それでフェムは俺に知らせに来たんだね?」
「はいです……もしご主人様の考えた最悪の事態が起こったときは……何をおいても撤退して来いとの命令でしたので、その……」
「泣くなフェム! まずはきちんと報告するんだ」
「は、はいです。フェムはメッセンジャーに指定されました。6時間だけ待つ、それまでに生死を問わずご主人様を連れて来いと。それを過ぎた場合、子供たちを含め、避難した住民ごと……こ、殺すと」
それを聞き、俺は良い武人に逢えて喜んでいた気分が一気に冷め、思わず本音が漏れる。
「あの、クッソ野郎……締めるだけじゃすまさねぇぞ」
それを聞いたフェムは慌てて俺の首筋にすがりつき
「ご主人様、ご主人様! 正気に戻ってくださいニャ! フェムを! フェムをもう悲しませないって約束ですニャ!」
と言ってドス黒いオーラを漂わせた俺を引き戻す。
「ああ、済まないフェム。もう大丈夫だから、首筋に爪を立てるのは勘弁してくれ」
そう言うとフェムは「ごめんなさいですニャァ」と言いながら、爪の跡が付いたところを優しく舌で舐めながら
「心配ですニャァご主人様……」
「大丈夫だ。心配するなフェム。俺はあんなクソ野郎共には絶対に負けない」
それを聞いたフェムは一瞬破顔して俺に頬ずりする。
「ご主人様のそのセリフを聞くと、フェムを拾って貰った時の事を思い出しますニャ」
「そうだったっけ? あまり覚えていないんだけどな」
「はいですニャ! だからフェムは心配しないです! 今回もあの時と一緒で上手くいくですニャ」
そんなフェムの言葉を耳に俺は、思い出したくもないクソ野郎共の事と今回の騒動が起こったこの数日について思いを馳せる。
- 数日前 -
ガタガッタガタ
照り付ける太陽の下、荷馬車がゆっくりと街道を行く。
傍らで馬を闊歩させながら、俺は汗を拭い太陽を睨みつつ、そろそろお昼かと思う。
「お~い、そろそろ休憩にして飯にしようか」
と荷馬車の後ろを馬でついてくる相棒に声を掛けると、
「やったー」「飯だ飯だ!」「ごっはん~」
と相棒ではなく荷馬車の中から一斉に声が上がる。
そんな声に苦笑いをしていると、相棒のフェムが近寄ってきて
「少し先行して、お昼ご飯を食べられそうなところを探してきますので、このままゆっくりと進んでください」
そういい残して、早足で先へいく。
荷馬車の中で騒いでいる、子供達へ
「もうすぐご飯にするから、そのまま大人しくしているんだぞ」
と声を掛けると一斉に
「「「「は~い」」」」
声が上がる。
程なくフェムが戻ってきて、
「ご主人様! この先に小道があり森を少し奥へ行ったところに小さな小川がありますので、そこで休憩するのがいいかと思います」
「ならば、そこへ先導してくれ」
「はいです」
フェムの先導に任せ、休憩できる場所へとたどり着き、荷馬車を止ると、
「みんな、着いたぞ。ご飯の準備を手伝ってくれ!」
と声を掛けると、先ほどと同じく
「「「「は~い」」」」
声が上がり、ぞろぞろと子供達が降りてくる。
「よ~し、じゃあいつもの通り女の子は小枝を拾ってきて男の子は水汲みだ」
と言って、籠と桶を出すと、子供達はめいめいに手にとって、散っていく。
「いいか~あまり遠くに行くんじゃあないぞ!」
と声を掛け、食料を取り出す。
「フェム、魚が捕れそうなら、捕ってきて欲しいんだが」
「分かりました。たぶん捕れると思います」
そう言うフェムに
「じゃあ、頼む」
と言って、先の尖った金串をまとめて投げる。
「行ってきます」
金串を片手で受け、短く告げるとフェムは素早く川の上流へと向かった。
そんなフェムを見送った後、俺は即席のかまどを作る準備を始める。
ほぼ同時刻にフレイルの街から王都への街道を進む一団があった。
「ワイズイル様、この先の森で炊煙と思しきものが見えました。いかがなされますか?」
「ほう、どのくらいの規模であった?」
「上がっていた炊煙は3つほどでしたので、それほど大人数とは思えません」
「なるほど、レイエール殿、貴公はどう思う?」
そう声をかけられた男は立派な黒馬に乗り、長さ3メートルもある大きなハルバートを抱えた大男だった。
短く刈り上げた金髪の半分をハーフヘルムで覆い、力強い意思を思わせる目と眉を持っていた。
一見すると無骨物のような人物を思わせるのだが、問いに対し丁寧な口調で答える。
「この辺りには山賊の類はめったにいませんので、フレイルの街へと向かう隊商ではありませんか?」
「そうだな、この先は我がフレイルの街と大草原しかないからな。場合によっては帝国へと向かう貿易商の可能性もあるが」
「そのどちらかの可能性が高いでしょう」
と2人が相談しているところへ
「何の相談だ?」
と声が掛かる。
「これは、殿下! 御身の心配されるようなことはございません。馬車に戻り、お寛ぎ下さい」
そう返されたのは、年のころは13~14のまだ少年と言っていいほどの子だった。
緩やかなウェーブを伴った、綺麗な金髪を方まで垂らし、柔和な顔立ちをした美少年に見えるのだが、口元に嫌なニヤつきを溜めているためその美しさが少々台無しになっている。
「この守備隊は確かにワイズイルの管轄かもしれんが、その守りを得ている俺にも知る権利はあるはずだ、さっさと報告をしろ」
そう不機嫌そうに言う主君を見てレイエールは諦めたように
「この先に炊煙が見受けられました。おそらくフレイルの街へと向かう隊商か帝国へと向かう貿易商かと思われます」
「それで?」
「はっ! 特に害は無いように見受けられますので、あえて接触することなく、このまま素通りするつもりです。もちろん斥候は十分に放つつもりですが」
と丁寧にレイエールが答えると、その小さい主君は怒り出し
「バカか貴様は! そいつらに我々が見つかった場合、こんなところで街を守るはずの守備隊がいるのはおかしいと思われるに決まっているだろう」
「それでは、一旦部隊を森に隠し、やり過ごした上で、再度王都へ進むようにいたします」
「それでよい。しかし……そうだな、お前が隊商のところへ行き、やつらがフレイルの街へ行かないよう、引き返えさせろ」
「それは何故でしょう?」
「だから貴様は戦バカと言われるんだ。我々は帝国からの侵攻を前にあの街を捨て駒にして捨てたのだぞ、そんな聞こえの悪いことが広まったらどうするのだ!」
「しかし、実際に一戦も交えていないのは事実ですから、隠すのは難しいのではありませんか?」
「そんなものは王都に行けばなんとでもなる。『我々は勇敢に戦った。敵方の圧倒的な戦力の前に敗れ去ったが、意地で一矢酬い満身創痍で帰還した』とすれば良いであろう!」
「なるほど……物は言いようですな」
「仕方があるまい、帝国がいきなりフレイルの街のような戦略的に旨みの無い地域にあれだけの大部隊を派遣するとは思わなかったのだ。兵を損ねず撤退するのは良い将の条件ではないか?」
そう自慢げに話す主に対し、レイエールは『だからと言って守るべき民を見捨てて良い訳ではあるまい』と心に思ったが、口に出すことはできず
「分かりました。それではワイズイル殿、兵を森へと伏せていただき、殿下の護衛をお願いいたします」
そう言って、レイエールは1人隊列を離れ、先の森へと向かう。
「ご主人様!」
そう言ってフェムが俺に警戒を促す。
俺は軽くそれに頷き
「フェム、ここは頼む。俺はお迎えに行ってくる」
「しかし……」
「心配するな、無茶はしない」
「分かりました。決して無茶はしないで下さい」
「大丈夫だ」
そう言って、1人その場を離れ、入ってきた小道を戻ることにする。
俺は自分の相棒をアポーツバックから取り出すと、肩に担ぎ油断の無いように道を歩いていく。
「あれか……」
と短くつぶやくと目に入った人影へと近づいていく。
その人影は近づくと良く分かるが、立派な黒馬にまたがった大男だった。
長さ3メートルはあろうかという大きなハルバートを構えた大男は俺が近づいたのに気付き、声を掛けてくる。
「やあ、こんにちは。そんなに警戒しないでくれないかな? 俺はレインというんだ。お父さんかお母さんはこの先にいるかな?」
「こんにちは、俺はトリオと言います。随分ご立派な馬に鎧ですがレイン様は隊長さん? いえ、将軍様でしょうか?」
「ああ、そうだな。場合によっては1軍を率いることもあるからな。それよりも君はこの先にいる隊商の子供かな?」
「……この先にいるのは隊商ではありません。ただの旅人です」
「ふむ、この道にある轍の数から、3台の馬車又は荷馬車があると思うのだが、そんな大人数での旅なのかな?」
「そうです……大人数での旅なのですが何か問題でしょうか?」
となるべく下手に出て探りを入れる。
「いや、別に問題はないんだが、できれば目的と目的地を教えてもらえるかな? これだけの大人数でどこへ行くつもりなのかな? それと出来ればウソは付かないで欲しい。君を変な風に疑いたくないしね」
「それは……『言えません』ではだめですかね?」
「何故言えないのかな? それとも、君はそれを言う立場には無いのかな? だったらこの先にいる責任者に合わせてくれないか?」
「この旅の責任者は僕です。この先には責任者などいませんので、ここでお願いします」
「君が責任者か、ならばもう少しちゃんと答えてもらえないかな? それともこの先にいる人又は積んでいる荷物には知られるとまずいものでもあるのかな?」
「いえ、そう言う訳ではありませんが……。分かりました、この先にいるのは大勢の子供です。全員が……戦災孤児ですよ、将軍様」
と最後に皮肉を込めて言った。
「戦災孤児?」
「ええ、あなた達偉い人が戦争をするおかげで親を亡くした子供達が飢えで苦しんでいるんですよ。そんな子供達を引き取ってくれる奇特な村に送り届ける最中なんです。申し訳ありませんが、あの子達は今の国の兵隊とか軍が大嫌いなんでこのまま引き返してもらえませんか?」
「確認したいと言ったら?」
「お断りします」
と静かに力を込めて言い放つ。
「力づくでもと言ったら?」
「止めますよ」
と言って持っている相棒を片手で構え、もう片方の手をアポーツバックへと手を伸ばす。
「ほう」
と相手は感心したように俺を見つめ、ハルバートを握りなおす。
俺はそれを見て、『やるしかないか』と心を決めて、魔力を充実させようとすると
「分かった。ならば俺はここに鎧と馬を置いて行くから、簡単に見させてもらえないか? 君が子供を誘拐し奴隷として売りさばいているかもしれない可能性があるだろ? それだけは確認させてくれないか?」
「何故です?」
「俺の考えでは子供達は国の宝だと思っている。その子供達が心配なんだ。と言ったら信じるか?」
「分りました、信じましょう。ではそこで鎧と馬、そして武器も置いて付いてきてください。それならば兵隊らしく見えないとおもいますので子供達も少しは安心するでしょう」
「いいだろう。言っておくが俺は無手でもそれなりに強いからな、変な気は起こすなよ」
「分かりました。あなたこそ変な気は起こさないようお願いいたします」
そう言って、鎧と武器を馬の鞍にのせた、大男を伴って、子供達の下へと帰ることにする。
分かりにくくて申し訳ありませんが、この話で出てくる『殿下』は第1話~第2話に出てくるナイアス殿下とは別人です。