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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第一章 奴隷勇者編
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生き残る

 あれから三日が経過した。

 俺達は未だにこの牢獄のような施設の中にいる。


「俺たちってこのまま帰れずに死んでくのかな……」

「高杉、お前まで弱気になってどうするんだ」


 今日の訓練を終了させた俺達は、ここ数日で寝泊りするのにも大体慣れてきた約三畳ほどの独房めいた小部屋の中で言葉を交わしていた。

 これは八木さんが死んでからずっとのことはであるが、今日の高杉はいつも以上にローテンションだった。


 ちなみに俺達が今いる小部屋は食堂部屋の下の階にあり、部屋が全部で20しかないことから大多数のクラスメイトが一つの部屋を二人で使っていたりする。

 消灯時間も厳格に定められており、その時間になると部屋に一つしかない扉が自動が閉まって朝まで出られなくなるが、それまでは部屋間を行き来するのは自由で誰と一緒に部屋を使っても文句を言われない。

 その辺自由でいいのかよと思うが、ディアード達からしてみればこんなことは些事なのだろう。

 あいつらは俺達を殺しあわせようとはしても、それ以外の事で必要以上に俺達の人権を侵害するつもりはないようだ。


 そして俺と高杉はなんとなくといった流れでこれまで共に同じ部屋を使っている。

 部屋内に設置されたむき出しの洋式トイレを使う時が少し気まずいが、それ以外ではまあ良好な共同生活ができているように思う。


 狭い部屋ながらも住めば都というやつか。

 俺は右手の傷に薬(召喚された時持っていたカバンの中に薬と包帯は入れてあった)を塗りながらそんなことを考えていた。


 何気に練達の加護が再生能力にも影響しているのか、手の怪我の治りがかなり早い。

 数ヶ月単位での治療が必要だったその傷穴はここ数日で半分近くが塞がっていた。


、また、俺の目の前では、対面のベッドに座る高杉が生徒手帳を開いてペンを走らせている。

 これは高杉の相部屋生活をしている中ではよく見る光景だ。


「なあ高杉」

「ん?」

「前から気になってたんだが、毎日手帳に一体何を書いているんだ?」

「日記。ここに来てから色々あるからな。書くことには困らないぜ」

「へえ」


 日記か。

 まあ娯楽が無いこの施設でする暇つぶしの一環としては悪くない。


「それに多分……ここに俺がいたって証を残しておきたいんだろうな」

「…………」


 高杉はわりと重い事を考えていたようだ。

 それってつまり自分が死ぬかもしれないと思っているって事じゃないか。


「……俺達は必ず生きて元の世界に帰るんだ。だからあまり思い悩む事はするなよ?」

「ああ。サンキューな、白瀬。お前やっぱ良い奴だな」


 何をどう捉えたらそういう結論になるのやら。


 俺は高杉の言葉を聞いて肩を竦めつつ、手の治療を終えて硬いベッドの上に横たわる。

 その後、消灯時間となって部屋内の結晶光が弱まったのを見て、俺はゆっくりと目を閉じた。






「本日は二人一組による実戦訓練を行う」


 翌日の午後。

 ここ最近ゴブリンと戦うことで毎日使われている大部屋に俺達が集められると、ディアードの声が部屋の奥から響き渡った。


 二人一組、か。

 ということは今回から相手はゴブリンじゃなくなるのか?


「お主達もゴブリン程度ではもはや物足りなくなっていると思ったのでな、次のステップに移らせてもらう」


 ディアードがそう言うと、檻に入れられた一匹のオオカミのような生き物が運び込まれた。


 そのオオカミは全身が黒い体毛で覆われており、二本の犬歯が剥き出しとなっていて非常に獰猛な雰囲気を醸し出している。

 ゴブリンの時はリアルで初めて見る形の生物だったから戸惑ったが、こっちは見た目でどういう風に厄介なのかがすぐにわかった。


「名はデットウルフ。俊敏な動きで追い回し、群れのチームワークによって確実に獲物を狩る事を得意とする魔物だ」

「……つまりそいつが俺たちの相手ってことか」

「その通りだ」


 坂本の呟きにディアードが答えた。


 やはり今回からあのオオカミと戦うことになるのか。

 しかも二人一組でと言うからには強さもそれ相応なのだろう。


「ちょっと待て。二人一組という事は一人だけペアを組めない奴が出るんじゃないか?」


 と、そんな時柳の口から尤もな疑問が出た。


 確かに今の俺達の人数は35人で奇数だ。

 どうあっても一人あぶれることになる。


「……11番だけは一人で今回の訓練を受けてもらう。異論は無いな? 11番」

「ああ、いいぜ」


 けれどその疑問もすぐに解決した。

 ディアードの指名を受けた勇者番号11番の黒川は一人で訓練を行うという例外措置が設けられた。


「えっと……黒川、本当にいいのかい?」

「あの程度なら楽勝だろ」


 心配そうに相沢が黒川に声をかけるが、黒川は全く動じずに楽勝と答えていた。


 この自信はどこから出てくるんだ。

 よほど自分の力に自信があるということなのだろうか。


 実のところ俺は黒川についてよく知らない。

 クラスの中でいつも一人でいるし(これは人の事を言える立場じゃないが)、ここにきてからも常に一人で行動しているところをよく見かける。


 一応ディアード達が定める加護の判定はAらしいのだが、俺は黒川が加護を使ったところを一度も見た事がない。

 多分他のクラスメイト達も知らないんじゃないだろうか。


「お喋りの時間は終わりだ」


 俺達が黒川に訝しむような視線を送り続けていると、ディアードが手を鳴らして注意を向けてきた。


「それでは訓練を開始する。1番と15番以外は部屋から出ろ」


 ……ペアは向こうが勝手に決めるのか。

 1番と15番ってことは相沢と坂本だな。


 どっちもAグループなのはただの偶然か。

 それともそうなるように仕組んだのか。


 俺はディアード達の目論見を邪推しつつ、別室にて覆面連中による監視の下、クラスメイト達と剣の稽古をしながら自分の番を待ち続けた。






「18番、21番、部屋の中へ」


 どうやらわざとこういった組を作っているようだ。

 勇者番号18番の俺と勇者番号21番の高杉は互いに目を合わせ、若干呆れ混じりのため息をつきながら部屋へと入った。


 こうまで露骨だと疑問の挟む余地は無い。

 ディアード達はAグループならAグループ同士、CグループならCグループ同士でペアを組ませていた。

 俺達の番がくる前のクラスメイト達もそんな分け方だったし、もはや確定だろう。


 つまりわざわざ強い者と弱い者を分けてこんな訓練をさせている。

 そのことが意味しているもの、それはこいつらが俺達を間引こうとしているということだ。


「俺たちは絶対死なないかんな」


 どうやら高杉もそれを理解していたらしい。

 高杉は俺の前に拳を突き出しながらそんなことを言った。


「当然だ。俺達は絶対生き残る」


 ここで死ぬ気なんて一切無い。

 俺は高杉の拳に自分の拳を当てた。


 そして俺達は部屋の中央へとたどり着く。

 床には既に鉄剣が二本置かれており、俺達は一本ずつ手に取った。


「それでは18番と21番の実戦訓練を開始する」


 ディアードがそう宣言すると、奥の扉が開いて例のオオカミが現れた。


「…………! 一匹だけじゃないのかよ!」


 俺は驚きの声を上げた。

 高杉も俺ほど驚いているわけではなさそうだが隣で息を呑んでいるのがわかる。


 俺達のところへ駆け寄る黒い猛獣は二匹。

 予想通りゴブリンなど比較にならない速さで迫ってくる。


「一匹は任せたぞ!」

「わ、わかった!」


 俺は回り込もうとしているオオカミの方を高杉に任せ、目の前にやって来た方へと剣を向けた。

 その直後、二匹は同時に俺達へと牙を剥く。


「ぐっ!」


 俺は目の前までやってきたオオカミの牙へ剣を振る。

 ガキィン!という硬質な音が鼓膜を揺らし、敵は後方へと下がった。


 どうやら口元を切ったらしい。

 オオカミの口から赤い血が滴り落ちている。

 だがその程度では俺を食うのを諦めないらしく、すぐさま俺の懐へと飛び込んできた。


「シッ!」


 けれどさっきまでのスピードと比べると明らかに遅い。

 歯を打った時に脳でも揺さぶられたのだろう。

 俺は冷静にそう判断し、刀身を横にして振りぬいた。


 タイミングを合わせたその一閃はオオカミの胴体を深く切り裂く。

 その結果オオカミから大量の血が溢れ出し、その場に倒れ伏した。


「高杉! 大丈夫か!」


 それを見て仕留めたと確信した俺は、背後で戦闘を行っているであろう高杉の方を振り向く。

 すると高杉がオオカミ相手に剣を振って牽制をしているのが見えた。


「そっちはやれたのか! なら助太刀頼む!」

「ああ、わかった!」


 高杉からヘルプがかかったので、俺は意趣返しにオオカミの背後を取ろうと走り出す。


 が、高杉が何かに気づいた様子で俺の背後に目を向け、突然叫び声を上げた。


「白瀬後ろ!」

「!?」


 俺が背後を振り向くと、奥の扉から更にもう二匹のデットウルフが此方に向かってくるのが見えた。


 つまりあいつらは先行した二匹に意識が向いた俺達をこっそり襲うつもりでいたということか。

 高橋が気づかなければ俺はやられていたかもしれない。


 だが今ならまだ間に合う。

 俺は体勢を立て直して迫りくる二匹のオオカミを――


「え?」


 オオカミ達は俺をスルーして駆け抜けた。

 まるで最初から俺を狙っていなかったかのように、二匹は最高速度を維持したまま俺の横をすり抜けていった。


「うあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「!」


 そして背後から悲鳴が上がる。

 振り向くとそこには足と腕をオオカミに噛みつかれた高杉の姿があった。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は高杉の太ももに噛み付いたオオカミに剣を突き刺す。

 するとそのオオカミは高杉から離れ、手負いながらも俺を警戒するように唸り声を上げた。


「あっがぁ!?」

「くっ!」


 俺がそのオオカミに目を向けていると、今度は高杉と睨みあっていた方のオオカミが高杉の脇腹に食いついていた。


 こいつらは先に高杉を仕留める気らしい。

 俺は目の前で唸るオオカミから目を逸らし、高杉を襲っている二匹に向けて剣を振るった。


「高杉から離れろ! この!」


 一匹は脳天をカチ割って即死した。

 だが、もう一匹の方は俺の攻撃がくる前に高杉からスッと離れていく。


 俺は一匹仕留められなかった事に舌打ちをしつつも、剣を構えなおして高杉に声をかける。


「高杉、大丈夫か?」

「……か、……あ……」

「…………」


 視線は二匹のオオカミから離す事が出来ないから、高杉が今どんな状態なのかを正確には把握できない。

 だが高杉が重傷であるということは見ずともわかった。


「……ちくしょう」


 俺は小さく呟き、歯を食いしばる。


 なんだこれは。

 一体どうしてこうなったんだ。


 つい最近まで普通の学生をしていたはずなのに、何を間違えてこんな状況に陥ったんだ。


 理不尽すぎる。

 この状況はあまりに理不尽だ。



 俺は手負いだった方のオオカミへ向けて走って剣を振るう。

 足を負傷して碌に動けなかったそいつは、胴体を切り裂くように放った俺の剣の前にあっけなく息絶えた。


 そしてその直後、健在だった最後の一匹が俺に牙を向ける。

 どうやらこいつは手負いを囮にしたようだ。

 振りぬいた剣をすぐに戻すことはできない。


 だが無駄だ。

 俺はわざと体勢を傾け、目の前に迫ったオオカミの眼光へ向けて蹴りを放つ。

 それによりオオカミの左目は潰れ、ギャウンという悲鳴を上げながら床を転げまわる。


「フッ!」


 そして俺は床に横たわるオオカミに追いすがり、そいつの胴体へと剣を突き立てた。

 するとオオカミはのた打ち回ったが、しばらくすると動きを止める。


 こうしてデッドウルフ四匹全てを始末し終えたことを横目で確認すると、俺は高杉の方へ顔を向けた。


「高杉! やったぞ! これでぜん……ぶ……」


 俺はこの戦いが終わった事を高杉に告げようとした。

 しかしそんな言葉は途中で止まってしまう。


「たか……すぎ……」


 横たわったまま動きの無い高杉に向けて俺は走り寄った。

 そして俺は高杉を抱きかかえて顔を見る。


 高杉の目にはもう生気がなかった。


「…………」


 高杉は死んでいた。


 高杉は腹を食い破られ、死んでいた。


 死んで……いた……


「また生き残ったか、18番」

「…………」


 ディアードの声が聞こえてきた。


「私が憎いか?」

「…………」


 憎いか、だと?

 そんなこと、当たり前じゃないか。


 こんなことになった原因はなんだ。

 俺達がこんな目に合っているのは誰のせいだ。


 それは、この声の主、ディアード・レイヴンに他ならない。

 こいつが俺達をこの世界に呼び出し、こんな戦いを強いている張本人なのだから。


「……ああ、憎いな」


 だから俺はディアードの方を向き、静かに言葉を紡いでいった。


「俺はお前が憎い。殺してやりたいほどにな」


 冷たくなっていく高杉を腕に抱き、俺は悲しみや怒りをディアードへの殺意へと昇華させていく。


「……私を殺したい、か」


 俺が殺意を向けると、ディアードは冷酷な表情を崩さずに呟いた。


「それでいい」


 それでいい。

 ディアードはその時、俺に向かって確かにそう言っていた。


 高杉が死んだ事で頭が一杯だった俺は、なぜこの男がそんなことを言ったのかわからなかった。

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