学園での日常‐6
6010年7月19日
起きた。
『夢』の中ではない。
今日の夢の中では教室の僕の席の隣とその前には誰もおらず、昼休みにカタリナに呼び出しを食らい、授業が終わった後はバイトに行く、という一部を除けばあまりにも普通の水曜日の光景だった。
で、今は朝である。
「学校に行きたくないな」
現実でカタリナと決着をつけてないため、彼女に捕まるのだ。すでに3回体験した。
同じことしか言わないのはかなり気持ち悪い。まるで人ではない何かを相手にしているようで。
でも、向き合わなければ。そうでないとこんなことが繰り返されるだけの結果を生むことだろう。
「しかたない。行くしかないか」
気分は乗らなくても行かなければならない。
行こう。
『おはよう』
「あれ?今日は生徒会はないですよね」
『何?なかったら話しかけちゃだめってことかしら?』
「いえいえ。久しぶりに感じたので、驚いただけですよ」
レネさんのセラだ。
「あ、おはようございます」
『今更言うかしら』
「言ってなかったので。言わない方が失礼だと思いませんか?」
『まあ、そうね』
「ところで今日は暇なんですか?」
『え!ええ、今日は暇よ。何かあるのかしら?』
なんだか焦っているかのような早口だ。どうかしたのだろうか。
「いや、こうして話しかけてくるってことは暇なのかなあと思っただけですよ」
『…………』
「レネさん?」
『…………』
駄目だ。向こうからの反応がなくなった。
「おかしいな…………。僕が何か言ったかな」
特に心当たりがないので、独り言に見える行為をやめて教室に入った。
「おっはよー!」
「う、うん。おはよう」
なぜだかすごくテンションの高いアルクだった。
「おぉーす」
そして僕の席にはなぜか分からないけどフレンが居座っていた。
「そこ、僕の席だよね。退いてくれるかな」
「えぇー、い・や・だ」
「退いてくれるかな」
「イヤだね。別にいいじゃないか」
「いやよくないから。僕何の準備もできないから」
「却下」
「ど・い・て・く・れ・る・か・な」
「断固拒否する」
「フレンくん、別に退いてあげてもいいんじゃないかな」
「いいや、アルクさん。男には引けないときがあるんだ」
「別にそんな状況じゃないよねぇ!?」
ああ、もう、面倒くさくなってきた。
「仕方ない」
「ほえ?」
「ん?」
「ねえフレンってさ、中等部にいたころ」
「おわぁぁぁぁ!!!!」
慌ててフレンが僕の口をふさぎにきた。
「なーに言い出すんだよ!」
「えーと、」
「あーあーあーあー!!すまん!それ以上言うな!」
席から立ってくれたので、僕が座ることができた。
「それでそれで、中等部のころ何したの?」
「ああ。フレンの奴ね」
「だから言うなぁぁ!!」
まあ、今だと恥ずかしいことって人生いろいろあるよね。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、つっっかれた」
「別に運動してないでしょ」
「もういい。もう何も言わないぞ」
「むぅ~。せっかくだから何してたのか聞きたかったのになあ」
「で、なんでフレンは朝からこの教室に来てるのさ」
もうすぐ予鈴が鳴りそうだけどね。
「ああ。いや、ゴシップ臭いバカ話をするためかな」
「ふうん」
「………つれない返事だな。ま、いいけど」
「どんな話なの?」
「お、アルクさんも興味あるか」
「さっさと話さないと時間ないよ」
「おお。ほんとだ。ええっとな、あの森についての噂なんだが」
「またか」
「私もいろいろと聞いてるけど、ほんとに多いよね」
「あそこに住んでる人がいるらしい」
「へえ」
「い、今までのよりすぷらったーじゃなかった」
「反応薄いな!」
「だって、ふうんとしか思わなかったから」
「ええい、続きだ。でだなそこに住んでいる人が森の中の湖を守っているらしい」
「…………」
「湖があるって言うのは聞いたことあるけどほんとにあるのかな」
「で、湖じゃなくてその人が願いを叶えてくれるとか何とか」
「ほぇぇぇ」
「というわけだ」
HRを告げる鐘が鳴った。
「おっと、んじゃあな」
フレンが出ていった。
「特になし。以上」
先生が一瞬だけ現れて消えた。
「最初はびっくりしたけどもう慣れちゃったなあ」
「…………」
「お~~い、パル~~」
「…………」
「HR終わったよ~~~」
「…………」
「はんのうがない。ただのパルミラのようだ」
「はっ」
「あ、元に戻った」
「あれ、ええと。今は何の時間?」
「HRが終わったところだよ。次の授業の準備しなきゃ」
「うん。そうだね」
口ではそう言っているのだが、頭の中では別のことを考えていた。
2限。地理の授業。背がかなり高い、割とイケメンな先生、神崎先生の授業である。
「私、この授業好き」
「なんでまた」
「知らないところを知れるような気がするから」
「それって他の授業にも言えることじゃないの?」
「うん。そうなんだけど、なんて言えばいいのかな………」
「向こう側を旅できる?」
「そう、それ!」
「でも、地理を知っただけで旅できるとは言えないと思うけど」
「ま、まあそうだけれどもさ。何となくそう感じるんだよ」
「ふうん。そんなものかなあ」
「いつか行ってみたいなあ………」
アルクが見ているのは東大陸の写真が写っている資料集だった。
「アルクがこの授業好きなのは資料集があるから何じゃ………」
「………そうかも」
「あまり授業では使わないと思うよ」
「そ、そんなあ………。前回は使っていたのに」
「たまに使うぐらいだから」
「うぅ~~~」
「そんなに見たいなら授業中見てればいいと思うよ。夢中になって先生に当てられたことも気づかないぐらいに」
「いいよ!じゃあ、休憩時間中に見るから!」
休憩時間中に資料集を眺める、でも、本人は勉強をしていない………。なかなかにシュールな絵面だ。
「まあ、僕としてはもうちょっと実のある休憩時間を過ごすべきだと思うよ」
「でも私、休憩時間に特にやることないもん。みんなとお話するぐらいだよ」
「そっちの方がよっぽど実のある休憩時間の過ごし方だと思うよ」
「そっか~。じゃあ、そうするよ」
ガラッ。地理の先生が入ってきた。
「おっと」
「わわわ」
「遅れてスマンなあ。授業始めるぞ」
「起立」
一斉に立つ。
「礼」
授業が始まった。
昼休憩になった。いつものところへ行き昼食を食べる。
その後で、守人の話が気になっていたので森の奥へ行ってみた。
一回行ったのでだいたいの行き方は分かる。少し森の奥に入ると、すぐに見つかった。
「綺麗だ」
以前はアオイと名乗った少女が湖にはいたが、今日はいない。湖ではなくあちらが目的であったのだが。
「仕方ない。帰るか」
と振り返って帰ろうとしたときだった。
「ちょっと待ちなよ」
突然、誰もいないはずの後ろから声がかかった。
「誰ですか?」
振り返ったけれど、誰もいなかった。
「訳あって姿は見せれないのだよ、すまないねえ」
「へえ。それじゃ」
きびすを返す。
「ちょ、ちょっとちょっと」
「姿も見せずに話そうとする人は嫌いだ」
「ま、まーまーそう言わずに」
「じゃあ」
森に帰ることにした。
あれ、おかしいな。足が勝手に湖の方に
「え、うわ!うわわわわ!!」
「ちょっと話を聞いていってよ。きっと悪い話じゃないから」
「この足が操られている状態でそんなこと言われても信用できないよ」
「それもそうだね。じゃあ、話を聞いていってくれる」
「仕方ないからそうするよ」
お、元に戻った。
「それで、あなたはいったい誰なんですか」
「よくぞ訊いてくれた!我は湖の守人と呼ばれている者だ!」
「ふうん」
「え、リアクションそれだけ?」
「うん」
「…………」
「…………」
「…………」
「………帰っていい?」
「………い、いやいや。話はここからが本題なのだよ」
「じゃあ、さっさとしてほしい」
「こ、こほん」
わざとらしい咳払いを一つ。そして
「ええとだねえ、君の望みを叶えるべきかどうかを考えたんだけど、どうしようか?」
「…………」
あまりにも唐突な言葉だった。今までに無理だと思いながらも夢見ていた未来。
「本当…………なのか?」
「ウソ言ってどうするのさ。本当のことだよ」
信じられることではない。
「………対価は」
「そのセラそのものだからねえ。そんなものないよ」
もしも本当に出来るのなら破格の条件だ。
「ただねえ」
やはりなにかあるか。当たり前のことであるけれど。
「君が今、本当にその望みを叶えたいと考えているのかい?」
「当たり前だろ!」
どれだけ今までこの力がなかったらと思ったことか!
だってこの能力がなかったら
もしかしたら、俺の両親は死なずに済んだかもしれないのに!!
「ふざけるなよ!どういうことだ!」
目の前に本人がいないのが憎い。食って掛かりたい。掴んで投げ飛ばしたい。
「そのままの意味だよ。本当に君はその力が要らないのかい?」
「要らないに決まってるだろ!こんなセラ!」
「でも、君は今までその力を使ってやってきたことがあるだろう?」
そこだけは事実だ。もしもこれがなかったらなし得ることなど出来なかったこともある。
「これからも君のその力が必要になることがあるかもしれない。それでも君はこの力が嫌いだからという理由でこれを手放すかい?」
「っ!!!」
確かに僕はこの力が嫌いだ、大っ嫌いだ。でも、迷ってしまった。本当に『今』手放してもいいのか。
「迷えるようになったか。うん。成長したね」
「え?」
「とはいえ、答えはここで出してもらうよ。どうする?」
「僕は………」
駄目だ。あの程度の言葉で迷ってしまう。もしも、『今』僕がこの力をなくしたとしたら、アルクが何で僕の能力が効かないのかなんて絶対に分からなくなってしまうだろう。
僕があの子に興味を持つきっかけになったこともなくなってしまう。
「僕は………」
「ん。分かった」
「え?」
「これから君は大変な目にあうだろう。もしかしたらここでの出来事を後悔したりするかもしれない」
「…………」
「それでも今ここで迷ったことを忘れないで。要らなくはないかもしれないと思ったことを覚えておいてね」
「どういう」
「それじゃあ、もう二度と会うことはないと思うけど頑張ってね」
預言者のカギ
そう言って、声は消えた。
「…………」
戻ろう。ここには二度と用はない。
「ちょっと、お前」
何の前触れもなく呼び止められた。
「来い。話がしたい」
カタリナだった。下級生から呼び止められるのは漆原以外では初めてだ。それもあまり好ましくなさそうなことで。
「いいけど」
「…………」
僕が返事をすると黙って校舎を出た。森が見えてきた。校舎裏に回るようだ。
しかし、反吐が出るな。
似てるなんて物じゃない。同じなのだ。彼女のしゃべり方、その挙動、総てが。
最悪だ。なんでこうも繰り返し繰り返し見なければならないのか。敵意に似たものをぶつけられなければならないのか。
今回で終わらせなければ。
「生意気な下級生。呼び出し。校舎裏。カツアゲ?」
「違う」
「じゃあ、告白?」
「そんな訳があるか!」
立ち止まって向かい合った。
「なぜ分かった。お前はどこまで知っている」
「何のこと?」
「しらばっくれるな!」
顔の横を拳が通る。まったく反応ができなかった。
「言え。なぜ私がセラ持ちだとわかった。なぜ9.11による人間だとわかった!」
どうやら後暗いことでもあるのだろうか。この状況でウソを言ったら殺されそうな勢いだ。正直に言うとしよう。
「勘」
「勘って、お前」
「もしかしたらって思っていたから訊いてみただけだよ」
「そ、そんなことで………」
割とショックを受けているようだった。膝をついている。
「まあ、そんなに気にしてもしょうがないと思うよ」
「私は気にするんだ!」
立ち直った。
「仕方ないだろうこんな能力なんだから!」
「どんなセラなの?」
しまった、という顔をした。
「まあいいさ。とりあえず私が言いたいのは」
「黙っておいてくれ?」
カタリナが頷いた。
「………条件は」
「そうだね。君が僕に近づこうとしなければいいんじゃないかな?」
言いたいことは言った。もう繰り返しなんか見たくない。
先ほどの出来事を後悔する前に戻ろう。授業が始まる。
そういえば、気分は悪くなったが吐くほどではなかった。ほんの少し対応を変えれたからかな。
放課後。本来ならバイトに行かなければならないのだが、今日は少し学校に残りたかったので、漆原にその旨を伝えるために1年の教室に行った。
「…………」
隣をカタリナが通り過ぎた。互いに目も合わせない。
1‐Cの表示が見えた。扉を開ける。
「うるはー。いる?」
「あ、はい。あれ!先輩じゃないですか!」
僕のいるのがそんなに珍しいか。確かに普通は来ないけどね。
「バイトに行くなら少し待ってください。泪の方が今日は掃除当番なので」
「ああ。それが、すまないけど今日休んで良い?」
「え!な、何かあるんですか?」
「ちょっと、今日は用事があるんだ」
「はあ。ちょっと待ってくださいね」
やっぱりだめだろうか。
「あ、いいですよ。泪が今日は頑張るそうです」
「すまない。埋め合わせはちゃんとするから」
「じゃあ、明日出れますか?午前か午後のどちらでもいいので」
「ん。分かった。明日の午後に出るよ。それでいいかい?」
「ええ。お願いします。お父さんは『説得』しておきますので安心してください」
説得というところに妙に力が入ってた気がする。
「わ、分かった。それじゃ、また明日」
「ふふふ。ええ。また明日です」
明日が少し怖い。何が怖いのかもわからないけど、とにかく怖い。
まあいいや。今は別のことを考えておこう。
ヒカリの弱まっている教室に行った。
「あれ?水曜日はバイトじゃないの?」
「今日は休んだ」
「え?そんなことしてもいいの?」
「他のところはどうか知らないけど僕のところは頼んだらOK貰えたから」
「ああ。良かったんだ。ほえ~」
なんでバイト休んだかは聞かないんですね。理由言えないからその方がありがたいけど。
「それで、今日は何か楽しいことあった?」
特に僕がいなくても教室に残っていたアルクが、いつものようにいつもと同じ質問をしてきた。
「今日は面白いというよりか、そうだね………」
というわけで、湖の噂がホントっぽいことを守り人に言われたこと以外を伝えると、彼女がすごい興味を持ったみたいだ。
「それでそれで?」
「え、別に何も願わなかったよ。胡散臭かったしね」
「ふぅん。本当にいたんだねぇ。行ってみようかなあ」
「多分、期待が裏切られるだけだから止めておいたら?」
「そうかなぁ~。湖がキレイだって言うんなら一回ぐらい見てみたいなあ、って思ったんだけど」
「うーーん。確かに湖はきれいなんだけどね」
「一回ぐらい見に行こうよ」
「いや、一人で行きなよ」
「ええ~~~。つまんないじゃない」
「でも、僕は2度と行かないことに決めてるから」
さすがにあんなに腹立つことを言われたからね。
「うぅ~。それじゃあ行きたくても行けない」
「なんでさ」
「だってだってあんな森、一回入ったら出られないよ~~」
なぜに実際に入ったわけでもないのに涙目になる。
「大丈夫だって。僕は何回か入って、出てこれているから」
「それはきっとパルだからどうにかなっただけだよ~。私には無理だよ~」
だからなぜに泣く。
「まあ、じゃあ行くことは諦めるということで」
「うぅ~仕方ないか」
すぐに直って今度はむくれ始めた。
「むぅ、なんで一緒に行ってくれないかなあ」
「自分が行けれないからって僕に当たらないでよ」
「む、パルがなんだか意地悪だ」
「意地悪してるわけじゃないんだけどね。ただ単に僕の個人的な理由で行きたくないだけだから」
「で、その個人的な理由って何?」
しまった。もしかしなくとも墓穴掘ったか。
「ええとさ。僕もアルクに訊きたいことがあったんだけど」
「あ!誤魔化すな!」
ええい。横槍なんか気にしないぞ。
「なんで今日もアルクは教室にいたの?」
僕が今日来ることはないとわかっていると思ったけど。
「…………」
「え?アルク?」
まさか、地雷踏んだか?
「そーいえば、なんでだろうね」
他人事みたいな口調。窓に目を向けた彼女の顔は、僕の位置からは分からなかった。
「それじゃ、帰るね。バイバイ」
「あ、ああ。また来週」
少し経った後、彼女は帰った。
「いつも教室に残っている理由、か」
僕も彼女に次いで帰る支度をしたけど、どうしてものろのろとした動きになったのは、彼女に追いつきたくはなかったからなのだろうか。
「そういえば、今日は接触の機会がなかったな」
ただの自分の不調なら、今日は見ることになり、もしも不調でないのだとしたら、彼女に原因があると考えてもいいだろう。
「この能力を消すことができる、ねえ。うさんくさいけれど………」
それでもやはりこれからもあそこで行った選択を悔やみそうだ。
でも。
残してしまったのだから。
今までと同じ様に。
「向き合っていくしかない」
教室を出た。
明日の自分がどうなることか、明日の僕は知っているだろう。
でも、明後日の自分は、きっと明後日の自分がどうなるかなんて分からないだろう。
今はそれを糧として進んでいこう。
とにもかくにも、今の自分が迷うことに、悔やむことになってしまった原因は、彼女にあるのだから。