エピローグ
エピローグ
--ちょうどそれと同じ頃のこと。
場所は移って、大陸の南方に位置する、砂漠を縦断する二人の旅人の姿があった。
強い日差しと砂塵から身を守るため、全身をフードに包んだその姿からは、その素顔をうかがい知るのは困難だったが、その背丈と会話の端々から考えるに、一人は10代前半の少年で、もう一人は比較的長身ではあったが、まだ若い女性らしい。
「……この反応--間違いないや!」
そのとき、急に立ち止まったかと思うと、北西の方角をしばらくの間じっと眺めていた少年が、フードからのぞく聡明さを感じさせる淡褐色の瞳を輝かせて叫んだ。
「ゼー太君が目覚めたんだ! 場所は多分、レルムだよ!」
「へー、そんなことがわかるもんなのぉ?」
それを聞いて、それまで何事かと思いながら少年の横に立っていた女性が口を開く。そのスラリとしたたたずまいや、腰にさした大きな半月刀から受ける鍛えられた戦士のような印象とは裏腹に、なんだか面白がるような明るい響きの声だ。
「うん、その証拠に--ほら!」
そう言って少年が少しフードを頭からずらすと、綺麗な金髪の一房がピンと天に向かって直立する。淡い金色の霊光に包まれたその髪は、しばらくぐるぐると尖端を回転させていたかと思うと、やがて北西の方角を示してピタリと止まった。
「……なんなのさ、そのアホ毛の珍妙な動きは……」
苦笑する女戦士に、少年が「アホ毛って言わないでよ!」と軽く不満を漏らしつつも、エヘンと胸を張って答える。
「ボクは《エルガイザー》の中でも《イージス型》、つまり索敵と防衛に特化された機体だからね。特に他の《エルガイザー》についてなら《霊子力エネルギー》の波長で場所と機種をサーチできるんだ。それにゼー太君とボクはすっっごく仲良しだったから、間違えっこないよ!」
「……相変わらずキミの言うことはわけわかんないんだけどさー」
やれやれとばかりにオーバーに肩をすくめてみせる女戦士だったが、次の瞬間、それまでとは打って変わった鋭さを感じさせる口調で、少年にズバリと問いかける。
「まぁそれはそれとして、要はその《エルガイザー》があたしたちにとって敵か味方かってことよね--ねぇシー太君、そこんとこはどうなのよ?」
「大丈夫だよ。ゼー太君はボクの大事な友達だもの。ゼー太君なら他の《エルガイザー》とは違って、絶対ボクらの力になってくれるよ!」
いささかムキになる『θ(シータ)』と呼ばれた少年を、「わかった、わかった」とクスクス笑いながらなだめると、女戦士は同じく北西の方角を眺めやった。
「じゃあキミの言葉を信じて、あたしも期待するとしよっかな。新たなる《エルガイザー》の復活かぁ。なんだか面白くなってきたじゃない♪」
その琥珀色の瞳がキラリーンと悪戯っぽく輝く。そして女戦士は砂漠の遥か遠くに見える地平線をビシッと指さして高らかに宣言した。
「よーし、そうと決まったら出発よ、シー太君! ガルドムンクの野望からこの世界を救うための新たな仲間--ううん、正確にはこの《太陽の巫女》たるライラ姐さんの新たな『家来』を迎えに、ね!」
「『新たに』……って、ボクはいつの間に『家来』扱いされてるんですか!?」
「え、だってあたしはキミの《マスター》って奴なんでしょ? てことは要するにキミはあたしの『しもべ』だよね」
「『家来』よりひどくなってませんか!?」
一緒に旅をする中でそれなりにこの《マスター》の性格には慣れてきたつもりだったが、それでもあんまりな言われようである。さすがに抗議の叫びをあげるシー太だったが、女戦士はまったく気にした様子もなく、「さぁ、いいから行くわよー」と言い放ちスタスタ歩き出してしまう。
「はぁ……ほんっっっっと、自由な人だよなぁ……」
がっくりと肩を落とすシー太だったが、だがそんな自由奔放な《マスター》の言動とは別に、その時の彼を悩ませていたのは、先刻から心の中に浮かんでは離れないある疑問のことだった。
(--ゼー太君が起動したことで、この世界に今ある《エルガイザー》はボクも入れて六体。でもどうしてだろ? そのうちの一つだけは機体の識別ができないんだよなぁ……ボクのデータにない《エルガイザー》があるなんて思えないんだケド)
頭のアホ毛をピコピコと揺らしながら、少年はフードの下で首をひねる。
(しかもその一体からはやけに強い《霊子力》反応があるし。それにどうしてなんだろう? 何となくその機体からは--ゼー太君と似た波長を感じるんだケドな……??)
「おーい、シー太くーん、とろとろしてるとホントに置いてっちゃうわよー」
「あわわわ、待ってくださいよ、ライラさ~ん!」
からかうような呼び声にハッと我に返ると、シー太は慌ててずいぶん距離が開いてしまっていた女戦士の方に駆け寄っていく。
(まぁ今のトコとりあえずその機体に動きはないみたいだし、とにかくまずはゼー太君と再会するのが先決だよね、うん!)
かくして、その奇妙な二人連れは、新たに決まった目的地へ向け、一路旅立っていったのだった--《古王国》レルムへと!
※ ※
--そして再び舞台は移り、大陸のほぼ中央部に位置するガルガンテス帝国の帝都ザムザラード。その中央に威容を見せる皇帝の居城--通称《覇王宮》の最上階に位置する《玉座の間》では--
「ほう……まさかレルムにも《エルガイザー》が眠っていたとはな」
かろうじて生還した兵達からの報告を受けたガルガンテス帝国の皇帝ガルドムンク3世が、その巌に刻みこんだかのような魁偉な容貌を、ニッと面白そうに歪めた。
「西方諸国ごときを落とすのに《エルガイザー》を使う必要などは無いと思っていたが、こうなったからには止むを得ぬな」
そう言うとガルドムンクは玉座からゆっくりと身を起こし、下に控える宰相ナバールに向けて命じた。
「ナバールよ。今すぐ各方面軍に伝令を送れ。まずは北征軍の『Λ(ラムダ)』を呼び戻し、レルムに向かわせる。そして東征軍の『Φ(ファイ)』、南征軍の『Ο(オミクロン)』にも、いつでも動けるよう準備しておけとな」
「--お言葉ですが陛下、たかがレルム一国を落とすのに、我が軍の切り札である三機の《エルガイザー》をすべて投入するなどとは……」
だが、難色を示すナバールを、ガルドムンクが一喝する。
「バカめ。《エルガイザー》は《エルガイザー》で無ければ倒せぬわ。そして我がガルガンテスによる世界制覇を盤石のものとするためにも、我ら以外に《エルガイザー》を持つ国などあってはならぬ。今すぐ徹底的に潰すのだ!」
「ハハッ! 皇帝陛下の仰せのままに!」
そのまるで獅子がごとき皇帝の咆哮に、ナバールは瞬時に身を正すと、すぐさま勅命を実行に移すべく玉座の間を後にしていった。
その背中を威厳に満ちた姿で見送った後、ガルドムンクは不意にニヤリと表情を緩めると、何やら楽しげな様子でつぶやいた。
「--まぁしかし敵にも《エルガイザー》が現れたとなると、余じきじきに親征を行うのも面白いやもしれぬな。伝承に謳われた《エルガイザー》同士の《終焉の戦い》とやらをこの手で再現し、味わってみるのも悪くはない……」
獰猛な笑みを浮かべながらそううそぶくと、ガルドムンクはマントを翻しながら玉座の左側へと振り返った。
そこには一人の黒髪の少女が静かにたたずんでいた。見上げるような巨漢であるガルドムンクと比べれば、その小柄さがますます際立つ10代前半の少女だ。その顔はまだあどけなさを残しながらもまるで作り物のように整っていたが、しかし大きな黒い瞳はぼんやりと虚ろで、ほとんど表情らしい表情も浮かべず、ただ無言でその場に立ち尽くしている。
そんな少女をガルドムンクはどこか嗜虐的な表情を浮かべて見下ろすと、まるで人形か何かを扱うようにその長い黒髪や柔らかな頬の感触を指で楽しみながら、その耳元に向かってささやきかけた。
「そのときは存分にお前の力を楽しませてもらうとしよう。期待しているぞ、『Ω(オメガ)』--最強の《エルガイザー》よ」
そう言うとガルドムンクは少女から指を放し、高らかに哄笑しつつ玉座の奥へと去って行く。
だがそのとき--不意にその虚ろな瞳をした少女の口から、かすかなつぶやきが漏れた。
それはあまりにも小さなものだったので、ガルドムンクを始め、玉座の間にいた誰もが気付かなかったが、しかし彼女はそのとき確かにこう口にしたのだった。
「お兄……ちゃん……」
(『魔装戦記エルガイザー』第一部・完)
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