空と海と空中街
奏太はテルの手をとって、向かい合った。
「テル、ありがとう」
「いかないで!」
「行かないよ。大丈夫」
奏太は目に涙を浮かべるテルの頭をそっと撫でた。
「テルが、俺がここにいてもいいと言うのなら、俺はどこにも行かないよ」
「ほんとう?」
「俺は嘘はつかないんだ」
よかった、とテルが微笑んだ。目尻に残る涙の粒を奏太が指で拭う。
「空中街はさ、この国の中で、唯一国を見渡せる場所なんだ」
この国は空中を嫌う。だから、空に近くなるような高い建物も存在していなかった。そんな中、見上げて頭上に見えるのは唯一空中街だけだ。
「空がすっごい広いんだ。地上に見える人は小さくて、家畜も小さい。もちろん家も。自分の存在なんてちっぽけに感じるくらい、空は広いんだ」
カナタは空中街に住んでいることを誇りに思っているようだった。自分が空中人であることも。
「俺、親父に聞いたことがあるんだ。海と空は、どっちが広いのかって」
「......どっちなの?」
「答えは、空だ」
そう言いながら、カナタはここから見える狭い空を見上げた。
「俺たちは、この空を持ってる。だったら空より小さい海くらい、きっと見れると思わないか?」
「見てみたいな。大きな空も、海も」
ここからじゃ、空中街に遮られて大きな空は見渡せない。空中、そして空を嫌う地上の人々にとって、空中街は空を遮る屋根なのだ。
でも。テルは違った。幼い頃から空中街の隙間に見える空を見上げては、なぜこんなにも美しい青い空を嫌う必要があるのかと疑問に思っていたのだ。
「空.......」
この公園から見える空も、ほんの少しだけだ。昼間の間、公園を半分ほど日に照らすことができる程度。もうとっくに日は暮れて、暗闇の中に星が見え始めていた。あれが頭上にどう広がっているのだろう。
「行こう、テル」
突然カナタが立ち上がった。
「行こう、空中街に!」
「えっ……」
「お前と一緒に、空が見たいんだ。お前にも見せたいんだ。この広い空を」
「で、でも……」
空中街に足を踏み入れることは違法とされている。もしバレたら……。
もしバレたら。
ーーカナタの見ている世界を私も見たい
バレたら......。
ーーカナタの夢を私も一緒に掴みたい
何も、怖くない。そう思った。カナタが一緒なら。
「カナタが一緒なら、私、空が見たい!」
「行こう!」
カナタがテルの手を掴む。
2人は駆け出した。