グループ分け
異世界召喚から三日が経過した。
まあその間ずっと牢獄のようなところにいるから、あんまり異世界にきたという実感は湧かないし三日というのも確証はないのだが。
けれど魔法や加護といった不可思議な現象があるため、俺達のいた世界とは違う法則が生きた世界にいることは確かなんだろう。
今も俺はその加護の力を実感し、「ふぅ」とため息をついていた。
「7秒ってところか」
俺達は最近の日課となっている早朝の体力測定を行っていた。
そして俺は、運動用の大部屋でおよそ100メートルはあろうかという距離を全力疾走した。
近くには白い覆面で顔を隠した連中が俺達の出した結果を紙に記録している。
そこに書かれた内容は俺の知らない言語であったので読む事はできなかったが、口頭で教えてもらったところ、タイムは7.21秒だった。
この世界の物理単位が俺達のいた世界と同じなのかわからないが、体感的にもそれくらいだったのでおそらくは同じなのだろう。
つまり今俺は100メートルを7秒程で走り抜けたという事になる。
ボ○トもジョ○ソンも真っ青なスピードだ。
それに昨日測定した時よりも更に1秒以上早くなっている。驚異的な向上速度だ。
だがこれは他のクラスメイトにも同じことが言える。
中には6秒台で走りぬける奴もいるし、遅い奴でも9秒台。
俺達は確実に元の世界の常識から逸脱し始めていた。
なんでこんなことになっているのかというと、これは俺達全員にデフォルトで備わっている『練達の加護』による効果らしい。
『練達の加護』は言ってしまえば成長力への補正。体や技術を鍛えれば数十倍、数百倍、数千倍という能率で効果が現れるようだ。
しかもその成長には限界が見えない。
普通どれだけ鍛えようが人間の足で7秒台は無理だろうと思うのだが、この世界では普通にできてしまう。
けれどこれくらいの身体能力を持つ人間はこの世界にもそこそこいるようだ。
体力測定の結果、俺は体力C+、筋力C+、頑丈D、敏捷C、精神D+、総合評価C-という基準がよくわからない判定をつけられたのだが、この施設で俺達を見張っている連中は全員が総合評価C以上なのだそうだ。
実際木剣を使った模擬戦闘訓練で相手をした甲冑兵士は俺より早く動けていた。
しかしそれも後数日あれば、速度の面では追い越せるような気にさせるのがこの練達の加護の凄みと言えるだろう。
ちなみにディアードが言うには、歴史に名を刻む偉業を成し遂げた者の多くはこの加護を持っていたとのことだ。
だったら俺達が四人になるまで殺し合わせたりせず、その偉業を成し遂げられるだけの素質に任せてそのまま36人で魔王倒しに行ったほうが良いような気がするんだが。
それとも魔王はそんな偉業を成し遂げる程度のレベルでは倒せないほど驚異的な存在なのか。この辺情報が少なすぎてよくわからない。
まあ、なんにせよ四人になるまで俺達が殺しあうことはおそらくないだろう。
俺達は殺し合いとは無縁の平和な国の中で育ってきた人間だ。
唐突に殺しあえなどと言われても「はいわかりました」とはならない。
しかも殺す相手はそれなりに気心の知れたクラスメイトだ。
見ず知らずの他人を殺すよりも更にハードルが高い。
だから俺達は殺しあったりなんてしない。
これまで培ってきた俺達の倫理観はそうそう壊れない。
それに猶予100日の間に逃げるなり交渉するなりでこの状況をなんとか打開できればいいわけだしな。
もとの世界に帰る方法を考えるのはそれからだ。
この時の俺は軽い気持ちでそう考えていた。
「おっす白瀬。調子はどうよ?」
午前の体力測定と能力測定(その間俺だけ暇なので一人筋トレ。そのおかげか俺の体力と筋力は他のクラスメイトと比べて若干高い部類になっている)、それに木剣を使った戦闘訓練等が終了し、昼飯を食べるためにかび臭い食堂へ移動していると背後から高杉が声をかけてきた。
高杉の言う調子というのはおそらく体力測定の件についてだろう。
「ぼちぼちだ」
「ぼちぼちか、それじゃ加護の方は?」
「…………」
「……やっぱまだ無さそうか」
加護。
それは三日前、俺だけが手に入れられなかった『勇神の加護』のことについてだ。
高杉はこの三日間ちょくちょく俺に訊ねてくる。
まあそれを訊ねてくるのは他にも数人いるが。
「あんま気を落とすなよ。別に加護があってもなくても大して関係ないのだっているんだから」
加護があってもあまり関係ない、か。
それは高杉自身の事を言っているのかもしれないな。
高杉陸の加護は『補聴の加護』という能力強化系の加護の一種らしく、耳の聞こえが異常に良くなるのだそうだ。
だがそんな加護を手に入れても戦闘では役立たずだ。
正直、勇者が己の切り札として手に入れるような加護ではない。
そのことを高杉も理解しているようで自嘲気味な発言をする事が多い。
まあだからこそ、加護が得られなかった俺へ気軽に話しかけられるのかもしれないけどな。
「おっとお? 無能の白瀬のご登場だぜ」
「暢気に飯なんか食ってていいのかよ」
「『練達の加護』だけが頼りなんだからもっと鍛えないと駄目なんじゃねーの?」
「「…………」」
食堂に入ると、先にトレーニングを終わらせていた柳、曽我、多田野が声をかけてきた。
ホント、高杉みたいなのがいて良かった。
クラスメイトの中には柳達みたいに俺を笑いものにする奴もいるからな。
「腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ。わざわざ飯時にまで難癖を付けるな」
「ふん、難癖とは心外だな。俺達はお前のことを思って言ってやってるんだぜ?」
「そうそう、お前は人一倍頑張らないと真っ先に死んじまいそうだからな」
「それを言うなら高杉も一緒か!」
随分な物の言いようだが、もしも本当に勇者同士で殺し合いになったとしたら俺達が生き残れる可能性はかなり低いのも確かだ。
とは言っても、こいつらもそこまで大した加護を持ってるわけではない。
柳は幻影を出現させる『幻影の加護』(ただし効果範囲が狭い上に使用すると柳が光るから使っているのがバレバレ)で曽我は足が速くなる『早足の加護』(だが意識が追いつかないらしく精々2倍速が限界。俺の認識では奏の加護の劣化版)、多田野は手で触れたものの性質を強化する『強化の加護』(ただし無機物のみ)という、あるに越したことはないものの性能が若干微妙という加護を持っている。
一応三人とも加護の判定はBランクだが、直接的な攻撃力のある加護や別次元の戦いができる加護と比べるとどうしても見劣りする。
「おやおやおや? どうしたのかな君たち?」
「「「「「…………」」」」」
そう。
例えばこいつ、水谷正太郎の加護『龍炎の加護』のような超攻撃的加護と比べると、な。
「……チッ、なんでもねえよ」
「さーてと……さっさと飯にすっかな」
「あー腹減ったなー」
柳達三人は水谷がニヤニヤしながらやってくるのを見て即座に退散していった。
強い奴に対して弱すぎだろお前達。
その強い奴が水谷だっていうのが凄い違和感だが。
「ふふふ、大丈夫だったかい、君たち?」
「……ああ、まあな」
「別にあいつらから何かされたわけでもないしな」
「そうだろうそうだろう! ま、何事もなかったのは僕のおかげでもあるけどね!」
「「…………」」
まあ……助けてくれたのは確かなんだろうが、素直に喜べないな。
最近コイツは強力な加護を手に入れて自信がついたためか性格が若干変わったように見える。
前までは消極的な性格で今みたいな出来事があっても助けようとはしなかっただろうに。
「ま! また何かあったら僕を頼るといいよ! この『龍炎の勇者』こと水谷正太郎にね!」
「「お、おう」」
いずれ黒歴史になりやしないかと心配ではあるが、別に悪いことをしているわけじゃないからこのままにしておこう。
隣にいる高杉も苦笑いをしているけれど、水谷に何かを言う気はないようだ。
「それじゃあ僕もこれで失礼するよ。『Aグループ』の皆が待っているからね!」
「ああ、またな」
「助けてくれてサンキューな」
「うんうん! それじゃあまた!」
そして『龍炎の勇者』こと水谷は高笑いをしながら俺達の下を去った。
あいつの言動から察するに、Aグループのところへと向かうのだろう。
「……にしてもAグループか。水谷もあのグループ分けを使う気か」
俺達はディアード達の判断基準で加護の有用性が高い順にAグループ、Bグループ、Cグループ、Dグループの四つのグループに分けて呼ばれている。
Aグループは問答無用で強力であると判断された加護持ちの奏や水谷……それに葉山さんといった人物が所属するグループで、BグループはAグループに劣るものの戦闘でそれなりに有効である柳達のようなのが所属している。
そして戦闘では直接あまり役に立たない加護持ちをCグループ、最後に役立たずの烙印を押された俺や高杉のような奴が所属するDグループというような分け方だ。
グループ分けしたからどうしたって話なのだが、これを聞いた一部のクラスメイト(柳達も含む)が自分より下位のグループをいびるような構図が自然に出来上がってきてしまっていた。
これはもしかしたらディアード達の思惑なんじゃないかと思わないでもない。
俺達の関係を悪化させて競争心や敵対心を煽っている、とかな。
どうせあいつらの本命はAグループの十人なんだから、それ以外のグループの連中と関係が悪化しようが何の不都合もないだろうし。
「まあ水谷はそこまで害になるとは思えないからあのままにしておこうぜ」
「そうだな」
だが中には水谷のように下のグループを気遣って(?)助ける奴もいるから、今のところそのグループ分けで対立するとかそういう酷いことにはなっていないんだがな。
それにグループ分けをしたからといって他のグループと仲良くしちゃいけないというわけでもない。
現に昼飯(今日はパンと水とオートミールのような何か。味悪し。俺が作ったほうがまだ美味いものを食える)をトレイの上に貰って席に付くと、俺の隣にAグループの奏がやってきたりする。
「隣いいかしら?」
「毎回聞かなくてもいい。別に拒否する事は無いから」
「あら、そう?」
ここに来てからというもの、奏は食事時になると毎回俺の隣に座るようになった。
これも恋人の真似事の一環で周囲の人間に「私達付き合ってるから」的アピールをしているのだとか。
それに奏はAグループの人間だ。
奏がこうしてDグループの俺達と普通に接しているという雰囲気を出していければ、グループ間で変な対立が起きる可能性を抑えられるんじゃないかという打算もあったりもするのだろう。
「……それで綿貫さんも毎回ちゃっかり俺達の中に入ってるのな」
「ぎくぅ!」
「いやぎくぅて何だよ。そんなこと普通に口で言う奴始めてみたぞ」
「テヘ☆」
「テヘって……いやまあいいけど」
そして何故か転校生の綿貫さんも一緒に卓を囲んでいる。
ここへきた最初の日以来、彼女は俺達といることが多い。
ちなみにこの転校生はCグループだ。
「まあまあいいじゃないですか。私って転校生だからお友達いないんですよ」
とはいっても、この転校生はなかなか気さくっぽいから友達くらいすぐに作れそうな気がするけどな。
「それとも私がいるとご飯不味くなっちゃいますかね? それでしたら私はあっちのほうで一人飯としゃれこみますが」
「いやいいから。ここにいていいからトレイ持つ手を仕舞え」
飯が不味いのは元々だが、ここから彼女を追い出して一人飯させたんじゃそれこそ飯が更に不味くなる。
多分こいつも止められることがわかってて言っているんだろうが。
「私も綿貫さんと一緒に食事するのは悪くないと思っているわよ」
「そそ、白瀬も別に綿貫さんを追い出そうとか考えて言ったわけじゃないだろうしさ。あ、勿論俺も綿貫さんと一緒にメシ食うの賛成派だぜ?」
俺に続いて奏と高杉も転校生の同席を承諾する言葉を出した。
まあ結局、ここで俺達四人が固まって食事を取るのはここ最近の流れだったしな。
この二人が拒否するとは初めから思っていなかった。
「へへっ、皆さんありがとうございます」
転校生は鼻の下を指で擦しながらお礼の言葉を口にする。
その後、俺達は談笑しながら大して美味くもない食事をゆっくりと平らげていった。
談笑といっても、高杉と転校生が笑いながら喋ってるのに俺と奏が相槌を打つってカンジだが。
俺達はここに来た当初は悲観的に考えもしたが、こうして普通に笑いあったりもできたりする。
家には帰れないし飯は不味いし寝床は硬いし風呂にも入れない。
おまけに俺達をここへ呼び寄せた連中からは殺しあえとまで言われる始末。
どう考えても状況は最悪なはずなのに、それでも俺達は笑うことができていた。
それはひとえに自分と同じ境遇に立たされた仲間がいるおかげだろう。
これがもし自分一人、こんなところに飛ばされでもしていたなら、笑えるようになるのには相当時間がかかったはずだ。
そしてこの三日間、クラスメイト全員が健在であるということも大きい。
加護のおかげで身体能力が急上昇したおかげか、慣れない環境で体調を崩すという事もなく、誰もが健康そのものだ。
また、多少ギスギスした口喧嘩程度はあっても殺し合いにまで発展する気配は無いというのも俺達の精神にゆとりを与えてくれている。
やはりここにいるクラスメイトは仲間なんだ。殺しあうような間柄にはならない。
そう信じられるからこそ、俺達は落ち着いて仲間と笑いあうことができていた。
できていたんだろう。
けれどそれも長くは続かなかった。
そんな薄氷を履むかのような俺達の平穏は、あっけなくぶち壊されることとなった。
能力比較
一般成人男性
総合評価E
白瀬鋼
体力C+、筋力C+、頑丈D、敏捷C、精神D+、総合評価C-
高杉陸
体力C、筋力C-、頑丈E+、敏捷D、精神C+、総合評価D+
白上奏
体力C、筋力C-、頑丈D+、敏捷C(B)、精神B-、総合評価C