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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
最後の一手は、私のもの

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85話 負けを燃料に

夜。


奨励会の建物。


もう人はほとんどいない。


だが。


一つの部屋。


灯りがついている。


水瀬遥。


盤の前に座っている。


昼に負けたばかり。


完全敗北。


それなのに。


顔は沈んでいない。


むしろ。


少しだけ笑っている。


「……おもろ」


ぽつりと呟く。


盤の上。


あの対局。


雨宮戦。


最初から並べている。


パチ。


パチ。


駒音だけが響く。


何度も。


何度も。


同じ局面。


同じ手。


同じ敗北。


止まらない。


考える。


ずっと。


時間の感覚はない。


一時間。


二時間。


気づけば深夜。


それでも止まらない。


「なんでや」


小さく呟く。


怒りじゃない。


純粋な疑問。


パチ。


また同じ局面。


銀が打てない。


攻めが消える。


「……ああ」


手が止まる。


遥の目が少しだけ開く。


気づく。


「一本や」


静かな声。


「攻め方が一個しかない」


盤を見る。


自分の将棋。


ずっと同じ。


形も。


崩し方も。


勝ち方も。


「そら読まれるわ」


少し笑う。


自嘲じゃない。


納得。


「詰んでたん、最初からやん」


背もたれにもたれない。


姿勢はそのまま。


前のめり。


目は死んでいない。


むしろ。


さっきより鋭い。


「相手、関係なかったな」


ぽつり。


「誰相手でも同じ将棋やってた」


それは強みだった。


ブレない。


再現性がある。


でも。


同時に。


弱点だった。


「潰しやすい」


一言。


遥は駒を片付けない。


別の局面を作る。


同じ形から。


違う手。


パチ。


試す。


また違う手。


パチ。


また。


また。


「……増やすか」


口角が少し上がる。


「選択肢」


その目は。


完全に。


楽しんでいる。


負けた直後なのに。


むしろ今の方が。


楽しそうだ。


ふと。


机の端に目がいく。


一枚の紙。


見覚えのない棋譜。


対局者名。


雨宮澄人。


遥は少し首を傾げる。


「……あいつのか」


何気なく手に取る。


盤に並べる。


パチ。


パチ。


数手。


そして。


遥の手が止まる。


「……は?」


もう一度見る。


棋譜。


もう一度並べる。


パチ。


違和感。


強くない。


むしろ。


雑。


「なんやこれ」


眉をひそめる。


数手進める。


崩れる。


負ける形。


「……弱い?」


呟く。


でも。


次の瞬間。


昼の対局が頭に浮かぶ。


あの精度。


あの読み。


あの封じ方。


遥の目が細くなる。


「……ちゃうな」


棋譜を見る。


もう一度。


今度はゆっくり。


「これ」


一手一手。


追う。


そして。


気づく。


「研究してへん相手には、弱いんか」


静かな確信。


遥は少しだけ笑う。


「偏りすぎやろ」


でも。


その目は否定していない。


むしろ。


興味。


「おもろ」


もう一度言う。


今度ははっきり。


「めっちゃおもろいやん」


遥は棋譜を机に置く。


そして盤を見る。


自分の将棋。


一本。


雨宮の将棋。


一点特化。


どっちも極端。


だからぶつかった。


そして。


負けた。


遥は立ち上がる。


伸びをする。


疲れているはずなのに。


軽い。


「次は負けへんな」


誰もいない部屋で言う。


根拠はない。


でも。


確信はある。


遥は灯りを消す。


部屋を出る。


廊下は暗い。


でも。


足取りは迷わない。


水瀬遥。


負けた。


だが。


折れていない。


むしろ。


広がった。


物語は、


次の段階に入る。

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