ウミ
それから毎日、テルと奏太は公園で待ち合わせをした。一緒にいられる時間は少なかったけれど、二人で過ごす時間はとても楽しくて、不思議だった。多くを語り合うこともなく、ただお互いの存在を感じるだけで不思議と心が暖かくなる、そんな何かを感じていた。
そんなある日、カナタがふいに一言呟いた。
「俺、いろんな世界を見るのが夢なんだ」
「世界?」
カナタの言葉にテルは首を傾げる。
「うん。俺達は、まだ狭い世界しか知らないんだ。この国と空中街、俺らの知っている場所といえばこの2つくらいしかないだろ?でも、外にはまだまだいろんな場所があるんだ」
テルたち一般市民は、国の外に出ることは禁じられていた。ただ唯一、国に認められたカリウド達だけが資源を確保するために外に出ることを許されている。だが、食料等は基本的に一般街のそばの畑や牧場で育てられているので、外の世界について知る機会は殆どなかった。
「国の外には出ちゃいけないもの」
「それは、この国が勝手に決めたルールだろ、俺らの行動を制限できるもんなんてなにもないんだ」
カナタはテルに、自分の知っている外の世界についてを話してくれた。それはテルが今まで学んできた何よりも面白くて、そして聞いたことのない話ばかりだった。
「外の世界には、ウミってのがあるんだ。そこにはサカナっていう生き物が泳いでるんだって。ウミは空の色なんだ」
「うみ?」
「ああ。真っ青で、広くて、深いんだ。他にも、モリとか、ヤマとか、カワとか、大地は色んな形をしてるんだ。見たことのないような生き物がたっくさん住んでるんだぜ」
「どうしてそんなことを知ってるの?」
テルの聞いたことのない外の世界。本当にそんな場所は存在しているのだろうか?
「そんな話、今まで聞いたことないよ」
そんなテルの問いかけにもカナタは自信ありげに答えた。
「俺の親父は、冒険家だったんだ。外の世界に出て、色んな場所を見てきた。親父はじいちゃんから外の世界の話を聞いて、どうしても外の世界を見たかったんだって」
「カナタのおじいちゃん?」
「ああ、じいちゃんのじいちゃんが子供だった頃は、まだいろんな世界を自由に生きることができる時代だったんだ。俺の家族はずっと、外の世界について語り継いできたんだ」
「すごい!」
テルの目がキラキラと輝く。カナタはそれをみて、なぜか少しさみしそうな顔をした。
「どうしたの?」
「俺の親父、外の世界に出ているところをカリウドに見つかって、殺されちまったんだ」
「えっ……」
外の世界に出ることはご法度。見つかれば死刑は免れない。
「打ち首だよ、もう誰も外に出ないように、見せしめにされたんだ」
「そんな……死刑だなんて、どうして……」
悲しそうな顔をするテルの頭をポンとなでて、奏太は続けた。
「でもな、俺はそれでも親父を誇らしく思ってるんだ。俺もいつかは、必ず外の世界に行ってみせる」
「カナタも?」
「ああ。俺は、世界のすばらしさを知ってる。だから、死んだっていい。それをこの目で見ることができるなら、それでいいんだ」
意を決したようなカナタの力強い言葉に、テルは何も言うことができなかった。
「暗い話になっちまってごめんな。テルにも外の世界を知ってもらいたくてさ」
申し訳なさそうに頭をかくカナタ。
「いいの、すごく面白かったし、話してくれて嬉しいよ」
「そっか」
奏太にとって、自分の話をまともに聞いてくれたのはテルが初めてだった。周りの人々はみな見せしめに殺された父親のことを馬鹿にし、罵った。父のせいでこっちにまで支配者からの危険が及ぶかもしれないじゃないか、と。そんな父の自慢をする奏太のことを愚かだと口々に言った。
「俺、この話をしたの、テルが初めてなんだ」
父親のことを知らない人間に、この話をするのはテルが初めてだった。なぜ話そうと思ったのかはわからない。ただなんとなく、テルなら大丈夫なのではないかと感じたのだ。
「……」
突然、テルが黙り込んだ。
――昨日未明、不法出国の罪で空中人の男が確保されました。男は40代半ば、何度も不法出国を繰り返していたと見られます。
――男には死刑が決定しました。本日正午に中央広場で行われます。
テルは思い出した。数年前、不法出国で死刑にされた空中人がいるという知らせがあったことを。
[テル?」
「あなたは……空中人?」