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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
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スピード解決

 咲の体調を回復させるには長いスパンで考える必要がある。

 朝食を食べながら俺はそう思っていた。


 けれどこの事態はあっさりと解決に向かった。

 俺が店に戻るとガインさんから呼び出しを受けて店の奥へにある小部屋に入ると、ガインさんが俺に向けて一枚の硬貨を投げて寄越してきた。


 その硬貨は金色だった。


「……え? あ、あの……ガインさん……これって……」


 突然の事で俺はうまくこの状況を理解できなかった。

 だが俺は、この硬貨がどんな価値を持っているのかだけは理解できた。


 この金色の硬貨……金貨は銀貨100枚相当に値する貨幣で、日本円に換算すると十万円はする。

 そんな高額な硬貨だということだけは理解でき、俺はガインさんを見ながら混乱していった。


「あー……まあ、なんだ。おめえに頼みがあんだけどよ、その金貨をやるから昨日作ったプリンとやらを店で出させちゃくれねえか?」

「……え? ぷ、プリンを?」

「そうだ」


 なんでまたそんな事を俺に訊ねるんだろうか。

 プリンを店で出したければ出せばいいだろうに。


「あとついでにまだ俺が知らないレシピがあったらいくつか教えてちゃくれねえか。報酬はそのレシピで作ったメニューで出た売り上げの五パーセントと、うちの二階にある住み込み部屋一室の無償貸し出しってとこでどうだ?」

「…………」

「……駄目か?」

「! い、いえ! そんなことはありません!」


 ガインさんから頼みという形でされたその取引は、今の俺にとって大きな意味を持っていた。


 俺では買えないと思っていた銀貨50枚の聖水がこの取引に乗るだけですぐ買える。

 しかもこの取引は俺にとって全く痛手にならない。

 元々料理の知識で儲けようなんて考えてもいなかったんだから。


「そんな条件でいいのなら俺は喜んで受けます!」


 だから俺は大きな声で即答した。

 するとガインさんはそっぽを向き、そっけない態度で口を開いた。


「そうか。それじゃあその金貨はおめえのもんだ。あと二階の空き部屋も綺麗に使うなら犬を入れようが猫を入れようが何も文句言わねえから、おめえの好きにしな」

「…………っ!」


 その時俺はやっと理解した。

 この人が一体何を考えてこんな取引を持ちかけたのかを。


「ガインさん……ありがとうございます……」

「な、なんだよいきなり。俺は礼を言われるような事はしてねえぞ」


 俺が深く頭を下げるとガインさんは戸惑ったような声を上げていた。


 だが俺は今、この人に感謝を言いたい気持ちで一杯だった。

 こんな数日前に知り合った子供を相手にして、騙すでもなく笑うでもなく蔑むでもなく哀れむでもなく、悪意を向けるでもなくただ純粋な善意を向けてくれた事に、俺は心の底から感謝した。



 かつてガインさんは俺へ無償で施しはしないと言った。

 けれどそれはこの人なりの優しさでもあったのか。


 ガインさんは俺に金貨を与える口実としてプリンを店に出す許可をわざわざ訊ね、住み込み用の部屋を貸すために料理レシピの伝授を求めてきた。


 俺が料理をする際はずっと厨房から離れずに見ていたガインさんにとってプリンの製法は既に知っている情報のはずだ。

 なので俺に許可を取ろうが取るまいが、ガインさんは勝手にプリンを作って店で出せたはずなんだ。


 けれどこの人はそうしなかった。

 それが俺への厚意でなくてなんだというのか。


 それに無償で部屋を貸すというのも、俺達があまり良くない環境で寝泊りしている事を知っているガインさんなりの配慮だ。

 一つの部屋を好きに使っていい、犬を入れようが猫を入れようが文句を言わないというのは俺以外の誰かもその部屋に住まわせてもいいと言いたかったんだろう。


 つまりガインさんは俺の友達を金銭面と生活面の両方で助けるため、わざとこんな取引を持ちかけたんだ。

 あくまで施しは与えず、ギブアンドテイクの関係になるよう考慮して。


 俺達が惨めな立場にならないよう配慮して。


「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……」

「よせやい。俺はただあのプリンを店で売れば利益が見込めると思っただけなんだからな。それにおめえが知ってそうなレシピはなんだか美味そうだって予感がビンビン伝わってくるんだ。つまりこれは言わば先行投資。お子様のおめえにゃ難しい理論かもしれねえな」

「そうですか……ではそういうことにしておきましょう」


 いまいち素直になれない人のようだ。

 確かにこの都市では見かけないプリンは昨日皆で食べた時の反応を見る限りではまず売れるだろうと判断できるし、他の料理についても何かしらはヒットする可能性がある。

 だからガインさんにとってこれは先行投資になりうるというのは間違っていない。


 しかしその投資相手を俺のような最近知り合った子供にするというのが、この人の甘さと言えるし人の良さとも言える。

 普通俺みたいな子供相手にこんな取引などせず、うまい事言いくるめて俺からレシピを聞き出せば旨い汁だけ吸えただろうに。


「……ほら。話はこれで終わりだ。わかったらさっさと治癒院でもなんでも行ってこい」

「え、ええっと……そろそろ店始まる時間ですが……?」

「……休憩時間を前倒しで使わせてやるよ。だから早く用事を済ませるこったな」

「……はい!」


 どこまで甘いのだろうかこの人は。

 だがこんな優しさがガインさんの良さだ。

 もしかしたらそんな性格のせいで損をすることも多かったかもしれないが、少なくとも俺達はそれで二度も救われたんだから、本当に感謝してもしきれない。


 店に戻ったら俺にできることは何でもしよう。

 そう思いながら俺は金貨を手の中で握り締め、聖水が売られているという治癒院へ向かって走り出した。






「あ、あれ……? おかえりなさい……?」


 昼を過ぎてもいないのに俺が戻ってきたからか、咲は疑問系で俺に声をかけてきた。

 まあこの時間に戻ってくることは今までなかったからな。


 だが今回はガインさんの厚意を受け取って聖水を買ってきた直後だ。

 治癒院まで行って銀貨70枚の聖水(銀貨50枚でも売っていたがそれは粗悪品扱いだったので、念のため通常の物を選んだ)を買った俺はそのままの勢いで咲の下へと戻ってきた。


 なるべく早く飲ませたほうがいいだろうからな。

 ガインさんもここまでを含めて休憩を与えたんだろうし。


「で、でもそれなら今言おうかな……」

「…………?」


 逸る気持ちで咲に聖水を飲んでもらおうと言葉をかけようとするが、咲の方から何かを言いたそうな雰囲気があったので少し間を置く。


「あ、あのね……鋼くん……ちょっとお話があるんだけど……いい……?」

「? 別に構わないが」


 できれば早いとここの聖水を飲んでもらいたい。

 しかし咲があまりに真剣な表情で見つめてくるので、俺は話をする順番を彼女に譲った。


「えっとね……鋼くん……驚かないで聞いてほしいんだけど……」

「あ、ああ」


 そして彼女は俺に一言そう断りを入れ、すぅっと息を吸い込んだ。




「鋼くんの精液……私に飲ませてください……!」




 ……


 …………


 ………………


 ………………………………………………………………………………。





「あ、いや、も、もちろん……鋼くんが嫌だったら……無理に飲ませてくれとは言わないけどっ!」

「…………」


 彼女のとんでも発言を聞き、俺の手から聖水入りの小ビンが抜け落ちそうになった。

 だが俺はなんとか握力を入れなおし、彼女の言った言葉の意味を探る。


「で、でも鋼くんがもしも嫌じゃなければ……私に鋼くんのせい――」

「いやまてまてまてまてまて!? え!? な、なに言ってんだいきなり!?」


 けれど思考がこの状況に追いつかない。

 彼女の発言があまりにも衝撃すぎて、俺は完全にパニックを起こしていた。


「だ、大丈夫……こ、これは私が……無理にお願いしたことだから! 鋼くんは……責任取らなくても……いいから!」

「いや責任取るよ!? もしやったら責任取るよ!? でもちょっと待ってくれお願いします!」

「私じゃ駄目かもしれないけど……でも上手に出せるように頑張って……き、気持ちよくするからっ!」

「何言ってんだお前!? こういうことは順序を守ってだな!」

「ううん、平気だよ……こ、これは……医療行為……だから鋼くんは……私に気遣うことなくしてくれていいから!」

「い、いやちょっとま……医療行為?」


 医療行為。

 その言葉を聞いた時、俺は一つの答えが頭に浮かんだ。


 今朝方、俺が咲にヴィルヘルムから聞いた話を伝えた。

 その説明の中には、俺の体液には法力と魔力の両方が混ざっている事や、血液には魔力、精液には法力が多く含まれる事なんかも入っていたはずだ。


 つまり彼女は手っ取り早い法力回復手段として俺の精液を欲したという図式が成り立つ。

 俺は混乱状態の思考の中、なんとかそこまで考えつくことができた。


「ま、待て。落ち着け咲」


 それを理解した俺は咲の暴走を止めるべく、右手に持つ聖水を咲の方へと突き出し、慌てて説明を開始する。


「だ、大丈夫だ、咲。聖水があるから」

「……え?」

「臨時収入があって聖水はちゃんと買えたから」

「………………え?」

「つまりそんなことしなくても大丈夫だから一先ず落ち着け、な?」

「……………………………………」


 俺が右手に持った小ビンを振ると、咲はその場で固まり、元々熱で赤かった顔を更に真っ赤に染め上げた。

 その後彼女は全身をプルプル震えさせ、毛布で全身を覆って丸くなる。


「あー……咲……大丈夫、か?」

「……大丈夫じゃない」

「そ、そうか……」


 ……なんだか聖水あるって言うのが遅すぎた気がする。


「だって……だって……聖水は高くて買えないって言うから……どんな事をしてでも助けるって言うからぁ……」


 毛布の中からそんな声が聞こえてきた。

 まあ確かにさっきまでの状況的に、咲の法力を回復する最も簡単な手段はアレだった。

 だからこそ彼女は勇気を振り絞って俺に精液をねだったのだろうに、こうして聖水を持ってこられたのでは立つ瀬がない。


 精液飲ませてくださいとか言うのは相当恥ずかしかったはずだ。

 これはちょっとタイミングが悪すぎたな。

 先に俺の方から話をするべきだった。


 俺は咲の自爆した様子に苦笑いを浮かべて頬を掻く。



 その後しばらく咲は毛布の中から出てきてくれなかったが、俺が慰めの言葉をあれこれ言うと顔だけ出して、俺の手から聖水をひったくって一気飲みした。

 また、店の二階の一室を使わせてもらえるようになった事も説明し、咲をおんぶして移動を行い、ガインさんに彼女を会わせてから部屋まで案内してもらった。


 こうして俺達はちょっとしたアクシデントがあったものの、咲の法力は回復して暖かなベッドの上で寝られる環境を手に入れた。

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