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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
37/43

因縁の再開

「敵意……ですか?」

『そうだ』


 護神ヴィルヘルムは咲の呟くような問いかけに肯定の言葉を告げてきた。


「というか……普通にいたのか、ヴィルヘルム……」


 剣だからあまり見られても気にしないと思っていたが、今の俺達を見られていたとしたら物凄く恥ずかしい。

 なんだか顔が熱くなってきた。


『気になるのであれば次から睦事むつごとは人目につかない場所で行うことだな』


 人というか剣だがな。

 って今はそんなことどうでもいい。


「……それで、敵意って一体何の事だ」

『そんなことは我も知らぬ。ただ妙に殺気立った者達が外にいることは確かだ』


 外にか。

 ヴィルヘルムがそう言うのであれば念のため確認してみたほうがいいだろう。


「! 鋼くん、無理しちゃ――」

「今はそんなこと言っている場合じゃないだろ」


 ここ最近平和ボケしていたが、俺達は未だ逃亡中の身だった。

 もしも外にいる連中があの施設の人間だったら色々まずい事になる。


 一応俺達異世界人にはこの世界の人間に繋がりないことなど向こうも十分知っているはずだから、俺がこの店で働いていたとしてもガインさん達が匿っていたとかで何か危害を加えられる事はないと思うが。


「……とにかく一階に降りてみよう」


 俺は戦剣、咲は護剣を腰に差し、ここ数日で揃えた逃亡に必要な物資が詰まったナップザックを手にして廊下へと出た。





「ここに黒髪黒目の少年少女がいると聞いて来たが、何か心当たりはないか」

「心当たりっつってもなあ……」


 店の奥から入り口を見ると、そこには銀色の甲冑を着込んだ人間がガインさんと話をしている姿があった。

 まだ店内は客の姿が多い中、ガインさん達の会話はかろうじて聞こえるという程度だが、今確かに黒髪黒目という言葉が耳に入ってきた。


 黒髪も黒目もここではちらほらと見かけるが、その両方を満たしているのは俺達くらいだ。

 つまり甲冑の男は十中八九俺達を探しに来たということになる


「黒髪黒目のガキってだけじゃなあ……」


 そしてガインさんは言葉をはぐらかながら頭を掻いている。

 多分俺達を庇おうとしているのだろう。


「手の甲に数字の刺青がされているのだが……それにも心当たりはないか?」


 刺青。

 その言葉を聞き、俺は苦い顔をしながら左手に目を向けた。

 つい数日前に雑貨屋で買った黒いグローブを嵌めているので見えないが、その中にある手の甲には確かに数字の刺青が彫られている。


 手の甲に刺青があるのは目立つので最近隠すようになったけれど、もう二週間はここにいるのだからガインさんが知らないはずはない。

 

「あー……刺青か」


 ここで知らないと言えばガインさんは完全に俺達を庇っている事になる。

 そうなると、もしもその後で俺達の存在がばれたらガインさんを巻き込んでしまいかねない。


「……仕方ない、か」


 俺はガインさんが何かを言う前に、近くにあったイスを甲冑の男に蹴り飛ばした。


「グッ!?」


 甲冑男はイスがフルフェイスヘルムに当たって驚きの声を上げている。

 あれでは大したダメージもないだろうが問題ない。


「咲! 逃げるぞ!」

「う、うん!」


 俺はイスが当たって甲冑男が此方を向いてきたのを確認し、咲の手を取って店の裏口へ向けて走った。


「く……待て!」


 甲冑男が店の外に控えていた仲間を呼んで俺達を追ってくる。


 だが遅い。

 甲冑連中が追いつくより早く、俺達は店の外へと飛び出していった。






「はぁ……はぁ……!」


 重い体を懸命に動かし、俺は咲と共に薄汚れた繁華街を走り回っていた。


 俺達の背後からは甲冑兵士達がしつこく追いかけてくる。

 だからどれだけ体がしんどくても足を止めるわけにはいかない。


「鋼くん……大丈夫?」

「大丈夫だ……それよりもっと早く走るぞ」

「うん……」


 咲が気遣うような声をかけてきた。

 しかし俺は首を縦に振って走る速度を更に上げる。


 今は逃げる事だけを考えよう。

 またあの施設に戻るのは嫌だからな。


 ……しかし向こうも今まで俺達の事をちゃんと捜索していたんだな。

 施設からそれなりに離れられたとは思っていたんだが、まさかこうも簡単に見つけられてしまうとは。

 もしかしてプリン関係で店の情報が広く知られるようになったから、その中に俺のような子供がいるという情報もどこかから流れたのかもしれない。


 だとしたら俺は自分で自分の首を締めた事になる。

 店の売り上げに貢献するためにプリンを広めたことは後悔してないが、もう少し自分を隠すべきだったと反省しよう。


「……ガインさん達、大丈夫かな」


 最後に見たガインさんの驚く顔が忘れられない。

 俺達が店にいたときの事を細かく聞かれるくらいで済むとは思うが、それでもやっぱり不安だ。

 あの時わざと話の途中でイスを蹴って注意を引いたから多分仲間だとは見られていないだろうが。


「いたぞ! こっちだ!」

「チッ」


 それにしてもしつこい連中だ。

 繁華街を脇道に逸れて入り組んだ通路を走ってもまだ追いかけてくる。


 向こうにはこの繁華街周辺の地理を熟知した人間がいるのかもしれない。

 なら普通に大通りを走りぬけたほうが良かったか?


「……いや、まだ道はあるか」


 俺は建物の外に取り付けられている排水用のパイプを手に掴み、それを使って三階立ての建物屋上まで一気によじ登る。


「咲も急げ!」

「う、うん、わかった!」


 そしてそれを見ている咲へ向けて指示を飛ばすと、彼女も近くのパイプを使って俺と同じ屋上へと足をつけた。

 あまり上を意識して見る事は今までしていなかったが、屋上から見渡すとここらへんの建物はみんな大体同じ位の高さだった。


 これなら建物から建物へと飛び移って移動できる。

 俺と咲は下で重そうな甲冑姿のままなんとか建物をよじ登ろうとしている連中を尻目にしてヒョイヒョイと繁華街にある建物の上を走っていった。





 そうして逃げ続けた数時間後。

 俺達は人の多い繁華街を抜け、血と糞尿の臭いが漂うスラム街の奥地へとたどり着いた。


 ここは治安が悪く空気も不味いが、人目が少なく逃走経路としてはもってこいだ。

 ここまでくれば、一度見失った俺達の足取りを追うことも相当難しいだろう。


「ふぅ……ひとまずは撒けたようだな」

「……そうだね」


 時刻は深夜。

 もはや天蓋から降り注ぐ結晶光の明かりは最小限となっており、周囲に街灯も無いスラム街は薄暗さを更に際立たせている。


「ゴホッ……ゴホッ……」

「……鋼くん」

「……平気だ」


 咲が心配そうな目を俺に向けてきた。

 なので俺は逃げている途中に繋いでいた彼女の手を強く握り直してそれに答える。


 ここで弱音を吐くわけにはいかないからな。

 またしばらくは逃げ続けないとあいつらに追いつかれてしまう。


「逃亡資金もちゃんとある。何も問題は無い」


 今、俺の手元には銀貨97枚と銅貨38枚がある。

 プリン以外の蒸し料理も中々好評で、それらの売り上げの一部を貰い続けていたらいつの間にか貯まっていた金だ。

 日本円にして約十万円。とりあえず当面食うことには困らないだろう。


 それに俺が肩に背負ったナップザックには毛布や食料、飲料類等が詰め込まれている。

 これさえあれば、たとえ人里を離れようとも数日は凌げるはずだ。


「これからは人目に付かないように動こう」

「うん……そうだね」


 今回は失敗したが次からはそう易々と見つけられたりなんてしない。

 年齢的なものは誤魔化せないが、髪や目の色はどちらかを変えられれば相当周囲に紛れられる。

 それに念のため、名前も何か別のものを名乗ったほうがいいかもしれないな。

 これからしないといけない事は沢山ありそうだ。



「……プリンと聞いてもしやとは思ったけど……やっぱりか」

「!? 誰だ!」



 考え事をしながら俺達がやや開けた場所を歩いていると、奥の暗がりから男の声が聞こえてきた。

 俺は咄嗟に咲を自分の背に隠し、何があってもいいように戦剣へ手を置く。


「しかしまさか君だったとはね……意外だよ……」

「……!!!」


 俺達に声をかけたらしき男が暗がりから此方へ歩いてくる。



 そしてその男……相沢は俺を睨みつけるような目つきをしながら、俺達に姿を現した。



「相……沢……」

「二週間ぶりくらいだね。元気にしてたかい?」


 相沢は軽く再会の言葉を喋るが、俺はそれに何も答えられない。


 だってあの相沢だ。

 施設で脱出しようとした時、突然俺を裏切ってロープを切ったあの相沢なんだ。


「葉山も久しぶり」

「う、うん……久しぶり……相沢君も私達のように無事逃げれたんだね……」

「俺だけじゃないさ」


 相沢が咲へ向けてそう言うと、奥から更に何人かのクラスメイトが現れた。

 その数は相沢を含めて九人。

 柳、曽我、多田野の三人に加え、黒川、美羽さん、遊佐さん、越智それに転校生の姿が見える。


「……ここにいないクラスメイトはどうした?」


 だが奏や竜崎さん、水谷、坂本といった何人かのクラスメイトの姿が見えない。


「……ここにいない他の皆は途中ではぐれたりでよくわからないな。俺達も色々探してはいたんだけどね」


 つまり確実に今無事だと言えるのはここにいる11人だけということか。

 

「でも君はここにいない一人のクラスメイトがどうなったのか知っているんじゃないのかい?」

「……? 一人の?」

「白上さんのことだ。とぼけるなよ、白瀬」


 相沢の言葉に疑問を浮かべる俺に向かい、柳が奏の苗字を口にした。


 だがどういう事なのかさっぱりわからない。

 何故俺が奏の所在を知っているという前提になっているんだ。


「……ああ、なるほど。つまり君はまた仲間を囮に使ったというわけか」

「待て。一体何の話をしているんだ」

「だからとぼけてんじゃねえよ。ここにお前がいて白上さんがいないってことは……お前が白上さんを囮にしたってことだろ!」

「…………」


 ……俺が奏を囮に?

 なんでそういうことになる。


 奏は相沢たちと一緒に逃げたはずじゃなかったのか?


「白上は不慮の事故で落ちていった君を助けるために昇降路から飛び降りた……なのに何故君だけがここにいる!」

「な……」


 ということは……俺が施設の最下層に落ちた時、奏が後ろから追いかけてきていたということか?


 なんだそれは。

 そんなこと、俺は初めて知ったぞ。


「嘘だ! 俺は最下層に落ちてから今まで奏には一度も会わなかったぞ! それに不慮の事故とはなんだ!」


 奏と合わなかった件もそうだが、相沢が言った不慮の事故というのも聞き捨てならない。

 あの時の出来事は不慮の事故などではなく、相沢の手による人為的なものだったはずだ。


「君が登っている時に偶然ロープが切れた事を不慮の事故と言わずに何と言うんだ!」

「偶然……だと……ふざけるな!」 


 なぜ相沢は平然とそんな嘘をつけるんだ!

 俺が昇降路から落ちたのはお前のせいだろう!


「ロープが切れたのはお前がやったことだろう! 相沢!」


 俺は相沢の言葉を聞いて声を荒げた。

 あの時ロープが切れたのは自然にではなく、相沢がナイフで切り落としたからだと知っていたがために。


「そんな事を俺がして何の意味がある! 変な言いがかりは止めろ!」


 けれど相沢は俺の言葉を否定し、腰に差した剣を引き抜く。


「さあ! 白上がどうなったのか洗いざらい吐いてもらうぞ! 白瀬鋼!」


 そして剣先を俺に向け、大声を上げながら襲いかかってきた。

白瀬鋼しらせこう

体力A-、筋力A-、頑丈C+、敏捷B+、精神C-、総合評価B、加護判定無し、装備品[戦剣アレス]


相沢良人あいざわりょうと

体力A-、筋力B、頑丈C+、敏捷A-(A+)、精神A-、総合評価B+、加護判定A【飛翔の加護】

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