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Turn4:鉄断工房と赤い外套

 大通りの奥、ひときわ無骨な店構えの建物の前に俺は立っていた。


 煤けた木の看板には、剣と盾を象った鉄のエンブレムが打ち付けられている。どうやらここがアルミシアの言っていた装具店らしい。

 ギィ、と重い木の扉を開けて中に入ると、ムワッとした熱気と鉄の匂いが鼻を突いた。壁一面に剣や斧、鎧が所狭しと並べられている。


「……誰かいるか?」

 声をかけた直後だった。


「おおおおっ!! 久々の客じゃあ!!」


 店の奥から、鼓膜が破れるかと思うほどの大音声が響き渡った。


「うおっ!?」と咄嗟に耳を塞ぐ俺の前に現れたのは、とんでもなく濃いルックスの男だった。


 頭から顎までを覆い尽くす、燃えるような赤茶色のもじゃもじゃの髪と髭。まるで獅子のたてがみだ。その隙間から覗く両目には、分厚いレンズのゴーグルのようなものが装着されており、丸太のように太い腕には、無骨な鉄の金槌のような道具が握られている。

 背丈は俺より少し低いくらいだが、横幅と筋肉の厚みが尋常ではない。


「スマンスマン! ちいとばかり声がデカすぎたな!」

 店主と思わしきそのもじゃもじゃ男は、ガハハと豪快に笑いながらカウンターから身を乗り出した。だが、俺の姿(ジャージにジーンズ、ヘッドフォン)を上から下までジロジロと観察すると、途端にピタリと動きを止めた。


「お前さん……戦士には見えんし、魔術師のようなひ弱さでもないが……なんだその妙ちきりんな服は? さては冷やかしか!?」

 あからさまにガッカリした様子を見せたかと思うと、今度は眉を吊り上げて怒り出した。感情の起伏が激しすぎる。


「ち、違う! 俺は術符士レンダーマギカだ!」

 俺が咄嗟にアルミシアから教わったばかりの単語を叫ぶと、男は「お?」と目を丸くした。


「なんだ、札使いか! それなら立派な客じゃな!」

 コロッと機嫌を直し、男はニカッと白い歯を見せて笑った。


 なんだこの人は、と圧倒されつつも、その裏表の全くないからっとした態度に、俺は不思議と好感を覚え始めていた。


「ワシはドワーフの末裔にして、この装具店〈鉄断工房〉の店主、グロッソンじゃ! 見ての通り、ここは純粋な『鉄』のみを扱う誇り高き工房でな!」

 ドンッ、と自慢げに自身の分厚い胸板を叩くグロッソン。


「最近じゃあ、ミスリルやらオリハルコンやら、魔法で造られた軟弱な鉱石なんぞで出来た武具ばかり持て囃されおって! あんなものは武具じゃねえ、ただの魔力頼りの玩具じゃ! 真の戦士なら、重く、硬く、研ぎ澄まされた純鉄を振るうべきじゃあ!!」


 そこから先は、止まらなかった。


 ドワーフのプライドなのか、近年の魔法金属ブームに対する不満が溜まっていたのか、グロッソンの長い長い愚痴が延々と店内に響き渡る。俺は適当に相槌を打ちながら、嵐が過ぎ去るのを待った。


「――おっと、スマンスマン! 久々の客でつい喋りすぎちまった。そうだ!」

 我に返ったグロッソンは、ドスドスと重い足音を立てて店の奥へ引っ込むと、数枚の長方形の紙片――〈カード〉を手に戻ってきた。


「ほれ。これは最近札化した、ワシの作った武具じゃ」

 カウンターに並べられた三枚のカード。俺の能力でなくても、この世界のシステムでちゃんとカードという概念が存在しているらしい。


 それぞれのカードには、〈グロッソン製の鉄剣〉、〈グロッソン製の鉄壁盾〉、〈グロッソン製鎧一式〉という名称が記されていた。


「名前は札化の時に勝手に付けられたモンじゃがな。札化っちゅうのは、遠方に物を売る時に荷台を軽くするための、運送用の便利な魔術よな。長い愚痴に付き合わせた礼じゃ。試作品じゃし、オヌシにやろう」


「えっ、いいのか!?」


「ワシの手打ちじゃ。遠慮はいらん!」

 強引に三枚の札を押し付けられる。


 だけど剣なんて、鉄剣どころか竹刀すら持ったことないぞ……と内心苦笑していると、視界の端に段々と見慣れてきたホログラムウィンドウが唐突に展開された。



【新規カードを認識――〈カードリスト〉に登録されました】



「マジか」


「ん? どうした?」

 訝しむグロッソンに「いや何でもない何でもないっす!」と取り繕う。


 俺のシステムのストレージに、異世界の市販カードまでそのまま組み込まれたらしい。良いのかコレ、と戸惑っている俺を、グロッソンが顎に手を当ててじろりと見た。


「しかしオヌシ、その身なり……そんなヒラヒラの格好で冒険者が務まるのか?」


「うっ。まあ、これは駆け出しの……」


「危なっかしくて見てられんわい。これも格安でくれてやる」


 グロッソンはカウンターの奥、埃を被った棚をごそごそと漁り、一枚の布切れを引っ張り出してきた。バンバンと豪快に埃を払うと、それはくすんだ赤色のケープマントのようなものだった。


「ワシが現役の冒険者だった頃に見つけた、ダンジョン産の〈遺物レリック〉じゃ。機能は〈魔力貯蓄〉と言ってな、空間に漂う霧散した魔力を少しずつこの布に蓄え、術者の補助をしてくれる優れモノじゃ!」


「魔力、貯蓄……!」

 その言葉に、俺はガタッと身を乗り出した。


「ワシのような魔法が使えん戦士には全く無用なモノだったがな!  ガハハハ!」

 大笑いしながら、グロッソンは赤いケープマントを俺の前に突き出した。


「で、買うか?  今ならまけて、マナ金貨一枚で売ってやるぞ」

 俺は息を呑み、ポケットに入ったアルミシアからもらったばかりの「ゴールドマナ」にそっと触れた。


 日本円にして約十万円の価値。これを全額スるのか? ていうか負けて十万円ってコレ俺ボッタクられてないか?


 だが――俺はあの黒紋竜との戦いを思い出していた。俺の最大魔力は150。強力なカードを切れば、あっという間に魔力が底をついてしまう致命的な弱点がある。


 もし、このケープマントの〈魔力貯蓄〉によってリソースの最大値が底上げされる(あるいは回復速度が上がる)のなら、俺の戦術の幅は爆発的に広がる。この世界で生き残るための、絶対に逃してはいけない必須装備だ。


 アルミシアの顔が一瞬チラついたが、現状の問題を解決するためにはこれしかない。俺が葛藤していると、グロッソンがニヤリと笑った。


「今なら更に、野営キット一式も付けてやるぞ?」


「――買った!!」

 俺はポケットからゴールドマナを取り出し、ターンエンドを宣言するようにカウンターへ勢いよく叩きつけた。



     ◇



「買ってしまった……俺の全財産……」

 赤いケープマントを羽織り、野営キットの入った袋を提げた俺は、しょぼくれた様子で装具店から出てきた。


 ジャージの上から異世界産のケープマントを羽織るという妙なスタイルになってしまったが、不思議と体によく馴染む。ほのかに布地から魔力の温かさを感じ、確実に自分のリソース上限が拡張されたのがわかった。


 ゲーマーとしては大満足の買い物だが、やはり所持金ゼロの現実は重い。


「あ! カミヒト様!」

 大通りを歩いていると、アルミシアが手を振りながら小走りでやってきた。

 先ほどの貴族のドレスから、旅装のような少し動きやすい服装に着替えている。


「王都へ向かう馬車の手配ができましたよ! ……って、どうされたのですか? なんだか酷く落ち込んでいるように見えますが……」 


「ああ、いや……何でも無い。ちょっと奮発しただけだ」


 心配そうに覗き込んでくるアルミシアに、俺は慌てて表情を切り替えて向き直った。


「そうでしたか。マント、とてもよくお似合いですよ。……明日にはこちらへ護衛の冒険者の方々も到着しますので、そうしたら出発して王都へ向かえます」


「王都か」


「はい。王都の屋敷に着きましたら、改めて命を救っていただいた報奨のお話をさせてくださいね」


 王都。このファンタジー世界の中心地。

 アルミシアの父親は〈魔導機関〉の魔術教授だと言っていた。もしかして。


「王都に行けば……俺も、本当の魔法とかが使えるようになったりするのか?」

 男の子なら誰しも一度は夢見る「魔法」。俺の〈解析〉やカードではない、杖を振って炎や雷を出す本物の魔法だ。期待に胸を膨らませて口を滑らせた俺だったが、アルミシアは申し訳なさそうに眉を下げた。


「えっと……魔法の行使には、国が発行する厳しい許可証が必要なのです。それに、魔法の適性は生まれ持った才能のようなものですから、後から習得するのはとても難しくて……」


「……そ、そうか。才能か……」


 俺のステータス画面に書かれていた【生命力:8】の文字が脳裏をよぎる。チート補正ゼロのただの高校生に、そんな才能があるわけがない。俺は再びガックリと肩を落とした。


「あ、でもですね!」

 俺を励まそうと、アルミシアはパッと明るい声を出して話題を切り替えた。 


「王都には、大陸中から沢山の珍しい〈札〉が集まるんですよぉ〜? 術符士であるカミヒト様が興味を惹かれるような、見たこともない珍しい札の市場もたくさんあります!」


「沢山の札……!」

 その言葉に、俺はバッと顔を上げた。

 先ほど自動登録されたグロッソンの三枚のカード。もし王都に行けば、もっと様々なカードを手に入れ、俺の〈カードリスト〉に登録して戦術を強化できる。

 

 手札が増えれば盤面の対応力は広がり、結果的に「元の世界に帰る手段」を探す旅の安全性も飛躍的に高まるはずだ。


「よし、行こう王都へ! もっと色んなカードを集めてやるからなぁ!」


「ふふっ、元気が出たようで何よりです、カミヒト様」


 全財産を失った喪失感は、新たなカードへの果てしない探求心によって完全に上書きされていた。俺はもらったばかりの赤いマントを翻し、明日からの旅路へと思いを馳せた。

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