表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒の王  作者: zan
PR
15/26

15・鮮血

 ここは逃げの一手。

 メーガンは即座に離脱を選択。背後に飛び、反転して駆け出した。

「ちっ、逃がすな!」

 敵は追ってくる。三人がかりで闇の中を走るメーガンを追跡する。こちらを見失えば、また背後から奇襲されると考えているに違いない。その洞察は正しい。

 そこだ、とばかりに一人が短剣を投げつけてきた。

 足を狙った投げ方だった。

 メーガンは転倒する。追跡する夜盗たちにもその気配は伝わった。

「手こずらせやがって!」

 メイスを振り上げた男が一番に駆けつけ、倒れたメーガンに一撃を食らわせようとした。

 しかしメーガンは倒れてはいなかった。腰を落とした姿勢でしっかりと大地を踏み、襲い掛かる男たちを待ち構えていたのである。ナイフを受けて、転倒したと見せかけただけだ。

 振り下ろされるメイスをかわして、その腕を突き刺す。直後、刺した刃をひねる。

「ぎゃあ!」

 メイスの男は電撃でも浴びたようにその場で跳ね上がった。行動不能となり、その場に釘付けになる。

 彼に続いて短剣を握った男が近づいてきたが、メイスを握っていた男が邪魔になり、メーガンに飛び掛ることができない。

 短剣の男がまごついているうちに、メーガンは無様なダンスを踊るメイスの男から、その武器をもぎとって力任せに振りぬいた。

 その一撃が短剣の男から武器を奪った。メイスとかち合った短剣は、その手からもぎとられてどこかへ飛んでいく。

 夜盗の最後の一人は、そこでやっと追いついてきた。メイスを持っていた男を盾にしているメーガンを見て、彼は右から回り込もうとする。

 メーガンは彼に対して容赦なくメイスを打ち込んだ。彼は慌てて長剣で防ごうとしたが、彼の武器はそれに耐えうるようなものではなかった。あっけなく剣は折れる。メーガンはその一瞬を逃さず、体をひねって回し蹴りを繰り出した。

 側頭部に命中した蹴りは、男の首から軋むような音を吐き出させる。彼は泡を吹いて倒れた。

 残ったのは無手となった短剣の男だけだ。仲間に対して蹴りを見舞ったメーガンの体勢はひどく崩れているが、彼はその致命的な隙を見逃し、襲い掛かる様子も見せずに逃げ出す。

 最後に一人残ってしまい、どうにも打つ手がなくなったのだ。命あれば次があるとばかり、彼は飛び出した。

 メーガンは無様なダンスを続ける男の首を踏みつぶしてから、持っていたメイスを振りかぶる。投擲された打撃武器は男の背中に命中し見事転倒させた。

 短剣の男は灯りを握ったまま逃げ出したのでいい的だった。

 これで、二人の女戦士の退路は確保されただろう。メーガンは周囲を見回す。いくつかの灯りが放り出されているが、動いている人間は自分以外に発見できなかった。

 肩の傷を見る。メイスがかすめただけのものだが、皮膚がはじけて出血している。念のために処置はしておくべきだった。

 止血し、軽く包帯を巻いておく。

 それが終わると、二人の女が向かった先を見た。争う気配はまだ続いている。

 一体、誰と戦っているのだろうか。確かめてみなければならないと感じた。

 血の匂いが風にのって届く。

 夥しい量の血だ。何人か死んだな。

 メーガンはそう判断して、山道を少し急いだ。


 人の気配は近づいた。だが、見えない。灯りがその場に全くなくなっていた。

 だが、血のにおいと戦いの気配はある。闇の中で、誰かが戦っているのだ。

 あの女剣士と弓使いか。それとも、別の人間か。

 慎重に、メーガンはその場に身を隠した。戦いの気配を確かめてみれば、二つの勢力が争っているように感じられる。片方の勢力は二人、もう片方の勢力は四人。

 数の上では不利なはずの二人が、四人を相手にして優勢に戦っている。

 おそらくこの二人は、女戦士と弓使いだ。

 メーガンはそう結論した。女戦士が長剣を振るって闇の中の人間に仕掛け、戦いながら弓で射抜きやすい場所に誘導する。弓使いは冷静にそれを射抜いて、射抜かれた敵が死んでいなければ追撃で戦士が刺し殺すという戦術だ。

 驚異的なのは、弓使いだ。この闇の中で完璧な的中率を誇っている。

 メーガン自身も弓を使うだけにその精度の高さがよくわかった。驚嘆に値するものだった。

 うまいな、と感じた。

 もしもメーガンが彼女達と戦うことになったのなら、無傷ではすまないだろう。女戦士との事前の打ち合わせで、間違いの無い位置に敵を誘導することになっているのはわかるが、それでもあの精度で闇の中を射れるのは驚きだ。

 女戦士のほうも、弓使いに全幅の信頼をおいているのがわかる。闇の中を飛ぶ矢がいつ自分の胸を射抜くか、などということは全く心配していないのである。

 存分に腕を振るっているな、とメーガンは判断した。

 だが、二人の快進撃は一瞬で逆転をしてしまう。

 残り三人に減ってしまった敵勢力が、強烈な光を放ったのだ。一瞬何かが赤く輝き、その場を全て照らし出した。

 ランプの光などもなかったその場に突き抜けたあまりにも強い光は、女戦士の目をくらませたのである。

「そこか!」

 闇を利用して彼らの死角へまわろうとしていた女戦士は、あっけなく発見された。

 メーガンはその光を直接間近で見たわけではない。木々の陰にかくれていたおかげで、目がくらむことはなかった。

「あっ」

 敵勢力、そのうちの一人が振るった剣が女戦士の右肩を貫いた。

 即座にその場から離れようとする女戦士だったが、その動きに精彩はない。たちどころに追いつかれて、片手で剣を振る羽目になった。だが、長剣は女戦士が片手で振り回せるほど軽くはない。相手の攻撃を弾くだけで手一杯である。片手だけでも使えるやや細身の剣もあるにはあるが、それを抜く暇はない。

 弓使いは女戦士を助けようとするが、激しく動き回る二人を闇の中で狙撃するのは不可能だ。

「へへ、おい、殺すなよ。仲間をやられた礼も含めて、たっぷり楽しませてもらわにゃならんのだから」

「お前はすぐそれだ。さきに捕まえるんだよ、それができてからお楽しみを考えろや」

 敵勢力の残り二人も女戦士を生け捕りにするべく動く。

 メーガンは先程の光について、考えていた。おそらく激しく燃える性質をもった薬物だ。

 それに火をつけることで、ランプの何倍もの輝きを一瞬、作り出したのだ。闇に目を慣らしていた女戦士は、その光に目をやられてしまった。

 なるほど、こんな状況では光でさえも武器になるのか。みんな色々と考えるものだな。

 事態を静観しながら、あの薬品をレドは知っているだろうかと考えている。メーガンとしては女戦士や弓使いが生け捕りにされようが死のうがどうでもいい。

 自分が都に無事に着ければそれで問題ない。そういう算段だった。

 義憤はない。この状況下では、どちらが正義かということなどまるでわからないのである。

 仮に自分の推測どおり、男たちが夜盗で女二人が傭兵であるとしてもだ。この場で自分が飛び出していって夜盗を殺すことが正しいとは限らない。女二人はこういうことになることも承知で傭兵をしているに違いないのだ。

 この場での決着を見届けたら、戻って眠りなおすか。

 というようなことを考えている。

 女戦士がここから逆転できる可能性は低い。勝負はほとんど決まっていた。

 弓使いが逃げるのなら機会は今しかない。しかし助けに行くのならこれも今しかない。闇の中で狙撃をするのは難しいが、それでもやるのなら相手に近づかなければ。

「アイ!」

 瞬間、女戦士が叫んだ。

 援護を求める声ではない。逃げろ、と促す声だった。

「逃がすかよ、二人まとめてかわいがってやる」

 女戦士に剣を突き出しながら、男は笑った。すっかり余裕の声である。

 その余裕のためか、背後に降り立った影に気付いていない。気付かぬまま、彼は首に短剣を食らった。


 メーガンは、死体を見下ろした。

 介入しないつもりだったのだが、女戦士の声を聞いた瞬間に身体が動いてしまった。義憤か、衝動か。

 本気の動きで闇の中を抜け、あっという間に一人を殺してしまったのである。仮想のレドを相手に訓練を重ねてきた成果である。メーガンは暗殺組織にいた頃よりもその実力を上げていた。

「なんだ!」

 男が倒れこんだことで、メーガンの存在が知れた。

 弓使いに向かっていた男もこちらを向く。闇の中に立つ暗殺者、メーガンは姿を隠さない。血に濡れた短剣を構えて、それから素早く動いた。

 その攻撃は、誰の目にも止まらない。気がつけばもう一人の男の胸もえぐられている。彼は接近するメーガンの気配を察知することもできず心臓を一突きされ、たちどころに意識を失って倒れた。


 弓使いを襲っていた男、最後の一人は、恐怖をもってメーガンを見た。

 なんとかしなければ、と彼は考える。もとより、ある程度の被害は覚悟していた。女とはいえ歴戦の傭兵二人を相手にするのだ。こちらが多人数であっても多少の被害はあるだろうとみてはいた。しかし、自分ひとりが残るとは思ってもいなかった。退路を断つために援軍が来るはずだが、何をしているのかやってこない。

 援軍がいるはずの方向へ、自然に足が向けられている。

 逃走しかない。生きるためには逃げるしかない。彼は全力で走り出した。

 しかし、すぐにその背に何かが追いついた。やわらかいが力強いものが彼の口を塞ぎ、締め付ける。息苦しさをわずかな間だけ感じた。

 それに対して抗議をする暇もなく、首元に刃がめり込んだ。熱い感覚。

 血が噴出す。意識が薄れていく。彼は何かもかも考えられなくなり、足をもつれさせ、その場に倒れこんだ。そのまま動くことはなかった。


 結局のところ、暗殺者のメーガンは感情の人間だった。

 暗殺者としての教育を受けて育ってきたにもかかわらず、食べ物の美味しさに感動し、また他人の悲しみを拾って涙ぐみ、また義憤にかられて飛び出してしまう、ということの多い人間なのである。一方で冷淡に他人の死を無味乾燥に見る一面もあるが、おおよそ情の人間だといって差し支えはない。

 以上が現在の自己分析である。メーガンは自分のことを非情に徹しきれない暗殺者だと結論した。

 無駄な時間を使ってしまったのだ。周囲を見回してみると、死屍累々。惨状である。

 すぐに姿を隠してもよかったが、女戦士と弓使いを放っておくわけにもいかない。メーガンは短剣の血を拭って、女戦士を見た。

 肩を貫かれた女戦士は細身の剣に持ち替え、それを握ったままでメーガンを見ている。弓使いも彼女の傍に移動して、いつでも弓を構えられる姿勢でいる。

 メーガンとしては彼女達と敵対するつもりはない。ここに来るまでの間に、退路を断っていた夜盗八人を倒したことを説明し、敵対の意志はないと告げる。

 それを聞いて、弓使いが武器を仕舞った。女戦士も剣を手放す。

 和平交渉は成った。灯りを集めて火を焚き、メーガンと女戦士、弓使いはそれを囲む。

 女戦士は傷の手当てをしながら助けてもらったことへの礼を言い、その後簡単に自己紹介をした。名はネム、年齢は二十三。やはり傭兵であり、山に篭る賊を討伐してほしいと乞われてここへ来たという。

 弓使いはその相棒で、名はアイ。年齢はメーガンと同じ十九。我武者羅に突っ込みがちなネムを見ているうちに、それが危なっかしくて放っておけなくなったという。最初はただ同じ戦場へ出向くだけだったが、何度もついていくうちに本人も公認の相棒扱いになったのだとか。

 二人とも傭兵としては若年だといえるが、腕のほうはなかなかのものだといえる。だが二人だけで賊の討伐をしようとしていたのだから、その腕前を過信しているのかもしれない。

 が、そのあたりはメーガンにとってどうでもいいことだったので何も言わなかった。

 ネムとアイは、自分たちが話し終わるとメーガンを見た。自己紹介を待っているのである。仕方なくメーガンは名前と目的地だけを告げた。年齢は言う必要性を感じなかったので伏せた。

「メーガンは強いね」

 ネムはそんなことを言った。そんなことはない、とメーガンは謙遜したがそれは受け入れられなかった。

「あの暗い中であれだけ動ける人、見たことないんだけど」

 その言葉を引き継ぎ、アイも口を開いた。

「それに、一人だけで八人も倒したのでしょう。間違いなく私たちより強いはずです」

「もしよかったら、都で私たちと一緒に傭兵やらないかな。あなたと一緒なら無敵な気がする」

 そんな誘いまで飛び出した。どうやら夜盗たちを殺したことで腕を買われたようだ。だが、メーガンは毒の王の護衛である。都での情報をレドが待っているはずだ。傭兵などしている暇はない。

「金には困ってないんだよ。悪いね」

 誘いを断る。しかしネムは気を悪くした様子もない。

「そう、でもなんか困ったことがあったら言ってね。助けてくれた恩には報いるから」

 メーガンは頷いた。そこでふと、気がつく。

 毒の王のことを訊いてみてはどうだろうか、と。焚き火に薪をくべながら、切り出した。

「一つ、訊きたいことがあるんだけど」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ