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短話:聖域の留守番(システム・メンテナンス)

兄がアレだと弟は苦労しますよね

「――あのクソ兄貴、本当に『完璧な地獄』を残していきやがった……!」


ソリチュード家の地下工房。

18歳の次男ユージンは、目の前に積み上げられた「結界管理・完全運用マニュアル(全12巻)」の第8巻を乱暴に閉じ、ぼさぼさの髪を両手で掻きむしった。


ルーカスがリーゼという「変数」を略奪するために隣国へ単独侵攻(無賃乗車)してから、間もなく1ヶ月。


——ではなく、2年と少し。

16歳だったユージンはワンオペの間に18歳になっていた。


その間、ユージンに与えられたタスクは、実家の防衛結界の完全維持。

マニュアルの通りにやれば、確かに1bitのエラーも起きない。


起きないが――、


「例外処理は7ページの注釈って、この数百行の術式並列展開を16歳からノータイムでやらせるのが既に『行政的虐待』なんだよ! 効率を追求する機械のくせに、自分の独占欲のためなら、弟のリソースを100%全損デリートさせるんだから、あのバカ兄貴は……!」


ユージンがコーラ(のような魔力回復薬)を胃に流し込んでいると、ジジ……と通信機が同期リンクを始めた。

表示されたのは、帝国の極秘サーバーすらバイパスしてきた、ルーカスからの「暗号化通信(完了報告)」。


『ユージン。結界の維持ログを確認しました。1bitの狂いもない完璧な管理です。褒めてあげますよ』


「兄さん……! いきなり監査(上から目線)かよ。で、目的の『所有物リーゼさん』との生活は順調なわけ?」


『ええ。ハッキングはすべて成功です。……ただ、少しだけ生命の交配プロトコルにエラーが起きたので、僕の全リソースを注ぎ込んで『人工保育器』を地下室にビルドしました。これで1bitの狂いもなく僕の子供は保護(保存)されます』


「は? 保育器……? 兄さん、ついに人間の世界法則まで書き換えたの?てかいつ地下室に帰ってきてたの。帰ってきたなら代われよな!?」


『それと、師匠から特権アクセス(バックドア)を授かりました。僕はこれから、帝国の『アステア侯爵の遺児』としてログインします。王国の名誉男爵なんてガワは、出国ゲートを通るためだけのゴミ(使い捨てコード)でしたから』


プツリ、と通信が一方的にシャットダウン(ログアウト)される。

手元に残されたのは、自分の兄が二年の歳月を経て「帝国の侯爵」の土台へと上り詰め、世界の常識を破壊する狂人へと完全コンパイルされたという、あまりにも不潔で完璧なリザルトデータ(結果)だけだった。


「……ははっ。旅人から、名誉男爵、そこから一気に帝国の侯爵かよ」


ユージンは、全12巻のマニュアルを見上げ、狂おしいほどの戦慄の後に、最高に愉快そうな笑みを漏らした。


「本当に、とんでもない怪物の兄貴を持っちゃったな。……まぁ、いいよ。受理アクセプトしてあげる。アステア侯爵様、その世界をハッキングし尽くす最悪の純愛バグ、僕に特等席でずっと観測させてよね」


ユージンは投げやりに呟くと、出来の良すぎる兄貴を想って苦笑いをする。

そんな彼が脆弱な肉体を捨てて師匠と契約をするのは、また別の話だ。


「――侯爵、か。なかなか飛ばすなぁ、ルーカス」


暗い地下工房のさらに奥、魔力回路のメンテナンスを終えた父ギルベルトが、影から静かに姿を現した。その厳つい唇の端は、満足そうに「ニコニコ」と吊り上がっている。


「うわっ、親父……! 聞いてたのかよ。兄貴、2年もかけて子供のためのヤバい保育器作って、そのままアイツに拉致されて帝国行っちゃったぞ!?」


頭を抱えるユージンを他所に、ギルベルトは楽しそうに肩を揺らした。


「知ってる。あいつ、すぐそこからヒョイっと戻ってきて、隔離区域で色々やってたよ。いいじゃないか、効率より『楽しい』が優先だ。男が女一人を檻に安全保存するためなら、世界法則のデバッグ(書き換え)くらい当然のプロトコルさ。……なあ、ユージン?」


「国境越えがヒョイっとって何!?知ってたのかよ親父!当然なわけあるかよ! あの兄貴、親父の若い頃より絶対に狂ってるって!……っていうか、止めろよ親父!!」


(……あぁ、ユージン、お前は何も知らないからそんなことが言えるんだ)


ギルベルトは愛用の工具を弄びながら、リビングで何も知らずに笑っている愛しい妻アリサの顔を思い浮かべ、さらにニコニコと目を細めた。


今のルーカスが2年かけてやったことなど、かつて自分がアリサを手に入れるために、執行官(あくま)と契約し、その過程で世界を何回か物理的に破壊デリートした過去ログに比べれば、まだまだ可愛いシステムエラーに過ぎない。


(あいつは、どこまで演算したんだろうか。帝国は甘くない。あいつもいつか後悔する日がくるかもしれない。でも、それもまた人生だ。……大丈夫さ、俺の一番優秀な息子だから)


「親父、何ニコニコしてんだよ! ほら、このマニュアルの第8巻の術式、俺の出力じゃ足りないから手伝ってくれ!」


「おっと、留守番システムメンテナンスのタスクはすべてお前に『一任』されているはずだぞ。がんばれよ、次男坊。俺の魔力出力はお前らに比べればハナクソみたいなもんだからな。俺は愛しの母さんとお茶をするんだ」


「この、鬼畜親父――!!」


地下工房に響くユージンの悲鳴をBGMに、元・世界破壊者まおうの甘やかな祝福の笑みが、昏い魔力のノイズの中に静かに溶けて消えていった。

ランスロット:

「うーん、僕はユージン兄さんとは仲良くできる気しないんですよねぇ」

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