いかないで
「……」
今度はカナタが黙り込んだ。テルの目に、うなだれたカナタの首筋にある空中人の印が映る。空中人は地上の人と区別できるように、皆生まれてすぐに首筋に印を刻まれるのだ。今までは、カナタの少し伸びた髪の毛に隠れて見えなかったらしい。
もう、テルには会えない。奏太はそう思った。
「カナタ、私は……」
「いいんだ」
もう聞きたくないとばかりにテルの話をさえぎる。
「もう、来ないから」
もう来ない、来れない。テルには会えない。奏太が身を翻して立ち去ろうとした瞬間、何かが体の自由を奪った。
「っ…!?」
「いかないで」
奏太が見下ろすと、そこには自分の体に抱き付くテルの腕があった。
「いかないで」
テルが繰り返す。
「どう…して?」
地上の人間は、奏太たち空中人を忌み嫌っている。テルもその一人のはずだ。
「カナタが空中人だって別にいいの。私カナタのこと、好きだよ?嫌いになんかならないよ。もっとずっと一緒にいたいの」
奏太が目を見開いた。信じられなかった。今まで一度も、空中人を受け入れる地上の人間など見たことがなかった。いつも罵られ、虐げられ、そして…殺された。
――地上の人間なら、不法出国をしても死刑にはならないのよ......。
誰かの言葉を思い出した。
「テル…」
奏太は地上の人間を嫌ってはいない。国を支配する奴らが許せないだけで。だから、地上に降りてきた。地上の人間も空中の人間も、皆仲良く出来ればいいと願っているのだ。空中人は皆それを願ってる。
奏太がまだ小さかった頃、地上の女性と恋に落ちた空中人の若者がいた。二人は結婚しようとしたけれど、国はそれを許さなかった。空中人との結婚は犯罪だとして、その女性を空中街へ追いやってしまったのだ。けれど女性は言っていた。これで良かったのだと。
「私は彼と一緒にいられればそれでいいの。地上の皆は空中街を地獄のような場所だと思っているけれど、本当はとても素敵な街だわ。ここに来れて、良かった」
笑顔でそう言ったその女性は2年前、病気で亡くなってしまった。
彼女からは地上のいろいろなことを教わった。この国のルールを決めている人間が誰なのか、地上ではどんな生活をしているのか、そして、地上の人々が空中人をどう思っているのか……。
そうだ。1人いたんだ。1人、空中人を愛してくれた女性が。




