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毒の王  作者: zan
13/26

13・先代

「奇妙なことがある」

 レドがそんなことを言った。

 道具を仕舞っていたメーガンは、彼を横目に見る。磨り潰していた薬草は丁寧に処理をされて、丸薬らしきものに姿を変えようとしていた。

「ラエニーに襲われたということ以外に何かあるのか」

 珍しく話を振ってきたレドに対して、話の続きを促す。

「ここのところ襲撃者が多い」

「それは暗殺組織が失敗を繰り返しているせいで、躍起になっているからじゃないか」

「そう考えられないこともないが」

 違うだろう、とレドは言う。

 メーガンとしては、今までの襲撃者は全て暗殺組織の手の者だと考える。自分を筆頭に、幹部である白髪の暗殺者、ラエニーといった者たちは全て暗殺組織に所属していた。

 自分が失敗し、幹部がその失敗を取り返そうとしてさらに失敗し、やむなく実績のあるラエニーが送られてきた。それだけのことだと思えたのだ。

 しかしながらレドの考えはそれと違うらしい。

「ぼくを殺すためにやってきた暗殺者は、以前にも何名かいた。それらは毒の王の存在を確かめるためにやってきた若者といった印象だった」

 ふむ、と頷く。確かに、今のメーガンとしては毒の王の存在は確実なものである。だが普通の一般人からしてみれば、ただの恐怖の対象。事実存在しているかも怪しい、毒の沼の管理者である。その存在を疑問に思うことがあっても不思議ではない。

 そこでそれを確かめようと、若さに任せた者たちが毒の王の下へやってくるということは、ありそうなことだ。

「とはいえ、彼らは特に訓練を積んだわけではない。毒の沼の影響にあるところを超えるために彼らなりの工夫をしてきてはいたが、たどり着いたころには衰弱しきっていた。ぼくが手を下すまでもなく勝手に息絶えていくような有様だったし、そんな連中が年に二度も三度も現れていたわけではない」

 なるほどそれはそうだろう。

 いかに毒の王が恐れられる姿なき存在であるとしても、毒の沼が存在する以上は毒の王の城へ簡単に近づけるわけではない。命の危険があるのだから、無謀な挑戦をするような若者が出現する頻度もそれほど高くはないと考えられる。

「何が言いたいんだ」

「しかし君の少し前にやってきた者は、違っていた。確かな殺意を抱いて、ぼくを殺そうと乗り込んできた。ただし、暗殺者としての才覚はほとんどない。普通の若者だった」

「それって、どういうことなんだ」

「つまり、恐怖の対象であるはずの毒の王を殺そうとするほどに憎む者が増えているということだ」

 それは仕方のないことだ。毒の沼などを管理しているからそういうことになる。メーガンはそう思った。

「君は毒の沼が作られてからどれほどの時が過ぎたか知っているのか」

 レドの問い。メーガンはそれに答えることができない。暗殺組織はそのようなことを教えてくれないし、メーガンが生まれたときにはすでに存在していたものだ。あって当然のものである。そのようなものの歴史など知るはずがない。

「五十五年だ。五十五年も経って今頃、何故と思わないか?」

「だいぶ経つな」

「ああ、そう思わないか」

 ふむ、と思う。メーガンはあらためて考えてみる。毒の沼は確かに周辺地域に重大な影響を与える災害のひとつだ。それを管理している毒の王は確かに排除するべき存在だ。そうなればいずれ、かなり長い時間を必要とはするだろうが毒の沼は消えていく。人間にとっての脅威は確かにひとつ減るわけだ。

「その五十五年の間に毒の王を襲撃した者は三十三名! そのうち生きているものは君と、もう一人。毒の王に挑んで生きているものは二名だけというわけだ」

「よく数えていられるものだと思う」

 メーガンとしてはあまり興味のない数字だったが、生存者のところには興味があった。自分以外にもレドを襲撃して生きている者がいるとは。

 だが、レドの話は襲撃者の数こそ重要なものだった。

「記録されているからだ。さて、その三十三名のうち、実に二十名がこの一年間に出現したわけだ。これを異常ととらえない人物がいたら紹介していただきたい」

「五十五年間で出現した襲撃者三十三人のうち、二十人がここ一年間で?」

 そう聞いてみると、確かに驚くべき事態である。

 襲撃者の数が異常に増えた、ということは統計学者でなくともわかる。襲撃されているレドとしても当然ながら異常というだろう。

「原因がどこかにあるだろうが、君は知らないだろうな」

「そのとおり」

 メーガンは鷹揚に頷いた。そうした頭脳労働の面で自分はまるで役に立たないであろうことはわかりきっている。

「ところで、私以外にも襲撃者が一人生き残っているそうだが、それは今も生きているのか」

「もちろん。それは、ぼくだ」

「何を言っている」

 混乱してメーガンは顔をしかめた。毒の王を襲撃して生き残ったものが毒の王。意味がわからないからだ。

 しかしレドはそれに矛盾を感じていない。

「毒の王はぼく一人ではない」

「何?」

「五十五年の間に代替わりをしている。ぼくは七代目の毒の王。ぼくが挑んだのは先代、六代目毒の王ロミスだ」

 衝撃の事実だ。メーガンは唸った。

 たぶん、そのような事実をレドと自分以外の人間は知らないだろう。

 毒の王が、代替わりをしているということなど誰も知らない。しかし考えてみればそうだ。一人の人間が五十五年間も活動をし続けられるはずがない。冷静に考えれば代替わりをしていると思われるのだが、実際には誰もが毒の王は一人だけだと思い込んでいる。毒の王ならば不老不死の妙薬でも開発しているのでは、などと勝手な想像をしているのである。

 五十五年。その年月は長い。

「毒の沼が出現してからあまりにも時間が経過したから、毒の王も年老いたと見て襲撃者が増えたのでは?」

 メーガンは思いついたことをそのまま口にした。

「そう考えられなくもないが、いくらなんでも増えすぎだ。ぼくが考えているのは、憎しみによるということだ。さっき言ったとおり、直近に出現した襲撃者たちはぼくを明確に殺そうとしていた。何かぼくが恨まれるような理由がつくられたのかもしれない」

「それってどういうことなんだ」

「要するに、毒の沼の件か、それ以外の要因でだ。ぼくに恨みを抱いている連中がひどく多くなったんだろう。結果的にどうあっても殺してやるという若者も増える」

「なるほど。それで、レドもそういう若者の一人だったのか?」

「それは事情が違う」レドが首を振った。「ぼくの場合は相手が毒の王とは知らずにいた。それに、だいぶ子供のころの話だ。突然やってきたロミスを泥棒か人攫いだと思って襲い掛かったんだが、あっけなくあしらわれた」

「ロミスという毒の王も相当な使い手だったのか」

「もちろんだ。ぼくの師匠でもある」

 おお、と心中に呻いた。レドも圧倒的すぎるほどの実力をもっているというのに。先代の毒の王ロミスはその師匠でもあるという!

 代替わりする前に自分が毒の王暗殺命令を受けていたとしても達成はできなかっただろうな、とメーガンは思った。

「その先代様は、今は?」

「二年前に亡くなった。そのときからぼくが七代目を名乗っている」

「ふむ」

 メーガンは悪いことを聞いた、とは思わない。謝罪もしなかった。人の死に慣れすぎているのである。

 レドとしても特別どうこうという気にはならなかったので、そのまま話を続ける。

「ぼくとしてもロミスのやっていることを引き継いだだけ。今のところ、人の恨みが急激に深まるようなことを仕出かした覚えはない」

「だとしたら」

 目を閉じて、メーガンが提案をする。

「情報を集めるためにも、都に一度行ったほうがいいかもしれない。ここはちょっと情報が流れてきそうにない」


 レドとメーガンは朝食を軽く摂った後、すぐに集落から離れていた。また別の集落に行くのである。

 薬師のレドは薬の材料となる薬草を採取して、一部を商人団に売った。その後、薬草から薬をつくって別の集落に売りにいく。こうしたことを繰り返しているらしい。

 あの酒場の娘はレドのことを行商を行う薬師だと思っているようだが、実際にはその行商は三日程度のものだったのである。

 最終的にレドとメーガンは三つの集落をまわったことになる。

 古城に最も近い集落、商人団と出会った集落、最後に向かった集落の三つだ。最後に向かった集落は最も人口が多かったが、とりたてるほどの事件も起きず、平和に丸薬を売り、薬草を採取して終わった。

 薬草の採取は根をとるもの、実をとるもの、葉をとるものと多かった。それらをレドは宿で器用に調合し、薬にしていった。


 そして古城を出発してから三日目の夜。レドとメーガンは古城に最も近い集落に戻ってきていた。

 酒場に二人で入り、それぞれが食事を注文する。メーガンは蜂蜜酒も注文し、その味を楽しんだ。

「レド、また来たの? とうとう行商するお金もなくなったんじゃないよね」

 酒場の娘が目ざとくレドを見つけて、隣に座ってくる。彼女にとってはついこの間、面倒な相手である役人から自分を救ってくれた恩人である。

「金には困ってない。葡萄酒を」

「はーい」

 注文をうけて、娘は店の奥に走っていく。逆隣に座っていたメーガンは蜂蜜酒を飲みながらその背を見送った。

「器量よしのいい子じゃないか、レド。嫁にするならああいうのがいいんじゃないか」

「子供だ」

 特に何も感じていないような口調で、淡々とレドは返した。メーガンとしてはもう少し面白みのある反応がほしかったところであるが、彼に期待をしても無駄だということもわかっていた。

「明日は城に戻るのか」

「そのつもりだ。そこで君に提案がある」

「どんな」

「都にいってもらいたい」

 メーガンは顔をしかめる。その提案は、二日前にレド自身が蹴ったものだ。情報を集めるために一度都に行くべきだというメーガンの案を、彼は蹴ったのだ。

 しかし、メーガンだけを行かせるのなら問題ないということらしい。

「それはかまわないけど。何をして来いと?」

 半ば予想をしながらも、一応訊ねてみる。レドの答えは予想のとおりであった。

「毒の王の評判を集めてきてもらいたい。結果次第では、動かなくてはならない」

「最初から動くのでは無理なのか。そんなに古城から動きたくないのか?」

 ただの出不精なのではないかと疑ったメーガンはそういってみるが、レドは首を振る。

「すべきことがある。それと、君の体のためでもあるんだ。古城の中では毒の沼の影響は軽減されるが、皆無というわけではない」

「ふうん」

 興味なく頷くが、続いて発せられたレドの言葉には目が丸くなる。

「代々の毒の王はそのせいで短命なのだからな」

「何だって」

「五十五年で、七代も替わっているのだが。変には思わなかったのか」

 言われてみれば、そうだ。レドを除いて考えても六代目のロミスが亡くなったのが二年前なので五十三年。五十三年で六代。

 一代で十年程度なので短命といえば、いえる。

「参考までに聞いてみたい。先代は亡くなった時いくつだったんだ」

「ロミスは三十二歳だった。しかし彼女の場合は負傷で亡くなった。参考にはならないかもしれないが、ロミスの前の五代目は三十六歳で亡くなったらしいからどの道長くはなかっただろう」

 あまりにも淡々と、レドはロミスについて語った。

 思わずメーガンは訊いてしまう。

「先代は師匠だったんだろう、レド。それもたぶん、二人きりでずっと修行していたんじゃないのか。私にはそういう相手がいないからわからないが、尊敬できる相手だったのか?」

「尊敬とか、そういうんじゃない。ロミスはぼくにとって、すべてといってもいいくらいの女性だった。師匠であり、先代であり、姉であり、全てだ」

「すべて、か」

 訊いたことを少し後悔した。何か胸元にざわめくものを感じたからである。

 ロミスという先代の毒の王が女性であったということにも驚いたが、そのロミスを姉であり全てでもあったというレドにもだ。

「ロミスについてはもういいだろう。それより、君には情報の収集を頼みたい。行ってくれるな」

「ああ」

 そうは言ったものの、今の話を聞いた後ではあまり行きたいという気にはならない。レドの近くにいたいと思っている。どうしてかは、自分でもわからない。

 レドが心配だからというのではないだろう。赤眼のラエニーを倒した相手に何を言っているのかという話になる。

 ではどうして彼の近くにいたいと考えるのか、理屈がつかない。自分でもわからないので理由をつけられず、結局メーガンは頷くしかない。

「そのくらいの情報はすぐに集めて戻る。大体、二十日くらいで戻ってくる」

「いいだろう。これは必要経費と給料だ」

 懐から金貨を三枚つまみ出したレドが、それをメーガンの前に置く。

 過剰だとは思ったが、金はあって困るものではないので受け取ることにした。金貨をすばやく仕舞い込むと、メーガンは蜂蜜酒を飲み干す。

 そのまま立ち上がった。

 今夜のうちに、出立するつもりでいる。

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