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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
24/43

初めてのお仕事

 あれからどれ程の時間が経過しただろうか。

 俺は窓から降り注ぐ結晶光を浴びながら目を開いた。


「……ん」


 すぐ近くから寝息のような音がしてくる。

 それを聞きながら、俺は意識がはっきりするまでしばらく目をぼぅっと開け、現在の状況を思い出していった。


「……うぅ。咲、そろそろ起きてくれ」


 周りを見回してここには俺と咲しかいないことを理解し、猛烈な飢餓感からこの後どうにかして食料を調達しなければならないことまで思考がたどり着いたところで、隣にいた咲を揺すって起きるよう促した。


 今が何時頃なのかよくわからないが、俺達が眠りに入った時よりも大分明るいことから察するに、おそらくはもう日が昇っているという時間帯なのだろう。

 まあ、日の光は相変わらず見えないし光量が足りていなくて薄暗さを感じるが、これがここでの朝だった。


「うん……? んぅ…………おはよう……鋼くん」

「ああ、おはよう」


 しばらくすると咲も目を覚まし、俺達は朝の挨拶を交わした。


 やはり硬い床と壁に寄り添って寝たせいで体があちこち痛い。

 俺は立ち上がって軽くストレッチを行い、硬くなった体をほぐしていく。


 そしてその後なるべく元気な声になるよう意識して咲へと声をかけた。


「よし、じゃあまずこれからどうするかの話し合いでもするか」


 昨日は結局その辺を話すことなく眠ってしまったからな。

 今日こそはちゃんと考えなきゃいけない。


 差し当たってはまず食料調達方法についてだ。

 この辺りは建物ばかりがあって自然から何か食料を手に入れる事はできそうにない。


 だから俺達は人から食料を手に入れなくてはならないのだが……


「ごめん……鋼くん……ちょっと……待って……」


 しかし咲は頭を抱え、目を閉じて体育座りのまま一向に立ち上がる気配を見せない。

 そんな彼女の様子はどうも体調が悪そう、といったものだった。


「? もしかしてどこか体調でも悪いのか?」

「うん……なんだか頭が痛くて……体もだるい……」

「……加護を使いすぎた影響か」


 俺達が施設にいた頃も、加護を過度に使用したクラスメイトが時間をおいて体調不良を訴える、というようなことが何度かあった。

 咲の体調不良はおそらくそれかもしれない。


「それならしょうがないか。咲はここでゆっくり休んでてくれ」

「……鋼くんは……?」

「俺は外でどうにか食料を調達してくる。なるべく早く戻ってくるから」

「うん……ごめんね……」

「気にしなくていいさ」


 咲のおかげで俺達は安全にここまで逃げる事ができた。

 だからここからは俺が咲の役に立つ番というだけの話だ。


「一応剣はここにおいて置くから、万が一にも俺以外の人間がここに来たらそれで応戦して逃げてくれ」


 俺は二本の剣へと指を差してそう言った。


「二本……とも……?」

「あ、ああ」


 本当なら一本あれば十分だろうから俺が一本持っていくのが正しい判断だ。

 まだ俺達は逃亡中の身であり、ここも絶対に安全とは言えない以上、俺も常に武装をしておくことが望ましい。


 しかし俺が抜き身の剣を持って外をうろつくのは如何なものか。

 俺は今から人間相手に交渉をするために外へ出るんだ。

 なのにそんなものを持っていたら交渉も何も無い。

 多少の危険には目を瞑ろう。


 俺達は今ひもじい思いをしているが、ゴロツキになんてならない。

 食料を調達するその過程は人の道から外れるようなものであってはならない。


 もうかれこれ三日は何も食べていないが、俺はまだ耐えられる。

 体が丈夫になったおかげでその辺もある程度我慢できるようになったんだろう。


 だが体力的にそれもあと一日か二日程度が限界だろう。

 正直今でもかなりしんどい。


 けれど俺は人を脅すくらいなら土下座して恵んでもらう方を選ぶ。

 他人に危害を加えるような手段は本当にどうしようもなくなったと言える時まで絶対に使わない。


 まあ食料に見合った対価を何かしらの労働で払うという手段を見つけられるのが一番なんだが。


「それじゃあ行ってくる」

「気をつけてね……」

「ああ」


 そうして俺は近くに人がいないかどうか耳を澄ませ、俺達以外に誰もいないと判断して部屋からさっと出ていった。


 一応俺達は不法侵入者だからな。

 部屋へ出入りする際は誰にも見られないよう注意しないといけないだろう。


 本当はこの不法侵入も人の道から外れた行為なんだがな。






「……とはいってもなぁ。どうやって手に入れればいいものか」


 部屋を出て数分後、俺は薄汚れた路地を歩きながら悩んでいた。


 周囲に目を配ればまともそうな人の姿がちらほらと見える。

 だからここは俺達が昨日通ったスラム街よりも多少は治安の良い場所なのだと思う。


 ここなら誰かしらに懇願すれば何かしらを恵んでくれるかもしれない。

 しかしそんな乞食同然、というかそのものをやるのには多少勇気(と言っていいのか)が要る。


 そんな勇気を持ち合わせていない俺はなかなか踏ん切りがつかず、他に何か手段はないかと歩き続けていた。


「早くなんとかしないと咲も待ってるしなぁ……」


 何か面白い芸でもできれば、おひねりを貰うというような事もできたのだが、生憎そういうのも持ち合わせてはいない。

 力仕事とかならいい線をいくと思うのだが、いかんせん文字も読めない子供を使ってくれるかどうか怪しいものだ。


「せめて文字が読めれば良かったんだが……」


 俺は独り言を呟きつつ、食べ物の良い匂いが立ち上る飲食店らしき建物の壁に張られてあった紙を眺める。

 そこには俺達に読めない異世界の文字が書かれていた。


「むぅ…………ん……?」


 だが、しばらく張り紙の文字を凝視していると、なんとなくそこに何が書かれているのかが頭の中に浮かんできた。


「アル……バイト……募集……中……住み込み……あり……日給……銀貨……四枚……」


 どうもこの張り紙は求人情報を載せたものであるように思える。

 しかしどうしていきなり頭の中に浮かんできたのだろうか。

 これは俺の妄想か?



 ……いや、一つだけ仮説が立てられる。

 俺達勇者が共通して持っている加護の内の一つ、語の加護によるアシストだ。


 思ってみれば今現在、勇者の人数は最初の頃から半分に減っている。

 それが影響して語の加護も強化されたのかもしれない。


 練達の加護も強化されたような節があるのだから、語の加護が強化されたとしてもおかしくはない。

 そして強化された結果、俺達は人の発する言葉以外に文字も読めるようになってきている、という仮説だ。


 まあ加護が強化されたかどうかは置いておくとして、文字が読めるようになったかどうかはここの店主に張り紙の内容を聞けばわかるだろう。


 どうする。

 店に入って訊ねてみるか?


「なんだボウズ。ウチで働きてえのか?」 

「!」


 俺が張り紙を見ながら悩んでいると誰かが声をかけてきた。

 声のした方向へ目を向けると、今店の中から出てきたという様子の、やけにガタイが大きい中年の男がいた。


「……ちげえのか? なんだか随分真剣そうな目でそれ見てたけどよ」


 その男は張り紙を指差しながら白髪の生えた頭を掻いている。


 どうやらこの紙は本当に働き手を募集する内容だったみたいだな。


「冷やかしならとっとと失せな。客だったら仕込みが終わるまでもうちょい待ってろ。……で、働きてえってんなら店ん中入んな。面接してやるから」


 男はそれだけ言うとさっさと店の中に入っていった。


 面接をする、ということは俺みたいな子供でも採用する場合はあるということだろうか?

 それならここで働いてみるというのも一つの手……か。


「……あまり悩んでいてもしょうがないな」


 俺は意を決して店の中に入っていった。

 店主であろう男の面接を受けるために。


「おう、まあ座れや」

「…………」


 どうやら俺が入ってくるだろうと確信していたようだ。


 男は店に入ってすぐのところにある席に着いており、対面の席へ座るよう促してきた。

 俺は男の指差す木のイスへゆっくりと腰を下ろす。


「俺はこの店『トルバディス食堂』のマスターでガインってんだ。ボウズの名前は?」

「……鋼といいます」


 俺は目の前にいる男……ガインさんの質問に答えた。


 ファーストネームだけでいいのかと一瞬考えたが、向こうに合わせて答えればとりあえず問題ないだろう。


「コウ、か。年はいくつだ?」

「18才です」

「嘘つくんじゃねえよ。ぶっとばすぞ」

「……すみません、14です」


 もしかしたら年齢制限があるかもしれないと思って年齢詐称を試みたが一瞬で看破された。

 18は流石に盛りすぎたか。


「14か。12くらいだと思ったんだがな」

「…………」 


 しかも実年齢より幼く見られていたようだ。

 どうせ俺は童顔だし身長も低いさバカヤロウ。


「どっか他で働いた経験は?」

「……ありません」

「そうか。でもやる気はあるんだよな?」

「! はい、あります」

「よし、採用」

「!?」

「何驚いてんだよ」


 いや、普通驚くだろ。

 まだ面接を始めて一分程度しか経っていない。

 スピード採用にも程がある。


「この辺は治安が悪いせいで働き手もなかなか集まらねーんだよ。やる気があってまともな会話ができて健康そうならガキの手も借りたいくらいにな」

「ああ、そういうことですか」


 なるほど。

 確かにここはあのスラムらしきところからあまり離れていない。

 ガラの悪い人間がこの周辺にいてもおかしくはないだろう。


 そしてそんなところに店を構えているせいで従業員が怯え、すぐに辞められたりして上手く数が揃わないといった事情もあるのかもしれない。


「ボウズは客から暴力を受けたら辞めちまうか?」

「多少の事なら我慢します」

「ならいい。まあもし本当に手を上げられたら俺を呼びな。その客は出入り禁止にするからよ」

「わかりました」


 ここにどれだけの間お世話になるかわからないが、当面の逃亡資金を稼ぐためにはある程度の期間は働く必要があるだろう。

 それがここでいいのかは疑問だが、少なくともこのガインさんは良い人という印象を受ける。


 仕事を選り好みできる立場では無いが、働くにしても嫌な人間の下で働きたくは無かったからこれは嬉しいめぐり合わせだ。


「張り紙で見ただろうが、給料は日払いで銀貨四枚。賄い三食ありで、もし住み込みを希望するなら給料から毎日銀貨一枚を徴収させてもらうぜ」

「はい」


 実際のところ日払いで銀貨四枚というのは良いのか悪いのかわからないし銀貨が一枚でどれくらいの価値を持つのかもわからない。

 だがここであまり怪しまれるような言動はできない。

 俺はその説明を聞き、頷くだけにとどめた。


「よし、それじゃあIDカードを見せろ。登録してやるから」

「…………」


 ……IDカード?


 な、なんだそれは。


「どうした」

「い、いえ……その……」


 まずい。

 ここでは働くのにもそんなものが必要なのか。

 名前からして身分証のようなものだとは思うが、異世界から来た俺達がそんなものを持っているはずも無い。


 もしかしたらそれはここに住む人間なら全員持っていないとおかしい代物なのかもしれない。

 だとしたら非常にまずい。


 俺は顔を俯かせ、どうやって誤魔化そうかと必死に考え始めた。


「おめえあれか。もしかして貧民街の住民か?」

「…………」


 貧民街の住民。

 俺の様子を見た店主は、俺がIDカードを持っていないことを察したらしく、そのような問いを口にしてきた。


 貧民街とはおそらくあのスラムのことだろうか。

 店主の口ぶりから考えて、そこの住民はIDカードを持っていないのだろう。


 まあ今の俺達もスラム近辺に寝泊りをしているのだから、店主の勘も間違ってはいない。

 厳密には昨日から住民になった、ということになるが。


「ちっ、めんどうだな」

「…………」


 ……まずい。


 このままだと雇ってくれない。



 腹が空いた。

 でも食べ物を買うだけの金は無い。


 働く場所はここにこだわる必要も無いが、IDカードが無い以上、他でも採用されない可能性が高い。

 スラムへ行けばIDカード無しでも働き口があるかもしれないが、そんなことを昨日今日ここへ着たばかりの俺達が知る術なんかある訳が無い。


 情報が足りない。調べるだけの時間も足りない。

 そんな俺達がすぐにでも食えるようになるには、もう恵んでもらうか奪うかの選択肢しかなくなってしまう。


 俺は今後の悪い流れを想像して冷や汗をかき、まともな思考ができなくなっていった。


「……お願いします」


 そして俺はイスから立ち上がり、店主に向かって土下座をしていた。


「俺はIDカードを持っていません。ですが精一杯働きます。なのでどうか雇ってください」

「…………」

「泣き言は言いません。給料が正規より安くなっても文句は言いません。ですのでお願いします」


 床に額をこすりつけてそう言った。


 今の俺が選べる選択肢は限られている。

 ここがダメなら他で雇ってくれそうなところを探せば良い、などと楽観的に考えられない。


 他がこの店のように子供でも雇ってくれるという保証なんて無い。

 そんな雇い口を呑気に探していられるような状況でも無い。 


 だから俺は今ここで働く意志を見せ、店主に頼み込んだ。


「あー……まあとりあえず顔を上げろ。別にIDカードが無いくらいで採用を取り消したりはしねえからよ」


 すると俺の頭上から、やや困ったような店主の声が聞こえてきた。


「保険が利かないのは痛いがそれくらいしか大したデメリットもねえし、給料も直に渡せばいいだけだしな」

「そ、それじゃあ」

「おめえを雇うって言ってんだよ。それと男がホイホイ土下座なんかしてんじゃねえ」


 どうやらこの世界にも土下座の概念はあったらしい。

 今更ではあるし、どうでもいいことだったが、俺はそんなことを思いつつ安堵のため息をついていた。


「ありがとうございます」

「おう。そのかわり手ぇ抜いたらただじゃおかねえからな」


 店主はそこまで言うと、ニカッと顔を笑わせた。

 強面の顔なので笑顔をされても怖いだけなんだが、場を和まそうとしているのを感じて俺も表情を緩ませる。


 こうして俺は、スラム街一歩手前にあるトルバディス食堂で雇ってもらうこととなった。

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