殺し合い
「ちょっと待て! 相沢!」
「待てるものか! 覚悟しろ! 白瀬!」
相沢が俺に詰め寄って剣を振ってきた。
俺はその剣に合わせるように戦剣を抜き、剣を打ち合わせて鍔迫り合いの状況となる。
「なんで俺に剣を向ける! おかしいだろ!」
「おかしくなんてないさ! これは白上や高杉を囮に使う卑怯な君への粛清だ!」
囮? 卑怯? 粛清?
何故そんな言葉が出てくるんだ。
俺は高杉を助けられなかったが囮になんて使っていないし、奏はそもそもあの施設から今まで会ってすらいない。
なのに相沢はかつての柳のように俺の事を勝手に決め付けて剣を向けている。
どうしてこんなにも敵意を向けられなくっちゃいけないんだ。
そんなに俺の事が悪に見えるのか。
「待って相沢くん! 鋼くんはそんな事をする悪い人じゃない!」
俺と相沢はこう着状態になっている傍で咲が俺を庇うような言葉を発していた。
「葉山か……白上に続いて彼女も何かで脅しているのかい?」
「!? 違う! 私は脅されてなんていない!」
だが相沢は聞く耳を持たないようだ。
つまり俺達は本当に殺しあわなくちゃいけないということなのか。
……どうしてなんだ。
せっかく俺達を殺し合わせようとするあの施設から逃げてきたのに、どうしてまたクラスメイト同士で戦わなくちゃいけないんだ。
これじゃあ何のために逃げてきたのかわからない。
俺達は殺し合いたくないたか逃げてきたんじゃないのか。
「……お前は……俺を殺す気か?」
「俺だって本当はこんなことしたくないさ……けれどそうしないと俺達を残して死んでいった白上や高杉に申し訳が立たないだろう!」
つまりこの戦いは相沢にとって弔いの儀式ということか。
……だが納得いかない。
「ふざけるなよ相沢! もしも奏が俺を追って地下に行ったならそれは俺を落としたお前のせいだろう! それに勝手に奏を死んだ扱いするな!」
「黙れ! 君はそうやって誤魔化そうとしているのかもしれないが俺達は騙されないぞ!」
「そうだ! 白瀬はここにいて白上がいないというのは明らかに変なんだよ!」
「どうせここまで逃げてくるために囮にしたに決まってるんだ!」
俺と相沢の会話に柳達が割り込みをかけてきた。
あいつらも俺が奏を囮に使ったという認識なのか。
……いや。咲以外のここにいるクラスメイトはほぼ全員、俺の事をそう見ているようだ。
柳達以外のクラスメイトからも嫌な視線を感じる。
「なんでなんだ……どうして俺は責められるんだ……」
何か俺が悪い事をしたっていうのか。
相沢達の言うように、俺は奏や高杉を囮にして生き延びてきたのか。
そんなわけがない。
俺は高杉が死んで悲しかったし怒りも沸いた。
そして奏の件にいたっては心当たりすらない。
全ては相沢達の憶測だ。
なのにどうしてこうも確信を持って責めたてられなくてはいけないんだ。
「お喋りは終わりだ! 白瀬!」
「!」
相沢が剣を引いて真上へと飛び上がった。
すると相沢は上空から折り返し、スピードを乗せて俺へと一直線に飛び込んでくる。
これは飛翔の加護だからこそできる攻撃方法か。
相沢は自分の持つ加護を最大限に活用し、俺へ向けて勢いのある強烈な一撃を放ってきた。
「ぐぅ!?」
俺は高速で飛来する相沢の剣を戦剣でなんとか弾き返す。
しかし相沢はそれで終わらせることなく、再び空へと飛んでいく。
「これが俺の戦い方だ! 手も足も出ないだろう!」
「く……」
確かにこれは対処が難しい。
今の時刻は深夜で薄暗い。
空を高速で飛ばれたら視認することも困難だ。
それに近距離武器でしか攻撃手段が無い俺にとって空を飛ぶ相沢を攻撃する手段は無い。
俺の攻撃チャンスは相沢がスピードを乗せて斬りかかってくる一瞬だけだ。
しかしその一瞬が厄介極まりない。
弾丸のごとく俺の真上を飛んでくる相沢へ向けて剣を当てようとするなら点ではなく線での攻撃となる。
けれど上からの攻撃に対処するには線の攻撃も上段による振り下ろししかなく、相沢からしてみれば容易に見切ることができてしまうだろう。
更に言うなら、たとえ剣での打ち合いになっても俺の方が吹き飛ばされてしまって勝負にならない。
それは相沢の三度目の飛来によって実際に証明される事となった。
「ぐっ!?」
相沢と剣を打ち合わせた瞬間、とんでもない衝撃が腕へと伝わって俺はその場から軽く浮いて十数メートル後ずさる。
エネルギー量が違う。
立ち止まって剣を振るう俺に対して相沢は時速数百キロという速度で斬りかかってくる。
撃ち負けて当然だ。
また、今の攻撃で軽く斬られたらしく、俺の右肩から血が噴出した。
俺はそれを見て冷静に左手で抑える。
この傷も回復しない。
施設で見せたあの驚異的な再生能力はどうなったんだ。
これくらいではトリガーにはならないのか?
「どうした! もう終わりか!」
「…………」
相沢の声が聞こえてくるが、俺は何も答えなかった。
今の俺には言葉を返す気力なんて無い。
体はだるくて思うように動かないし、クラスメイトからは非難の目で見られる。
そしてなによりこの戦いには剣を振るう意義を見出せない。
地の利も能力も体調も気持ちも何もかもが相沢に負けている。
この戦いに勝ち目など俺には無い。
「くらえ! 白瀬!」
……けれど俺は左手を振りぬいた。
少なくともこの戦いは終わらせる必要があるからな。
まともに戦えば俺は相沢に勝てないだろうが、まともに戦わないのであれば俺にもそれなりに手段はある。
「……うあッ!?」
俺がしゃがみこむとその上を通り過ぎて相沢が盛大に地面へ転がり落ちた。
そしてそのままの勢いで近くにあった建物の壁に激突する。
相沢は石で作られた建物を壊して瓦礫の下敷きとなった。
「おい。大丈夫か、相沢」
「うぅ……」
俺はその瓦礫へと駆け寄って相沢を引きづり出した。
あの程度では死ぬ事は無いと思ってはいたが、それでもどうやら結構なダメージがあったようだ。
相沢にはまだ意識があり俺を睨みつけてくるものの、腕に添えられた俺の手を振りほどけないでいる。
「くそ……目潰しなんて卑怯だぞ……」
卑怯、か。
まあ今回のはそう言われても仕方がないだろう。
俺は相沢が空から高速で近づいてきた時、あいつの目に向けて手の平に溜めておいた自分の血を飛ばした。
そして相沢は俺の血で目をやられ、高速で動く自身を制御しきれずに墜落した。
肩から血が出たのを左手で抑えたのがきっかけで思いついた策だが、一発で上手くいくとは運が良かったな。
これで相沢は無力化した。
そう判断した俺はその場で軽く息を吐く。
だがまだ戦いは終わっていなかった。
「相沢!」
「よくもやりやがったな! 白瀬!」
「今度は俺達が相手だ!」
「…………」
……こいつらはまだ俺と戦う気らしい。
俺の目の前には柳、曽我、多田野の三人が剣を抜いて立ち塞がっていた。
その姿は俺と戦う意思に満ち溢れている。
「……勘弁してくれ。俺はもう戦いたくない」
さっきまで俺達の戦いを傍観していたから、一対一で勝敗が決まればこいつらも引き下がると思っていたのに。
どうやら俺を殺すことはこいつらの中では決定事項のようだ。
「お前が戦いたくないとか俺達の知ったことじゃねえよ」
「このままお前を放っておいたら何をされるかわかったもんじゃない」
「白上さんは救えなかったが、葉山さんは俺たちが絶対救うんだ!」
「…………」
……つまり俺はどうあっても生きて返さないと、そういう事か。
なるほどな。
よくわかった。
お前達はそんなにも俺が嫌いなんだな。
「今度こそはぶっ殺してやる」
「死ぬまで何度でも剣を突き刺してやる」
「さあ相沢を離してかかってこい!」
そうか。
そうかよ。
だったら俺は――
「……殺せよ」
俺は剣を構えて呟いた。
「……俺を……殺せるものならな」
この戦いに意味なんて無い。
けれど戦わなければ生き残れないというのなら全力で戦ってやる。
もはやクラスメイトだからなどという気持ちは消え去った。
あくまでも俺に敵対するというのであれば容赦しない。
そう思った俺は両手で戦剣を握りなおす。
すると戦剣から何か心地良い何かが流れ込むような錯覚に見舞われ始めた。
よくわからないが剣が俺に力を貸してくれているように感じる。
今の俺なら何でもできそうだ。
今の俺なら誰でも……斬り殺せそうだ。
なぜだかよくわからない。
わからないが、俺は口元を歪ませていた。
「さあ……いくぞ……」
そして俺は柳達にそう告げ、あいつらの下へ駆けるべく姿勢を低くする。
俺達の間にはもはや殺気しかない。
この戦いの後、誰かが死ぬ事になっても構うものか。
他のクラスメイトからどう思われようが構うものか。
今、この場は一触即発の雰囲気を漂わせていた。
「待って! 争っちゃ駄目!!!」
「「「「…………」」」」
しかしそんな中、咲が大声を上げ、俺を庇うようにして柳達の前に立ち塞がった。




