第0話:プロローグ 〜元弁理士のやれやれ系隠居ロジック〜
費用対効果コスパという言葉がある。
前世の僕――日本という国で『知財弁理士』として働いていた頃の僕は、この言葉を文字通り命の天秤にかけていた。
弁理士。それは、天才たちが命を削って生み出したアイデアや技術(特許)を、法律という名の鎧で守る職業だ。
泥水をすするような中小企業の開発者が、大企業の理不尽な横暴や知財略奪に涙を流す現場を、僕は数え切れないほど見てきた。そのたびに僕は、法律の隙間バグを突く『リーガルハック』を駆使して、数々の無能なパクリ経営者たちを合法的に奈落へと突き落としてきた。
――だが、最後にバグを起こしたのは、僕自身の人生だった。
他人の権利を守るために血を吐くまで働き、数億円の利益を会社にもたらした結果、待っていたのは無能な上司による手柄の横取りと、過労死という名のシステム強制終了シャットダウン。
他人の才能を搾取するだけの無能が上に立ち、現場が壊れる。
およそ非論理的で、コスパの悪い社会。それが前世の僕の、最悪の遺言だった。
◆
次に目を覚ました時、僕は異世界にいた。
最高神オーレン・バファメントが構築したとされるこの世界は、奇妙なデジタル社会だった。すべての人間は生まれた時に脳内に『魔導端末スマホ』と呼ばれる紋章を与えられ、日々の労働で得た『経験値』を課金することで魔法をダウンロードする。
前世の暗号資産さながらに、経験値がそのまま通貨として機能する世界。
そして転生した僕には、二つの異常なチート能力が備わっていた。
一つは、あらゆる物事の欠陥と構造を見抜く『万物監査(鑑定)』。
もう一つは、魔術の数式回路を自在に書き換える『魔導電算プログラム』。
(……やれやれ。こんなヤバい能力、まともに使ったら前世の二の舞だ)
前世で組織に使い潰された僕は、転生した瞬間から「絶対に目立たず、コスパ良く生きる」と心に決めていた。能力があれば搾取される。それが社会のバグだ。
だから僕は、能力を完璧に隠し、王都最大の魔道具工房『クミコ・ギルド』の最底辺で、ただの『書類係』として静かに暮らす道を選んだ。
前ギルド長だった初代の親父さんが生きていた頃は、まだ良かった。
僕は裏でギルドの複雑な契約書や特許羊皮紙のバグを完璧に処理し、ギルドの利益を最適化していた。親父さんも僕の有能さに気づき、それなりの隠居給与(経験値)をくれていた。
だが、半年前。親父さんが亡くなり、娘のクミコが2代目ギルド長に就任した途端、システムの雲行きが怪しくなった。
『ちょっとエイト! アンタ、ただの書類係のくせに私に意見する気!? 私の言う通りにデザインだけ派手な魔道具の書類を作りなさいよ! 嫌ならいつだってクビにして、スラムに叩き落としてあげるんだから!』
金色の縦ロールを揺らしながら怒鳴るクミコは、前世で僕の手柄を横取りした無能な上司、そのものだった。
彼女は、僕が裏でどれだけギルドの法的権利ライセンスを守っているかも知らず、ただの「いつでも替えが利く無能な書類係」として僕を雑に扱い、奴隷のようにコキ使い始めたのだ。
(……本当に、どこの世界に行っても人間のバグは変わらないな)
僕は丸眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、心の中でため息をつく。
いつでもこのギルドを合法的に破産させるだけの爆弾データは、僕の脳内に揃っている。だが、わざわざ自分から動くのはコスパが悪い。僕はただ、理不尽に耐えながら、静かに「次の出処スタートアップ」のタイミングを伺っていた。
――そんなある日。
ギルドの会議室から、凄まじい怒鳴り声と、一人の美しい女性が飛び出してくるのを見るまでは。
それが、僕の隠居ロジックを強制的に書き換える、傲慢ドSな天才職人ステフとの、最悪で最高の出会いだった。
(第1話へ続く)




