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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
40/43

爆発

 俺達が振り向いた先にはディアードと奏の姿があった。


「奏! 無事だったか!」

「ええ、なんとか。君も無事そうでよかったわ、鋼」


 それを見て俺はまず奏の生存を喜んだ。

 相沢達は死んだ前提で話していたから不安だったが、彼女はそんな簡単に死んでしまうようなタマではなかったようだな。


「けれどそれもあまり良い状況とは言えないわね」

「……ああ、そうだな」


 そして次にディアードの方に目を向ける。


 この男は確かあの施設で坂本に首を撥ねられて死んだはず。

 なのにどうして生きているんだ。


「不思議かね、私が生きていることが」

「……不思議もなにも、お前は死んだはずだろう?」

「私も低く見られたものだな。万が一、お主達が我々の予期せぬ力で反乱を起こした場合にも対処できるよう予防線を張っていたとしてもおかしくはあるまい?」

「う……」


 つまりあの時死んだディアードは影武者か何かだったということか。


 だが予防線を張るのであれば施設の防衛力ももっと高めておいてもよかったんじゃないか?

 結果的に俺達はここまで逃げる事に成功しているわけだし。


「お主達がどこかのタイミングで脱走を試みることも想定の内だ。それに脱走したとしてもこうしてすぐお主達を発見できる」

「すぐに発見できる……だって?」


 まさかと思い、俺は自分の首に未だつけられたままの首輪に手を触れる。


「お主達につけた枷は何も拘束するためだけのものではないということだ」


 するとディアードはニヤリと薄く笑ってそう言った。


 どうやら当たりのようだ。

 この首輪は俺達の居場所を特定するための発信機にもなっているということか。

 だとするとどこへ逃げようとも俺達はディアード達から逃げ切る事なんてできなかったということになる。


「……それなら随分迎えに来るのが遅かったな。俺達が脱走してもう二週間だぞ」

「それは我々の力不足と言うしかあるまい。遅くなってすまなかったな」


 いや謝られても困るというか、むしろ迎えにくるなという話なんだが。


 というかここに来る前にこいつは何をしていたんだ。

 もしかしてこの場にいないクラスメイト達を一人一人捕まえていたのだろうか。

 可能性としては高そうだな。


 それにこのタイミングまで姿を現さなかったのは俺と相沢達が争いを始める事を見越しての算段だったのだろう。

 自分達の意思で殺し合いを始めてくれるのなら、こいつらにとって大歓迎と言えるはずだ。


「だが私が姿を現した以上、お主達を全員回収させてもらおう」

「……がっ!?」

「ぐぅ!?」

「く……!?」


 しかし俺達は殺し合わなかった。


 結果、ディアードは一切の容赦を見せず、俺達の動きを首輪に備わった力を発動させて拘束してきた。

 その魔法に俺達は誰も対処できずに奏以外の全員が地面へ這いつくばる。


「……あっけないものだな。世界の命運を左右する勇者がこの程度の拘束に屈服するとは」


 ディアードは俺達を見下ろしてそんな事を呟いていた。

 まるでそれは俺達の無力さを嘆いているかのように。


「やはりまだ数が多すぎるということか。帰還次第早速何人か間引くこととしよう」

「!」


 間引く。

 それはつまり俺達の中からまた死者が出るということに他ならない言葉だ。

 このままではまた俺達はあの殺しあいをする空間に逆戻りになる。


 そんなこと……されてたまるか。


「ぐ……くそ……うご……けぇ……」

「……ほう」


 俺は地面に這いつくばりながらも全力でディアードの拘束に抗い始めた。

 それにより全身から激痛という名の悲鳴が上がるが、そんなことは知った事ではない。


 今この場で何とかしないと俺達は施設に戻される。

 そうなったらもう二度と脱出することはできないかもしれない。

 少なくと前回の脱出より遥かに難易度が増す。

 ディアード達はより万全を期すだろう。


 だからここでなんとか俺達はこの男から逃げきる必要がある。

 俺達の明日のため、俺達の自由のために。



 俺は首輪に手をかけた。



「ぐ……」


 本当にいいのだろうか。


 この行為が安全だという保障はどこにもない。

 むしろ俺は今とんでもなく馬鹿な事をしようとしているのではないか。


 けれどこれしかもう今を切り抜ける可能性が無いのも事実。


 俺は首輪を引きちぎろうと、震える手に力を込めた。



 すると俺の耳に大きな爆発音が聞こえ、その瞬間視界が真っ暗になる。




 けれどその後、俺は目を見開き、体が自由になる感覚を得ていた。



「…………」


 自分の体を見ると上半身の服が焼け焦げているのが確認できた。

 それに加え、俺自身が今も生きている事に確信を持つ。


 また、念のため首筋に手を触れてみると、例の首輪が無くなっているのが確認できた。

 あの首輪は俺が無理矢理取り外そうとしたために爆発して消え去ったのだろう。



 つまり俺が首輪を引きちぎろうとしたため爆発し、そのすぐ後に俺は謎の超回復によって怪我が全て回復したということになる。



「……まさかとは思ったが、これほどとはな」


 俺のしでかした事を見てディアードが珍しく驚いたというような渋い顔をしている。


 だが驚いているのは俺も同じだ。

 しかし俺はそれを顔に出さぬよう注意しつつ、ディアードに向けて声をかけた。


「……俺を甘く見たな、ディアード・レイヴン」


 これではっきりした。


 どういう理屈かは知らないが、俺の超回復は死に瀕した時に起こる現象のようだ。

 柳達に殺されかけた時も今回も俺の命に関わることで超回復が発動した。


 そして今の俺には相沢につけられたはずの右肩の切り傷は無く、疲労が蓄積によりダルさの残っていたはずの体調もスッキリした完璧な状態になっている。


 これなら俺一人でも戦える。

 俺は剣先をディアードの向けて高々に宣言した。


「ディアード! 俺がいる限りお前の好き勝手にはさせない! この場で決着をつけてやる!」


 今この場で自由に動けるのは俺一人のみ。


 だから俺がここでディアードを倒す!


「ふむ、まあいい。一応私の方も保険はかけておいたからな」

「保険だと?」


 けれど目の前にいる男は全く焦った様子が無い。

 ディアードが保険という言葉を口にすると、俺の前に奏が立ち塞がった。


「な……奏……?」

「ごめんなさい、鋼。今の私は自分の意思で体を動かせないのよ」


 奏はそう言うと、手に持った黄金色の剣を俺に向けて構え始める。


「操作系上級法術『自動戦闘』だ。17番本人が戦うより戦闘能力は落ちるが、それでも神速の加護と勇剣に備わりし『摂理の加護』の力を活用すればこの場を収める事も容易いだろう」


 操作……自動戦闘……


「ディアード……貴様……」


 つまり奏はディアードの操り人形にされているということか。

 そう考えると目の前にいる男へ持つ怒りのような感情が益々膨らんでいく。


「ああ、でも安心して。別にエロいことはされていないから私の体は清いままよ」

「いや……俺はそんなこと全然心配してないんだが……」


 だが奏のそんなボケをくらって俺は微妙な気持ちになる。


 エロいことって。

 別にそんなことされてるとか思って怒ったわけじゃないぞ。


「あらそう? 男の子ってこういう話題には興味深々だと思ったのだけれど」

「どこの男の子の話だ」


 まあ確かに考えてみれば、奏は今ディアードの思い通りに動くのだろうからエロいこともできなくはないのかもしれないが。


「孫と年が近いような小娘に手を出すほど私は落ちぶれておらんよ」


 しかもそんな奏の話にディアードまで乗ってきた。

 というか孫いるのかよ。


「……さあ、それではそろそろ決闘を始めよう」

「!」


 そしてディアードが続けてそう言うと、俺に向かって奏が剣を振り下ろしてきた。


「くっ!」

「……遠慮しなくてもいいわよ、鋼」


 二度、三度と剣を打ち合い俺と奏は距離をとる。

 すると奏から遠慮はするなという声が聞こえてきた。


「私が操られているのは私の責任。だから鋼は遠慮なく私を斬っていいのよ」

「だが……!」


 ディアードのところへ行くには立ち塞がる奏をどうしても排除する必要がある。

 しかしだからといって彼女を斬っていいはずがない。

 彼女は自分の意思とは無関係に戦わされているのだから。


「……手加減をして勝てるほど私は弱くないのよ」

「!?」


 奏は呟くような声を上げると突然動きが機敏になって俺に剣を振った。


 一閃、二閃、三閃、四閃と続く奏の剣劇はどんどんスピードを速めていく。

 俺はそれに必死に追いすがって剣を弾くので精一杯だった。

  

 今の俺は万全の状態のうえに戦剣を手にして戦っている。

 なので俺の戦闘能力は過去最高のものとなっているはずなのに、奏はスピードだけで俺を後退させていた。


「私が持っている剣は勇剣と言って勇者の潜在能力を最大限に引き出す力があるそうよ」

「……へえ」


 剣を交わす最中に奏はそんな説明をしてくれた。

 つまり彼女の持つ剣を戦剣や護剣のように強力な力を宿した代物だということか。


「普段の私は三倍速での戦闘が限界だったけれど、今なら五倍速くらいにはなっているんじゃないかしら?」


 三倍でも相当な加速と言えるが、それを更に上回る速度で奏は今戦えるのか。

 それならこの異常な速さも頷ける。


「……でもまだだ!」


 俺は奏が高速で放つ斬撃を紙一重で避け、あるいは弾き続けてその場に踏みとどまる。


 奏のスピードは確かに大した物だが、それでも対処しきれないレベルではない。

 戦剣補正で必要最低限の動きに最適化された今の俺ならなんとか彼女の攻撃に対応できる。


 だがそこまでだった。

 俺が奏の攻撃を受ける事は無くとも、俺の方も奏に攻撃を加える事ができない。

 戦いは千日手の様相を見せつつあった。


『困っているようだな、小僧』


 と、そんな時俺の頭の中にヴィルヘルムの声が響いてきた。

 また俺にだけ声をかけているのだろう。


『その娘から勇剣を離せ。そうすれば我が手を貸さん事も無い』


 ……どうやら俺達を助けてくれるようだ。

 気が向いたのか何か理由があるのかは知らないがありがたい。


 俺はヴィルヘルムの言うとおり、奏から剣を離すために動きだした。


「うおおおおおお!」

「!?」


 防戦一方だった俺が突然攻勢に出たのを見て、奏が僅かに驚いたというような表情を顔に浮かべていた。

 彼女も自分を斬れとは言ってるが、本心では斬られたくないだろう。

 それに俺が斬りかかるというのも彼女からすれば考えにくかったのかもしれない。


 しかし彼女の体は自動で動き、俺の振るう剣に剣を合わせてくる。


「うらぁ!」

「うっ!?」


 けれど俺は手に持つ剣に必要以上に力を入れ、奏の持つ剣を豪快に弾く。

 その衝撃に彼女は耐えられず、手から剣が上に向かってすっぽ抜けていた。


 やはり奏はスピードだけが異常でそれ以外は大した事ない。

 パワーでは俺の方に分があったようだ。


『避けろ、小僧』


 そしてその直後に聞こえてきたヴィルヘルムの声に従い、俺はその場で横に飛ぶ。


 すると俺の背後から突然護剣が飛んできた。


 そういえば護剣を持った咲は俺の後ろにいた。

 咲自身はディアードの拘束で動けないはずだが、剣が飛んだのはヴィルヘルムの力か。


「く……!」


 奏はいきなり目の前に飛んできた剣に驚きの声を出しつつも、体は冷静に動いて柄を取った。


 それを見た俺は、ヴィルヘルムが何をしようとしたのかを察して奏に詰め寄る。


「ハァッ!」

「!!!」


 まだ体勢を直しきれていない様子の奏は俺の動きに対応できていない。

 そこを俺は逃さず、戦剣の切っ先を奏の首筋に当て、首輪のみを切り裂いた。



 その瞬間、奏の首輪は俺の攻撃のショックで大爆発を起こしていた。



「……! …………え?」


 爆発の煙の中から現れた奏の顔には戸惑いの表情が浮かんでいる。

 多分今の爆発で自分は死んだとでも思ったのだろう。


「奏、大丈夫だな?」

「え、ええ、なんとか」


 俺が声をかけると、奏は首元を触りつつ答えた。


「どうやら上手くいったようだな、ヴィルヘルム」

『我の加護を甘く見るな。あの程度の爆風、我の加護の前ではそよ風にも等しい』


 そうか。

 そいつは頼もしい。


 どうやら護剣に備わった守りの加護の防御力は俺達につけられた首輪の持つ殺傷能力を上回るようだ。


 ぶっつけ本番で不安だったが、ヴィルヘルムを信じて良かった。


「え? 今の声……どこから……」


 なんだか今の奏は戸惑ったり驚いたりで表情がよく変わるな。

 普段見せるクールな表情よりこっちの方が可愛げがあって良い。


「そんなことより体の方はちゃんと自分で動かせるか?」

「え? ……そういえば、自由に動かせるわね」


 首輪が破壊されたためか、奏にかかったディアードの術も切れたようだ。

 彼女は俺の顔をぺたぺた触って自分の体がちゃんと動かせる事を確認していた。


「……なんで俺の顔を触るんだ?」

「あら、減るものじゃないんだから別にいいじゃない」


 減らなければ何をしてもいいというわけでもないと思うが……


 まあいい。

 奏が自由になったのなら次はアイツの番だ。


「ふむ……やはり護剣は我々の計画に支障をきたしたか」


 俺が視線を向けた先にいたディアードは渋い顔をしながらそんなことを呟いていた。


 なるほど。

 ディアード達からしてみれば俺達につけられた首輪の脅威を無くしかねない護剣は邪魔な存在だったのか。

 前にヴィルヘルムが護剣を壊されそうになったというようなことを言っていたが、その理由もおそらくこれだろう。


「残念だったなディアード。俺達はこの通り健在だ」

「……そのようだな」


 俺はディアードに剣を向ける。


 この男をなんとかすれば俺達の勝ちだ。


「……なんだかよくわからないけれど、ここは私に任せてもらおうかしら」

「奏?」


 しかし俺より前に奏が出た。

 彼女は地面に転がっていた勇剣を拾い、ディアードに向けて驚異的なスピードで駆け寄る。


 これが彼女の全力疾走か。

 先程までとは速度が大違いだ。


「フッ」


 そして奏は剣を振り、ディアードを切り裂……けなかった。


「グッ……」


 どうやら護剣を持っていたのが災いしたらしい。

 ディアードは奏の横薙ぎを胴体にくらっても真っ二つにはならず吹き飛ぶのみで、近くにあった建物の壁に強く叩きつけられていた。


「……あら、一応殺すつもりで振ったつもりなのだけれど」


 奏も今の現象には納得がいかない様子で小首を傾げている。

 それを見て俺はホッと胸を撫で下ろす。


「まあ……結果オーライか……」


 俺は壁に背を預けて座りこんで動けずにいるディアードの下へと進む。


 全ての決着をつけるために。


「覚悟はいいか。ディアード・レイヴン」

「…………」


 ディアードは小さく咳き込みながらも俺に目を向けてきた。


「……私はいつでも……死ぬ覚悟はできている」

「そうか、なら死ぬといい」


 俺は戦剣を掲げ、ディアードに振り下ろそうとする。


「だが……一つお主達に言って……おく事がある」

「……なんだ」


 遺言くらいは聞いてやる。

 俺はこの男の最後の言葉を聞き届けるために剣を止める。


「魔王と戦うことを……決して止めるな……お主達は……勇者なのだからな……」

「……考えておこう」


 勇者は魔王と戦うことを止めてはならない。



 その言葉を俺は胸に刻みつけ、剣をディアードに向けて振り下ろした。


 

「終わった……な」


 俺はディアードの亡骸に背を向けてそう呟く。


 これで終わった。

 これで俺達は自由だ。


 多少後味の悪さを感じても、それは俺が背負うべきものだ。

 俺は複雑な心境を表情に出さないよう努めて奏に声をかけようとする。



「奏、終わ――」

「感傷に浸っているところ悪いのだけれど、多分ディアードはまだ生きているわよ?」

「…………」



 ……………………



「え?」

「ディアードは自分そっくりの人形を遠隔で操作しているそうよ。前に坂本君が殺したはずのディアードもただの人形。ホムンクルスって言っていたわね」

「…………」


 ……なんだと。


 それじゃあれか。

 俺の覚悟は全く無意味なものだったということか。


 それはなんというか……


「まあ、次頑張りましょう」

「……ああ」


 俺は自分がさっきまで抱いていた思考が急に恥ずかしくなってきて奏から顔をそらした。


 なんだよ。

 奏にそんな役目を負わせるわけにはいかないとか思っていたのに。

 ディアードに情けとかかけていたのに。

 全部茶番じゃないか。


「少し締まらない流れだけれど、今の君は最高にかっこいいと私は思うわよ」

「……慰めどうも」


 奏の言葉が心に染みる。


「だからご褒美をあげましょう」

「ご褒美……?」


 その後更に奏は言葉を続けると、俺に近寄って腕を絡めてきた。


「助けてくれてありがとう、鋼」

「…………!」


 そして奏は俺にキスをした。


 積極的だけれどどこかたどたどしい。

 今度こそは上手くやろうという意思が垣間見える、そんな奏のキスだった。


「……ん……、……なんだか君、前にした時より随分余裕そうじゃない? こなれてるって言うのかしら」

「……気のせいだろう」


 俺の口から離れていった奏が開口一番にそんな事を言い出した。


 もしかしたら咲との一件で俺はキスが少し上手くなっていたのかもしれない。

 だがそれを一発で見抜くとは。

 あなどれないな奏は。


「それより他にするべき事があるだろう」

「ええ、そうだったわね」


 少し焦りながらも俺は話を切り替えて背後を振り向く。

 そこにはディアードの拘束から開放されたクラスメイト達の姿があった。


「……ここからも問題だな」


 ディアードは倒したものの、相沢達の件はまだ終了していない。

 俺は「ふぅ」とため息を吐きつつ、クラスメイト達の方へと歩いていった。

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