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毒の王  作者: zan
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26/26

26・祝祭

 ボロフィという男は、この瞬間のために生きていた。生き恥を晒し、老馬に鞭を入れてここまできたのは毒の王を討つためなのだ。

 目の前にいる毒の王をよく確認もしないまま、短剣を振るった。メーガンを助けるときに使ったものだが、そのまま持っていた。だがまともな剣術になるはずもなく、目の前の敵を討つこともできず。

 足がもつれたボロフィはバランスを崩して転倒する。

「くそ……」

 地面から起き上がることもできずに、ボロフィは呻いた。

 自分に力が足りないということが、余りにも厳しい現実として彼を打った。倒さなければならない相手が目の前にいて、剣も自分の手にあるというのに殺せないというのだ。

 ではなんのために自分はここにきたのだ! なんのために苦汁をなめて生きてきたのだ!

 なんのためにブンゴルは死んだのだ!

 老いた騎士は気合を込めて床を叩いたが、何の影響も周囲にあたえなかった。彼の戦いはここで終わろうとしている。彼の中では彼が主人公であるにもかかわらず、実にあっけない幕切れとなる。

 いや、そんなことは許されまい。毒の王は悪だ。数多くの命を奪い、現在も尚多数の命を危険にしている魔王だ。それに屈するということはいけないのだ。なんとしても、生き残って鉄槌を下さなければ。

 騎士のボロフィは足を踏み、必死に膝を立てる。緩慢極まりない動きではあるが、驚愕の動きでもある。

 毒の王は、少しだけ目を見開いた。

「よくぞ立った。その身体でそこまで動くとは」

 彼がそう言ったが、ボロフィは少しも嬉しくない。奴を討ち取るまで、彼の戦いは終わらないのだ。

 ついに彼は起き上がり、刃を毒の王に向ける。足が震えていたが、それでも眼光は鈍っていなかった。彼の人生の全てをかけた、最後の一戦である。なんとしても、ここで倒れてしまうわけにはいかなかったのである。

 この気迫に毒の王はひるんだようにみえた。ボロフィはその隙を見逃すはずもなく、果敢に打ちかかる。毒の王は後ろに飛びのくが、そこには別の人影が待ち構えている。

「そこだ」

 あらわれたのは、メーガンだった。彼女は剣を振るが、毒の王はこれも軽く避ける。

「ほう、こいつを解いたか。だがまた負けるだけのことだぞ」

 彼は余裕を見せる。

 毒の王は、実際に余裕なのだろう。ボロフィとメーガンが力を合わせても、これを退けるだけの力を持っているにちがいなかった。

 メーガンが持っている剣を鞘ごと抜いた。これをボロフィに差し出す。老騎士は「おお」と呻いた。

 剣だ!

 そうだ、騎士の魂だ。長剣である。

 これさえあれば、そうだ。これさえあれば!

 ボロフィの身体の芯が震えだした。己の魂を取り戻した彼は、稲妻のような素早さで攻撃を繰り出す。毒の王はそれをも簡単にかわしたが、その先にはメーガンがいる。

「ふ!」

 メーガンが攻撃を仕掛けると、これに応じた毒の王がようやくもって武器を抜いた。そしてメーガンを軽くいなして、ボロフィを見やる。

「剣を持って、奮い立ったか。だが、そのくらいのことで我が毒は跳ね除けられん」

「黙れ」

 ボロフィは唸るように言い返した。これは、ただの剣ではない。騎士にとっての魂である。そして、かけがえのないものだ。毒などに震えている場合ではない、場合ではない!

「覚悟!」

 気合を飛ばし、ボロフィが毒の王に打ちかかる。メーガンもそれにあわせて毒の王を追い詰めようとしている。だが、毒の王はあくまでも余裕を見せる。

 彼はしばらく二人の攻撃をかわしていたが、やがてその調子が落ち始める。

「馬鹿な、我が毒がなぜ効かぬ」

 疲れたのか、徐々に動きに切れがなくなる毒の王がそのような呻きさえもらした。

 これは、形成が逆転しつつあるのではないだろうか。

 騎士のボロフィは笑みさえもらす。自分は目一杯に頑張って気合を入れ、剣を振り回しただけである。だが、その我武者羅な攻撃が何か、思わぬところで毒の王のたくらみを潰したのだ。おそらく、そうだ。それで毒の王は狼狽し、調子を悪くしているのだろう。

 となれば、ここでかからなければ。

 より一層奮起したボロフィは、これまで以上の剣さばきで毒の王に切りかかった。メーガンもそれに合わせて、敵を追い込む。

 そして勝機が訪れた。メーガンの一撃をかわし損ねた彼は、わずかに傷をつくってよろめいたのである。体勢を完全に崩している。

 ボロフィは剣を振り上げ、主の無念と己の怒りをこめ、毒の王に向かって凶器を振り下ろす。何かを断ち切る感覚が両腕に伝わったが、それで毒の王を倒したのかどうか、彼にはわからなかった。

 そのまま彼は倒れこみ、意識をなくしてしまったからである。

 彼の中では、毒の王を確かに斬った。これは間違いなかった。だが、その先を彼は考えていない。自分が生き残るということすら、想定していなかった。毒の王を斬りさえすれば、それで彼の全ては終わるのだ。そこから先は何もない。全く、何もない。

 だから彼は倒れたのだ。利用されるとも知らずに、予定通りに倒れた。


 次にボロフィが意識を取り戻したのは、どことも知れない水辺だった。

 小さな河川のほとりに、寝かされている。あちこちに包帯を撒かれた自分の身体が川原にそのまま横たえられていることに気付いて、起き上がろうとする。だが、彼は全く身体を動かすことができない。

 ここはどこだ。周囲を見回してみるも、彼にはわからない。どうやら夜のようだ。近くで火が焚かれているおかげで少しばかり見えるが、それだけだった。


 しばらく起き上がろうともがいているうちに、声がかけられた。

「気がつかれたか、御仁」

 どこかぶっきらぼうな言葉。目をやると、メーガンがいるではないか。

 彼女はボロフィを助け起こし、清涼な水を飲ませてくれる。果汁が混ぜてあるのか、その水は実にのどをよくとおった。

「あなたは毒の王を討ち果たされた。そして、無事に生還なされた」

「そうか、倒したのか。だが、あのような場所からどうして逃げ出せたのか。ここは、どこなのか」

 枯れた声でボロフィは問いかける。これに対してメーガンは下水から逃げたと説明する。

 毒の王の城にあった下水は河川に通じており、ここまでこられたのだと彼女は語った。それが本当なのかどうか、ボロフィにはわからなかった。だが特に気にするようなこととも思えない。

 何しろ、その場には男の首が転がっているのだ。毒の王の、首級であるにちがいない。

 自分が戦った毒の王とは少し顔が違っているような気もした。だが、メーガンはそれを布におし包む。

「このとおり、毒の王は討ち果たされた。あなたの手柄だ。存分に誇られるがよい」

「そうか」

 包まれた首を見て、ボロフィは満足した。満足したのである。

 これ以上、自分がすべきことはないと判断した。彼は名誉を求めておらず、ただ毒の王を討ち果たせばそれでよかった。だから、このまま隠遁しようと考えている。

 その考えをメーガンは読んでいた。

「あなたは、都に行くべきだ。そしてそこで、ご自身のしたことを語られるがよろしい。そうしてやっと、世の人々は救われるだろう。毒の王がまだ存在しているということを信じる人は多い。あなたはそこでこの首をもって、毒の王が死んだということを知らしめるべきだ」

「そのようなことは考えていない」

「ではせめて、あの集落にいる傭兵二人に毒の王の首を見せるがよろしい。そうすれば彼女たちはその役目を代わってくれるだろう」

 ボロフィにはいまや欲がなかったので、メーガンのいうとおりにすることにした。彼は確かに自身の名誉を捨てていたが、世間の人々に安寧をもたらすべきだということを考えないほどではなかった。だが今更重すぎる名誉を背負うような真似はしたくなかった。わずらわしいと思ったからである。

 しかし傭兵たちは名誉を求めているだろうし、毒の王を討伐に来るような気骨のある人材だ。彼女たちに託すのも悪くない。

「わかった、そのようにしよう」

 自分の出番は終わったと考える騎士ボロフィは、メーガンに案内されて集落に戻った。そして、剣士のネムと弓使いのアイに会う。


 メーガンからの呼び出しに、ネムとアイはすぐさま応じてくれた。

 集落のはずれにやってきた二人は朝早いということもあって眠そうにしていたが、ボロフィが毒の王の首を見せるとその表情を引き締める。

 弓使いのアイは何か言いたげにメーガンの顔を見る。しかしメーガンは軽く首を振るばかり。結局アイは「これが毒の王の首ですか」と口にした。

 これに対し、ボロフィは大きく頷いた。彼は死闘を制し、毒の王を討ち果たしたのである。それは彼にとって紛れもなく事実であり、メーガンもそれが間違いないと証言し、後押しをしている。

「どうやら私を亡き者にせんと、彼は私を城に拉致したようだ。だが、それが好機であるとみた私はそこにおられるメーガンとともに彼を殺害した」

 そう説明するボロフィ。ネムはそれを信じた。

 剣士のネムにとって、毒の王は自分の手で討ち果たすべき敵であったが、ボロフィに先を越されたという気にはならなかった。多くの人から恨まれている毒の王の末路を、喜ぶ気持ちしかない。

 したがって、彼女たちはボロフィからその包みを喜んで受け取ったのである。都に赴いて、毒の王が死んだということを喧伝する。そうしたことを拒むはずもない。

 ネムとアイはすぐさまそれを行った。

 一週間も経たないうちに、大陸の端まで噂は広がった。毒の王は討ち果たされ、これ以上毒の沼が拡大することはない、と。

 毒の王の首まで持ち帰られ、しかもそれは彼にふさわしい魁偉なものであったことから、その信憑性は高いとされた。為政者もこれを認めたことから都は一時期お祭の気配まで漂わせる。


 何しろ、都では毒の王といえば『現実に存在する凶器の毒殺者』なのである。それが滅びたとあれば、世の中が平和に近づいたといってよい。

 やがて市民たちが強く希望し、彼らが主導した祝祭が行われる。剣士のネムと弓使いのアイはそれに参加し、武勇伝を聞かせた。彼女たちは目立つことを好まないボロフィにかわって、毒の王を討ち果たした栄誉を手にしている。

 そのボロフィは隠遁し、ブンゴルの屋敷を買い戻すだけの金をネムから受け取り、そこで静かに暮らしているらしい。


 こうして毒の王は討たれ、世は安寧となった。

 世の人々はそう信じた。

 だが、これによって非常に不都合を生じた人物がある。

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