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毒の王  作者: zan
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14/26

14・調査

 五十五年間の間に出現した襲撃者三十三名に、レドが毒蜂を用いて撃退した先日の二十名近い暗殺者達は含まれていない。それらや夜盗の一団を含むと六十名近くになる。

 直近の動きを含めるとここ一年間での襲撃者の数の増え方がさらに顕著である。暗殺組織を敵にしてしまったレドがしつこく狙われているからという理由以外にも、何らかの要因が存在するはずである。

「それを調べてくる、ということでいいんだな」

 メーガンは酒場を出かけたところで、葡萄酒を飲んでいるレドを振り返った。薬師のレドは酒場の娘の相手をしながら、食事を詰め込んでいる。

 レドは頷いて、片手を挙げた。

 必要なことは話し終わっているので、あとは出立するだけである。しかし、何かレドの傍を離れるのは危険な予感がしていた。身の危険というわけではなく、ましてやレドに何かがあるのではないかという予感でもない。

 何かざわめくのだ。酒場の娘に適当な旅の話を聞かせているあの男を見ているだけで。

 今までになかったことだ。誰が死のうが別に自分にとっては大したことではないはずの、暗殺者のメーガン。それがどうあっても死ぬことはなさそうに思えるあの毒の王のレドのことを考えている。

 とりあえず、酒場を出る。都までの距離は長い。二十日で往復するのは普通の人間には不可能である。

 だが、メーガンは暗殺者としての教育を受けて育ってきた。常人とは違う方法をとることができるし、潤沢な資金もある。

 ひとまずレドのことは忘れる。武器の類をもう一度確かめてから、もっとも近い町に向けてメーガンは駆け出した。


 徒歩で都まで行くというようなことはしない。馬を利用する。

 馬を売る町まで行くのに二日ほど要したが、そこで金貨を一枚使って馬を購入。駿馬でなくとも構わない、頑健な馬を選んだ。

 メーガンはあまり馬を利用しないが、乗ることはできる。利用頻度が少ないのは、馬を連れては通れない場所を通らなければならないことが多いからだ。暗殺者として活動していた頃は、山岳地帯を無理やりに越えたり城壁をよじ登ったりの無茶を繰り返している。

 だが毒の王の居城から都まではあまりにも距離がある。馬に乗って街道を進むことにした。

 都の近くまではそのまま馬を駆って進む。しかし、ある町に寄ったメーガンはそこで惜しげもなく馬を売り払ってしまう。

 身軽になったところでやはり山岳地帯に向かう。通常ならば都に行くためにはこの山岳地帯を迂回して回避する。当然である。この険しい山々には都を荒らす賊が住み着き、近道をしようとした旅人を捕らえては金品を強奪しているからだ。

 しかし暗殺者であるメーガンは賊などを恐れもしない。至極当然のように山岳地帯に分け入った。その際に近くに居た旅人達からやめるように警告されたが、無視する。

 急いでいるのである。何故急いでいるのかは、メーガン自身にもわからない。

 どういうわけか、早く帰らなければと思っているのである。約束した二十日の期限。普通の人間には難しい期限かもしれないが、山岳地帯を突き進み馬を使い潰すつもりで追い立てたメーガンにはさほどでない。だが、気が焦る。

 毒の王である薬師のレド。彼が原因であることは間違いない。

 彼は今にも暗殺組織からしつこく狙われているだろうし、組織の抱える人材はメーガンの知る限りでもまだ半数程度残っているはずだ。幹部級の暗殺者もまだ白髪の暗殺者一人だけしか打倒していない。もっとも、彼らは命惜しさであまり前線に出ないかもしれないが。ともかく多数の敵から命を狙われているのは間違いない。

 とはいえ毒の王である。数多の毒を用いて、さらに戦闘の技量もメーガンを軽く上回る。心配するだけ無駄ともいえた。

 いや別に奴の命の心配なんてしていない、とメーガンは思う。

 ではどうしてこうも、気がはやるのか。早く古城に帰りたい、と思っているのはなぜなのか。

 レドが言うことが本当なら、古城に長く留まっていると早死にするというではないか、それなのに何故だ。

 本当は、薄々だが気付いている。気付いているが、それを認めたくないだけだ。

 単に自分がレドの傍を離れたくないだけだ、ということを。


 黙々と山道を行く。日が暮れるまで。

 周囲が闇に落ちてしまうころには、メーガンは手近な大木に上っていた。太い枝に腰掛けて、幹に背を預ける。

 地面で焚き火をするよりは安全であろうという判断で、そのようにした。小さな手荷物の中から保存食を少しだけ取り出して口にする。そのあと少しだけ眠ることにした。

 現在地は、完全に山の中だ。

 一人だ。この山の中には数々の獣がいるだろうし、賊も徒党を組んでねぐらにいるだろう。旅人を待ち構える輩もいるかもしれない。だが、メーガンは一人だ。

 レドの護衛となって、まだほんの三週間にも満たない。そのはずだが、落ち着かない気になる。

 あの酒場を出てから、ずっとこの調子だ。眠ろうとしても何やら足りない気持ちになって、素直に休むことができない。

 このところ安心して眠りすぎた。

 メーガンはそう自戒する。いつ寝首をかかれるともわからなかったから、いつでも跳ね起きられるように張り詰めた眠り方をしてきた自分が、レドといるようになってからすっかり腑抜けてしまったのではないか。

 とにかく、この旅の間に調子を戻そうと考える。マントを体にかけなおして、目を閉じた。


 足音に気づいて目を開く。小さく舌打ちをしながら短剣に手をやる。いや、この場合は弓が先か。道中の町で矢は補充したが、スリングはまだ古いままだ。

 そっと下を見ると、明るい。誰かが火を使っている。

 ランプを持った男女が急ぎ足に山道を抜けていくところだった。

 この夜にわざわざ移動するなんて、とメーガンは思う。ここを賊のねぐらだと知らないのか。

 どのような罠がはりめぐらされているかわからないというのに、視界の悪い夜に移動。それも、急ぎ足とは自殺行為。

 止める義理もないが。

 メーガンの眼下を抜けていくのは男一人、女二人。男は壮年、特に鍛えられた様子もないが、剣を腰に下げている。彼が手に持ったランプが闇を照らしている。女二人はいずれも年若い。父親と娘二人と言われれば納得できそうだ。

 しかし、女二人は鍛えられている。一人は長剣を、一人は弓を持っているようだ。かなりの研鑽が積まれていることは見ればわかる。

 メーガンは息を殺して、自分の気配を隠す。

「この先だ」

 男はそんなことを言って、足を止めた。おりしもメーガンの真下である。

「そう、案内ご苦労」

 長剣をもった女が頷いた。赤い髪を束ねて、後ろに流している。装束は暗色で、マントを羽織っているのがわかる。

 弓をもった女は冷たい表情を保ったまま、それを見ていた。こちらはやや赤黒い髪で、短く整えられている。服装は軽装で、いつでも弓を構えられるようにするためか、胸当てをしている。彼女もランプを持っていて、こちらは後方を警戒するために使われていたようだ。

 どうやら何かの先導役と、女戦士ふたりといったところである。気配を殺したまま、メーガンは三人の様子を見ていた。

 どこかで獣が吼える。

 この先に、何かがあるようだ。女とはいえ戦士二人を伴って夜にやってくるような用事など、それほど考え付かない。

 賊を討伐でもしようというのか。しかしそれにしては奇妙だ。まず人数が少なすぎる。賊は都を荒らすことができるほどなのだから、少なく考えても二十名を超えているだろう。たった二人でどうこうできる人数ではない。本格的に退治したいならば騎士団でも五十名程動員してこなければ。

 無謀の域。たとえ、彼女たち二人がどれほどの凄腕であるとしても、だ。

「それじゃ、頼む。俺はここらで待ってるから」

 そう言いながら、男はメーガンのいる大木の陰に隠れる。

「ああ、終わったら戻ってくる」

 そう返す長剣の女は、確かな自信に満ち溢れている。どうやら、何かを討伐するのは間違いないらしい。

 それが賊か、動物かは知らないが。

 二人の女はサクサクと草を踏みながら山道を行く。それを見送って、メーガンは自分の真下にいる男に注目。

 このような夜に、こんな山の中に一人ぼっちとは。自殺志願者か。

 そんなことを思って、しかし助ける気もなければ警告してやる気にもならない。ただぼんやりと彼を眺めていた。

 しかしそこからその男は意外な行動に出る。一人で山道を下り、道から外れたところに向かって灯りを振り上げたのだ。何者かに合図を送っていることは明白だ。

 ふむ、とメーガンはそちらに目をやる。

 するとその灯りを目印にしたように、男たちが集まってきた。それぞれに手にメイスや剣などの武器を握っている。

 気配を殺しながら、彼らは集まってくる。メーガンからしてみればその隠密行動技術は未熟だが、彼らなりの努力をしているようだ。

 集まった男たちはそこに七名ほど。先ほどの二人の女に援軍を用意した、という雰囲気でないことは確実だ。

 要するに、あの女二人は罠にはめられたのだろう。

 メーガンはそう推察した。盗賊の討伐を少人数の傭兵に依頼して、案内すると言って誘い込み、退路を断った上で大人数で取り囲むという罠だ。

 勝手にするがいい、と心中に呟く。別段、何が起ころうが自分に影響がなければどうということは。

 そこまで考えてどきりとした。レドが行った戦法のことを思い出したのである。

 彼は毒を周囲に巻き散らかし、さらには毒蜂を解き放った。もしもそんなことになってしまったら、自分もただではすまない。

 ここでのんきに眠っていて、風にのってきた毒を吸ううちに朝には冷たくなっていた、なんてことになったら目も当てられない。暗殺者としてこれほど恥ずかしいことはないだろう。

 仕方がない、介入するか。

 そう心を決めた。

 心を決めてみると、眼下に標的は八名。おそらくは女戦士二人の退路を断つために用意された集団だ。

 隠密技術には稚拙なところがあると感じられるが、戦闘技術は未知数である。メーガンが飛び込んでいって、一人で圧倒できるような幼稚な腕前であるとは考えにくかった。

 となると、何か奥の手を使うしかないのだが。多数を相手に一挙に無力化できる手段など限られている。

 手段を考えられず、メーガンはただ黙って彼ら八名の油断を探し続けた。しかしさすがにこの人数を相手にしてはそうやすやすとつけいるほどの油断など見つけられない。

「始まったぞ」

 誰かがそんなことを言った。

 メーガンの耳にはその言葉の前から、山道の奥で戦闘の気配が聞こえていた。弓のしなる音、矢羽の音やわずかな呻き声が聞こえている。

「よし行こう、今回は上玉二人だからな。できるだけ殺さずに捕まえろよ」

 灯りをもっていた男が無骨な形の刀を抜いて振り上げた。生け捕りにしろといっておいて、武器を高々と突き上げるのはどうなんだ、と思わずにいられない。

 しかし標的が若い女二人ということで、男たちの士気は高まっていた。彼らは生き生きとした調子で歩みを進めていく。

 好機だ。全員がメーガンに背を向けた。

 全員を一気にしとめるのは無理だろう、無理だろうがこれ以上の機会はもうくるまい。意を決して、メーガンは木の上から飛び降りた。

 音もなく着地を決めて、一番後ろを歩いていた男に背後から接近して、その口をふさいで喉を切り裂く。

 崩れ落ちる彼を手放し、二番目の位置にいた男に接近して、その口をふさいで喉を切り裂く。

 崩れ落ちる彼を手放し、三番目の位置にいた男に接近して、その口をふさいで喉を切り裂く。そこまでだった。

 後ろから四番目の位置にいる男に近づく瞬間、五番目の位置にいた男がこちらに気づいた。彼がおびえているか、驚いていればそのまま四番目の男を殺せた。だが、五番目の男はすばやい判断でナイフをメーガンに投げつけてきた。

 メーガンは四番目の位置にいる男を強引に引っ張りこみ、盾にした。

「げっ」

 ナイフが男の右胸に突き刺さる。

 半数は殺した。残り、半分。メーガンは盾にした男の首を短剣で突き刺しながら、次にとるべき行動を考えていた。

 しかし敵は悠長に考える暇を与えてはくれない。

「おい、敵襲だ! 後ろにも敵がいる!」

 大声で騒ぎ出す。女二人を大勢でいたぶるつもりだった彼らの心が、戦闘に向けて燃え上がった。仲間を殺されて驚き、怒っている。

 倒れた男が握っていたメイスを拾い上げて、逃げ出そうとしていた男に投げつけた。投げつけたメイスは見事にその男の頭蓋を砕くが、その間にメーガンは三人の男に囲まれていた。

 逃げ場を失ったメーガンに向けて、武器が振り下ろされる。

 必死に回避を試みたが、一人の握っていたメイスが肩をかすめた。左肩に突き刺すような熱いものを感じる。

 無様に地面を転がるようにして、その場を離脱。また怪我をさせられるのか、と舌打ちをしながら短剣を握り締める。

 いかにメーガンが優秀な暗殺者であったとはいえ、三対一という状況はいかんともしがたい。八対一に比べればだいぶとましではあるが、まともに挑んでは絶望的であるというところは間違いないのである。

 暗殺者ではあるが、妖術使いではない。メーガンは、人間なのだ。魔法も使えなければ、多数の敵を一瞬で威圧するような威厳もない。

 仕方がないな、と目を細める。メーガンは普通の人間だが、裏切りにまみれた生活の末に体得した秘術が一つだけある。

 できるだけ誰にも見せたくない技術だが、使わざるを得ないと判断した。だが使っても、不利なことには違いない。

 絶望的に不利な状況が、かなり不利な状況になる程度のものだ。

 距離をとったメーガンは、短剣を構えて三名の賊を見やった。彼らは武器を構えてメーガンに襲い掛かってくる。

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